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カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
2章 故に死者は歩く
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2. 不可解-8

「おんや? お知り合いですかぁ?」


 突如として降って沸いた名に、思考がまとまらず、ディスプレイを睨み付ける事しか出来ずに居たレイロードは、カピタナン警部の声に、呆けたような声で返事を返した。


「あ? ああ、少々世話になった医師だ。正直、顔を知っている程度でしかない」

「いやぁ、所在確認に手間取りそうだと思っていたもんですからねぇ、それだけでも御の字ですよぉ?」

「まぁ、無関係ではある、筈だが……」


 事件の発生した当日、件の医師は、レイロードと桜花の治療に当たっていた。直接的な関係性はないだろうとは思うが、何らかの欠片くらいは掴めるかも知れない。桜花の瞳が、また何かを掘り出してくる可能性もあると、レイロードは顎に手をやり、件の桜花を目だけで窺う。

 白い肌から血の気が引いたようなその姿は、初めて見た時のように今にも消えてしまいそうな、危うい空気を醸し出していた。その影響力は、桜花を見上げるミオリの、被毛で隠されたその顔のからも、不安げな表情を感じられる程に。


「類似点も不自然な死因程度だしな……その程度ならば、幾らでもあるだろう」

「そうですなぁ……ですが、逆にそれらが全て同一人物の犯行だった、と言う可能性もありますよぉ?」

「ハッ、まるでお伽噺だ」

「なくはぁ……いえぇ、まぁ、ないですなぁ」


 共に苦笑しながらも、レイロードの意識は未だ桜花に向けられていた。家族、と言う物に、並々ならぬ愛情と、そして歪みを持つ少女だ。ディヌ・イリエの死に顔、それを焼き付けたであろうソール、無理矢理に踏み込んだ自分自身、それらがない交ぜになり、自己嫌悪を募らせているように思える。

 然れど、だからとて、レイロード・ピースメイカーに何か出来る訳もなく、僅かな瞑目の後、カピタナン警部へ視線を戻すに終着した。


「まぁいい……一応面識のある者が連絡した方がいいだろう。少し待ってくれ」


 分かりましたと、手で返すカピタナン警部を横目に、レイロードはPDからセント・ヘレナ総合病院のアドレスを呼び出す。直ぐに落ち着いた女性の声がPDから届いた。


『はい、こちらセント・ヘレナ総合病院受付でございます。ご用件をどうぞ』

「先日世話になりました、イクスタッドのピースメイカーと申します。外科のファチェッロ先生は御在院ですか?」

『ファチェッロですね? 畏まりました、少々お待ち下さい……。

 ……申し訳御座いません。ファチェッロは現在出張中でして、今月一杯は戻らない予定となっております』

「そう、ですか……」


 受付嬢からの返答に、レイロードの眉根が寄る。長期の外出となると国外だろうか。それ以前に、個人の連絡先は、恐らく聞き出せないだろう。出先に関しても同様だ。詰まる所、通信での連絡自体も怪しくなってきた、と言う事だ。頭を振り、念のため、程度に尋ねる。


「失礼ですが、連絡先を伺っても宜しいですか?」

『申し訳御座いませんが、お答えしかねます旨、何卒ご容赦願います。言伝が御座いましたら、承りますが?』

「いえ、ピースメイカーから連絡があった旨、お伝え頂ければ。お手間を取らせました、失礼します」


 駄目で元々ではあったのだが、案の定の門前払い。仕方がないかと、別のアドレスを呼び出しながら経口タブレットを放り込み眉根を寄せる。

 開示されていない情報は、平時に於いては法で守られるべきであり、天窮騎士(アージェンタル)の名が影響を及ぼすべきではない。少なくとも、レイロードはそう考える。加えて、手続きがなければ、E.C.U.S.T.A.D.はあくまで民間企業の枠を出ず、国家権力程の力はないのだ。

 が、それは詰まり、手続きさえあれば、十二分な力がある、と言う事でもあり、今回の依頼者は警察機構。当の依頼人を見やれば、指で輪を作り、申請しましたよと、いたずらっぽく笑みを湛えていた。手際のよさに、感心から苦笑いを浮かべるレイロードの元へ、PDから若い男の澄ました声が届いた。


