表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
2章 故に死者は歩く
59/71

4. 貌なし-3

 一様に緩んでいる眼下の若人達を一瞥し、レイロードは眉根を寄せた。大穴の開けられた背後の外壁を見るに、まだケリはついていないのだろう。でなければ、全うな出口を探して出ててくればいい。

 レイロードには、どうにもこうにも状況が掴めず、疲れたような、若干嬉しそうな、何とも微妙な表情で手を振る桜花に向かって高度を下げた。


「状況は?」

「程度は分かりませんが、どうやら本当に不死のようです。消し飛ばしたつもりでしたが、何時の間にか元に戻っていましたよ。直ぐには手が思いつかなかったので、取り敢えず凍らせておきました」


 桜花の言に、先程まで緩んでいた少年少女達が、顔を青ざめさせる。少なくとも、実感出来る程度には、危機的状況に陥っていただろう事が窺えた。


「もう少しで団体さんが来ると思いますので、適当にもてなして下さい。ああ、今ならば出てくる前に叩けるかも知れませんので、急ぐなら今の内ですよ?」

「……俺がか?」


 さも当然とばかりに肩を竦める桜花に対し、レイロードは準備をしながらも、わざとらしく空の剣帯をちらつかせて眉根を寄せる。万全とは言えないレイロードはサポートに回り、桜花が前衛を張る方がマシだろうとの考えだが、当の桜花は、何やら一人納得したように頷くと、徐にその口を開いた。


「成程、つまりあなたは治療にかこつけて年頃の少年少女の体を隅々まで観察して撫で回すつもりだと言っているんですね?」

「…………」


 その一言に、少年少女達が硬直する。瞑目する桜花から視線を外し、そちらを覗えば、一斉にそれぞれの体を抱いて後ずさった。


「そ、そう言うのは遠慮したいんだけど……」

「え!? お、俺も!?」

「うっわ、なにこのオッサン、きもっ!」


 フルールが遠慮がちに視線を逸らし、レオルが狼狽し、ラナが侮蔑の視線を寄越す。3人の緊張を解すためだろうが、面白い訳もない。

 レイロードは盛大に眉根を寄せ、今回だけだと無言で桜花を指差し、そしてもう一度、念入りに力強く指し示した。桜花の頬をほんのりと汗が伝ったが、日差しのせいにし、さっさと下がれと片手を振る。象圏の端に、何かがゆっくりと近づいて来るのを捉えたからだ。

 広域に及ぶ象圏の端は解像度が低く、正確な像を捉える事は出来ないのだが、何時にも増して捉えきれない。真っ黒に塗り潰されたように、朧気な輪郭が知れる程度。目視の方がまだマシだった。


「あのボロローブか?」

「ええ。しかし1人ですか……少し予想が外れましたかね?」

「どうでもいい」


 尋ねるレイロードに桜花が肩を竦ませる。レイロードは早く行けと平地の端を指し示すと、倦怠感の抜けない足を踏みだし――怒声にも似たラナの声を聞き、鬱陶しげな視線を向けた。


「待ってってば! オッサン1人じゃ無理だって!」

「俺だってまだ行ける! 抑える程度なら!」

「だったら私が。レオルは救援を」


 意思疎通の取れていない様子に、レイロードと桜花は揃って眉根を寄せる。レイロード自身、彼らの年代では似たようなものであり、余り強くは言えないが、鬱陶しい事に変わりはない。半ば面倒になったレイロードは、その喧噪を止めるに最も簡単であろう方法を選択した。


「俺は、天窮騎士(アージェンタル)レイロード・ピースメイカーだ。紛う事なくな。分かったら下がれ、邪魔だ」


 そして、その思惑通り、草木と風のざわめきだけが、その場に残された。そして、そのざわめきに誘われたように、フルールの口から呟きが漏れる。


「No.XXI、ピースメイカー、卿……? うそ……」

「え? いや、でも、え? だったら、え?」


 その一言に思考を戻されたらしいレオルの視線が、レイロードと桜花の間を繰り返し彷徨う。恐らく、雰囲気から感じ取った強さが、その称と食い違い、桜花の方がまだ相応しいのではないかと首を捻ったのだろう。桜花も読み違えていた以上仕方がないが、威厳もクソもないな、と、レイロードは嘆息した。

