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カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
2章 故に死者は歩く
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2. 不可解-1

 イバネシュティはイグノーツェ大陸東部、ロマーニ東端に隣接する国家だ。大国が中央から西に広がる北イグノーツェは最大の産業国と言っていい。その首都プラソユは、内陸国家では大抵そうであるようにイバネシュティ中央に位置している。

 法歴以前の中世代を示す建造物も相応にあり、都市圏外縁部を囲う。そこから先に踏み込めば、征帝歴600年以降の近世代から現代建築が主要に変わる。郊外に立ち並ぶ近世代の建造物は少々侘しげだ。が、そこに風情を感じる者もまた多い。

 産業の発達に連れ都心へと機能が集約し、その結果、都心に近づくに連れ徐々に建築様式が新しくなっていく。その様は時代の変化を凝縮したようにも取れ、人々が築き上げてきた歴史の息吹を感じられるだろう。その合間合間に点在する中世代の建造物は、今も変わらぬ物がある事を教えているのだろうか。

 都心となれば、幾何学的な構造の現代建築群がお目見えする。流石にエレニアナ法国程ではないが、先進的な景観は産業都市として発達してきた証であろう。深夜1時を回った今現在でも、都心には明かりが灯っていた。

 その一角をとある機馬が駆ける。後部のバスケットから、ピョコンと白黒と赤白のヌイグルミの顔が覗く機馬だ。騎乗者は藍色のサーコートに夜色のマントを羽織った全身鎧の男。その後ろには、大きく四肢を露出させた服装に、スプリッター迷彩が施された朱のマフラーを肩に羽織る少女。そろそろ薄着では肌寒くなる頃合いだが、それには負けじとでも言うように、少女から涼やかな声が流れ出る。


「いやしかし、良い夜ですね。都心でも星が綺麗だ」


 背後でユキムネの頭を撫でながら夜空を見上げる桜花。レイロードにはその姿が何やら迂遠な抗議の表れであるように思えてならず、何時もの渋面で胡乱げに問うていた。


「……何が、言いたい……」


 確かに、帝国大鉄道を使いイバネシュティ国境まで近づき、その後は機馬で一直線に駆けると言う強行軍。しかし、案件の内容的には仕方がない。桜花も道中は割と楽しんでいたように思える。禄に内容を確認せずに取った事に非があると言われれば、それは確かにそうであるため、甘んじて受け入れるつもりではあった。


「……いえ、まぁ仕方ないかと思い直した所です。先ずは何処に?」


 が、嘆息一つ吐き出し告げて、桜花が小首を傾げる。水に流した、とでも言うように、長い黒髪が風に流れていた。その姿にレイロードは若干肩の力を抜き、ついでと吐息も吐き出す。思い直した、と言う事はその直前までそう思っていたと言う事だが、蒸し返す気にはならなかった。それは横へ置きやり指で示す。そこには、都心に相応しい現代風の建築物。高さは5階程度だが、代わりに横へ広く、逃げ場を与えぬように広がる姿は、重厚な威圧感を発していた。遠目からでも窓から明りが漏れ出し、未だ休息の気配は見受けられない。桜花がその姿に注視した事を確認すると、レイロードは指を下ろし行き先を告げる。


「プラソユ市警だ」

「ああ、あれは警察でしたか」


 その行き先に得心がいったと桜花が頷く。イグノーツェでは、伝統的な組織になる程それに準じた伝統的な建物を改築して使用する傾向がある。警察と言う法治国家の治安維持組織となれば当然歴史も長く、近代建築を使用する事は希なのだ。故に、桜花の反応は不思議な事ではない。

 ここまでの道のりは、帝国大鉄道を使いイバネシュティ国境まで近づき、その後は機馬で一直線に駆けてきた。その事を思えば、目的地は正に目と鼻の先だ。レイロードは経口タブレットを口に放り込むと、目と鼻の先にまで迫った目的地へと機馬を走らせた。



 プラソユ市警に近づけば、慌ただしい雰囲気が中から漏れ伝わる。それを横目に、レイロードはパーキングエリアに機馬を駐めると、桜花を連れ立ち入り口へと足を運んだ。自動ドアが開かれると、そこからはレイロードが分かる程に剣呑な気配が溢れてきた。


「これはまた……少々殺気立っていますね。署全体から感じますよ」

「糸口すら見つからないのではな……」


 顔を顰めて呟く桜花に、レイロードも表情を歪めて相槌を打つ。科学捜査、プロファイリング、科学の恩恵を受ける今の時代に、11名の被害を出しながら手がかりなしだ。それも致し方ない事かもしれない。