『おはよう御座います、ピースメイカー卿。こちらは、イクスタッド・アレッサンドロ・エマヌエーレ局、ピースメイカー卿専属オペレーターです。御用向きをおっしゃって下さい』

「……案件番号……あー、何だったか? 待ってくれ、確認する」

『承知いたしました』


 咄嗟には思い出せず、救いを求めてカピタナン警部へ視線を向けようとし、真鍮の瞳は、眼前へ掲げられたPDのディスプレイと、その持ち主に注がれた。

 青白い顔に、輝く黒真珠の瞳は、どことなく虚ろだが、先に比べれば力強さが感じられる。桜花へ険しい視線を投げ掛けながらも結局、ディスプレイの案件番号を読み上げる程度の事しか出来なかった。


「……IVPR0622-01-4783に関連して、セント・ヘレナ総合病院の外科医、エッスィオ・ファチェッロ氏の所在と連絡先を確認したい。捜査協力の申請は、プラソユ市警部オリヴュ・カピタナンから提出されている筈だ」

『暫しお待ちを……未だ申請は、いえ、申し訳ありません。申請が届きました。これより追跡を開始致します』


 セント・ヘレナ総合病院は国立だ。院の仕事で出ているならば、各種経費とルートは事前申請されている可能性はある。期待するレイロードに、PDの向こう側から、何処か澄ました男の声が響いた。


『確認出来ました。6月20日から同30日まで、イバネシュティ、プラソユにあります製薬会社、バートリー・キュルデンクライン・イバネシュティ法人支部へ、新薬開発のオブザーバーとして招かれているようです』

「…………」


 その内容に、レイロードは怪訝そうに表情を歪めた。偶然にしては出来過ぎだが、必然だとも思えない。と、なれば偶然なのだろうが、それにしてはやはり出来過ぎだ。堂々巡りを繰り返すレイロードを置き去って、オペレーターからの報告は続く。


『滞在は商業区ホテル・プルマンとなっております。プライベートアドレスに関しましては、現状の捜査権限では開示されておりません旨、ご了承願います。他に必要な情報は御座いますか?』

「……いや、それだけ分かれば十分だ。助かった」

『滅相も御座いません。何か御座いましたら、何なりとお申し付け下さい。それでは、失礼致します』


 専属と言ってみた所で、顔すら知らない相手なのだが、オペレーターの慇懃な言い回しの中に、澄まし顔で頭を垂れる仕草を、レイロードは確かに幻視した。居心地の悪さに眉を顰めながら通信を終えると、カピタナン警部へ、困惑に囚われた難しい顔で向き直る。


「ファチェッロ医師だが、こちらのホテル・プルマンに滞在しているらしい……」

「こいつぁまたぁ……何の目的かは、分かりますかぁ?」

「バートリー・キュルデンクライン製薬に新薬開発のオブザーバーとして招かれている、との事だ……どうした警部、何かあるのか?」


 その名を出した途端、カピタナン警部が僅かに目を見開き、そして言葉を詰まらせる。が、それも正に一瞬の事。何かと思い、訝しげな視線を送る。その視線を向けられ、カピタン警部が、実に気まずそうに口を開いた。


「ああ、いんえぇ……ただ、そのぉ、何ともお恥ずかしい話しなんですがぁ……戦時中の話なんですがねぇ? 端的に言ってしまえば賄賂です。やっこさんと財務省との間で未認可薬剤を黙認する代わりに、相応の、ね? 戦時中の財政補填のためだったみたいなぁんですけどもぉ、結構な額でしてねぇ……これまたなぁんで今更なのかは分かりませぇんが……尤もぉ、繋がりは今もあるらしいようでして……」

「……また、面倒な……あそこの本社は……成る程、騎士団がアルトリウスを警戒しているのは、それが理由か……」


 レイロードの呟きに、カピタナン警部が重々しく頷く。と、なると、ファチェッロ医師を訪ねに製薬会社へ向かえば、警察、財務省、騎士団間、果てはイバネシュティ、アルトリウス間に、要らぬ軋轢を招く原因となるかも知れない。訪ねるならばホテルへ、と言った所だろう。そんなレイロードの考えを、カピタナン警部が引き継ぐ。


