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カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
2章 故に死者は歩く
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3. 残されたもの-1

 イグノーツェ大陸東部の都市プラソユ、その都心は現代建築が数多く見られる。これは、ロマーニ帝国とアルトリウス王国に挟まれながらも、国家として独立を貫いてきた事が大きい。

 ロマーニ建国から千余年、独立運動、帝国、王国間での軋轢等、各地で戦火は散発していた。その余波にイバネシュティも幾度となく見舞われる事になる。だが、当時の2大国に付かなかった事は、復興に際して大規模な援助が受けられない、と言う事でもあり、損傷した歴史的建造物を修復出来なかったのだ。結果、その時々の建築物が建てられながら、徐々に都市機能を集約し続け、都心に現代建造物が集まる形となった。

 そして今現在、市場の中心足る商業区は、エレニアナ法国程ではないものの、イグノーツェ大陸中央以西の都市とは大きく景色を変えていた。そのただ中に存在するホテル・プルマンは、長方形の如何にもな現代建築ビルだ。しかし、一旦ガラス張りの自動ドアを潜ってしまえば、イグノーツェらしい落ち着いたモダンクラシックのインテリアが出迎える。

 客層は観光客、と言うよりも、ビジネスで訪れているであろう人々が数多く見られる。その中で、カンターに陣取る、夜色のマントと、スプリッター迷彩を施した朱のマフラーは中々に異彩を放つ光景だ。


「すまないが、取り次ぎを願いたい。ロマーニから訪れている、エッスィオ・ファチェッロ医師だ。体調が優れず、少し診て貰いたいのだが……」

「あの、いえ、畏まりました、少々お待ち下さい」


 PDで身分を表示しながら、レイロードは眉を顰めて告げた。患者が医師を訪ねる、と言う行為ならば、人道的にも断り辛いと踏んでの事だ。加えて、やや青白い顔で隣に立つ桜花も合わさり、その様相は端からみれば、体調の悪さを押し殺しているようも見えただろう。少なくとも今、受話器を取ってコールを掛けるフロントには、そう見えていたに違いない。しかし、僅かな時間を置き、受話器を置いたフロントの表情は、痛ましさを湛えたもので、レイロードは溜め息を吐かずには居られなかった。


「申し訳御座いませんが……」

「……いや」

「なに、タイミングが悪かっただけです。お気になさらず。こちららのアドレスに連絡いただけるよう、言付け願えますか?」


 何故か後を引き継いぎ、アドレスを促す桜花を横目で睨みつつ、不承不承とPDを振り、フロントにアドレスを送ろうと瞬間、背中越しに何処かで聞いた声が届いた。


「ピースメイカー卿? それに、オリカさんも……」


 レイロードと桜花が、呼ばれた自身の名に振り向けば、30歳代半ばといった男が一人、訝しげに眉を潜めている。何の変哲もない黒いフレームのメガネが、神経質そうな印象を与えていた。

 何処にでもいるブラウンの髪色と相まってなのか、印象に残らない男だ。広大なレイロードの象圏に入り続けても、気が付かない程に。それ故、レイロードは、そして桜花ですら、返答に一拍の間を有してしまった。


「少々顔色が優れないご様子ですが……」

「あ……ああ、ドクター・ファチェッロ、いい所に、貴殿を訪ねに来た所です」

「私を、ですか?」

「ええ、立ち話も何ですし……ふむ、先ずは腰を下ろしませんか?」


 レイロードの返答に、殊更訝しがるファチェッロだったが、桜花がロビーの一角へと促せば、特に拒否する様子も見られない。少なくとも、それなりの話は出来そうだと、レイロードが安堵の吐息を吐いた時、誰かの腹時計が空しく鳴り響いた。

 レイロードがユラリと隣に目を向ければ、そこには澄まし顔の桜花。尤も、その視線は遙か彼方に注がれており、先の異音の出所を如実に示していた。ファチェッロも気が付いたらしく、桜花に視線を向ける。そして、メガネの位置を直しながら、愛想の欠片も見せず淡々と口を開いた。