 2人が呆然とする中、栗毛の少女だけが、腕組みをして不機嫌そうに顔を歪めて口を開く。


「はぁ~? あ~じぇんたる~? うっわ、ないわ~、ないわ~、あっれ~おっかしいな~。な~んだかあたし無性に言う事聞きたくなくなってきたな~おっかしいな~」

「……ほう?」


 不機嫌を隠そうともしないラナに、何故か桜花が剣呑な空気を醸しだす。その様に、フルールとレオルが焦りだし、ラナの頭を掴み無理矢理下げさせる。


「ちょ、ちょっと、ラナ!? 何言ってるの!? も、申し訳ありません!」

「ピースメイカー卿は関係ないだろ!? ほんとゴメンナサイ!」


 その先は何故か桜花であったが。その光景に、レイロードは釈然としない面持ちで眉根を寄せた。

 現代の法に不敬罪など存在しないうえ、全ての己顕士(リゼナー)天窮騎士(アージェンタル)に畏怖や敬意を抱いていると思う程、レイロードも浅慮ではない。が、本人を目の前に、こうも啖呵を切れる人間はそうそう居ないだろう。胆力があるのか、それとも考えなしなのか、レイロードに判断はつかず、重ねて、静かに近づく白ローブの姿に、溜め息を溢した。距離は100メートル程、仕掛けてきてもいい頃合い。これ以上、謂れのない癇癪に付き合っている暇もなかった。


「……言いたい事はそれだけか? 下がれ」

「いえ、あの、もう少し言い様というものがですね……」


 冷淡に告げたレイロードの瞳に、ラナが若干たじろぐが、何時もの半目を向ける桜花を見るや口元を釣り上げ、そして顔を青ざめさせたフルールとレオルの手が伸びる。


「そーだそーだ! なっにを偉そうにい!」

「ラナっ!? 実際偉いんでしょうが!」

「ちょっ!? これ以上は止めろって!」


 そして、レイロードの視線が、僅かにじゃれる3人を捉えた瞬間、白ローブが霞む。身を強ばらせた3人を、"憧憬"の己顕法(オータル)で無理矢理押し送りながら、アウトスパーダ・明鴉(あけがらす)を高速展開。背から遠のく悲鳴に代わり、真鍮色の燐光が閃光と成って迸り、瞬時に12振りの羽刃を象る。


「あ、レイロード……」


 桜花の言葉を待たず、牽制程度に6振りを射出。白ローブは避ける素振りすら見せない。間髪入れず、当然の如く直撃。が、手応えが鈍い。欠けた刃を打ち込んだような感触。制御も鈍い。即座に破棄。当然の如く白ローブは止まらず、真鍮の残滓を突っ切り、貫手の構えで眼前に迫る。


「やはり駄目ですか」


 知った顔で嘆息する桜花にレイロードは眉を顰めながら、繰り出された白ローブの貫手を弾き上げ、振り上げた拳はそのままに、自身の質量を増加。"憧憬"が解除され、3人を宙に投げ出す形になっていた。ラナの罵声と、レイロードの桜花への問いが、見事に連なる。


「横暴だ!」

「何がだ?」


 そして白ローブへと、振り上げた拳が、人外の重さを以て打ち下ろされた。黒い衝撃波を弾けさせ大質量の衝突音が鳴り響き、大地は砕け、衝撃が巻き上がった砂塵を押し広げて消えていく。

 舞い散る砂塵の中心で、白ローブの体は腰からへし折られ、見るも無惨な姿へと変わっていた。桜花がそれを一瞥し、僅かに眉を顰めるとレイロードに向き直る。


「いえですね、どうも己顕(ロゼナ)を吸収しているようでしたから。あなたの明鴉(あけがらす)でもだめだった、と」

「……先に言っておけ」

「いえ、タイミングが。あ、あと、それ、多分再生しますよ? じゃ、後は宜しくお願いします」


 憮然とするレイロードに、桜花は片手を挙げ事も無げに告げると、身を翻して背を向ける。長い長い黒髪が、優雅に弧を描いて宙に踊った。真鍮の瞳が、釣られてその軌跡を追い掛ける。瞬間、白ローブの体が跳ね上がった。

