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カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
1章 王と名もなき小人
35/71

6. 王と名もなき小人-7

 眼前の光景に桜花が口元を綻ばせる。それはレイロードとて同じだ。嘗て憧れた、今も憧れる、友の姿が、確かにそこに在った。


「ふふっ、貴方のお友達は、皆デタラメが過ぎる」

「ハッ、当然だ。この好機、決めるぞッ!」

「どのみち次で限界です、見せましょう!」


 左にレイロード、右に桜花、共に全てを絞り出さんと気勢を上がる。恨みなど、あろう筈もない。されど、イグナークァに固執し、暴走する彼の王を開放する訳にもまた、いかない。人間だけの問題ではないのだ。どれ程の自然が、動植物が失われるのか分からない。故に、討つ。

 レイロードは軽く手を広げ、アウトスパーダ12振りを翼の如く広げて宙へと浮かぶ。桜花が肩に羽織ったマフラーを、遥か天へと投げ上げ腰を落とす。

 銀に艶めく黒龍の声が、朗々と轟き終幕へと誘う。


「そして、その時より世界で王を見た者は居なくなりました。

 しかし、それは見た者が居なくなっただけなのです」


 羽刃が唸りを上げ大気を掻き回し撹拌し、宙に踊る朱のマフラーが渦を巻く。レイロードが上空へ登り、右翼6振りが切っ先を下げながら体を回り足元へ。渦巻く朱へと桜花が跳ぶ。共に眼下に紅き王を収め見る。


「きっと、王は今も静かに待っているのです。

 ずっと、ずっと、たった一人の世界の果てで。

 ――読了、王と名もなき小人」


 文字が、光が、世界に満ちた。終ぞ詠み終わった黒龍の声に、幾百幾千の文字が、幾万幾億の光りとなり、祝福するかの如く彼方へ飛び往く。


 レイロードの足元、集った6振りの削刃が、足を軸にし更に輪転。自転と公転、巡る衛星の如き削刃が、切削音を掻き鳴らし円柱を象る。その刃を纏わせた右足を引き上げながら、体を捻り旋転。

 桜花が渦巻く朱へと手を翳す。回り、収束し、描くは螺旋。人の全長に達しようかと言う巨大な切刃。穿ち、斬り、貫き、風切り音を唸らせる螺旋の切刃。その刃に向かい、縦回転を加えて体を捻る。

 レイロードは右足に、桜花は左足で、それぞれが持ち得る最大の刃を――。


「"オービタルブレード"……渡れ、明鴉ッ!」

「穿ち、斬り貫く! "燧唄(ひきりうた)"!」


 ――纏い蹴り撃ち、猛勢を以って突撃する。甲高い、或いは重々しい切削音が、全てを喰らい尽さんばかりに響き渡った。


 巡る削刃の星々が質量付与を加速させ、光を捻じ曲げ切っ先に漆黒の環を描かせる。無理矢理に質量を与えられた電子が、自らの重みに耐え兼ね飛び散り雷光を発し、繋ぎ止める力を失った物質が塵となり粉砕されて消えていく。

 螺旋の切刃に抉られ歪み押し広げられた空間が、悲鳴を上げ炎となって燃え尽きる。捩じ切られ圧縮された際に生じた力は、切っ先へと収束し更なる刃となり、尽くを穿ち斬り貫いて焼き却し、破砕の唄へと変えて鳴り響かせていく。


『無駄アアァァァアアアアアアア!』


 雷槍による戒めを引き千切らんと、咆哮を鳴り響かせる王へ、世界を埋め尽くす、眩いばかりの光が収束していく。その矢先、限界が訪れたのはオクターヴァ。イレギュラーナンバーと言えども所詮は人工物。過度の負荷にフレームが耐え切れず、遂に白き雷槍は砕け散った。アズライトの髪から、瞳から、白が抜け、体が宙へと投げ出される。