「まぁ、それは兎も角、ダメ元で、ホテル・プルマンへ行ってみましょうかぁ? 面会、お願い出来ますぅ?」

「構わんが、俺は必要か?」

「五つ星ホテルですからねぇ、客層も広い訳でして。警察が令状もなしに訪ねた所で、取り次いで貰えないでしょうから」


 相も変わらね渋面で訝しがるレイロードに、カピタナン警部が苦笑する。そして同時に、レイロードも成程と納得した。五つ星であれば、政府要人が使用する事も多い。多少なりとも後ろ暗い経歴を持つ客も多い訳だ。警察だからと、謂れのない捜査に協力すれば、そのような上客からの信用を失う。しかし、個人的な知り合いであればまだ、取次ぎの可能性はあると言うものだ。


「了解した。最悪、言付けだけでも残せれば儲けものか」

「済みませんねぇ。宜しくお願いします」


 構わないと、軽く手で応え、レイロードは身を翻し、やる事が決まった以上、ここに用はないとデータルームを後にする。廊下へと出た瞬間、その背中にカピタナン警部から、申し訳なさそうな声が掛けられた。


「あぁ、済みませぇん、鑑定結果がどれくらいで出るか、確認だけしてきますんで、ロビーでお待ち下さぁい。流石に現役の部署にはお招き出来ませんのでぇ」

「ん? ああ、問題ない。こちらも知りたかった」


 カピタナン警部が頭を掻きながら、廊下を小走りで駆け、その背をミオリが巨体を揺らして追い掛ける。何とも微笑ましい姿を見送りながら、レイロードはロビーへ向かいつつPDへと視線を落し、そして涼やかな、然れど疲労の色が滲んだ声を聞いた。


「レイロード……」

「…………」


 時間にして数分ぶり、然れど妙に懐かしく感じるその声に、レイロードは何時もの渋面を向け、そして眉を顰めた。未だ顔色こそ悪いが、横柄さと凜々しさを垣間見せる半月の瞳、黒真珠を湛えた眼光は、危うげな儚さと、碌でもなさそうな決意を湛えていた。


「レイロード、私を殴って下さい……結局まだ、私は間違っていなかったと思っている……」

「殴りたければ自分で殴れ」


 実につまらなそうに吐き捨てると、レイロードは興味をなくしたようにソファーへ腰掛け、PDへと視線を戻す。と共に、真鍮の瞳が、自然と自身のガントレットに覆われた手を捉える。今、PDを握るその手が、何のためにあるのか、そんな事は分からない。が、少なくとも、懊悩に囚われ自責の念に駆られた者を殴るためにある訳ではない。それだけは、間違えようもなかった。


「ふぅ……今は、その言葉に甘えておきましょう」


 緊張から解き放たれたように桜花の声が響き、僅かな間を置いて、鈍い衝突音もまた、響いた。見るまでもなく、聞くまでもなく、桜花が自らの拳を頭に打ち付けた音だった。


「むぅ……か弱い少女の拳も意外と痛いですね……。

 ふむ、あなたに殴られたら、私、死んでいましたよ。早まらなくてよかった」


 頭を擦りながら、うんうんと一人頷く桜花の声は、強がりでも何でもなく、既に普段の調子を取り戻していた。勝手に悩み、勝手に立ち直る。らしいと言えばらしい桜花の姿に、レイロードは眉根を寄せた。結局、誰も必要としていないのだ、この少女は。初めて会った時と変わらずに。尤も、何の役にも立たなかった自身にも、辟易としていたが。


「所でれいろーど、連絡しないのですか?」

「…………」


 そんな鬱屈とした気持ちを抱えていたレイロードに対し、キョトンと小首を傾げながらPDを覗き込む姿は、憎たらしい程に何時もの桜花だった。顔色の悪さに、先の面影が見て取れたのは、ご愛敬だろうか。