「所で、私は少々空腹でして、軽く食事を取りながらでも構いませんか?」

「……助かります」

「でしたら、上に行きましょう。レストランがありますので」


 機嫌の善し悪しも感じ取れない無表情ではあったが、その言い回しから、桜花へのフォローである事は判断別出来、レイロードは一言礼を告げた。次いで、エレベーターへと向かう背中を眺めながら、上に行く旨をカピタン警部にメールで送る。そして漸く、今日一日禄に食事を取っていなかった事を思い出す。腹が鳴るのも仕方がない事だと、一人納得し、恨みがましい桜花の視線には、何時も通り気が付かないフリをしておいた。



 地上20階、高層ビルの少ないイグノーツェ中央以西では、中々目に掛ける事の出来ない眺めに感嘆しつつ、レイロード達は軽食をつまんでいた。午後16時近くでは、人の入りもまばらであり、周囲に気を配る必要もない。久方ぶりの食事に、桜花が何とも幸せそうな笑顔を溢していたが、そんな少女とは裏腹に、男二人の表情は硬いものだった。と言っても、状況が逼迫している訳ではなく、単にそう言う顔なだけだったが。


「それで、私にご用とは?」

「ああ、そうでした」 


 軽くワインで口を湿らせるも、硬い表情のまま訪ねるファチェッロに、レイロードはどう切り出すべきかと、サンドウィッチを置いて軽く思案する。直ぐに本来の用件を聞いてもよかったのだが、一旦クッションを挟んだ方がいいかと、軽く肩を回す仕草をして見せた。


「あれから幾分か立ちますが、何と言うか……どうも体の倦怠感が抜けないのです。淀み、とでも言うのでしょうか? 体の奥底に、何かが溜まっていくような……どうにも不快な感覚が拭えないのです。怪我の治癒後も、これ程体に変調をきたしていた事はなかったのですが……。

 加えて、現在携わっている案件の中で、戦闘行為の可能性も浮かび上がりまして、早急な対応を考慮しました。それ故、出来れば担当医であった貴殿にご意見を、と思い、失礼ながらこうして伺った所存です」

「成程、そうでしたか」


 持っていたグラスを置き、ファチェッロが得心がいったと瞑目して頷く。普段喋らない量の台詞を吐き出したレイロードに、桜花が何やら目を丸くしていたが、取り敢えずは無視しておいた。


「年齢に依る差はありますが、恐らくは、メディカルポットによる弊害でしょう。元々回復に個人差が出易い事はご存じでしょうが、その理由として、体の修復方法が挙げられます」

「修復、方法?」


 妙に機械的な言い回しに、レイロードは首を傾げるが、ファチェッロは然もありなんと頷く。ワインに伸びようとする桜花の手を軽くはたきながら、レイロードはとその先を促した。


「怪我の治療は、基本的に人体の治癒能力に依存しています。それをどのように促進させるのかが、薬剤の役割になります。しかし、肉体の欠損とが伴った場合、それだけでは到底足りません。外部から補う必要が出てきます」

「レプリカントのような?」


 尋ねるレイロードに、ファチェッロが軽く頷いた。現代では、四肢をなくしても代わりが利く。それも義肢ではなく、生身の肉体としてだ。昔は本人の遺伝子から、クローン技術を使い培養していたが、今では別の技術が使われている。それがレプリカントだ。レイロードが知っているのはその程度に過ぎない。思案するレイロードを尻目に、ファチェッロが再びワインで喉を潤し続ける。


 「基本的には、レプリカントと同じで、遺伝子人工細胞とホメオボックス・イヴによって新たな肉体を形成します」

「……ホメオボックス・イヴ?」

「ふむ、ホメオボックスの親戚ですか?」

 

 レイロードは聞き慣れない言葉に眉を顰めるが、桜花には思い当たる節があったらしく、小首を傾げて聞き返す。それに対してファチェッロが、思案げに拳を口元に寄せた。


「そう、ですね……親戚、と言うのは適切ではない気がします。ホメオボックスは、遺伝子の設計図、とでも言うべき物ですが、ホメオボックス・イヴは、設計図を持たない空のホメオボックスです。しかし、このホメオボックス・イヴは接触したホメオボックスの情報を自身の情報としてコピーし、周囲のアミノ酸配列や塩基配列を、設計図通りに組み替える性質を持っています。

