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カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
2章 故に死者は歩く
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2. 不可解-2

「えぇ、それではあ、本件の概要を説明させて頂きますねえ」


 資料室に通された二人は椅子に腰掛け、カピタナン警部の声に耳を傾ける。壁には大型ディスプレイが据えられ、そこに各種の情報が表示されていた。


「まぁず事の発端ですがあ、6月2日の16時頃、あぁこれは死亡推定時刻なんですがねえ、現場はプラソユ南部外縁の森林になっています。そこで20代女性の変死体が発見されましたあ。死因は不明。あえて言うならばあ、老衰とでも言いましょうかねえ」

「老衰?」


 カピタナン警部の口から飛び出した死因に、レイロードは眉を顰めた。桜花も同様に表情を曇らせている。それを見たであろうカピタナン警部が抑揚に頷いた。


「外傷はなし、内部にも疾患や病気と思われる事象のない健康体だったんですねえ。所が亡くなっているんですよお。何らかのショック死である疑いもあったんですがあ、脳内物質の分泌も見られませんでしてねえ。ただ身体機能が低下して死に至ったと。そうなると一番近いのが老衰らしいんですよお」


 レイロードは何かないかと頭を巡らすが、特に思い浮かばず首を振る。精々が何かの己顕法(オータル)だろうか。桜花にしてもやはり同様らしく、顎に手をやり何やら熟考していたが、その首は傾げられたままだった。これ以上考えてみても仕方がなく、先をと手で促す。


「続けますねえ、続いてが6月5日9時頃、プラソユ市街東区の路地なんですけどねえ、40代男性の変死体が発見されました。死因は先程の女性と同じですねえ。同日14時頃、西区の公園噴水から20代男性の変死体が発見されました。死因は以下略で」


 言葉を切り、何やら考え込んだカピタナン警部へ、何かと視線を送る。しかし、その答えは実に気の抜けるような物だった。


「……あぁ、各詳細は別途資料で確認なさった方が速いでしょうから、ここ飛ばしますねえ」


 その事にか、珍しく桜花がレイロード以外に何時もの半目を送っている。が、その視線に気付いているのかいないのか、カピタナン警部は飄々と先を続けた。


「その後も、7日8日と同様の事件が起きましてえ、新手のウィルスの可能性も持ち上がったんですがねえ? それにしては分布が広範囲で、その割に被害が少ないんだそうですよお。で、ですねえ、この線はないと判断されましたあ。状況の特殊性から、模倣犯の可能性もありませえん」


 一旦言葉を切ると、カピタナン警部が大型ディスプレイから振り向き二人を見やる。その顔は何やら困り顔、と言ったヒョウキンさを伴っていたが、その心情はまるで別物に感じられた。先を手で促すレイロードに軽く頷くと、カピタナン警部が僅かに声量を上げた。


「そして6人目です。6月9日22時頃ですなあ。この方が己顕士(リゼナー)だったんですけどねえ? なぁぜか、それ以降の被害者が全て己顕士(リゼナー)になったんです。不思議でしょう? 今までなぁんの共通点もなかったのに。さらには、11、13、16、18、20と、発生間隔が延びている」


 言葉を区切り、カピタナン警部が二人の顔を窺う。レイロードも桜花も、共に眉根を寄せた難しい顔でそれを迎える。軽く頷くと、カピタナン警部は先を続けた。


「で、ですねえ、己顕士(リゼナー)さん方が亡くなっていた現場には、多少なりとも争った痕跡が見受けられたんですよお。その事から、加害者も己顕士(リゼナー)である可能性が高くなりましてねえ。

 ご存じの通り、警察に己顕士(リゼナー)は所属出来ません。ですから、騎士団に支援をと思ったのですが、向こうさんは何だかんだで、未だにアルトリウス共和国を牽制していましてねえ、手を回せないとかで」