 流石にこの時間では、受付に人は見られず、署から漂う暗鬱とした気分を振り切るように、二人は共に案内板へと目を通した。刑事課捜査1係の場所を確認すれば3階東側。そこが目的地だ。

 行くぞと、レイロードは軽く手を振り促し、桜花も頷きその後に付ける。道すがら、幾人かの刑事と思わしき人物達が胡散臭げにこちらへ視線を飛ばしてきた。が、臆する理由など何一つ持ち合わせていない以上堂々と闊歩し目的地へと向かう。そして、いざ目的地、と言った所で、オフィスに張られたガラスの向こう側に、白黒を発見する。結果、桜花が黒真珠の瞳を嬉々として輝かせるに至った。


「れいろーどれいろーど、私ここに泊まります」

「保釈金は出せんぞ……」


 言いながらも、レイロードの真鍮の瞳もまた、その白黒に注がれていた。全身の被毛は長く、頭部は目が隠れる程の長さ。黒く垂れた耳。桜花のユキムネに似ているが、それより遙かに巨大な体躯の犬だ。目測で50キログラム以上はあるだろうか。

 その犬が、ガラスの向こうから、こちらを不思議そうに眺めている。時折左右に小首を傾げる姿が実に可愛らしい。この仕草は桜花もよくやるのだが、やはり本物はそれの比ではない。


「博士! あの犬種は何でしょう!? オールド・アルフォーディッシュ・シープドッグですかね!?」


 その桜花から突如珍妙な呼び方で声を掛けられ、レイロードは一瞬顔を顰める。が、その視線が捉えた先には、キラキラと目を輝かせ、鼻息荒くブンブンと腕を振る桜花の姿。それを見るや、軽く苦笑し再び眼前の白黒に注視すると桜花の言葉を引き継いだ。


「にしては大きいか……骨格も違う。

 ……確か、ミオリティック・シープドッグ、だったか?」

「ほう……奇っ怪な。いえ、可愛いですけど。ええ、可愛いですけど」


 桜花がコツコツとガラスを叩くたび、件の犬が小首を傾げ、桜花がだらしのない笑みを浮かべる。桜花が何度か繰り返す様を横目に見ながらも、結局レイロードの視線はガラス越しの白黒へ。そしてそんな折、二人の横でオフィスのドアが開かれた。


「あのぉお、もしかしてイクスタッドの方達ですかねえ? でぇしたら担当のオリヴュ・カピタナン警部はあたしですがあ」


 それと共に、しわがれ間延びした声が、だらしのない笑顔を浮かべる二人に届く。慌てて体裁を整えそちらを向けば、恰幅のいい壮年の男が白髪交じりの頭をボリボリと掻いて二人を見つめていた。ボサボサの髪に無精ヒゲ、ヨレヨレのシャツを纏うその見た目は実に冴えないモノだ。が、細められた瞳の奥に、油断ならない光を垣間見てレイロードは若干気を引き締めた。


「失礼、イクスタッドより参りました、レイロード・ピースメイカーと申します。こちらは助手(マーノ)の桜花と申します」


 レイロードは軽く腰を折って挨拶をし、次いで指先を揃えて桜花を示す。それに応え、桜花が直角に曲げた右腕を胸に置き、深々と腰を折った。


「あぁ、いやぁあ、これはどうもご丁寧にい。そぉんなに畏まって頂かなくても結構ですよお? あたしが恐縮しちまいますって。どぉぞ楽にして下さいなあ」


 そうは言いながらも、恐縮の欠片さえ見せないカピタナン警部だったが、レイロードは外様だ。普段の態度で印象を悪くするのは得策ではないし、年上相手にはこの方が楽ではある。が、硬い態度も不信の表れと取られかねない。


「しかし、いや、了解した。気を遣わせたな」

「ふむ、私に異存はありませんよ」


 一瞬の逡巡であったが、レイロードは普段の口調に戻す。あくまで警部側がレイロードに気を遣ったとして、念のために相手側を立てておく。桜花もその意を汲んで了解の意を示した。


「いやぁあ、有り難いですなぁ。あたしもこれで気が楽ってもんです。

 まぁ、何はともあれ、中にお入り下さいなあ」


 大げさに安堵して見せ、オフィスに招き入れるカピタナン警部に従い、二人は漸く捜査1係の敷居を跨いだ。


「所で犬ぅ、お好きなぁんですかあ?」

「ん? あ、いや、その……」

「え? あの、あ、はい……」


 通り抜け様にカピタナン警部から投げ掛けられた質問に、レイロードと桜花は先の醜態を思い出し顔を背け、逆にカピタナン警部は満足げに微笑んだ。目的を忘れていた部外者への、ささやかな意趣返しと言った所だろうか。こればかりは何も言えず、共に何とも言えないバツの悪さに口を噤んだ。