 ここまで話せばお分かりになるかと思いますが、メディカルポットは、培養液を必要用成分で満たし、リアルタイムで新たな肉体を生成しているだけになります。

 遺伝子が同質である以上、それは自身の肉体なのですが、完全に馴染むまでは、やはり時間が必要です。今回のピースメイカー卿に関しましては、体細胞の1割近くが新たな肉体になっている筈ですので」

「いち!? ……それ程にか?」


 告げられた内容に、レイロードは思わず声を上げ、マジマジと自身の手を見つめてしまった。が、ガントレットとグローブに覆われた手では、何を見つけられよう筈もなく。真鍮の瞳は、珍獣を発見したような奇異の視線を寄越す桜花を、適当に睨み付ける程度に終わった。


「加えて、二十歳を過ぎれば、体細胞は老化していきますから、当然回復も遅くなります。ですが、遅くなるだけですので、安静を保っていれば、万全の状態へ回復出来るでしょう。」

「そうですか……ならば一安心、と言った所です」

「お力添え出来たようで何よりです。

 ……それにしても、この技術に触れる度、思う事があるのです」

「……何でしょう?」


 一瞬、微笑んだように見えたファチェッロの表情に、僅かばかりの陰が落ちる。入院時から今この時まで、然したる感情を見せなかった瞳に、レイロードは眉根を寄せた。


「レプリカントは確かに素晴らしい技術ですが……その陰で、当時の機械系義肢企業はその役を追われ、多くが企業存続のため、伝達、駆動系アーキテクチャを生かせるオートマタ開発に転向した、と聞きます。生かすために生まれた技術が、殺すための技術に変わる、何とも皮肉な話だとは思いませんか?」


 成程、とレイロードは一人納得した。レイロード達の世代では、義肢は既に過去の物となっており、そんな事を考えた事はなかった。が、レプリカントの来歴を知る医師からすれば、今自分達の使う技術が、結果的に命を奪う技術を拡散させた事に心が痛むのは、おかしい事ではないのかも知れない。

 だが、それならば、戦う事がその存在意義の大半を占める己顕士(リゼナー)はどうなのだろうか? レイロードがその疑問を口にするよりも早く、凍て付いた声が届いた。


「思いませんね。戦う事が、即ち人を殺すと言う事になるならば、我ら己顕士(リゼナー)もまた、人を殺すためだけの存在だと? そも、オートマタとて、基本的には対クイント用でしょうに。殺すだけなら、このフォークでも十分過ぎる」

「やめろ、桜花」


 指先でフォークを摘まみ、皿を叩く桜花を、レイロードは反射的に諫めた。言わんとする事は分かるのだが、火に油を注ぐような言い回しでは逆効果だ。フォークにしても、身近な物全てが武器になり得る事を示唆しただけだろうが、それこそ脅迫と取られかねない。案の定、ファチェッロの瞳が冷たく細められる。


「結局は殺すのでしょう? クイントを。ならば、殺すための兵器に過ぎない。間違っていますか?」

「ドクターも、挑発しないで頂きたい」

「それこそ博愛が過ぎますね。共存も出来ず、話し合いも出来ない相手だ。折り合いが付けられない以上、戦うしか術がない」

「それこそ、新たな道を模索する事が、文明を築き上げてきた者の義務だと、私は考えます」


 冷たい火花を飛ばす二人に、少ないながらも存在している客達の視線も集まりつつある。一体何でこうなったのかと、レイロードは頭を抱えたくなった。頬杖を突いた頬に当たるガントレットが、冷房で冷やされ心地よかった事だけは、救いと言えるだろう。今回は特に何もしていない筈だと、虚ろな瞳で蛍光灯を見つめた時、間延びしたしゃがれ声が届いた。


「いやぁ~、ピースメイカー卿、お待たせしましたねぇ。ちょぉとミオリの散歩をしておりましてぇ。あ~所で、パパナッシュは頂きましたぁ? ああ、そうそうそれです。ここのは中々の評判だそうですよぉ。お嬢さんには喜ばれるのではぁ?」