 状況を聞き、レイロードは思わず唸っていた。終戦から10年、しかし、アルトリウス周辺諸国は対岸の火事とは行かなかったらしい。

 アルトリウス王国からアルトリウス共和国へ、国号は変われど基板は変わらない。現代の流れに従って、国政と王室は切り離されたが、存在はし続けている。その椅子に座する者が、レジスタンスで先陣を切っていたとしても。

 しかも、天窮騎士(アージェンタル)が実に3名。気を抜こうが抜かざろうが変わらないが、国防最後の要である騎士団としては、警戒を解く事が出来なくとも、仕方がないのかもしれない。

 眉間を押さえるレイロードと、粛々と話に耳を傾ける桜花を余所に、頭の痛い話は尚も飛び込んでくる。


「そぉんな非協力的な態度に、己顕士(リゼナー)とて弾が当たれば死ぬと、上もムキになりましてなあ……まぁ、実際、10年前の独立戦争では、あたし達警察で己顕士(リゼナー)の対処に当たった事も1度や2度ではありませんでしたからねえ……今回も対処出来ると……」


 確かに、己顕士(リゼナー)とて当たれば死ぬ。だが、余程連携と練度を上げなければ、カテゴリーE相手でも厳しいのが現実だ。当時の疲弊し愚行に走った輩程度ならば何とかなったのだろうが、今回の相手に対しては自殺同然だ。隣で瞑目し、何やらまたも考え込んでいる桜花を一瞥すると、レイロードは厳しい表情のまま、再びカピタナン警部に視線を戻した。


「まぁ、とは言え、今回は明らかに普通じゃないですからねえ。それであたしが独断でイクスタッドに依頼を。とは言え、プラソユ局はプラソユ局で、犯人はこちらで捕まえると、こちらもまぁ……そんな訳で最後の手段として、提携都市のアレスへと。お陰で同僚や上からは裏切り者扱いでしてねえ。いやあ、馬鹿みたいだとお思いになるでしょお?」


 面目ないと笑うカピタナン警部の顔には、やはり、やりきれないと言う憤りが浮かんでいた。それは、自身の力で解決に導けない事、第三者に頼るを良しとしない同僚達、事件の犯人、それら全てにだろう。そう感じたレイロードは、目を細めて静かに言葉を吐いた。


「まぁ、国家の治安維持だ、それなりの矜持は必要だろうさ。限度の問題はあるだろうが」

「そう、ですね……人任せばかりにしていては、足下も覚束ないでしょうし。

 ですが、今回の警部の判断は間違ってはいませんよ。断言出来る。故に、ふふ、レイロード・ピースメイカーがここに居るのですからね」


 桜花が静かに目を見開き、思案顔で声を発したが、それも直ぐに一転。力強い言葉の後には、自信に満ちた微笑が浮かんでいた。それは信頼、と言うよりも、そうでなければ許さない、と冗談めかしてだろうが、そう告げているようにも聞こえ、レイロードの眉尻が僅かに上がる。が、考えてみればレイロード・ピースメイカーは紛いなりにも天窮騎士(アージェンタル)だ。本来ならばそう言い切った所でおかしな事など何もない。犯罪捜査は少々専門外だが。桜花にしても、レイロードの名声が上がれば、自ずと評価は上がる。そう言う打算もあるのだろう。

 いずれにせよ、この事件を引き起こした"何か"とは、剣を交える事になるだろう。そして、戦いならば負けはない。誰が相手であろうが、何であろうが、振るった刃の先に敗北は許されない、許しもしない。

 それに、桜花も居る。尻尾さえ掴めればどうにでも出来る、そう、確信出来た。


「そう……ですなあ……いやあ、成る程、あたしゃあ運が良い」


 カピタナン警部が、一瞬驚いたように目を見開いた後、しみじみとそう呟いた。それは、儘ならぬ自分自身へ言い聞かせるかの如く。レイロードは掛ける言葉が見つからず、真鍮の瞳を大人しく寝そべるミオリに向けるだけだった。そんな一瞬の静寂、室内を包んだ沈黙を、桜花の声が破る。


