表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
2章 故に死者は歩く
41/71

1. 暗雲-4

「シッ!」


 奮戦する二人を横目に、フルールはと言えば精彩を欠いていた。手近の一体をシールドバッシュで叩き潰す。盾と言っても馬鹿には出来ない。騎士の重装化から、己顕法(オータル)が浸透する前の時代においては、戦場で最も殺した手段は、重量に任せた盾での押し潰しだった。フルールの左手にある盾は下腕程度のサイズだが、それでもレイピアに比べれば遙かに重い。顕装術(ケーツナイン)をもってすれば十二分な凶器と化す。

 振り回した反動で軸がズレ隙を晒した背後に、忍び寄る一体を象圏で捉える。


「くっ! 凍れ!」


 その足を己顕法(オータル)で凍て付かせる。が、大して足を止めさせられない。それでも立て直しの時間は稼げ、かろうじて振り向き様の切り上げが間に合った。乾いた音を立て崩れ落ちるスケルトンを前に、フルールは安堵の吐息を吐く。先の氷結は、フルールの中にある"平静"の有り様が源だったが、乱れた心が上手く力を引き出せなかった。似たような事を何度かやってしまっている。散開していたため被害はなかったが、連携していたらと思うとゾッとした。


「こんな事だから駄目なのかもね……」


 今も景気よく、白の軍勢を薙ぎ倒す友の姿を横目に納め、自嘲する。これが資質の差なのだろうかと。レオルの才は、フルールよりも明らかに上だ。これは仕方ない。しかし、能力的には劣っていた筈のラナは今、フルールよりも確実に動けている。

 自身の才に己惚れていた訳ではないし、慢心していた訳でもない。少なくともそう思っている。だが、そんな事などお構いなしに現実は進んでいた。時間を巻き戻せたらと思ってしまう。そんな浅ましい心だから……。

 やめよう、それ以上気持ちが沈み込む前に、フルールは何とか前を見、そして振り上げられた刃をも見た。


「大丈夫っ!」


 自身を鼓舞して剣撃をバックラーで内側に逸らすと、その勢いを利用し回転。右肘を叩き込む。仰け反るスケルトンの首をそのまま一閃。が、頭が落された事にも構わず、その剣が振るわれた。

 あわや当たる寸前、弾かれたように動いたバックラーが剣を捌く、と同時に胴を薙ぎ落す。今度こそ、スケルトンはその動きを停止させていた。


「くぅ……」


 捌く事は捌けたが、完全とはいかず、腕の痺れに苦悶の声が漏れる。が、泣き言も言っていられないと、無理矢理に構えを戻した。視界を巡らせ状況の確認に努める。既に粗方の始末を終え、残りは数体と言った所。瞬間、象圏の端に何を捉え咄嗟に振り向く。


「So easy!」


 それはスケルトンの1体が、ラナの後ろ回し蹴りと壁に挟まれ、哀れ爆散した所だった。気を抜き掛けたその瞬間、木々の合間から1体のスケルトンがラナの背中に向かい飛び出す。ラナの体制からは迎撃は難しい。左肩は剥き出しだ。何よりも頭が近い。レオルは、遠い。


「ラナァアア!」


 叫び、レイピアを突き出し大地を蹴り抜く。最も得意とする技なのだ。届く筈だ、いや、届く。脇目も振らず突き進んできた。この突撃こそはその象徴。邁進を顕わすフルールの起源。

 それが、遅い。精々が亜音速程度。スケルトンの手がラナへと届き掛ける。引き延ばされた感覚の中で、フルールは必死で手を伸ばす。


「アァァァアアアアアアッ!」


 その切っ先が届いた瞬間と、スケルトンの指先がラナの髪を撫でたのは、ほぼ同時。亜音速で飛来した人一人分の質量は、スケルトンを完膚なきまでに粉砕するには十分過ぎた。が、広いとは言え、そこは木々が生い茂る室内。軽いスケルトンでは勢いを殺しきれず、十分な制動を得られなかったフルールの体は、地面の段差に足を取られ宙を舞った。


「フルール!」


 ラナの悲壮な叫びが耳を衝く。大丈夫だから、そう言いたくとも声は出ず、体制を立て直そうとするも儘ならず壁が迫る。寸前、盾を前にし衝突。それでも体が砕けるのではないかという衝撃がフルールを襲った。


