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カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
1章 王と名もなき小人
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0. 銀の真鍮-4 (イラスト:レイロード)

 大地を砕き、砂塵を巻き上げ、新緑の若草を分け断ち、藍と銀の砲弾と化したレイロードは突き進む。

 最早思考は必要ない。体が覚えている。如何に撃ち、如何に斬り、如何に砕くかを。


「見えたか……」

――マウント――


 真鍮の瞳が対象を捉え時には、既にそれは発動していた。

 鎧に、瞳に、その意匠を表す色。

 金の紛い物、貧者の金、レイロード・ピースメイカーの色たる、真鍮色の光。レイロードの己顕法(オータル)、その一つが。

 己顕法(オータル)は個の有り様を力に変える術法。そして個人の"今"へと至る、最も強い有り様を起源と呼んだ。アルト・ダルジェントが顕せし起源に肖り、それはこう名付けられた。


――アウトスパーダ――


 原初にして、唯一、実体を持つ己顕法(オータル)。遥か時を越え、レイロード・ピースメイカーを天窮騎士(アージェンタル)足らしめた己顕法(オータル)だった。


――明鴉(あけがらす)――


 レイロードの駆け行く先に真鍮色の燐光が舞い、閃光となって奔るや、己顕法(オータル)が象った12の姿を明瞭に写し出した。その間、僅かコンマ1秒。走り抜けながら顕れたそれを背に纏う。

 それは全長は1メートルを超える……剣、なのだろうか? やや丸みを帯びた先端を持つ杭を圧し延べたような、幅広で長く伸びた部位とそれを保持する機械的な基部で構成されている。剣と言われれば剣とも言え、剣ではなないと言われれば剣ではない。

 翼から零れ落ちた羽の1枚。機械的な羽の刃、敢えて言うなら、それが一番近いのだろう。

 鍔もなく柄もなく、自らを守る術もなく、差し出す手を持たず、今にも零れ落ちそうな刃を、心に蓋をし、抑え、それでも尚、手の届かない何処かを眩しく見つめるような……。



 対象まで約500メートル。12振り6対、真鍮色を発するアウトスパーダ・明鴉を翼の如く背に纏い、勢いを殺さず駆け抜ける。


『GhuaAaaaAaaaaAAa!』


 大気を、大地を、木々を震わせる咆哮を吐き叫び、正面に立つヴァノッサの1体が血走った目を向ける。だが、その時には既に、レイロードは目前まで駆けていた。

 正面に1、正面奥に1、右手に1、左手後方に1。意識すらせず敵の位置を補足。

 巨木のように太い右腕を荒々しく振り回し、眼前の怨敵を砕かんとするのは、眼前のヴァノッサ。高速で動く大質量の物体が、大気をうねらせ木々を叩くがしかし、それでは遅すぎた。

 マントが描く幾何学模様の燐光を引きずって、レイロードは巨躯の下を駆け抜ける。真鍮の羽は刃と化して舞い乱れ、撒き散らされる閃光の中を黒閃が疾走った。そして残るは鈴鳴り一つ。

 風が流れて消え行くような刹那の間に、ヴァノッサの胸部には、腹部には、浅い斬り跡が刻まれ、残された左腕は大きく切り裂かれていた。

 ヴァノッサの傷跡から赤い霧が吹き出す。軸足を崩された巨躯は、自重を支え切れずにたたらを踏み、地響きを鳴らして倒れ崩れた。

 居合、真伝朔凪派夢想剣・"鳴り石"。居合は、城内で座した状態から、奇襲に対処するべく編み出された剣技だったが、鞘内から繰り出される斬撃は、剣の間合いを見切らせず、剣速をも疾く見せた。その技法は、顕装術(ケーツナイン)に依り純然たる速さをも手に入れる。神速、超神速、そう揶揄された剣速は、音速を超え、超音速の世界へと昇らせた。

 超音速の抜刀と納刀。それが先程の鈴鳴りの正体だった。"鳴り石"とは、その音から取られた名であり、レイロードの基本斬撃でもある。


「随分と肥えた……」


 想定以上の硬たさに顔を顰めるが、そんな物は戦場(いくさば)の常だと切り捨てる。倒れたヴァノッサはまだ動いているが、振り向く事なく奥の1体へと突き進む。そのレイロードの背に、まるで逃がす物かと尾が振るわれるがしかし、見えていたかの如く跳び、事もなく躱す。

