4. 故に死者は歩く-4
桜花の身に起こった事を言い表せば、実に単純だ。レイロードがフェイスレスに突撃し、"禊落し"を撃ったと思えば、桜花の隣で右薙ぎの一閃を振り抜いていた。実に単純だが、だからと言って何が起きたのかなど、分かりよう筈もない。
目を白黒させるのも束の間、混乱に乗じ、地を這うように迫ったフェイスレスが、斬り抜ける勢いのまま体を捻り、右剣で桜花を切り上げ、逆手の左剣をレイロードへ突き気味放つ。桜花は潜り込んで避けつつ、自棄気味に叫ぶ。
「そりゃそうですよねっ!」
「定石かッ!」
鞘の鐺で捌き右に滑るレイロードの、苛立ち紛れな叫び声を聞きながら、桜花はフェイスレスの脇を抜け様、左の裏拳を叩き込む。その刹那、フェイスレスの瞳を、その紋様を、輪に重なる4つの円を見た。いや、右目は3つ。桜花の息が、突如詰まった。
「っ!?」
「なっ!?」
"耳元でレイロードの驚愕"。"上から襲来したフェイスレス"へ、"迎撃の涼篝を放った"桜花は、"明鴉を撃っていた筈のレイロード"に衝突され、体を崩して弾かれる。流れる視界には、僅かに体の崩れたレイロードへ、右剣を振り下ろすフェイスレス。あのタイミングでは、明鴉の展開が間に合わない。
「くっ、のっ!」
桜花は咄嗟に、マフラーの下からスローイングナイフを抜き出し撃ち放つ。激しい金属音を響かせて、紅い刃を弾き、フェイスレスの体をも崩す。が、その勢いを利用された。
『シッ!』
「読んだかッ!?」
「レイロード!?」
フェイスレスの左剣が加速し、突きがレイロードに迫る。桜花は空中で体勢を立て直し様駆けるが、同時にレイロードが、鞘で円を描くように突きを巻き込みつつ抜刀、真伝朔凪派夢想剣・"紡ぎ車"で以て黒閃を疾走らせる。それをフェイスレスが背後から回した左剣で逸らしながら跳躍。
――抜かった!――
今ならばフェイスレスが足場に着くより速く届く。桜花はすかさず跳躍、フェイスレスを叩き付けるように蹴り抜き――またも視線が合う。左目に刻まれた円が、右目同様3つに減っていた。
「またかッ!?」
「こうなるっ!?」
"眼前のレイロード"が叫び、桜花もまた叫ぶ。"レイロードが後方に避け、隙を晒したフェイスレス"に撃ち込んだ筈の回し蹴りが、レイロードへ直撃していた。瞬間、即座に足を引き威力を軽減。レイロードも自重の増加と衝撃に任せて跳躍し更に軽減。ダメージはあるだろうが軽傷にも満たないだろう。安堵も束の間、上からは二刀を突き下ろすフェイスレス。
「上好きですねっ!」
咄嗟に手を翳し、人間大に形成した歪曲空間の盾で防ぐも、強度不足な上、指先に届く怖気。恐らくは"死"の浸食に、舌打ち一つを残し歪曲空間を蹴り砕いて、フェイスレスを弾きながら桜花自身も跳び、レイロードの隣へ。
「無事ですか?」
「支障ない……」
『よくも凌ぐ……本当におぞましいな、君達は……』
レイロードの安否を確かめる一方で、フェイスレスが言葉一つを残し、接地するや更に距離を取り、通路の影に消えていく。直ぐさま追走しようとした桜花の肩を、明鴉を展開しながらレイロードが押し留めた。
「俺が行く。距離さえ取れば、お前よりはマシだろうさ……PDをオンフックにしておけ」
暗にお前では歯が立たない、と言うレイロードの発言に立腹するも、相性の悪さは確かにある。状況は混迷し、道筋は森の中。しかし、明確な事が一つある。
「目の紋様、減っていましたよね? チンタラ射撃戦をやって、消費させられると?」
「……さてな……残弾5、か……ハッ、無理なら寄ればいい、どうにかするさ」
「…………」
半ば投げやりな返答を返すレイロードに、桜花はネットリとした視線を送る。一人で戦うならば負けはない。が、勝てる気もしない。そう言う相手だ。
