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カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
2章 故に死者は歩く
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1. 暗雲-2

 鬱蒼と茂る木々の合間を縫って石階段が続く。崩れた石の合間から草が生い茂り、長い年月に打ち捨てられた面影が見える。木々の枝葉の切れ間から空を見上げれば、円錐状の山一つ。その上に顔を覗かせるは、淡いベージュ色の典型的な山城だ。が、豪奢な外観は所々色褪せ、時の流れに置き去られた無常を偲ばせている。

 その周囲でただ一箇所、寂れた空気とはまるで無縁な、賑やかい少女の声が響いていた。


「ある意味でファンタジーなのが"呪術師(ウィッチ)"よね。ここで重要なのはその能力の是非じゃなくて、職業として認められてるって事だけど。他の国じゃないんじゃない?」


 ピンと立てた人差し指をクルクルと回し、得意気に少女が微笑んだ。栗毛のショートカットにいたずらっぽい瞳、元気に跳ねる眉が特徴的だった。

 あまり高くない背を包むのは、赤を基調とした服装。カットソーのロングコートからは、ビスチェタイプのインナーが覗く。スリットの入ったタイトミニにニーソックスと、所々体を露出しているが、夏場である事を思えば着込んでいる。その事から、己顕士(リゼナー)であろう事が窺えた。

 両手足の甲には金属製の黒い装甲。手の甲と踝に当る箇所には、紅いレンズ状のパーツと"Dragon Negro"なる刻印が刻まれていた。


「だね、それが根付いた文化なのかは分からないけど、不思議な事に寛容、とでも言うのかな? イグナークァ大陸的な考えに近いのかな?」


 栗毛の少女、ラナ・フォーチュンに対して答えた、中性的な声の持ち主は、ラナの隣に立つ茶髪の少年、レオル・グリーンフィールドだ。少女に向ける微笑は柔和なものの、利発そうな瞳と眉が、却って含みのある印象を与えていた。

 少女より頭一つ近い体躯を、簡易なグレーのプロテクターで覆っている。表面半分とは言え、全身にくまなく装備されたプロテクターは必要十分だ。併せて後ろ腰にブレードラックを添えた姿は、一目で己顕士(リゼナー)であると認識出来るだろう。背負った大きなバックパックは、ある程度の期間、フィールドワークに当るだろう事を想定させる。

 レオルの言葉に、ラナは一旦天を仰ぐと、思案げに声を発した。


「ん~、それはどうだか知らないけど、ヴァンパイア伝承を伝える土壌にもなってるんじゃぁないか、って思うのは確かじゃない?」


 そして小首を傾げると、覗き込むようにしてレオルに顔を向ける。ラナの所作に、レオルが僅かに顔を赤らめたが、知ってか知らずか直ぐに姿勢を戻す。次いで肩を竦めて軽く首を振りながら二の句を繋げる。


「まぁ、今までも色んな人達が手を出して、結局本物は見つからなかったから、歴史上の逸話や情報操作が、誇張、拡大解釈されて今に至る、って事には間違いないんだろうけど」


 ラナが発したものは、希望的観測を含まない現実的な言葉だったが、その表情に不満は表れていない。発せられた言葉通りに、無いものは仕方ない、そう語っているようだった。


「でもね、重要なのは自分の手で、足で、目で、耳で、それを調べてみる事だよ」


 腕組みをしてそう締め括り、自身の放った言葉に対してウンウンと何度も頷くラナに、隣のレオルも苦笑気味だ。

 和やかな二人の少年少女から数歩下がり、鋭く辺りを警戒している少女が一人。赤毛のセミロングに、力強さを湛えた切れ長の瞳が、髪色とは打って変わって怜悧な印象を与えている。その硬い表情同様に、纏う服も露出のない硬い物。パフスリーブのジャケットに膝上丈のスカート、その下を黒ストッキングで固めてある。左腕には下腕と同サイズ程度の、盾らしき物。左腰に佩いたレイピア共々、凛々しい装いは実に騎士然としていた。

 その瞳が、耳が、いち早く異変を察知できるよう、絶え間なく周囲の木々に向けられていた。


「っ!?」


 先行く二人に一瞬気を取られた際、葉擦れの音が僅かに聞こえ、腰に手を伸ばしながら瞬時にそちらを向く。が、リスが1匹、木の実を抱えて枝葉を渡っただけだった。カールした大きな尾が小気味よく揺れている。安堵した少女は、軽く息を吐き出し表情を崩す。


「もう少し警戒しても誰も咎めないと思うんだけど……」


 呑気に会話に花を咲かせる二人に、赤毛の少女、フルール・クレールからついと声が漏れた。


「大丈夫! 平気平気! ほら!」


 聞こえるような声量ではなかった筈の呟きに反応したラナに体が強張る。が、大声を上げても何も来ないと、両手を広げその場でクルクル回って見せる友人に苦笑し体を緩めた。尤も、だからと言って警戒を解くなど以ての外だ。舗装はされているが、それも遥か過去の物。周囲は見通しの悪い森林地帯。クイントが潜んでいても不思議ではないのだ。精々が7メートル程度の象圏しか持たないこのメンバーでは気が抜けない。