 咄嗟にジャブを出すが不発、白ローブが宙を翻り、距離を取って着地する。とは言え5メートル程、一歩の間合い。即、間合いを詰めんと腰を落したものの、突如届いた声に、レイロードは機を逸した。


『君達は皆賑やかだな。何だか私も楽しくなってしまう』


若いのか、老いているのか、男なのか、女なのか、どうとも取れないし、どうにでも取れる声。そしてそれを聞いたレイロードの第一声は、自身でも呆れてしまう程、実にどうでもいい感想だった。


「……しゃべれたのか」

『ロマーニ語ならばね。いや通じてよかった』


 緩やかに手を広げる白ローブの所作は、どことなく気品を感じさせる。それは即ち余裕とも取れるもの。刀がない以上、どう足掻いても全力を出し切れないレイロードは、不平と不満に眉を顰める。が、そん事などお構いなしに白ローブは続けた。


『まぁ、そんな事はどうでもいいが、いやなに、楽しくなってしまうのは、何も私だけではなくてね。望んでもいない悪いお友達も、ね?』


 白ローブが肩を竦めると同時に、レイロードは象圏の端に幾つもの蠢く物体を感知する。不鮮明ではあるが、大小問わず、皆一様に細いフレームで構成されているように感じる。次期戦術オートマタ用の可動式インナーフレームと近しい。

 それらが桜花の言っていた団体さん、なのだろうと察はしたが、白い軍勢は、桜花の開けたトンネルから、ではなく、平地を囲む雑木林の中から溢れ出す。白ローブの行動は、回り込ませるための時間稼ぎを兼ねていた。

 のだろうが、それはレイロードにも同じ事。寧ろ拠点型の真骨頂。桜花達は端に到達していない。何の気兼ねも要らなかった。


「で……」


 上空で生成していた明鴉(あけがらす)を一斉に解き放つ。大気を切り裂き青を塗り潰し、百、千と真鍮の雨は降り注ぎ、砕けて尚這いずり回る白の欠片も、煌めく真鍮の剣閃に尽く切り裂かれた。少年少女らが竦む間もなく喧噪の過ぎ去った青空の下で、レイロードは肩を竦める。


「それはどこに居る?」

『……気のせいだったらしい』


 見えない頬を掻く白ローブの姿は、どうにもユーモラスで、悪意と言うものを感じられない。が、悪意なく誰かを傷付ける輩は確かに存在する。そして、それは本人には分からない。レイロードとて、無自覚に誰かを傷付けている事もあるだろう。だからと言って、この眼前の何かを、見過ごす事も、出来ようはずはない。レイロードは嘆息ついでに、心に引っ掛かっていた事も吐き出した。


「一つ、聞く。お前は……"フェイスレス"、なのか?」


 答えに期待はしていなかった。それはあくまで犯人像を形成する際に生じた可能性の領域である。加えて、暗殺者と言えども、天窮騎士(アージェンタル)を冠されるには、この白ローブは幾ら何でも弱すぎた。刀のないレイロードで対処出来る程度に。しかし返答は……。 


『……"貌なし"、か……また随分と懐かしい名を聞いた。あぁ、私が名乗った訳ではないがね? あれは今から如何程前なのだろう? あぁ、それも分からないか。不便なものだ』


 思い出に耽るかのような白ローブの姿は、レイロードには見えていなかった。自然と視線が下がる。その先で横たわる大地に浮かんでいたのは、名も知らぬ銀の貌。血に塗れながらも、安らかに微笑んでいた、その貌。その元凶を担った一端が2人、ここに居る。それだけで、十分だった。再び視線を戻したレイロードに、白ローブが小首を傾げる。


『どうしたね?』

「……悪いが、俺の八つ当たりに付き合って貰う……」

『ふむ、私怨かな? まぁ恨みも買っているだろうし、いいだろう。その願い、聞き届けた』


 悪びれる事なく、澄ましたように告げるその顔へ、貌の見えないその顔へ、レイロードは渾身の力を込めて、拳を撃ち込んだ。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