 馬鹿らしくなったレイロードは、鬱陶しそうに、頬を撫でる烏の濡れ羽色を手で払うと、再びPDを睨み付ける。既にデータは送っていたのだが、禄に情報が集まらず連絡を見送っていたのだ。とは言え、流石に時間も経った。一言二言くらいは話すべきだろ、とは思えども胃が痛む。碌でもないお言葉を返されるのは、目に見えていた。分かっていても、痛む物は痛むのだ。

 一睨み、二睨み、ディスプレイに眼力を叩き付けるが、何か起き訳でもなく、そして哀愁の嘆息一つ吐き出すと、観念したようにアドレスを呼び出し――。


『あらぁ~? 随分と待たせてくれたわねぇ? あ~じぇんた~るぅ? ねえ? 時間、と言う概念を知っているかしら? 驚いた事にね、1日って24時間なの。私は貴方のために、一体1日の何パーセントを消費させられたのかしら? ねえ、知っている?』

「…………」


 コール音が鳴るよりも尚早く、妙に生き生きとした、粘っこい女の声がPDから響いた。レイロードが盛大に眉間の皺をこさえる間にも、リーネア・レガーレM76軽機関銃よろしく、黒い女の口撃は軽快に吐き出され続ける。ジャムれ、レイロードはそう願わずにはいられなかった。


『それにねぇ? 一ついいかしらぁ? あんな資料だけで何か分かると本気で思っていたのぉ? 私は魔術師(メイガス)であって予知能力者じゃないのよ? それに何? あの本文。調査を頼むぅ? その道のプロが分からなかった事をよ? 犯罪捜査なんて素人の私に出来る訳ないじゃない? フォ~ル、静かになさいな、ママはお話し中よ?」

「フォル~桜花さんですよ~」


 テンションの上がった黒龍に釣られてか、フォルの鳴き声が届き、釣られた桜花がレイロードの背から呼び掛ける。そして、呼び掛けられたフォルが、一層の力を以て声を上げる。


『こら、ニンジャ娘、調子付かせないで。ちょっと、ピースメイカー? 聞いてるの? フォ~ル!』

「……これ以上もなくな……」


 純白の大きな尻尾が、元気よく振られる様を幻視しながら、レイロードはただ一言そう告げた。それ以外に、言える事など思い付かず、代わりと眉間の皺ばかりが増える。


『そう、それは重畳ね。自分から通信を掛けておきながら、耳を背けているのではないかと思っていわよ』

「……フォルがうるさかっただけだ」

『ハッ、なぁに? フォルに責任を押しつけるの? 狭量な男ね、お里が知れるわ。そんな事だからナロニーにもフラれるのよ』

「どいつもこいつも……だからアレとは……ああ、もう好きにしてくれ……」

「実にカッコ悪いですね」


 抵抗は無意味だ。降伏も無意味だ。ならば、最早これまでと、レイロードは諦念し肩を落した。少しだけ、気が楽なった気がしたが、突き刺さる桜花の半目が、所詮は気のせいだと告げているようにも思えてならなかったが。やはり早まったかと、手で顔を覆うレイロードの仕草は、うんざりとした心境を如実に表わしていた。


「どうでもいいが、そちらも収穫はないんだな?」

『買い被りすぎよ。あの程度で何か分かる程、私は万能じゃないわ』

「……そうか。ああ、ついでだが、医療関係で何かネタはないか?」

『また、漠然とした事を……そもそも、医療と魔術(マギカ)なんて、最も縁遠い要素の一つじゃない。何もないわよ』

「まぁ、それもそうか……」


 溜め息を吐き出し、定める事なく視線を彷徨わせる。魔術(マギカ)の現代に於ける呼称はマナ工学であり、マナありきの学問だ。そして、マナは生物を侵食する。生物に影響が出ない程度のマナ濃度では、大した事は出来ない。それは一般常識だったが、その道のプロであれば、多少なりとも知識があるのではないかと、レイロードは期待ていた。