 一跳びで持ち上げられた先は、優に地上10メートル。眼前には持ち上がった鎌首に、待ち構える憤怒の瞳。今まさに、ブレスを吐かんと広げられた顎門に覗くは、凶悪なる峰が連なる山脈、その奥で猛る火口と言った所か。


「ハッ、良い位置だッ」


 眼前の火口から熱量が膨れ上がり頬を焦がす。その元凶に向かい、同時に6振りの真鍮が翻り舞い踊る。騎士が振るう剣の如く、鋭く、疾く、正確に、羽刃の嵐が吹き乱れた。

 吐き出される筈だった爆炎がその場で唸りを上げ、轟音が大気を震わせる。至る所に損傷うを負ったヴァノッサの顎門が、その衝撃に依って限界まで押し広げられた。炎冷めやらぬそこへ向け、"鳴り石"を一閃。鈴鳴りを響かせ、黒閃がヴァノッサの顎門を切り落とす。


「まずは一つッ」


 左手側のヴァノッサが翼を羽ばたかせ、飛翔しだすのを捉える。だがそれよりも、右手背後からブレスを吐こうとしているヴァノッサが優先だ。顎を落とされたヴァノッサの首を足場に、そちらへ跳躍。マントから溢れる燐光が軌跡を描き、足元を灼熱のブレスが抜けて行く。

 直接見えなくとも見えている。"象圏"、そう称される己顕(ロゼナ)のフィールドで。

 象圏はその範囲に入った物体を己顕士(リゼナー)に伝達させる広大な眼だ。パーソナルスペースと呼ばれる他者との距離感、それが己顕法(オータル)と共に明確な力となって顕れた。一般的な象圏の範囲は半径10メートル程。しかし、レイロードの象圏は、実に半径150メートルにも達していた。無論、長短はある。精度は経が小さい程に高く、大きい程に低い。しかしこの巨体だ、逃せと言う方が無理がある。何の問題も感じられなかった。

 右手のヴァノッサ目掛けて宙を跳ぶ傍ら、レイロードの周囲に再び燐光が迸るや、閃光となって奔り、失われた6振りの明鴉を写し出す。


「こんな所か」


 空を迫るレイロードを捉えたか、ヴァノッサの狂乱に満ちた瞳が細められた。大太刀は届かない。質量がなく、厚みのある明鴉では禄に切り込めない。それは先の攻撃でも明白だ。されど、"明鴉"にとって、この問題を解消する事は、至極簡単だった。


「悪いが……」


 刃と基部、二つで構成されたアウトスパーダ・明鴉、その刃のみが甲高い音を掻き鳴らし錐揉み回転し始める。大気を切り裂き掻き回し悲鳴を上げさせて、刃はその姿を杭へと変えていた。

 刃自体はよく斬れる。理不尽な程によく斬れる。ならば回転させればいい。回して回して回して……。


「削り断たせて貰おうかッ」


 レイロードの周囲に、真鍮の燐光が舞う。と同時に、右手側の6振りを撃ち出した。

 音速で射出された削刃を躱す事など、ヴァノッサの巨躯では出来よう筈もない。大気を捩じ切り掻き切って、一切の容赦なくその鎧を削り断ち、削刃が突き刺さる。紅い巨躯が揺らいだ。とは言え、敵のサイズがサイズだ。刺さった所で殺し切れはしない。

 が、レイロードがその頭部に辿り着くには十分過ぎる隙だった。

 左手側、6振りの削刃が乱舞し嵐を巻き起こす。真鍮が煌く毎に、消しゴムでも掛けたようにヴァノッサが削られ消えて行く。

 咆哮一つ上げる間もなく、その一体は頭部を消失させていた。


「これで二つッ」

『GHuaAAAaaooOOOOO!』


 回転させた分時間が掛かった。案の定、背後で宙に浮いた1体が、巨大な炎弾状のブレスを発射していた。最初の一体も起き上がろうとしている。だが、問題はない。有りはしない。

 空中で体を捻りそちらに向き直る。真鍮の瞳が捉えたものは壁、正に炎の壁だ。徒人であれば、いや、一流の己顕士(リゼナー)であっても立ち竦んでしまいそうな光景を目の当たりにしても、レイロードの心にはさざ波一つ立ちはしなかった。