「かっ……!」


 息が詰まり視界が揺れる。重力に引きずられ体が沈み更なる衝撃が襲った。舞い散る土煙と、様々な破片の合間に、駆け寄りながらスケルトンの1体を斬り飛ばすレオルと、左肩に赤い筋を残したラナを見る。頭からはズレたが、肩へと届いてしまったらしい。が、ちゃんと付いている。出血も少ない。これなら大丈夫だろうと、安堵の微笑み一つを浮かべ、フルールは意識を手放した。



 フワフワと浮くような、地面に叩き付けられるような、不思議な感覚でフルールは目を覚ました。周囲は暗く判別がつかないが、何だか温かい事だけは分かる。何だろうかと確認しようとし、


「あ、良かった。気が付いた?」

「……へぁっ!?」


 耳元で響いた声に、珍妙な声を伴い顔を跳ね上げた。そこに柔和な微笑みを湛えたレオルの顔を見る。咄嗟に伸ばした手は、哀れ空を切るばかり。その両腕はレオルの顔の横をすり抜け、みっともなく宙を漂っていた。不審な挙動で自身の現状を確認すれば、そこはレオルの背中。ただでさえ働いていなかった思考が一瞬止まる。


「な、ななな、なっ……」

「え~と、大丈夫?」


 眉尻を下げるレオルに、キツツキよろしくコクコクと頷く。そして急激に回り始めた血流が、顔に著しい熱を溜まらせる。救いと冷却を求めて顔を振れば、膝に手を突き肩で息をするラナの姿。見ればレオルが背負っていたバックパックを代わりに背負っている。


「も、もう大丈夫! ラナもあれじゃキツイだろうし!」

「も、求む、交代要員~」


 これ幸いにと、レオルの背を離れる口実を見つけ出したフルールに、肩で息するラナも賛同した。


「そう? う~ん、でも少し心配かな?」

「良いから! 大丈夫だから!」


 懐疑的なレオルを押し退けその背を離れる。名残惜しく感じた心が実に浅ましく、フルールの表情を歪めた。暗闇で良かった、心底そう思う。周りの暗闇に飲まれかねない暗い心を払拭するため、軽く頭を振りインカムのライトを点ける。見れば先程の場所から大して変わっていない。背負われた事の揺れで、直ぐに目を覚ましたと言う事だろう。念のため、荷物を持ち替えている二人に状況を確認する。


「ねぇ、今はどの辺りなの?」

「ん~? もうちょっとで塔への入り口に着くんじゃない?」


 肩を回し清々したとアピールしながら、ラナが答える。やはり大した距離ではないが、負担を掛けてしまった事には変わらない。この中では最も腕が立つ筈がとんだお荷物だ。そう思えば、自然と力ない声が漏れていた。


「……ゴメン……」

「な~に言ってんの! フルールが来てくれなきゃ、あたしは今頃連中のお仲間だよ」

「そうそう、フルールが謝る必要なんてないよ」


 パタパタと手を振り、おどけるラナに柔らかく微笑むレオル。単純かもしれないが、それだけで肩が軽くなった気がした。


「んじゃ、軽くなったし、お日様を拝みに行きましょうか!」


 そして、軽快なラナの一言を合図に、フルールとレオルは苦笑しながら、再び歩を進めた。この辛気臭い牢獄から開放されるかと思うと、幾分か気持ちが弾んだ。だと言うのに、塔への扉は絶賛店仕舞い中だった。来た時開いていた入り口は、存在さえしなかった石材の扉で、今やしっかりと蓋をされている。スイッチらしき物は見当たらない。マナを通してみたが反応はなかった。


「……爆破、しちゃおうか……?」


 その状況にラナが物騒な提案を申し出た事で、フルールとレオルは躊躇いを見せる。が、それも一瞬。3人は顔を見合わせると力強く頷き、レオルのバックパックから指向性のチューブ炸薬と、手の平サイズの起爆装置を引っ張り出した。それをラナが石材の繋ぎ目に合わせて塗っていく。耐熱性の高い石材には効果は薄いが、繋ぎ目には利く筈だからだ。そして、十分な量を塗り付けた事を確認すると、起爆装置の無線式電極を炸薬に突き刺す。