「警部……」


 壁際から、ニコニコと人当たりのいい笑顔を浮かべ近づいてくる、恰幅のいいその人物に、レイロードはドッと肩の力が抜けた気分になった。本来はこちらから紹介をする予定だったのだが、場を見かねて登場してくれたのだろうと憶測する。


「ああぁと、そちらは、もしかしてドクター・ファチェッロですかぁ?」

「そうですが、警察が私に何のご用件で?」

「ああ、こいつぁ助かりましたぁ。いえねぇ、大した事じゃぁないんです。あ、こちら宜しいですかぁ?」


 どうぞ、と着席を促すファチェッロに微笑み返し、カピタナン警部はその横に腰掛ける。マイペースに事を進めるカピタナン警部に、桜花もファチェッロも毒気を抜かれたのか、半ば呆れたように嘆息する。いや何でお前まで、そう口にしかけた言葉を、レイロードは何とか飲み込む事に成功した。そんなレイロードの事などお構いなしに、カピタナン警部はファチェッロに話し掛ける。


「実はですねぇ、あぁんまり大きな声じゃ言えないんですけど、ここ最近妙な殺人事件が起きているんです。中も外も以上が見当たらず、死因が特定出来ないんですよ。検死官が言うには老衰だと……ねぇ? 妙でしょう?」

「私を犯人だと勘ぐっているのであれば、見当違いも甚だしいお話です。場合によっては、大使館を通して抗議させて頂きますが?」

「いえいえ! とぉんでもない!」


 先にも増して冷たい視線を放つファチェッロに、カピタナン警部が激しく首を振る。最早蚊帳の外に放り出されたレイロードと桜花は、その成り行きを見守りながら、パパナッシュをつまんでいた。

 山羊の乳から作られたチーズを練り込んだ生地は、揚げ菓子らしく、表面はサクサクとしつつも、中身はふんわりとしている。サワークリームとチェリーソースの仄かな酸味が心地いい。


「成程これは、確かに美味しいですね」

「俺には少々甘いかもしれん」

「馬鹿舌なんですよ、馬鹿舌」


 などと呟き、観客と化した二人の前で、カピタナン警部は先を続けていた。


「この件を洗っておりましたらねぇ、随分昔になるんですが、似たような死因を発見しましたぁ。その検死官が、まだこちらでインターンをなさっていたドクター・ファチェッロだったんです。同姓同名の可能性もあるんですけどねぇ、お覚えありません?」

「……私が?」


 カピタナン警部の問いに、ファチェッロが難しい顔になる。コーヒーを啜りながら、もしやまた外れたのか、とレイロードが落胆し掛けた時、ファチェッロが静かに顔を上げた。


「確かに、戦時中に奇妙なご遺体を拝見しました。ディヌ・イリエと言うご老人だった筈です。未練、とでも言うのでしょうか……光の届かぬ穴の奥底に落とされたような……やり残した事があるとでも言うような……」

「…………」


 先の死に顔を思いでしてか、桜花の顔が曇る。やり残した事、それが何であったのかは、最早知りようのない事だったが、刀という共通の戦場(いくさば)を持っていた者として、レイロードもまた、物思いに耽ってしまった。


「しかし、残念ですが、特にお話し出来そうな事は……」

「なぁんでもいいんです。正直、手掛かりらしき物が全くありません。それこそ、ノミの毛程でも構わないんです。例えば……調書には、呪いの存在が認められない限り、等と書かれていましたが、何か心当たりが?」

「ああ、そんな事を書いていましたか、私は……。

 いえ、取り立てて心当たりがある訳ではありません。ただ……」

「ただ?」


 歯切れの悪いファチェッロに、残された3人は眉を顰め、その続きを待つ。その視線からは目を逸らし、ファチェッロは口を開く。


「ただ、私の生家近くで囁かれていた民話を思い出したのです」

「ほう? 興味深いですなぁ、聞かせて頂いても?」


 カピタナン警部に軽く頷いたファチェッロは、何とも荒唐無稽で大して長くもなりませんが、と前置き、その民話を口にした。

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