無言の圧力が功を奏したのか、それとも時間を無駄にしたくなかったのか、然したる間もなくレイロードが音を上げる。
「……分かった、分ぁあかったッ、そんな目で見るな、往くぞ……」
「私だって、正直気乗りはしませんよ。ああ、お三方っ! PDに通話掛けるんで出て下さいっ!」
何を、と言った表情で呆気に取られている3人の返答を待たずに飛び出すと、桜花はE.C.U.S.T.A.D.で確認しておいたPDのアドレスに通話を掛ける。フェイスレスが折れた通路を曲がり際、念のため目印を付けると、PDのスピーカーからフルールの応答が響いた。
『は、はい、こちらフルール・クレール。あの、それで何を?』
「雑作無い。そちらから見た俺達の行動を教えくれ」
レイロードが何とも大雑把な説明を求めるが、確かにそうとしか言いようがない。迷路にも似た通路を抜ければ、先に大仰なドアを2枚認める。突入時に見た物だが、中までは確認していない。待て、と手で示すレイロードに頷けば、PDからはラナの返答が。
『え、ええっと、オッサンがフェイスレスに斬り込んだと思ったら、桜花の横で刀振ってた! どう言う事!?』
言葉を詰まらせながら答えたラナだったが、自分で口にしながらも首を捻っているようだ。
左右のドアに分かれて待機。中の様子をレイロードが象圏で探る中、次いでフルールの声。
『桜花は、切り上げを潜り込んで躱したら、ピースメイカー卿にぶつかって弾かれて……なにそれ……?』
同様に動揺し、矢張り自身の言葉に疑問を持っている。白昼夢でも見たような気分だろうか。
ドアの厚みは10センチ程。電子ロックで頑なに閉じられ、押した程度で開くとは思えない。レイロードが、破るぞ、と親指で指し示す中、レオルの声を聞く。
『あーなんだろ。跳んだフェイスレスを、やっぱり跳んだ桜花が蹴り落とそうとして……床でピースメーカー卿を蹴ってた? うん、何言ってんだろ?』
口調は平静そうに聞こえるも、説明内容は平静とは言い難い。加えて、それら全てが正しいとして、桜花の認識とは食い違う箇所がある。が、ともあれと、揃って拳を引き絞りながら、レイロードと言葉を交わす。
「俺は確かに、飛び込んできたフェイスレスに刀を振るった。お前は横へ」
「私は上から来たフェイスレスへ涼篝を。あなたは明鴉撃ってましたよ? その後も、あなたが後退したので、蹴りを入れてやったんですが……」
「……成程、狐につままれる、とは、こう言う事か……」
「それにしてはモフモフが足りませんね」
話の噛み合わなさに、言葉の謂れを実感してみた所で糸口が見つかる訳もなく、PDから漏れ聞こえるフルールとラナの呪詛のような呟きが混迷に拍車を掛ける。
尤も、桜花にしてもレイロードにしても、何を言うでもなく、揃って肩を竦めるや、眼前に意識を集め――鬱憤を晴らすが如くに拳を撃ち込む。歪曲空間によって集約された力と、単なる大質量による純然たる暴力が、轟音を響かせドアを砲弾と化して弾き出す、と同時に突入。青白い照明が照らす室内へと踏み込んだ。
『昔話をしよう。未だ法歴の時代、小さな国の領主の息子の話だ……』
囁きながら、フェイスレスが中心部らしき柱に据えられたスイッチを叩いて跳躍。追って桜花も砲弾の影から飛び出し跳躍すれば、マフラーに青白い幾何学模様が奔る。レイロードのマントも同様だ。それは、増加したマナを変換している証である。焦る事なく瞬時に地形を確認。
正方形の室内はそれなりに広く、一辺は30メートル程。上階にまで及んでいるのか、高さは10メートル程。部屋一面をガラスが覆っているが、その向こうには当然ながらコンクリートの壁が見える。デザインだけだろう。