『とは言え、古流の術式なら、私も知らない事の方が多いから、何かはあるかもね。そんな程度よ』

「分かった……手間を取らせたな」

『あら? あっさり降伏? 張り合いがないわね。まぁ、いいわ。暇が出来たら、古城巡りでもしてきたら? 好きでしょ? "至り氏冬の明鴉(あけがらす)"』

「……?」


 精神的な疲労から、そろそろ通信を打ち切ろうとした折りに告げられた話しに、レイロードは疑問符を浮かべた。

件の詩は、昔アズライト達とチームを組んでいた際、黒龍が投げ寄越した"イグノーツェ詩集"を読んだ際に見つけた物だ。


――遥か先を見たいのだ。手の届かぬ場所へと往きたいのだ――


 レイロードは、胸中に焼き付いていたそんな誰かの心情を、発現したアウトスパーダの姿に重ねたのだ。

 当時を思い出し、哀愁を漂わせるレイロードを置きやって、桜花がPDへ身を乗り出す。


「ふむ、何かこの人と関係があるので?」

『関係というか、あの詩の出典がイバネシュティより、となっているだけよ。"至りし冬の明鴉"が編纂(へんさん)されたイグノーツェ詩集は第10版からで、1400年程前、法歴1472年出版。開閉式ガラス窓が実用化されたのが、法歴1400年付近。イバネシュティの一部特権階級では、戦火に見舞われなかった関係で、城にも使われていたみたいだから、矛盾もないわね。知らなかったのであれば、ちょっとした勉強になったかしら? まぁ、それはそれとして、嫌な感じの事件ではあるし、また何かあれば連絡するといいわ』

「分かりました。その時はよしなに」

「おい、黒龍……チッ、切ったか」


 鬱陶しいと桜花を振り払った時には既に、黒龍との通信は切れていた。大した実りも得られず、一方的に言い負かされただけのように思え、レイロードは吐息と共に大きく肩を落す。そんな意気消沈とした背中に、間延びしたしゃがれ声が掛けられた。


「いやぁ、何だか楽しそうでしたねぇ。朗報でもありましたかぁ?」

「いえ、残念ながら何も」

「ああ、お嬢さんも復調しましたかぁ、そいつぁ朗報ですなぁ」

「まぁ、落ち込んでいても、得られる物など何一つないようでしたのでね」


 意気消沈とした背中に掛けられたカピタナン警部の声に、ある意味何時も通りに桜花が答える。肩を竦ませる姿は、どこか自嘲めいていた。

 レイロードは疲れを湛えた表情で、PDと二人を交互に見やり、そしてカピタナン警部へ視線を投げ掛けた。


「そちらは?」

「そうですなぁ、例の糸くずですがぁ、一つは麻らしい事が分かった程度ですねぇ。マナ汚染が酷いそうでしてぇ、年代の鑑識までは今暫く掛かるそうです。もう一方は何かも不明だそうで……解析は明日まで掛かりそうだと……」

「ふむ……掛かりますね……」


 面目ないと、頭を掻くカピタナン警部だが、苦笑の中に、やるせなさが見て取れる。思案顔で返す桜花に、レイロードは仕方がない事だと手だけで応えた。とは言え、事件の周期から見れば、次の被害者が出る可能性は本日中である可能性は高い。皆の気が重くなるのも仕方がないだろう、そう思わば、静かな呟きが漏れ出していた。


「……平和な事だな……」

「ん? 何か仰いましたぁ?」

「いや……」


 カピタン警部を軽く流し、レイロードは重々しく腰を上げると、ドアへ向かって歩を進めた。ガラス張りの自動ドアを抜ければ、景色は変わらずとも、柔らかい暖さが頬を撫でる。時間は15時を回っていた。夕暮れ時が近づいている事を、知らせてでもいるのだろう。レイロードは未だ高い日に目を細め、その隣で、桜花も同じように空を見上げていた。


「あぁ、ささ、それじゃぁ行きましょうかぁ」

「……そうしよう」

「ふふ、ご随意に」


 カピタナン警部に応え桜花を促せば、それなりに慎ましい胸元にポンッと手を乗せ、何の脈絡もない得意気な澄まし顔が返された。レイロードとカピタナン警部が表情を崩し、ミオリが、なんだろう? と、首を傾げる。僅かに和らいだ気持ちを現すように、夜色のマントと、朱のマフラーが風に流され、穏やかに揺れていた。

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