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カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
2章 故に死者は歩く
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4. 貌なし-4

 しゃがませたラナを見ながら、桜花は一先ず安堵した。服の合間に見える素肌に負った傷は、旋路(つむじ)で巻き上がった礫に依る物が殆どだ。肩にほんのりと切り傷らしき物は窺えるが、それもかすり傷程度。後で念の為に診察を受ければ問題はないだろう。当の本人も、さして気にした風でもなく、レイロードと白ローブの戦いを観戦していた。


「な~んか泥臭い戦い方……でかい口叩いた割には、大したことないじゃん」

「もう、いい加減にしなさいよ……そもそも、ピースメイカー卿と言えば、噂を聞く限りアウトスパーダでしょ? 効かなくてもあれだけ戦えるのなら、十分だと思うけど?」


 足を投げ出し、力を抜いたラナが、不満そうに口を尖らせ、その横でフルールが呆れたように首を振っていた。そんなフルールに同意するように、レオルが頷く。


「うん、白ローブ相手に断然押してる……まぁ、確かに、何だが違和感はあるけど……」


 遠目に映るレイロードは、ラナやレオルの言うように、何処か精彩を欠いているのは確かだ。どうにも力任せに手足を振り回している嫌いがある。ともなれば、白ローブの攻撃を尽く捌き、その都度打撃を叩き込んではいるが、当然の如く有効打にはなっていない。正確に言えば、尽く回復している状況だ。時折アウトスパーダで斬り込んでもいるが、吸われ掛けては破棄を繰り返していた。

 特にアウトスパーダは、極僅かと言えども餌をやっているような物。手を変えなければ旗色は悪い。が、3人に無駄な不安を与えるべきではないかと、桜花はそれとなく口を開いた。


「あの人、本来の得物は刀ですからね。修復に出している以上、仕方のない事ですが……精彩も欠けるでしょう。病み上がりでもありますしね。

 医師からも、体を動かした方がいいと言われたので、実践しているんじゃないですか? まぁ、気にする程でもないでしょう」


 それは、ラナへの意趣返しと言う意味も僅かに含んでいたのだが、思った以上に効果はあったらしく、一様に目を丸くして、レイロードの姿を追っていた。


「マジかよ……それでもあんなに戦える物なの? 分かってはいたつもりだけど、やっぱり凄いね……。

 ……そうだね、さっきのも凄かったもんな……」


 言いながらレオルが、先程正しく降って沸いた真鍮の柵へ視線を向け、フルールとラナもそちらを見やって溜め息を吐いた。それが自身との力量差からくる物だと、桜花の瞳が識らせる。結局、ラナも悪態を吐きながらも、腕前だけは認めざる負えなかったのだろう。そしてまた、一様にレイロードと白ローブの戦いに目を戻し、釣られて桜花もそちらを見やった。


 振り下ろされた"貌なし"の手刀を、一歩踏み込み、左の手甲で流しつつ跳ね上げ、同時に左肘を空いた顔面へねじ込み、揺れる頭部へ裏拳を撃ち込む。そして、体が崩れた"貌なし"へ、鬱憤ごと拳叩き付けた。

 

「いい加減ッ、大人しくならんかッ!」

『出来ればそうしたいのだが……』


 仰け反った"貌なし"の手が、鉤爪状に変わるや、掬い上げるように振るわれる。その一撃を、沈み込みながらの水面蹴りで躱しながら潰し、浮いた"貌なし"へ回転の勢いを乗せた左膝。"貌なし"が更に跳ね上がり宙に踊る。


『ままならないものでね……』


 それをさして気にする様子もない"貌なし"を睨み付け、明鴉(あけがらす)6振りで斬り込むも、接触の瞬間鈍さを感じ即座に破棄。レイロードの眉間に皺が深まる。


「ヌケヌケとッ!」

『この体がね――』


 飄々とした"貌なし"の姿は、無駄な抵抗だと嗤っているようで、レイロードの神経を無性に逆撫でる。こんな物なのかと。こんな物の為にかと。落ちる"貌なし"を睨み付け、苛立ちを握り潰すようにマントを掴む。質量付与と同時の斬り上げ。"貌なし"の胴へ黒閃を疾走らせる。