「なら、せめてお互い剣が振れる程度まで距離を空けて。密集していると、一撃で全員やられる可能性が高まるんだから」

「大丈夫だって! あたしは……そう! なんか分かるんだよね!」


 眉根を寄せるフルールに、ラナは一瞬顎に手を当て瞑目したが、掌を打つと両手を広げてそう叫んだ。余裕なのか脳天気なのか、よく分からないその態度に肩の力が抜ける。既視感とでも言う、何だか見た事のある光景だったが、考えてみれば昔からこんな事を繰り返してきたからだろう。


「もう……分かったから、せめてもう少し距離を取って。森を抜けるまででいいから」

「へ~い」


 力なく告げたフルールに、頭の後ろで手を組んだラナがつまらなそうに答えた。僅かな期待を胸に、チラリとラナの横を窺い見れば、レオルは何やらバツが悪そうに苦笑しているだけだ。こうも見事に裏切ってくれると寧ろ清々しいのかもしれない。

 所詮は己顕士(リゼナー)、やはり頼りになるのは自分だけかと思うものの、今はその自分も頼りない。揺れる感情に己顕法(オータル)が安定してくれない。高々恋一つでこうも安定しないのかと落胆し、その落胆が更に不安定にさせていく。降り注ぐ木漏れ日は、何の光明も指し示してはくれなかった。

 フルールが一人悶々と悩む最中、前方では先程よりかは距離を空け、レオルがラナに話を振っている。


「でもさ、地元ではヴァンパイア伝承と関係のないドラクル城が、何で隣のイヴァーニウカやテルヴェルでは関係してるんだろ?」

「ま、そこら辺は当時の国家事情だろうね。征帝歴に入って100年程だと、まだ東側はアルトリウス王国支配下だったから、ロマーニが領土を広げるに際して、孤立させる意図もあったんじゃないかな?」


 両腕を腰に当てたラナがしたり顔でレオルに答える。東イグノーツェは、中央以西の国家とは人種の違いも大きく、アルトリウス王国支配下にあった事も重なり、情勢は不安定だった。そのため、情報操作を行い、特定国家を孤立させる事で内部から瓦解させ、アルトリウス王国侵攻の足掛りを得ようとしたのではないかと言う事だ。

 元々ロマーニはイグノーツェ全体の共同体を創る事が目的であり、それが達成できれば各国が傘下にある必要はないとしていた。が、アルトリウス王国はそれを良しとせず、支配下の国も手放す事はなかったのだ。最終的に、アルトリウス王国はロマーニ帝国の手ではなく、周辺諸国独立に依り瓦解した。それが10年前、征帝歴989年の事である。


「何せその当時は己顕士(リゼナー)の数もそんなに多くないし、魔術師(メイガス)も淘汰されていたからね。人の血を啜る不死身の化け物、なんてそりゃあ怖いよ。

 それが隣国にも名の知れた領主なら尚更ね。不死身なんて今では有り得ないけどさ」

「ああ、そっか。あっ、後ね、アルト・ダルジェントに中の人なんて居ないよ?」


 人差し指を回し自説を説くラナに、レオルが苦笑しながら冗談めかして忠言する。ロマーニの守護神、始まりの天窮騎士(アージェンタル)アルト・ダルジェントは、ロマーニ帝国建国以来1000年、ロマーニの永世筆頭騎士として君臨しているからだ。その事にラナが戯けた仕草で、何も言っていないと口元を隠しながら後退った。が、直ぐにその手を退けて口を開く。


「でもね、ドラクル城を調査に来た学者達が忽然と姿を消した、何てオカルト地味た逸話も影響してはいんじゃないかな?」

「え、そうなの? 俺は全然知らなかったよ」

「まぁね。結局途中でクイントに襲われたり、地元に挨拶なしで帰っていたとか言うオチだから」


 目を丸くして尋ねたレオルに、ラナが答えた内容は、何とも肩の力が抜けるもので。後方で耳を傾けていたフルールも、例外なく気力を奪われていた。

 フルールが溜息を吐きながら、早く切り上げてしまいたいと思っていた時、その願いにでも応えてか、石階段が途切れ、中世代の名残が眼前に姿を表していた。遠目で見るよりも傷んだ外壁が哀愁を感じさせ、それがまた不気味さを醸し出している。夜になれば魔城と言われても違和感がない程に、フルール心の奥底を掻き乱した。そんなフルールとは相反して、変わらず呑気そうなラナが、その姿を手で作ったヒサシの下から見据えている。