「ハッ、楽には行かんな」


 ばやきながらも準備は既に出来ている。レイロードに向かう炎の壁を遮り、閃光がアウトスパーダを象る。その数、実に122振り。

 壁が迫るなら、壁を創ればいいだけ。手持ちと合わせて128振りの明鴉。それを放射状に並び立て、真鍮の壁を創り出す。間髪入れず壁の向こうで爆炎が轟き熱風が伝わる。耐え切れなかった羽刃の数々が砕けて散ってゆく。生き残った羽刃は46。6割近く落とされたが支障ない。

 残った内から12振りの明鴉を引き戻し、背に纏いつつ、最初の1体の周囲へアウトスパーダの展開を開始する。レイロードが可能な最大同時展開数、及び最大同時操作数は128振り。手元に46、残り82振りの同時展開。

 己顕法(オータル)の展開範囲は象圏に依存するが、展開位置は術者との相対座標ではなく、絶対座標だ。つまり、術者が移動する事で象圏から己顕法(オータル)が外れた場合不発になるが、遠距離で展開を開始し、近づく分には問題ない。そして己顕法(オータル)は、象圏の中心へ近づく程に展開速度が上昇する。


「ならば……」


 手元に残った羽刃を足場に、跳んで戻し、跳んで戻す。真鍮の無限軌道を形成し、巨大な翼を引き連れて、レイロードは眼下のヴァノッサ目掛けて宙を駆けた。


『GyaUuUaaaaAAA!』


 右手側で、空中の個体が第二陣を吐き出す。それを象圏で捉えると同時に跳躍。手元の羽刃を右手側へ滑りこませ、炎を防ぐ盾とする。掠った火球に3振り残して落とされたが、82振りの展開は終了していた。

 先の個体を見やれば今度こそ叩き落とさんと、顎門に業火が溢れ出る。2度防がれたにも関わらず、剛毅な事だ。無論、3度目も、ない。

 先ずは眼下の一体。明鴉を回転させる時間が惜しい。

 数に任せた同一箇所への連続攻撃。真鍮の奔流が巻き起こり、眼下の巨躯を閃光が手当たり次第に切り刻んでいく。それでも一箇所へのダメージは致命傷とは言い難い。が、本命は大太刀の一撃。


『KuaA? HaaaAAAA!?』


 唸るヴァノッサ、その首の付根、脊柱付近に程よい切り口を確認するや羽刃を蹴る。明鴉は残したままに、重力加速度の後押しを受け急降下。先程まで居た場所を火球が通過していた。

 首筋と交差する刹那、黒閃を疾走らせ、鈴鳴りが木霊し大地が迫る。


「チィイイッ!」


 接地の瞬間、体を捻り落下速度と重量を回転力に変える。大仰な衝撃音を引き連れ体が軋む。左足を屈め、外へと勢い良く回し広げた右足が大地を滑り円を描く。接地と同時の足払いだ。

 顕装術(ケーツナイン)での強化は、あくまで型の入りから終わりのみ。恒久的な強化は行えない。そのため、状況に応じて攻撃以外にも型を組むのが基本だ。これにより、即死は免れないであろう大地への激突に対しても、レイロードを無事に帰還させたのだった。

 レイロードの背後で、久方ぶりの帰還を見届けたヴァノッサの首もまた、木々を震わせ砂塵を巻き上げ、大地に帰した。


「三つ……」


 これで残り1。なれば問題など有りようがない。空中では翼を羽ばたかせ、最後の1体が突撃せんと身構えている。


『ZuaAoOOAAaaaaaAAA!』


純粋に翼を羽ばたかせている訳ではない。翼部で生み出された魔法マギアにより揚力を発生させている。羽ばたきで気流を調整しているらしい。

 何が言いたいかと言えば、結局の所、翼を叩けば落ちる、と言う事である。

 未だ上空に浮かんだままの85振りを、滑空し始めた翼に向けて一斉射。皮膜状に見えてその強度は恐ろしく高い。が、斬るのは容易だ。これだけの数を叩き込めば迎撃するのは難くない。