「OK! ちょっと離れて」


 準備を終え、下がれと手で示しながら後退するラナに従う。ある程度の距離を取りながら、ふとラナの口元を見る。楽しげだ。実に楽しげに口元が釣り上げられていた。何だか嫌な予感がしたのも束の間に、ラナが起爆装置のボタンを押し込む。短い炸裂音が不必要に鼓膜を揺らす。音を立てて石材が崩れ粉塵を撒き散らした。

 目の前を遮る粉塵を払いながらフルールは叫ぶ。


「ちょ、ちょっとラナ!? 炸薬多くない!?」

「いや~景気付けに、ね?」

「ぶはっ! ね、じゃないよ!?」


 ラナが可愛らしく舌を出し、茶目っ気をアピールするが、残念ながら同性のフルールに効果などない。それどころか、異性のレオルにさえ効果はなかったらしい。口に埃でも入ったのか、咳と供に口元を拭っている。そんな事など何処吹く風と、ラナが軽く手であしらい、しでかした痕跡を上機嫌に確認しに向かう。


「はぁ、もういい……」


 肩を落し嘆息したフルールと、呆れ顔のレオルがその背を追うが、その先には不自然な程に光が見えない。嫌な予感が膨れ上がる感覚を押え込みながらその場へと向かうが、そこには予想通りの、いや、それ以上の光景が待ち構えていた。


「オリハルコン……」


 フルールの、呆然と、しかし感嘆にも似た含みをも持って吐き出された呟きの先に照らし出された物は、赤い壁。オリハルコンの赤い壁だった。断じて逃がさぬと言わんばかりの意思が見える程の鉄壁。周りも同様の赤。感嘆の念を抱かせたのは、知りようもない誰かの執念だったのかもしれない。


「レオル、エグザキューターで斬れない?」

「厚みがどうであれ、抜けるだけ押し込んだら、フレームが折れるね……」


 ラナがレオルに訪ねるが、それも梨の礫。そもそも、そう簡単にオリハルコンを抜けるのであれば、エグザキューターは各国の騎士用装備として制式採用されていただろう。


「他に、出口を探すしかないわね……」


 髪を掻き上げながら、フルールは言葉を零す。釣られて振り向いたラナとレオルの表情が視界に映った。不安だ。不安が浮かんでいた。その表情は、フルールの揺れた心を奮い立たせるには十分だった。役に立っていなかった分を取り返す。一番若くても、一番ベテランなのだから。


「大丈夫よ。入るだけじゃ研究も出来ないし、扱っていた物を考えれば、フェイルセーフとして出口を複数作る筈でしょう? 食料だって十分あるし、ね?」


 精一杯に気丈に、努めて明るく、そして柔らかくフルールは微笑んだ。その微笑みにか、ラナの表情が少し和らいぐ。次いで、レオルも深呼吸の後、その表情を引き締めた。そして、お決まりのように響くラナの声。


「いよっし! じゃあ、行こうか!」


 景気よく腕を突き上げるラナに負けじと、フルールも、レオルも、その腕を今は見えない天へと突き上げる。そして、3人はまだ見ぬ闇の中へと足を踏み出し――。


『随分と勝手をしてくれた物だ』


 性別も、年齢も、気配も、全てが判然としない声が響いた。その声に、踏み出した3人の足は、その場で石のように硬直し動かない。フルールの中で唐突に数日前の出来事が、なぜ今まで忘れていたのか分からないあの出来事が脳裏を過ぎる。


「誰!?」


 背に嫌な汗を感じながらも、枯れそうな心に火を付け、フルールは闇に目を配る。その眼前に、紅い点二つ。一切の気配を感じさせず、白いフードの何かが、そこに居た。あの日と同じように。


『家人だよ。無論ね』

「フルール!?」

「クソッ! 何が!?」


 言葉と共に、その白フードから繰り出された手に、フルールは一切の反応が出来なかった。代わりとばかりに、ラナとレオルの声が響く。フルールは腹部にめり込んだ掌を、フードの何かを、払い除けようと拳を振るう。が、遅い。弱い。顕装術(ケーツナイン)とは程遠い、少女のか弱い拳が空を切るだけだった。出来た事は精々、徐々に抜けていく力に苦悶の表情を浮かべる程度。


「フルール!」

「離せよ!」

「だ、め……」


 フードに向かい飛び掛かる友の姿を目に納め、制止の声を絞り出しながら、フルールの意識は闇に沈んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