「いえねえ? ミオリは……あぁ、あの犬の名前なんですがねえ、大人しくて良い子なぁんですが、ほおら、大きいでしょう? もぅそれだけで駄目な人も居るみたいでしてねえ」


 が、如何にも困ったという顔で、犬の話題に切り替えたカピタナン警部に頬が引きつる。完全に故意犯だ。話をはぐらかして場の雰囲気を掻き乱しながら、自身の欲する情報を引き出すタイプ。レイロードのとっては、戦場ならば大した障害になる相手ではない。が、剣が絡まない範囲では非常に強敵だ。桜花に視線を向ければ、同様にどうした物かと考えあぐねているようだ。更には名前を呼ばれた事で、元気よく尻尾を振って駆けてくるミオリ。その頭を、笑顔のカピタナン警部が豪快に撫でる。


「よぉしよしミオリ、お客さんだよお。ほぉら、こんなに大人しいでしょう? あぁ、そもそも犬が好きなら大丈夫ですなあ。

 おぉや? どうしましたあ?」


 呆けた表情でこちらを覗う姿はしかし、既に狩人の、この場に適した言い方をするならば、刑事の瞳であった。その瞳から、ミオリを撫でる手に込められた力から、紛う事ない義憤の念が見て取れる。レイロードは気配の察知などは非常に鈍い。が、代わりに、表情や仕草から、その人物の感情を読み取る事でそれを補っていた。

 現状に付け加えるならば、レイロードの背から一歩下がり、桜花がまるで貞淑な助手(マーノ)を装っているが、あれは矢面に立つ事を完全拒否した姿勢だ。レイロードは頭を抱えそうになりながらも、状況の悪化を抑えようと、真摯に言葉を絞り出す。


「いや、レスポンスが悪かった事は謝罪する。

 ……確かに、俺達は金のためにここに居る。それは変えようがない。だが、俺達も貴方達も、事件の解決を望んでいる事自体に変わりはない筈だ。腹の探り合いで無駄な軋轢を生みたくはない。

 戦力ならば十全だ。例えロマーニ相手でもどうにかして見せよう。故に、だ、その矛先を貴方が本来向けるべき相手へ向けてくれ」


 吐き出し、レイロードは両手を軽く広げ、敵意も疑心もないと示して見せた。その言葉にか、行動にか、ミオリを撫でていたカピタナン警部の手が止まる。その顔から表情は抜け落ち、射貫かん程の瞳がレイロードと桜花を見据えていた。

 奇妙な程に永く感じる睨み合い。どちらともなく視線で語るその均衡を崩したのは、カピタナン警部の大きな溜息一つ。継いで、居心地悪そうな表情で頭を掻き回した。


「いやあ、申し訳ない。あたしも少々気が立っていましたかねえ……一度腰を落ち着けましょうかあ」


 軟化したカピタナン警部の態度に、レイロードも桜花も肩の力を抜く。信頼も信用もされた訳ではないだろうが、少なくとも余計な邪推はされなくなった、そんな所だろうが、それ以上は贅沢と言うものだ。

 両者の間を、ミオリの首が行ったり来たりと忙しなく動く。瞳の見えない覆われた被毛の下で、何となく困ったような表情を浮かべている、そんな気がした。カピタナン警部も同様だったのか、ミオリの大きな頭を優しく撫でる。そして再びレイロード達に向き直ると、手で行き先を促した。


「先ずはこちらにどぉぞ。事件の詳細をご説明いたしますねぇ」

「よろしく頼む」

「お願いします」


 レイロードが軽く答え、桜花が続く。カピタナン警部の先導に従って歩き出そうとした時、何かを思い出したように振り向いたカピタナン警部が一言告げた。


「あのお、所でミオリも同席しても構いませんかあ? いえねえ、この子警察犬じゃぁなくて、あたしんちの子なぁんですよお」

「ほう、そうか。気にしないでくれ。これも喜ぶ」


 片手で指差し桜花を示すレイロード。その指先を、桜花が安定の半目で見つめていた。その視線は、喜ぶのはあなたもでしょう、と聞かずとも容易く判明出来たが、素知らぬ顔でやり過ごす。


「まぁ良いですけどね」


 桜花が鼻息荒く吐き出すものの、その視線は直ぐに前方で揺れる尻尾に注がれていた。体に見合った大きな尻尾だ。否が応でも目に入る。その横では、カピタナン警部が頭を掻きながら微笑んでいた。先のような険悪な雰囲気は既にない。ユラユラと揺れるミオリの尻尾を追い掛けながら、二人は資料室に向かった。

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