『――勝手に動くのだよ』


 が、真っ二つになる筈の体は、突如として人体構造に逆らいあらぬ方向に折り曲がると、黒閃を避け振り上げたレイロードの腕に絡み付く。


「チッ!」

『ぬぅッ!?』


 瞬間、力を吸い取られる感覚に襲われたレイロードは、舌打ち一つ、"自戒"で以て"貌なし"に質量を付与。急激な自重の増加に体感覚を狂わされた"貌なし"を、その重さに任せて地面へ叩き付ける。轟音を伴い"貌なし"が大地に沈み、衝撃で絡んでいた腕が引き剥がされる。即座に腕を引き抜き後退。"自戒"から解放され跳ね起きた"貌なし"を睨み付け、そして再び"貌なし"へと向かい地を蹴った。


 桜花はそれ以上レイロードの戦いに興味を示す事なく、ラナへ薬を塗っては保護シートを貼っていく。実際、刀のないレイロードの戦いなど、興味はなかった。それよりもまだ、興味を惹かれる事が目の前にある。ラナを覗き込む黒真珠の瞳に己顕(ロゼナ)光が奔った。


「所で、貴方は何故……天窮騎士(アージェンタル)を毛嫌いするんですか?」

「……別に? 大した理由なんてない。単なる子供の癇癪みたいなもん……そんだけ」


 僅かな沈黙の後、口を開いたラナは、それだけ吐き捨て肩を竦めると、つまらなそうに視線を逸らした。拗ねるような態度からは、聞いて欲しいと言う心理と、聞くなと言う心理が混在し、桜花は言葉に詰まる。

 フルールは眉を顰めて困惑気味であり、レオルは曖昧に悲哀を湛えている。周りから最適解を得られそうもないと判断した桜花は、結局、自身の好奇心を優先させた。


「そうですね、ではこうしましょう。助けたお礼に聞かせて下さい。アレですよ、ご近所のおばさんのお節介、みたいなものですよ」

「……その言い方ズルくない?」


 実に軽い態度で手を打ち合わせた桜花に、ジットリした視線をラナが送る。が、観念したように溜め息を漏らした。


「……まぁいいけど、単にあたしの父親がさ、天窮騎士(アージェンタル)になれるかも、何て言われてて、んだけどまぁ、ワーカーホリックなのか何なのか、家族を見てない気がしたんだよね。いっつも遠い目してさ……ね? 子供の癇癪っしょ? 分かってはいるけど、ちっさい頃の感情って、な~んか奥底にこびり付いて消せないんだよね~」

「そっか……ただの悪ふざけじゃなかったんだ」


 その時の事を懐かしむように、呆れるように、郷愁と哀愁に浸って空を見上げ、ラナが目を細める。そしてその頭を、柔らかく微笑んだレオルの手が、優しく撫でていた。


「……今でもちょっとしたトラウマなんだね、ラナには」

「うっさい! 撫でんな! うっわ、なにその顔! むっかつくわ~!」

「たまにはいいじゃん」


 赤面したラナがその手を払い除け、噛みつかん勢いで口を尖らせる。が、レオルは臆する事なく、ラナの頭を狙っていた。

 そんな2人を余所に、桜花は過去の感傷に浸っていた。親に向ける感情こそ違うものの、桜花の心にも、こびり付いている物がある。それはまだ、桜花が5歳程の頃、両親に何の気紛れだったのか、顕装術(ケーツナイン)を見せた時の事だ。


――何だオメェ、そりゃ顕装術(げんそうじゅつ)か? ああ、普通は習わなけりゃ使えねぇんだけどな。いやいや、別に他と違うって事ぁ悪い事じゃねぇよ?

