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カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
2章 故に死者は歩く
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1. 暗雲-3

 居館から塔までは然程離れてはおらず、実にすんなりと目的地に辿り着く。詰まる所、何の収穫も得られなかったと言う事でもある。それは件の地下牢にも言える事で、幸いにも特に使われた形跡は見当たらず、薄暗く寂れた石の牢が広がるだけだった。


「何にもないね……」


 ただ空虚な空間に、レオルが拍子抜けしたように声を漏らす。それに対し、ラナが髪を弄りながら少々つまらなそうに答えた。


「ま、ドラクル城はあくまで当時の領主の城ってだけで、前線に使われた訳じゃないからね。

 ただの罪人を収監する事もないだろうし、重罪犯は危なくて置いとかないでしょ」

「だったら、何を期待してたのよ……」


 身も蓋もない回答をするラナに、フルールは本日何度目か分からない嘆息で問う。


「いやいや、だから秘密の研究をね?

 ま、取り敢えず期待せずに上行ってみよ?」


 悪びれる事なく首を竦めるラナに、やはり本日何度目になるか分からない苦笑でフルールとレオルが答えた。

 ラナに先導され牢を引き返すと螺旋階段へ。塔と言っても単純な円ではなく、四角い外壁の中を円柱が貫く形だ。その中を螺旋階段が通り、屋根から先端が突き出ている。そのため上への途中には詰め所と思われる空間も見て取れた。が、殺風景な様子に期待も持てず、先ずは眺めるだけに収め、黙々と上を目指す。そしてその頂上へ、やはり呆気無く辿り着いていた。


「うむ、つまらん!」

「あ、そ」


 着くなり不機嫌そうに仁王立ちで構えるラナに、フルールは最早掛ける言葉も無い。そんな女性陣二人を傍らにレオルの困惑気味な声が響く。


「えーと……もしかしてこれ、動かした跡、じゃないかな?」


 そちらを向けば、登ってきた階段の直ぐ後ろ、敷き詰められあ石畳の一部をレオルがしゃがみ込んで指差していた。ラナ共々しゃがみ込み、よくよく目を凝らせば1ミリ程の傷跡が。物見故外気に触れており、傷自体は珍しくはない。だが、その傷跡は丸みもなく鋭利であり、最近になって付けられと憶測出来るた物だった。


「うっそ……でも、こんな目立つ所、それこそ見つかってない方がおかしいんじゃ……」

「ここでああだこうだ言っていても仕方ないでしょ。こうなったら弄ってみましょう」


 どうにも釈然としないと言った表情のラナに、今度はフルールが積極的に行動に出る。未知の物に対する歳相応の好奇心が顔を覗かせていた。

 腰のポーチに収めていた極薄のナイフを石と石の間に差し入れる。そしてそのナイフを慎重に動かしていく。が、反応らしきものはない。一瞬顔を顰めるが、思い直しグローブで覆われた指の先端を擦り合わせた。直後、指先に青白い燐光が灯る。マナの光だ。そ光が灯った指先を、突き立てたナイフの柄に沿わせた。マナ光が柄に施された金属を奔り刃へ。そして刃から石田畳へとその光は流れ込む。そして、沈黙が流れた。

 一点を見つめ動かないフルールとラナに、レオルが交互に視線を向ける。


「何も起こらないね……」


 眉間に皺を寄せる戦乙女達の迫力に、戦々恐々とレオルが呟いた。瞬間、その発言を否定するように、低い駆動音がその場に届く。そして、3人の視界がユルリと動き出した。


「あ、回るんだ」


 素っ頓狂なラナの声が指し示したように、円状の床自体が回り階下への侵入口を変えていく。物見から覗く景色が横へと流れ、キッチリ半回転に至った時、深淵への入り口がその淵を現していた。

 誰とは知れず固唾を飲む。そして一斉に顔を見合わせると、静かに頷いた。フルールは腰のレイピアを抜き放ち、レオルもブレードラックからメカニカルな剣を抜く。アルフォードAGAシステムズ社製エグザキューター、それが剣の名前だ。その身幅は非常に広く4センチ程はあるだろう。剣身は肉厚で、鍔からブレードラックにチューブが伸びる。その姿から何かが仕込まれているだろう事を想像させるのは易い。