「えと、あの、所で共通項は本当に何も見当たらなかったので? 現場を繋ぐとマナサーキットを形作るとかもなかったのでしょうか?」

「あぁ、はぁい。こちらで調べた限りはありませんでしたねえ。これから事件が続けば、もしかすると何らかのマナサーキットを形作る可能性はあるかも、と言った所です。遺留品に関してもめぼしい物はなぁんにも」


 桜花の声で現実へと引き戻されたように、カピタナン警部が慌てて資料を探って答えた。が、その内容は余り実りのある物とは言えない。レイロード達が無い知恵を絞っても、結果は同じだろう。レイロードは暫し逡巡すると、徐に口を開いた。。


「一つ、確認したい。この資料をフォンティアナに居る、知人の学者に送っても問題ないか?」

「ええ、まあ、守秘義務を守って頂けるなら問題ありませんよお」


 レイロードは軽く手で了解の旨を示し、そして頭に浮かんだ天敵の勝ち誇った笑顔に、思わず眉を顰めた。が、それも一瞬。テキパキと必要そうな資料をPDに纏める桜花の姿に表情を戻し、結果、何時もの渋面がそこに戻った。


「それと、警察から弾かれたと言っていたが、どれ程の問題だ?」

「ああ、いえ、まあ、資料は見れますからねえ、あんまり話を聞いてくれないってだけですんで、根拠が提示出来るなら、捜査の協力も頼めるとは、思いますよお」


 逆に言えば、現段階からの捜査協力は望めないと言う事だ。と、なると、精々現場をもう一度回ってみる程度しかないだろう。現状、犯人とは偶発的に遭遇する以外手立てがない。資料が見られるならば、一先ずは良しとするべきか。

 レイロードは、眼前に持ち上げた両手の指を絡ませると、肘をテーブルへと突き視線を伏せる。聞き難い事だ。が、確認せざる負えない。そう腹を括り、眉間に力を込める。次いで吐き出されたモノは、低く、威圧的で、そして実に陰気なレイロード・ピースメイカーの声だった。


「……所で、だ」

「……なぁん、でしょう?」


 そんなレイロードに気圧されたのか、カピタナン警部が声を詰まらせた。怯んだ、そう見るやレイロードは今が勝機とばかりに本題へと切り込んだ。


「予算は……如何程ある?」

「……はぁい?」


 呆けたようなカピタナン警部の声を最後に、無言の沈黙が室内を包む。隣からは、何時もの半目が冷たく吹き荒ぶ。室内に据えられた機器と、空調から漏れる僅かな音が、その場に居合わせた人物達の心情を表すように、嫌に空しく響く。その空しさに塗り潰される前に、レイロードは先へと足を踏み込んだ。


「戦力ならば問題はない。発見出来ればそれで解決だ。が、捜査には人手が足りない。そちらの手が当てにならないのであれば、人員は必要だ」


 大凡、常人ならば圧倒されそうな圧力を放っている、ようにも見えるレイロードにも動じず、カピタナン警部の瞳が冷徹に細められる。


「……足りませんかねえ?」


 そこから発せられた声は、瞳に負けず劣らず、思わず背筋を摩りたくなるような冷たさを纏っていた。隣に座る桜花が、背筋を正し視線を逸らしてしまう程に。

 この足りるか、と言う言葉が指すのは、無論人手の事ではなく、支払われる予定の報酬金額に関してだ。基本的に、カテゴリーB以上の案件は、複数人で当たる事を前提とした報酬が提示される。戦闘が絡んだカテゴリーAの案件ならば、本来は10名以上。5億エツェ、と言う金額も、それを見越しての事だった筈だ。今、カピタナン警部の瞳には、レイロードがプラソユ市民の血を啜る悪鬼に映っている事だろう。だが、それでも……。