  はっはっはっ! 使うなとも言わねぇよ! ひけらかすなとも言いやしねぇ。けどな、そりゃ特別な力だ。一歩間違やぁ、何でもかんでも壊しちまう。だからよ、使う時は、オメェが本当にそいつを修められたと、修めたいと、そう胸張って誇れるようになったらだ。で、どうだい? やるか?――

――もう、あなたは難しく考えすぎよ。ねぇ、織佳ちゃん、織佳ちゃんの好きにすればいいのよ? 間違えたら、お母さんがちゃ~んと叱ってあげるから、ね?――


 結局、桜花は……織佳は、顕装術(ケーツナイン)を使う事なく十年余りを過ごした。父にも、母にも、どちらにも似つかない、ただ天に与えられただけの力を、誇る気にはなれなかったからだ。

 桜花の両親は、織佳を、心から愛してくれていた。己顕法(オータル)は愚か、顕装術(ケーツナイン)ですら習う事なく使って見せた、戦う為に生まれたような織佳を。奇異の目で見る事もなく、必要以上に担ぎ上げる事もなく、時には厳しく叱り、ごく普通の子供として育ててくれた。特異な力を持つ訳でもない妹が生まれた後も、分け隔てなく。

 そんな両親であったからこそ、時が経つにつれ、織佳は何もせずに得た幸福を、それを享受している自身の存在に、歪な後ろめたさと疎外感を抱き始めていた。そして、妹の一言が、最後の引き金となり……桜花が今、ここに居る。

 そんな感傷に浸っていた桜花は、桜花にしか届きそうもない程に微かなフルールの呟きに、現実へと引き戻された。


「……そっか、知ってるんだ……私は……知らなかった……」


 恐る恐るそちらを見れば、フルールの貌には、困惑、失意、諦観、嫉妬、悲哀、様々な感情がない交ぜになった、複雑な表情が浮かんでいた。

 何故こんな所に地雷が埋まっているのだろうか。冷たい汗が頬を伝う。何故、好奇心からこんな質問をしたのだろうか。何故、あそこの二人は未だにじゃれ合っているのか。何故、白ローブと殴り合っているのがレイロードなのか。

 桜花は頭を抱えたい衝動に駆られたが、頑として聞かなかったフリをしつつ、早く終えてほしいと、レイロードに届きもしない祈りを捧げ――真鍮の瞳を捉えた。桜花の貌に、花のような笑顔が零れた。


 "貌なし"の貫手を捌いた際、レイロードの瞳が桜花を捉える。満面の笑顔を浮かべた桜花は、目が合うや、突如祈るように手を組み合わせ、懇願とも取れる視線を寄越す。普段以上に鬱陶しいその視線に、レイロードは眉根を寄せると、そっちでどうにかしろと、素気なく追い払う。ともすれば、桜花が死刑宣告でも受けたかの如く、絶望的な表情を浮かべていた。

 アイツは何をやっているのだろうかと、訳の分からない桜花の態度に眉根を寄せるも、構わず"貌なし"の肩に右肘を打ち下ろす。重さと衝撃に膝を突いた"貌なし"の頭部に、追撃の右回し蹴り。"貌なし"が大きく仰け反り地を滑り、そして造作もなく体制を立て直した。今までと変わる事のない繰り替えし。が、桜花百面相が幾分かレイロードの心を軽くしていた。


『……気は済まないだろうが……残念ながら君では、どうやら私を殺しきれないらしい。諦める事もまた、勇気ではあるよ? こう言っては何だが……君には光る物がない』

「ハッ、黙れ、知った事か」


 まるで、気遣うかのように告げる"貌なし"を一笑し、明鴉一振りを射出、直撃の寸前に質量を付与。鈍い衝撃音を響かせて、"貌なし"の上体が仰け反る。貼り付いたままの明鴉を即座に破棄。


『……ならば構わないさ、存分に這いずり回っていればいい。だが、私が死ななければ無用な死者が出続ける。それでも構わないのかね?』

「……黙れと言った」


 脅しにもならない"貌なしの"弁に吐き捨てながら、明鴉の第2撃。質量を持った羽刃は、"貌なし"を更に仰け反らせる。吸われる前に破棄。続けて第3、第4射と、真鍮の羽刃を撃ち出し質量を付与。その度に"貌なし"がたたらを踏んで退く。


『……ならば邪魔をしないでくれないか? 君は構わないのだろうが、私は構うんだ』

「黙れと言ったッ」


 レイロードに構う事なく、口を開く"貌なし"を睨み付け、明鴉を展開。6振りを同時射出し質量を付与。衝撃で"貌なし"が勢いよく地を滑り、土埃と若草が舞い散る。が、当の"貌なし"は、然したる興味も見せず、黙る事もなく、明鴉を吸い込みながら、レイロードに語り掛けてくる。