吹き飛ばした入り口を、防火シャッターらしき物が塞ぎ始めている。スピーカーからはアラート音が流れ、室内灯の色ががオレンジへと切り替わる。先のスイッチだろうが、桜花やレイロードにとって、意味があるとも思えない。
室内には、5メートル感覚に直径2メートル程の透明な円柱のポッドが立ち並び、中には何らかの溶液に浸された鈍色の動物達が見て取れた。重要物証、なのだろうが、砲弾のドアが溶液を撒き散らしながら、証拠隠滅を推し進めている真っ最中だ。レイロードも分かっていて行った事であろうし、気に掛ける必要もないと判断する。マナ増加の原因はこれだ。とは言え、直接浴びなければ問題はない。
天井に幾つか見える円形の突起は、災害時の警報器類とワイヤレスLANだろうか。正方形のスリットは空調だろう。
注意をしなければならない物もないが、使える物もない。誘い込んだ意味が分からないが、考えても仕方がなく、目の前に迫ったフェイスレスへ、気合い一閃に左回し蹴り。
「せっ!」
『男には妻が居た。その妻は、剣才に溢れた才女だったが、惜しむらくは体が弱かった』
まるで当然の如く足場代わりついでに捌かれ怖気が奔るも、浸透するより速く振り抜き、同時に歪曲空間を蹴って跳躍。フェイスレスも後方に跳ぶ。そこへ、眼前を駆け抜け、旋転する6振りの削刃が、暴風を撒き散らし甲高い切削音を引き摺りながら――"桜花の真正面へ飛来"する。"フェイスレスの背後に回り、後ろ回し蹴りを入れると同時に跳んだ"筈が、真鍮の弾雨に早変わりだ。
「残りっ!――」
「後ろッ!」
ともなればレイロードの叫びも状況把握もそこそこに、削刃の回転に合せて逆から叩き、手、肘、足、膝、使える部位は全て使い、反射神経任せに手当たり次第弾き落す。僅かに受け損ない、肘に赤い線が伸びる。10年ぶりの外傷に、桜花の心は高鳴った。
『よく、城の自室で外を眺めている姿を見たものだ』
喜びついでに、桜花の背後から斬り抜けるフェイスレスの紅剣を踵で捌き落下。もう一振りの紅剣が柱に投げられるのを見る。
「――4つッ!」
レイロードが向かい来るフェイスレスを捉え、明鴉共々居合に構える。
『男は剣才にこそ恵まれなかったが、医療に通じ、故に遠征へ付く事も多々あった』
が、半ばでフェイスレスが腕を引くや、柱に向かって軌道を変える。手から紅剣へワイヤーが伸びていた。剣先の返しにワイヤーを引っかけ、柱に巻いていたようだ。
それよりもと、桜花はレイロードもフェイスレスの語りに目を細める。それは恐らく、フェイスレス自身の物語。
『その度に、男は妻から羨ましがられたものだ』
フェイスレスがワイヤーをしならせ解除、剣を引き戻しながら柱の前に立つ。と同時に、シャッターが完全に下りきり、間を置かず、天井から爆風の如く広がった青白い雷光にレイロードが叫ぶ。
「スタンッ!? EMPの併用かッ!?」
「っ、これがっ!?」
『それを見かね、男の父たる領主が、癒やしの術を使うと言う魔術師を招き入れた』
桜花は歪曲空間で、レイロードがマントで身を覆い防ぐも、僅かな痺れと目映い光量、加えて自身の迂闊さに眉根を寄せた。EMP、要は電子機器の破壊、妨害を目的とした電磁パルス攻撃だ。しかし、然程軍備に詳しくない桜花は、通信機器と読み違えたのだ。
『それは魔術師などではなかったが、男には知りようがなかった。医療に魔術は使えないとい言う事もそうだ。そして妻の容態は、悪化していった』
フェイスレスの語りを無視して、EMPが治まるやPDに吠える。
「おいッ! 聞こえるかッ!? クソッ……システムチェックッ!」
「どうです、聞こえますかっ!? 駄目ですね……」
『Checking……Processior,Memory,Storage,Graphic,Audio,Display,InPutDevice,NetworkAdapter……Online. NetworkService……Session out,No Connection.』