「大丈夫、行けるよ」


 少しばかり硬い声で答えるレオルに軽く頷くと、インカムに触れライトを灯す。そして、フルールは先陣を切って闇の底に踏む入れた。次いでラナ、殿はレオルだ。階下へと伸びる螺旋は全くの暗闇。本来の階段の裏に当るだろうため、途中での詰め所から届く光が入って来ない。インカムが指し放つ光源と、3人の靴音だけが只々不気味に響く。


「うへ~、これどこまで続くの~」


 暗闇と沈黙に耐えかねてか、ラナが愚痴を漏らす。が、その声からは幾分かの緊張が感じ取れる。とは言え、誰にも応えられよう筈はなく、レオルが口を開き掛け、そして結局表情を歪めるだけに留まった。

 一歩一歩慎重に足を踏み出し続け、体感時間からすれば城の地下にでも到達するかと言う頃合いで、遂に螺旋が終わり眼前が開ける。インカムのライトが照らし出した空間に、ラナの乾いた声が響いた。


「あ、これダメなヤツだ」


 そこにあった物は密林とでも言うべき光景。しかし、その所々から檻やシリンダー状の破損した容器が覗く。フルールはどうするべきか躊躇した。手にしたレイピアを握る手に自然と力が込められる。完全に想定外の事態だ。PDの通信圏外でもある。下手に触らず、一旦戻りE.C.U.S.T.A.D.へ報告するべきではなかろうか、そう思考を巡らす。そんなフルールの眼前から、緊迫感を孕みながらも力強い声が届いた。


「俺が、確認するよ……漠然とした情報だけじゃ局も対応に困るかもしれないし」


 驚いて顔を上げれば、何時の間にやら前に出ていたレオルの背が、そこにあった。


「あぁ~! もう! はいはい、あたしも行きますってば!」

「だったら、私一人何もしないって選択肢もないんじゃない?」


 立ち竦んでいたラナがレオルの言葉に、頭をグシャグシャと掻き回し唸る。その姿にフルールも溜息混じりに答え、密林へと足を踏み入れた。

 足元でうねる木の根を避けながら、放置された檻の中をライトで照らす。そこには、鎖で繋がれていたと思わしき、白骨化した何らかの姿が浮かび上がる。形状と大きさから、恐らくは大型犬だろう。他を見渡せば、一部には明らかに人骨と思われる物も見受けられる。暗闇の中、悲嘆と怨嗟を漂わせ、白く照り返すその姿は、妙に現実感を欠けさせた。


「ふぅ、ちょっと軽く調べるから……」


 漂う陰鬱な感覚を拭ってか、ラナが吐息を吐き出し、PD片手にその前で片膝を突く。ラナの肩越しに、マナ検知用アプリケーションが起動されているのが窺える。PDの待ち受けに表示されるものより、正確な検知を可能とする物だ。


「……どう?」

「何だろ、全体に渡ってマナが検知されてるけど、所々定着している所もあるみたい……。

 確かに骨の大半を構成するヒドロキシアパタイトは、六方結晶構造だからマナを通し易いんだけど、自然界で放置しても、こういう反応はしない筈なんだよね……」


 遠慮がちに尋ねるフルールに、ラナが思案顔で答えた。そこへ眉根を寄せ首を捻るレオルが問い掛ける。


「えーと、それはつまり、マナに依る不死の研究を行っていた、って事?」

魔術師(メイガス)の系統だったのか、聞き齧ったのかは知らないけど、多分ね……もっとも、何の研究かは分かんないけど……」


 静かに語るラナの声は、困惑と義憤が混じったものだった。握り締めた拳に力が込められているのが見える。幼少の頃、今時に魔術師(メイガス)を謳うラナを嗤い、取っ組み合いの喧嘩になった事を思い出す。フルールはその肩に手を伸ばそうとし、そして結局にその手を引き戻した。


「周辺諸国の噂こそが事実で、現地の人々は恐ろしくて口には出来なかった、そう言う事なのかしらね……」


 何と声を掛ければいいのか分からず、出来た事は、精々噂話の真相を憶測してお茶を濁す程度だった。


「若しくは、被験体は外国人で現地の人々は本当に知らなかったか……どちらにせよ真相は闇の中、それを解明するのは流石に無理でしょ」

「……戻ろうか」


 苦い表情で告げるラナに、レオルが気遣わしげに声を掛けた。フルールはどうにも複雑な心境でその様子を眺めていたが、背けるように視線を逸らし――そして闇に佇む骨を見た。