『……分からんだろうがね、自らの意志が、この体にない事は、一種恐怖だ……体は既に人の道を外れ、気が付けば心すら消えていく。昔の事さえ朧気だ……まぁ、それはどうでもいい事か』


  重々しかった口調から一転、最後の一言を気楽な物へと変え、"貌なし"が肩を竦めた。その姿には、言葉通り、過去の情景など気に掛ける様子は見受けられない。


「……俺は、黙れと言ったんだが?」


 レイロードは眉根を寄せ頭を掻くと、"貌なし"に突き立っていた明鴉の基部目掛け、新たな明鴉で斬り込む。金属音にも似た硬質な音を響かせ、衝撃が"貌なし"の姿をまた一歩遠のかせる。

 斬り込んだ明鴉の制御が奪われる事はなかったが、"貌なし"の見ない貌から吐き出され続ける言葉を御する事もまた、出来なかった。


『兎にも角にも、私に出来る事は、誰か数人を捕らえ、啜り、私の意識を保ち続ける程度でね。私を封じた者も、既に生きてはいないだろうさ。

 ……だから、あっちの3人を渡してくれないか? 君や黒髪のお嬢さんでは、些か私の手に余るからね』

「……フザケろッ……」


 レイロードの肩越しに、桜花達を覗かんとする"貌なし"の視線を、明鴉で遮り、レイロードに怒気が満ちる。"貌なし"の言い分は、一方的なものではあるが、理には適っている。そう納得してしまう。レイロード・ピースメイカーもまた、本来は"そちら側"なのだと、分かってしまう。故に、余計腹立たしい。尤も、所詮、そんな事など付随品でしかない。レイロードに渋面を作らせる本当の理由……。


「……何を誤想しているかしらんが、当たりは付いた。安心しろ、お前は消える」

『ほう! それは興味深いな。で、どうやるのだね?』


 顎に手をやり、"貌なし"が興味深げに首を捻る。その姿が、実に腹立たしい。出来るわけはないと、暗に告げているようで。それはつまり、天窮騎士(アージェンタル)など大した者ではないと言うに等しい事だ。

 確かに、レイロードの才など、所詮は真鍮、金ではない。幾ら磨いたところで、目映い輝きを発する事もないない。が、だからとて、天窮騎士(アージェンタル)なのだ。ならば才に意味は無く、輝きに意味も無く、往くべき道は一つしかない。


「一つ、言っておく……」


 腹の底で静かに湧き出る怒りを押し殺し、明鴉12振りを、右上に集めると、掌を象るように広げる。次いで、それぞれが基部と刃の接続箇所で折れれば、それはまるで、両の手で剣を構える拳が如き姿。その握り込んだ拳から、膨大な真鍮色の燐光が吹き出し荒れ狂い、再び集って姿を変えていく。


「ロマーニの銀に、敗北など、無いッ」


 そして、真鍮の嵐が過ぎ去った後には、巨大な透けた刃が、それこそ10メートルはあろうかと言う刀が、明鴉の手に握られていた。



「何かでかいの出てきたんだけど……」

「ふむ、"疑心装"ですね……しかしまた器用な……」


 裏切り者の作り出した巨大な真鍮色の刀を見上げ、ラナが呆けた声を出す。一方で、桜花の目は、基部で折れた明鴉に向かっていた。切削機の次は探索機。今度は折れ曲がって物を掴んだ。次は切り離したりしてきそうだと、結局何なのかよく分からない真鍮の羽刃へ、気の抜けた視線を送る桜花の横で、フルールが首を傾げる。


「ギシンソウ?」

「ええ、まぁ、名前の通り……って、ああ、これは和雲(いずも)語でしたね……えと、こちらでは何と言うのか……」


 古流故、イグノーツェでの名称に対して言葉に詰まり、何か降ってこないかと桜花は天を仰ぐ。が、当然の如く、知らぬ言葉は降りてこず、代わりにレオルが後を引き継いでいた。


「横からごめん、こっちでの術名は"イミテーション・コア"だとか、"パスティーシュ"とかだね。模倣、と言う名から、アウトスパーダを再現しようとした物だとされているらしいよ。