「……足りん、な……」


 天窮騎士(アージェンタル)の称を前にすれば、5億エツェなど安いもの――そう言えるだけの胆力があれば、どれ程に気楽な事か。ただ戦うだけならば、易々とそう言い切れた。しかし、得体の知れない殺人犯の捜査など門外漢も甚だしい。


「…………」

「…………」


 暫しの睨み合い。資料室は、剣も弾丸も飛び交わぬ、静寂なる戦場と化した。そして、そこに倒れたのは、レイロード・ピースメイカーだった。

 大きく息を吐き、敗者の口から出されたものは、諦観したような声だった。


「はぁ……PDが破損し全財産が飛んだ。ハッ、ついでに月末締めで損害賠償の支払いときた。余裕がない……」


 レイロードから発せられた台詞に、カピタナン警部が声を詰まらせ、そして手で顔を覆うと、盛大に天を仰いだ。年季が滲む節くれ立った手が、殊更に哀愁を醸し出していた。


「あぁ~、そう言う事ですかあ……しかし、こちらとしてもあれが限度ですねえ。それ以上はこっちが破産しちまいますよお」


 カピタナン警部が、顔を覆っていた手を頭に運び髪を掻き毟る。歪んだ表情から吐き出された声は、変わらず間延びしたものだったが、少なからずとも状況に窮する緊迫感を孕んでいた。

 暫し宙を彷徨ったカピタナン警部の視線が桜花に留まり、そしてまた宙を彷徨う。何かと思い、胡乱げに桜花を見やり、そして同じく視線を戻した。

 レイロードは見た。素知らぬ顔でそっぽを向いた桜花の顔を。ただ、その枝の色付きは、春を置き去り夏を越え、既に秋の彩りを湛えていた。誰がどう見ても、私がやりました、と自供しているようなもの。が、見て見ぬふりをするくらいの優しさは、共に持ち合わせていたと言う事だろう。そんな二人の視線が交差し、そして、共に疲れたような苦笑いを浮かべた。


「いやあ、まぁ、実はあたしも部下の保身、ってものを考えちまいましてねえ、人の事を責められませんなあ」

「そうか――」


 自嘲気味に告げるカピタナン警部の姿に、レイロードはルーデルヴォルフ時代の、幼い情景を知らずと重ねていた。何も考えず、考える余裕もなく、ただ剣を振るうだけだったレイロードを、ただ一人かばった師の姿を。

 詰まる所、割ける人員は居たのだ。しかし、使った人員の組織内での立場は悪くなる。それは進退にも影響を及ぼす事になる。それを回避するために、捜査人員までをも外から求めたのだろう。その情を否定する事は、今のレイロードには出来なかった。


「――捜査指揮はそちらで。犯行間隔からすると、次は本日中の可能性が高い。警察通信をこちらにも回し、即時対応が可能なようにしてくれ。人を入れられるかは……考慮する……。

 今は精々がそんな程度だろう」

「そうですなあ……分かりました。先ずは現場の確認をお願いします。己顕士(リゼナー)の視点から分かる事もあるかもしれません」


 レイロードはカピタナン警部に頷くと、PDを取り出し手渡そうとした所で、桜花を見た。正面を向いてはいるが、手でパタパタと顔を仰いでいる。そんな桜花に向かい、空いていた片手を差し出す。


「え? あの、え? ……はい?」


 慌てたように桜花がレイロードに顔を向け、そしてキョトンと小首を傾げながら、差し出されていたレイロードの手に、自身の手を乗せた。


「いや違う」


 見事に決まった"お手"に眉を顰めながら、レイロードはPDを持った手をちらつかせた。


「え? あっ! くっ、ええ分かっていましたよ!?」


 桜花が何の役にも立たない良い訳で取り繕いながら、慌ててPDを取り出しレイロードに渡してくる。殺伐とした雰囲気がどことなく薄れたような、そんな気がした。レイロードはカピタナン警部に2台のPDを渡しながら、若いと得だな、と感慨に耽るのだった。

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