「は?」


 思わず場違いで素っ頓狂な声が口をついて出る。


「なに? どうした、の……?」

「何かマズい……事、かな?」


 突如上がった声に、ラナとレオルが反応しフルールに目を向け掛け、そして共に硬直した。そこに見えたのは、まさしく骨。肉も有さず平然と立つ人骨だった。

 3人が呆気に取られ身動き出来ずに立ち竦む中、広大な暗闇のあちこちから騒がしい音が響いてくる。恐る恐るとそれぞれがライトで照らせば、暗闇の中から白く浮き出る骨、骨、骨。人、獣、その区別なく尽くが起き上がり、樹海の中にカタカタと乾いた音を木霊させた。


「ちょ、ちょっとラナ! 何これ!?」

「いや、あたしに聞かんでよ! I'M a Magus! it's a Scientist! undaerstand!? つまり! こんなオカルトは範疇外って事!」


 フルールはアタフタと自称魔術師(メイガス)へ状況の説明を求める。が、アルフォード語混じりで返された答えは、単に状況が未だ不明瞭である事を示しただけだ。そうする内にも、樹海に生まれた骨の軍勢は、カタカタと間合いを詰めつつある。


「Year! 取り敢えず叩けば壊れる、よね!?」


 レオルが開口一番、振り向き様にエグザキューターを振り下ろす。乾いた音を立て白が舞った。見れば先程ラナが検分していた一体の手が、明らかに伸ばされていたのだ。肩口から頭部を砕かれた骨は、それ以上動く気配を見せはしない。


「スケルトンって、ゲームだと結構頑丈だけど、脆い映画仕様みたい、ね!」


 それを確認するや、フルールは嬉々としてレイピアの切っ先を下げて構える。そして眼前のスケルトンへ踏み込むと同時に斬り上げた。闇に紅い剣閃が疾走り、上体を斬り飛ばされたスケルトンが乾いた音を立てて地に落ちる。その様子にフルールは拳を握り締める。グローブが擦れる耳障りな音が耳に届いた。


「よし! 行ける!」


 得体の知れない物は恐ろしい。それは大抵の人間にとって共通の感情だろう。が、得体が知れずとも戦える相手であれば怖くない。少なくとも己顕士(リゼナー)にとっては敵が居るだけだ。


「ああもう! この脳筋共めぇ! せめて明りぐらい点けなさいってぇ!」


 再びグシャグシャと頭を掻き毟りラナが吠える。が、次には何やら観念したように肩を下げ、そして構えた。スタンスを大きく取った中腰、左手を軽く下げ、右拳を顎に近付ける。


「レオル!」

「分かってる!」


 ラナに応え、既にバックパックを下ろしていたレオルが、その中から拳銃型の照明弾を取り出していた。それを天井へと向けてトリガーを引く。コミカルな音を発して打ち出された弾丸に目が眩んだ。闇を照らしながら天井へと辿り着いた照明は、そしてその場に吸着され明瞭なる照明と化した。

 吸着式はゴミが残り、吸着させた箇所も焼くために遺跡などでは御法度なのだが、戦わなければいけない以上は仕方がない。そして、煌々と照らす昼白色の光の下、樹海の中に大小様々なスケルトンの軍勢が晒し出された。その数は実に数十にも及ぶだろうか。人型の中には刀剣で武装した者も見える。ツヴァイヘンダーのような大剣を持つ者も居る。少なくとも、10キログラム前後を片手で保持出来るだけの強度はあるようだ。

 その軍勢が――突如として進行速度を押し上げた。まるで見つからなかった獲物を捉えたように。乾いた耳障りな音をけたたましく立てながら、樹海を器用に分け進み押し寄せ来る白。底の見えない虚ろな瞳で迫るその様は、これが地獄の姿かとフルールに錯覚させるには十分だった。


「う、あ……」


 気圧された。気圧されてしまった。フルールは思わず一歩後退る。天才と持て囃されても、十分な戦闘経験が蓄積されているとは言い難い。自身もそれは自覚していた。それが完全な想定外の状況に頭をもたげたのだ。