 己顕法(オータル)が確立されるまで使われていた術で……と言っても、ただ己顕(ロゼナ)を固めただけだから、己顕法(オータル)みたいな特性はないし、結構脆いうえに、見た目程切れ味はよくなかったとか。だから、征帝歴初期の頃には使われなくなって、今じゃ聞く事もなくなったみたい。

 あ、後、似てるけど、"剣聖"イル・バーンシュタインのデュラビスコートとは全くの別物だね」

「オリハルコンすら斬れる、って言うのは眉唾だけどね~」


 スラスラとそらんじたレオルの最後の一言に、目聡く反応したラナが、嫌みったらしく口を尖らせ、レオルが苦笑する。そんなレオルをまじまじと見つめていたフルールが、得心がいったと言うように、幾度か頷くと、些細な疑問を呈す。


「昔はそんな技術もあったのね……でも、現代では使い物にならないなら、レオルは何でそんな物を?」

「あぁ、別に大したことじゃなくてさ。腕がない分、知識位は、ってね。でも、メジャー所じゃ面白くないから、マイナー所を、ってさ」

「そうなんだ?」


 はにかむレオルに、フルールが優しげな、切なげな瞳を向けていた。が、そんな事などお構いなしに、ラナがレオルの顔を覗き込んで頬をつつく。


「でもさ、それって時間の無駄じゃない?」

「うるさいなあ、人の勝手だろ……身になる事だってあるんだよ」

「ほほう? なに、どんな事? ほれ、言ってみ?」


 そして、睦まじい二人に向けて、仄かな愛憎を漂わせるフルール。そんな様相を見せつけられた桜花はと言えば、気恥ずかしさやら、居心地の悪さやら、居たたまれなさやら、背筋の悪寒やらに苛まれ、思わず胃を抑える。


「……レイロード、レイロード・ピースメイカー……胃が、胃が痛いです……」


 涙目で独りごち、降りかかった災厄から目を背けるように、或いは救いを求めるように、再び視線を裏切り者のレイロードへと向けた。



『見事な物だが……己顕(ロゼナ)の刃か……食い応えはありそうだが、?』 

「……ほざいていろ……」


 巨大な真鍮色の刀を見上げ、感心半分呆れ半分、と言った様相の"貌なし"を一蹴し、レイロードは、明鴉の握る巨刀、イミテーション・コアを水平に寝かす。確かに、己顕(ロゼナ)の塊だけでは意味がない。が、それは質量がないからだ。同じ己顕(ロゼナ)の塊でも、質量を与えた明鴉は、"貌なし"へ衝撃を与えていた。ならば、重さには意味があるのだ。

 レイロードの己顕法(オータル)、"自戒"に依る質量付与は、手で触れていると認識出来る物に限る。が、己の全てを顕わすアウトスパーダとなれば話は別。ともなれば、アウトスパーダが触れている物もまた同じ。質量の付与は可能だ。

 とは言え、これだけのサイズに加え、密度も低いとなれば、普段の刀のように、斬り込む瞬間にだけ十分な質量を与える事は難しい。ならば、最初から付与してしまえばいい。

 真鍮の巨刀へ付与する質量を徐々に増加させていき、振れる限界までに増大。当然、振りの速度も極端に落ちるが、"貌なし"の態度を見るに、避けはしないだろう。そう、レイロードは確信し、左薙ぎの一閃。

 薙ぎ倒すように振るわれた刃は、舌舐めずりでもするかのように待ち構えていた"貌なし"に突き刺さり、暴力的な破砕音を鳴り響かせへし折った。


『ゴあァァアァッ!?』


 直撃した刃の質量は500キログラムに達する。それだけの質量は、"貌なし"の頑強な体を砕きながら、運ぶように弾き飛した。明鴉の制御は生きている。直接当てさえしなければ、制御は奪われないのだろう。それだけ確認出来れば十分と、すかさず地を蹴り、重い分、速度の出ない明鴉を追い抜き"貌なし"に迫る。


『動くかっ!?』

「当然だッ」


 大地に激突し跳ね上がった"貌なし"の脇腹に、左のショートブローから右拳を打ち下ろす。再び叩き付けられ、尚も跳ねる"貌なし"へ、追いついた巨刀による右薙ぎの一閃。"貌なし"が咄嗟に防御の態勢を取るが、大質量の刃は、防御ごと容赦なく"貌なし"を打ち据える。