 閃光が奔り、雄叫びが天を突き、紅い塊が大地に引き寄せられる。


『GyyyyGhuAaaahAaaaa!』


 地鳴りを起こして巨躯が滑り、尾が周囲を伐採し、鎌首が跳ねて上がる。

 慣性に引きずられ紅が地を抉り、レイロードの眼前へと迫り来る。

 バランスを崩した結果、腹側を向けて迫り来る姿は、マグマの奔流を彷彿とさせた。

 大地は歴とした武器だ。少なくともレイロード・ピースメイカーはそう考える。叩きつけてよし、蹴り上げてよし。何よりもその反動はこの上ない程の。

 レイロードの体が捻られ、左脚を軸足に右足が引き上げられる。マントが翻り、燐光が空を舞う。

 中世から、金属鎧とは鈍器でもあったのだ。脚部だけでも5キログラムを超える質量を持った。

 それは顕装術(ケーツナイン)に依って音速域にまで高められた質量弾。その一撃は凄まじい威力を叩き出す。それこそ、必殺、と呼んでいい程に。


「ゼェェェエエエエエエッ!」


 そして、裂帛の気合と共に、必殺の右後ろ回し蹴りが、迫り来るヴァノッサの胸部を――撃ち穿った。

 黒の衝撃波が吹き荒れ、轟音が大気を震せ世界を包む。

 発せられた衝撃音は、曲がり間違っても人間程度の質量が叩き出す音ではなかった。大地の反動と対象質量を考慮したとしても。それこそもっと大質量の……。


『cuhAaaAAAaaaAA……』


 巨躯に似つかわしくない程に弱々しく、掠れた雄叫びをヴァノッサが響かせた。その胸部は押し潰され、波打ち、その波が首へ、肩へ、腹へと伝播して行く。そして、力の奔流は遂にはその体をも弾けさせ、肉片と血飛沫の代わりに、青白い燐光を撒き散らす。

 砕けていても不思議ではない筈の脚甲は、何故か無事だった。


 大体のクイントに共通する弱点が2つある。1つは頭、もう一つはコア、所謂心臓である。

 殆どのクイントと同じく、ヴァノッサのコアは胸部。そこに大威力の衝撃を叩き込まれコアが崩壊。ブラストバック、コア崩壊の余剰エネルギーが、体内で暴発する事を指すそれを引き起こし、遂には本体を爆散させたのだった。

 ブラストバック、そしてマナを除けば、生物と大して変わりもしないのだ、結局はクイントも。


「これにて仕舞い、か……」


 それなりに際どい戦闘であったのだが、結局レイロードは無傷でこの場を脱していた。寧ろ一撃でも受けていたならば、生きて帰る事は出来なかっただろうが。

 そんな死闘を演じた遺骸に目を向ける。そこから青白い燐光が立ち上る度、マントに幾何学模様が奔り燐光を発する。

 正に死屍累々。無惨なものだ。その光景にポツリと呟く。


「理不尽だな……」


 4体の遺骸が青白い燐光となって舞い上がり、天へと昇り散って逝く。決して相容れる事は無いと言えど、死んでしまえばそれで終わり。彼らとて悪意があった訳ではないだろう。ただ、そう在るだけだ。

 目を瞑り、立てた右手を眼前に持ち上げ、片合掌で弔う。



 理不尽が嫌いだった。

 文明が発達し、文化が育ち人が育った時代。

 魔術師(メイガス)達の時代が終わり、騎士達が次代を拓き、数多の己顕士(リゼナー)達が生きる時代。

 お伽噺が、当たり前のように伽噺として語られる、科学の時代。

 力だけでは押し通れなくなった法の時代。

 それなりの平穏を、それなりに享受出来る、恐らくは平和な人間達の時代。

 そんな時代にあっても、人間の性質は変わらなかった。少し目を逸らせば、道端に理不尽が転がっていた。強者は富み、弱者は虐げられる。強者は天を見上げ、弱者は地を這いずる。今も、昔も、変わる事なく。

 それでも、足掻こうとする者達の姿は、無様で、滑稽で、どう仕様もなく美して。

 理不尽が嫌いだった。

 だが、気が付けば、自らがそんな理不尽と化していた。

 ならば、何を恨めばいいのだろうか。少なくとも、レイロード・ピースメイカーに、その答えは見つけられなかった。

 静寂と光が満ちる中で佇む騎士の姿は、幻想的で荘厳で在りながら、言い知れぬ物寂しさを漂わせていた。





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挿絵(By みてみん)

レイロード・ピースメイカー

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