「いやいや、それにしても有難いよね。何処の何方さんだか知らないけど、あたし達だけじゃ国有地での調査なんて出来ないしさ」

「うん、クライアントの情報くらい目を通そうよ」

「セント・ヘレナ総合病院の医師となっていたじゃない、ロマーニの」


 クライアントに欠片の興味も示していないラナに、レオルが苦笑し、フルールは呆れながらに補足した。当のラナは、それを適当にあしらいながら歩を進める。フルールとレオルが互いに顔を見合わせ苦笑し、直ぐ互いに顔を背けてしまう。


「お~い! 早く行こう!」


 そこへラナの声が突き刺さり、無言で足を止めた二人は今の事も忘れ慌てて後を追う。結局、道すがらには、何も出て来はしなかった。



 要塞としてではなく、住宅として造られたドラクル城の城門は大きくない。両の門扉を併せても横2メートル程度。その片側が軋んだ音を立てて空け開かれる。


「……お邪魔しま~す……」


 恐る恐ると言った感じで、顔だけ覗き込ませたラナの声が、無人の城内に響いた。


「念のためインカム入れて」


 フルールが、耳の裏に掛けた自身のインカムを軽く叩き促す。その瞳は鋭く見据えられ、一端の己顕士(リゼナー)足る矜持のようなものを覗かせている。


「何にも居ないって」

「とは思うけどね」


 片眉を歪めながらもラナが従い、レオルも追従してインカムをオンにする。骨伝導により声が響く。耳を塞がないため、環境音も十分に聞き取れていた。機能に問題はない。

 次いでPDの確認を行うが、マナ散布状況に異変はない。通信状況に関しては、こちらは前情報通りに圏外だ。何かあっても即応は期待出来ない。

 案件はカテゴリーE。戦闘も考えられる、程度だが、当たれば小口径の拳銃弾でも命を落とす。用心に越した事はなかったが、ないものは仕方がない。


「じゃ、行きますか!」


 ラナの一声に多少気を引き締め、3人は忘却の彼方に捨て置かれた古城へと足を踏み入れた。

 静謐な空気漂う城内は、科学全盛の現代から隔絶されたような錯覚を感じさせる。足元や残された調度品には、僅かに埃が積もるのみ。現代とは技術力が違うため、壁や天井には歪みが見えるが、インテリアは十二分に洒落ている。


「思っていたより全然お洒落だね。少しくらいおどろおどろしさを期待してたんだけど」

「そんな所に住みたがる人の気が知れないわよ」

「あ~ははっ、それはそうだね」


 興味深げにインテリアを窺うラナに、フルールは相変わらずの呆れ声で応え、そしてレオルが苦笑する。何時の間にか当たり前になり、そして崩れた微睡みの日々。僅かではある。が、その瞬間は、確かにそうだったのだ。心に灯る暖かさを胸に、フルールは二人の背を追った。



 それから一行はホールから程近い側塔へ。更に門衛棟を抜け、上部へと続く階段、ペヒナーゼを抜け門塔へ。そこから続く城壁塔に向かう。塔から覗く景観に詠嘆するも目ぼしい物はなく、隣接する別棟へ。公的な仕事場故に硬めの造りだったがそれだけだ。外壁を回り井戸を覗き込みながら居館へ進む。


「うん、面白い程何にもないね……」


 室内を見渡しながらレオルがポツリと呟き漏らす。居館はその名の通り私的に利用された空間だ。何かかあるならば一番怪しい部分でもある。


「いやいや、隠し部屋とかあるかもしんないっしょ!」

「あるならとっくに見つかってるでしょ、そんな目立つもの」


 放置されていた机の下に潜り込んでの、脳天気なラナの台詞に、腰に手を当てフルールは嘆息する。例えあったとしても機材がない。赤外線探知や音波探知は可能だが、X線探知機は持ち込みが許されなかった。


「まぁ、本命は塔の地下牢かな? 夜な夜な人知れず行われた不死への探求! くぅ~! 如何にもそれっぽくない!?」


 机の下から腕だけ出して、力強いサムズアップを示すラナに、フルールはまたも嘆息する。そして、腕は変わらず腰に置かれたまま呆れた表情で返す。


「本当にそれっぽいだけじゃない」

「ちょと~ノリが悪いよ~」


 不満気に口にするラナにはそれ以上返さず、フルールは踵を返し、代わりに塔へと視線を向けた。塔には、時計台の役割も与えていたのか、人間大の文字盤が見て取れる。変わった所と言えば、針が取られていた事くらいだが、それだけだ。


「あ、れ……? なん、だろう?」


 別段珍しくもない筈の光景に、何となく違和感を覚え、フルールは首を捻って呟いた。が、


「兎に角、先ずは塔も見てみようか?」

「りょ~かい!」


 促すレオルの声と、陽気に答えるラナの間延びした声に、届く事なく掻き消されていた。

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