「……無駄だ」

『ヌウゥゥゥウウウウウッ!? 吸い切れん!?』


 重心を落とし、濁流のような斬撃に抗おうとする"貌なし"を見るや、すかさず明鴉一組を巨刀の柄尻へ滑らし、捻るように切っ先を返す。


「食事と変わらんのだろうな……」

『ヌッ!? ガッ!?』


 拮抗が崩れ、体制をも崩した"貌なし"へ、強烈な右切り上げ。右足を砕きながら、その体を打ち上げる。返す刀で左切り上げ、左足を叩き折って更に上へ。四肢を潰した事を確認すると、レイロードは上空でイミテーション・コアを上段に構える。イミテーション・コアの刃は既に、幾度の戦場を越えたかのように欠けていたが、明鴉の制御が奪われていない以上、問題はない。


「……デカくて固ければ、当然食い難い……」

『おお!? 成程、そうれはそうだ。ならば、食えない訳ではないともいえるぞ?』


 打ち上げられ、自由を奪われて尚、軽口を叩ける"貌なし"に、レイロードは半ば感心しながら、最大限にまで質量を付与し始める。1トンを越え、2トン、3トンと質量を増していく真鍮の刃は、"貌なし"が落下してくる頃には、10トンを越えていた。そして最早、振りようもなくなった質量の塊を、引力に任せて解放する。


『ぬあぁぁァァアアア!?』


 "貌なし"を巻き込み押し潰しながら、真鍮の刃は自由落下に任せて大地へ向かい、反してレイロードは、明鴉の刃を旋転させ、ながら宙へと浮かぶ。唸りを上げる切削音すら掻き消す大音量の激突音と砂塵を撒き散らし、巨刀が"貌なし"を大地に縫い付けた。


『動、吸い、これではっ! …………。

 ……ふっ、はっ、ハハハハ! フハッ、ふははっ! やってくれるな! っ、ハハハハッ!』


 動揺したのも一瞬、"貌なし"が実に愉快そうに、満足そうに、刃に潰されながら高らかに笑う。眼下にその姿を納めながら、レイロードは眉根を寄せた。望まずに殺し、望まずに生き、消える事を恐れ、自らの死に笑う。


「終いだ……出てて来るべきではなかったんだよ……お前は……」


 彼の地で静かに眠り続けられれば、また別の道もあったのだろうかと、奥底に沈んだ哀愁の念を押し殺す。右翼6振りが切っ先を下げながら足元へ。集った6振りの削刃が、足を軸にし更に輪転。切削音を掻き鳴らし円柱を象る。


「渡れ、明鴉……。

 ゼェェェェエエエエエッ!」


 裂帛の気勢を響かせ、刃を纏わせた右後ろ回し蹴り。蹴り撃たれたその猛勢を以て、眼下へと突撃する。切っ先に漆黒の環を描き、雷光を迸らせ、触れ得る全てを粉砕し、


『ああ! ああっ!? そうだっ! この輝きはっ! この輝きこそはっ! 私がっ!』


 そして"オービタルブレード"は、歓喜に沸く"貌なし"へと叩き込まれた。荒れ狂う削刃は、"貌なし"の強固な装甲を容易く粉砕して引き剥がし、雷光を引き連れ塵へと変えていく。

 目映い光に包まれたその中で、飛び散ったフードの、砕け散った仮面の下に、レイロードは見た。憂いを秘めた瞳で、窓辺に佇む女性の貌を、その声を、確かに聞いた。


――あぁ、私が見たかった、あの窓辺の向こう側……何処までも広がる、茜色の空……何処までも羽ばたく……金色の鴉……運んでくれた……天に馳せた……私の願いを……――

「っ!? お前はッ!?」


 "至りし冬の明鴉"、その最後の一説を打ち砕き、オービタルブレードが響き渡る。何時かの空に、沈み往く陽の光に、誰かが見た、明けの輝きを思わせながら。全ての過去と、全ての願いを引き連れて、穏やかな誰かの微笑みを呑み込みながら、真鍮色の光が世界を満たしていった。

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