PDからの自己診断では、ハードウェアに損傷は見られないが、通信は途絶。砂嵐のようなノイズが答えるだけ。一つ、幸いだった事は、スピーカーが壊れ煩わしいアラート音が消えた事か。
意味も無く通信を遮断するとも思えず、桜花は頭を悩ませたが、それは案外直ぐに思い至る。
「レイロード、あの子達と話をさせたくないのでは?」
『それは、とても静かな朝だった』
「ッ!?」
桜花の言葉に反応したのか、フェイスレスが迫り、レイロードが間に割って入る。黒閃を潜るフェイスレスへ、刃の軌道を変えての逆袈裟。
『妻には予感があったのだろう。男が国境の遠征に出向いた朝だ』
フェイスレスが剣で捌きながら、弾かれたように距離を取るも、即座に切り返して再び迫る。
『報せ一つを受け取るにも、時間の掛かる時代だ。戻るならば、尚更に時間が掛かった』
「でなければ、通信妨害の必要性は限りなく薄い。見てきますよ」
「待てッ! 駄目だッ!」
シャッターを破壊しようとした桜花を、フェイスレスの剣を蹴り弾いたレイロードが、凄まじい剣幕で制止する。それは、桜花へ向けた物だけではない。確実にフェイスレスへも向かっている。
『戻って来た時には既に、妻は得体の知れない物に変わっていた』
「フェールセーフくらい用意しているだろう、さッ!」
訝しむ桜花に、レイロードがフェイスレスの左剣を掌底で跳ね上げ、骨を残して溶け出している被験体へ視線を送る。
『男の父が、魔術師から渡された薬を使ったと言っていた。それは、何処かに消えていた』
「脊椎は残っている! であればガーヴス……即効性の神経ガスだッ!」
レイロードが右剣を柄尻で捌きながら、鞘でフェイスレスの脇を打つも、質量を増加せずに打った一撃では効果がなく、唐竹に斬り返される。横に抜けながら"鳴り石"を一閃、空を切るが、フェイスレスも距離取る。
『男は恨んだ。男を恨んだ。魔術師を恨んだ。父を恨んだ。全てを恨んだ』
「G、A、R、V、S、どれだろうが、外に漏れれば禄な事にはならんッ」
険しく眉根を寄せるレイロードの言葉に、桜花の肩は跳ね上がった。詳細は分からない。GARVSと言うのが、神経ガスの系統を示す物である事が知れるだけ。どれ程の効果かは分からないが、市街地で、いや、そもそも使っていい代物でない事だけは確かだ。となれば、一つ問題がある。桜花は目を細め、それを見た。
『しかし、憎しみの矛先に、姿はなかった』
「……彼が使わない保証は?」
「……無論、ない……」
「……同感ですよ……」
レイロードからの返答に、桜花は力なく吐息を吐き出し、聞かれても居ない身の上話を、他人事のように語るそれを見、またも嘆息する。何処かで、それこそ、一月にも満たない昔に見たような光景だ。
『そして男は気付いた。皆そうではないのかと』
「……はぁ、分かりました……付き合うほかないと……後はあの子達次第、ですか……」
「……あの程度の技量でこの場に赴くなど、俺なら正気を疑うな……」
幻痛により、鎮痛剤を常用しなければならない程に体を痛めつけてきた男の言葉とは思えず、桜花は思わず何時もの半目を向ける。
『姿無き理不尽に怯え、憤り、向ける矛先を探しているのではないかと』
「……あの年頃のあなたって、今から見てどうでした?」
「……正気を疑うな……ッ!?」
"フェイスレスが投げた紅剣を捌いた桜花の裏拳"が、レイロードの脇腹に突き刺さり、代わりに、レイロードの刀が桜花の脇腹に触れる。冷たい感触と、レイロードの顔に広がる恐怖を感じた刹那、桜花の姿は桜の花へと変わっていた。
『ならば、その矛先になればいい。狂った男は受け入れた。そうで在る事を、受け入れた』