 竦むフルールに、ロングソードを携えた個体が樹海を越え大きく跳躍し躍り出た。型も何もない打ち下ろし。その一撃に左のバックラーを慌てて構える。


「くっ!」


 想定以上の力に苦悶が漏れるが、何とか受け流す事には成功した。そのまま体の崩れたスケルトンの胴を斬り飛ばす。が、予想以上の力に混乱しかけた感情が、悲鳴にも似た叫びをフルールに発せさせていた。


「な、何で!? ラナァ!?」

「だっから、分からないって! どう見ても眼球なんてないし、筋肉もないじゃん!?」


 振り向くフルールに、ラナが叫ぶ。そのラナも、地面を這うように迫った四足獣型の個体に拳を振り下ろした所だった。然しながら、その呼吸もやはり荒い。あわや取り乱し掛けた二人を制したのは、最も戦闘経験の浅いレオルの一喝。


「落ち着いて! 考えるのは後! 一体一体は大した驚異じゃないんだ! 今は目の前に集中しよう!」


 そこには、動ず泰然とスケルトンを切り払う後輩己顕士(リゼナー)の姿。その様に、フルールもラナも大きく息を吸い込み、早鳴った鼓動を抑える。レオルが平常心を取れたのは、寧ろ戦闘経験の少なさから来る知識不足が故かもしれない。そう考えれば、この後輩一人に気を張らせる訳にはいかない。まだ硬い自身の体にも渇を入れ、表情を引き締めるフルール。その後ろから、それ以上の覇気に満ちたラナの声が響いた。


「オッケー! パーッと行こうか! Set ready, All arms!, Cartridge2 load!」


 ラナの声に、その手足に装備された装甲からモーター音が響く。ディスクカートリッジが読み込まれ、書き込まれたマナサーキットが回り出し、電子音声が流れる。


『Get set, Explosion』


 セットされた効果名と共に、レンズ状のパーツに幾何学模様が奔る。その幾何学模様は装甲にまで伸びると、表面を赤熱に依って赤々と照らし出す。そしてその熱を乗せた拳を大きく引き絞り、迫るスケルトンの一団に突撃する。顕装術(ケーツナイン)に依って生まれた莫大な加速度が、ラナと一団の間合いを瞬時に消し去り、その速さをも乗せた拳が撃ち放たれる。


「ぶっ飛べぇぇえええ!」


 爆炎が赤く弾け、轟音が耳をつんざき、大気を焦がす臭いが鼻をつく。その一撃はスケルトン数体を容易に粉砕した。瞬間的な爆発は酸素も弾き、樹海の木々は焦げる程度に収まる。ならば引火の心配はいらないだろう。


「もういっちょ!」


 それを知ってか知らずか、ラナは返す拳で右手側の数体に撃ち込む。再び上がった爆炎が、標的を物の見事に破砕していた。




「俺も負けてられないかな? それに……」


 それを見つめていたレオルが表情を綻ばせ、手に握るエグザキューターのトリガーを引き絞る。剣身から甲高い駆動音が漏れ聞こえた。それを肩に担ぐように構えると腰を落す。視線の先10メートル程度には、人の胴程もある木の根がうねる。そして、剣を掲げ這い上がる、或いは潜る白の軍勢。


「狙い所!」


 そこへ、一足に踏み込み袈裟懸けに刃を振り下ろす。掲げられた剣を、分厚い木の根を、潜るスケルトンを、エグザキューターは一刀の元に斬り落していた。単原子分子として存在するアルゴンを液体窒素とマナサーキットにより冷却、結晶化させ、一直線上に並べる事で刃とする、限りなく単分子カッターに近い剣、それがエグザキューターだ。この手の装備には皆言える事だが、デメリットは構造の複雑さによる脆弱性。そのため、本来は軍用工作機としての用途が殆である。だが、大抵の物は切断出来る。未だ発展途上であるレオルの技量を補うには、悪くない装備だった。


「畳み込む!」


 斬った根の下を潜り抜け、手近の数体をエグザキューターで薙ぐ。盾を持った固体も居たが、そんな物はお構いなしに怜悧な刃は纏めて斬り飛ばしていた。

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