「おいッ、無事かッ!?」
脇腹を押さえ、眉根を寄せるレイロードに、フェイスレスが両の刃で躍り掛かる。レイロードが切り結び一方を捌くも、僅かに鈍った剣先では切り返しが間に合わない。あわや寸前、実体に戻れた桜花は紅剣を蹴り上げる。桜花の脇腹から、赤い雫が僅かに零れた。
「残りっ……!?」
「目も二つ、そう言う事か……大体のネタは割れたが……」
『すると、男の中から何かが溢れ出た。入り込んだのかも知れない』
抑揚なく語る、貌の見えないフードの中に輝く円は、二つにまで減っていた。レイロードが言う通り、二つの目で同時に現象を引き起こせるのだろう。だが、あとそれも2回。何度も喰らえば、何をされているかの見当も付く。このままなら削り切るのも難しくはない。しかも、漸く桜花に外傷を与えられるだけの戦場に出会えたのだ。最後までやらなければ、余りにも勿体ない。だと言うのに、桜花は堪らず膝を衝く。
『何時しか男の体は何かへと変貌し、そして男は死んでいた』
「す、すみません……ひ、日に2度はっ、流石に保たないっ……」
「いや、助かったのはこちらだ……」
庇うように前へ出たレイロードの姿に、桜花は僅かばかりの安寧を得る。自己の破壊と再生から生じたこの己顕法は、心身共に極端な負荷が掛かる。日に2度も使えばこの有様だ。折角の好機をみすみす逃す事になる。歯噛みする桜花の事など知らぬが如く、フェイスレスは続ける。
『故に叶える。願いを叶える。意味もなく、意志もなく、ただ望まれるがままに、それを成す』
「ハッ、ホザいてろ……確かに感じた。お前の剣には、俺を殺そうとする、殺意が宿っている……」
その言葉が、レイロードの心を明確に逆撫でた事を、桜花の瞳が如実に伝えた。戯れ言だと、切り捨てる事が出来なくなる程に。レイロード・ピースメイカーの剣は、届く事のない無謀な理想へ向けて振るわれている。その剣に向かい、己を偽り弓引く事は、レイロードにとって、侮辱以外の何物でもないのだろう。それはつまり、レイロードが斬った銀をも侮辱する事に他ならないからだと。少なくとも、レイロードは考えている。眼前の男をそうさせる銀に、桜花は、ほんの僅かに嫉妬していた。
『さすれば、人は誰かの所為に出来る。安寧を得られる』
そんな事など構う事なく、答える事なく、続けるフェイスレスに、桜花は感傷を害され毒づく、と同時に疑念が膨らんだ。何故、自分を語るに態々他人を装うのか。何故、他人のように物語るのか。
『故に、死者は歩くのだ』
「物語……あっ……詩詠魔法……?」
「溶液のマナが目的かッ!?」
尤も、桜花がその答えを見つけた時には、既に遅かった。迅速に目的を判断出来ていれば、"涼篝"でマナを焼き尽くす事も出来た筈だった。
『壊れ狂った理想をひさげて』
「っ……!?」
「クソがッ!?」
最後の言葉を引き金に、室内が一斉に白く輝き始め、桜花とレイロードは眩しさに目を覆う。その隙間から、立ち上った光が迷う事なくフェイスレスへと、その瞳へと、瞬時に集束する様を見せつけられる。見えない貌を覆った手の奥から、声が響く。僅かに、色付いた声が。
『そうだ、分かっているのだろう? ピースメイカー。君があの城で消した者は、私の妻だった者だ……これは謂れのない復讐だよ……私が、私の手で、君を殺す……私が願い、私が叶える、私の惨めな復讐だ……』
「……眼の対処だけなら、どうにか出来そうだが……先ずは機を覗う……すまんが桜花……付き合ってくれ……」
「……お給料、上げて下さいよ……?」
神妙に眉根を寄せるレイロードに、桜花は軽口で誤魔化しながら体を引き起こす。下げられたフェイスレスの手、その奥に、二つの輝く紋様が覗く。見間違う事なくそこには、左右それぞれ4つの円が、再び刻み込まれていた。