 代わりに、イグノーツェは、コアを収めたその胸部は、何ら遮る物なく晒された。


「ははっ、やっちまえよ……お前ら……」


 アズライトの声を下に聞き、そして世界を染める光すら砕かん猛勢で、レイロードと桜花の刃を纏った必滅の蹴撃が、王へと撃ち込まれた。


「ゼェェェェエエエエエッ!」

「はぁぁぁぁあああああっ!」


 二人の喊声が、雷光を迸らせ触れ得る全てを塵と化すオービタルブレードが、炎熱を上げ捩じ切り尽くを穿ち斬り貫く燧唄ひきりうたが、紅い装甲を微塵と砕き、消滅させ、王の体に破壊の跡を広げていく。

 そして、大災害すら生温い崩壊の唄が響く中、残骸を撒き散らし、粉砕されていく装甲の下、二人はそこに見た。歪み、波打つ空間を。


「これはッ!? 通りでッ!」

「私の!? だとしても!」


 それは桜花が使う物と似た、空間の歪みによる鎧。表層の下に、着込まれた真の鎧が、二人の猛撃をいとも容易く押し留めいていた。


『何だ……? これは何だ……? オレに何を……』

「何をッ!?」

「この光!?」


 眼前の二人など気にも留めず、イグノーツェが収束する閃光を見つめる。釣られて見上げた閃光の中に何かが伝わる。掠れたスクリーンを見るように。

 記憶、記録、時代の流れ、季節の移り変わり、マナを紡ぐ魔術師(メイガス)、銀の騎士、舞い踊る剣、流れ出る血潮、砕ける大地、燃える山野、汚れる海。

 それは、星の記憶だ。誰ともなく、それを理解した。星の記憶が、濁流となって流れ込んでいるのだと。


『そうか……イグナークァ、そうなのだな……お前は……この星を焼き尽くす炎を見たのだな……オレが種を蒔いたと言うのだな……オレが望んだ世界の果てだと言うのだな……。

 ……違う……止めねば……全てオレが……オレが!』


 王の声が、悲壮な嘆きが、責め苛む心が、燃え上がる意思が見えた。オリハルコンの装甲を失ったためにか、イグノーツェの意識までが伝搬される。悲しみ、慈しみ、呵責、希望、絶望、哀願、ない交ぜになった様々な感情が、自分の事のように伝わってきた。

 しかし、それは、それは許容出来ない。する訳には行かない。だから、レイロードは、桜花は、太古の記憶は叫んだ。届かなくとも、届けと、届く筈だと。


「だからとてッ! 例えそうであろうともッ!」

「貴方は! 何も間違ってはいなかった!」


 星の記憶ならば見える筈だ、苦だけではないと。空を翔る数々のドラゴン、王と対峙する小人、空を飛ぶ夫婦鳥、地を駆ける獣の親子、海を泳ぐ魚の群れ、犬と戯れる子供達、肩を組みジョッキを掲げる友人達、幼子を抱き笑い掛ける父と母、穏やかに微笑む老夫婦、一目で息を呑む程の絵画、奏でる音だけで伝わる景観、書かれた文字だけで浮かび上がる情景。

 そこには、何ら間違いなどありはしない。記憶の大半を戦場が占めるレイロードとて、咽び泣くだけの日々ではなかった。命が散り逝く様を見た。救われる命を見た。全てが正しく進んだ訳ではない。間違いとて、あった。一人の時もあった。二人の時もあった。4人の時もあった。育った仲間達が居た。離れて行った戦友達が居た。ナロニーが居て、アズライトが居て、黒龍が居て、そして今、桜花が居て。


「その全てが間違っていたなど! 言えよう筈もないッ!」

「貴方の蒔いた種は! 嘆かれる程に枯れてはいない!」


 星々の削刃が、螺旋の切刃が、昂ぶりに合わせ回転速度を上げていく。雷光が一際激しく迸る。炎熱が猛り燃え盛る。紅の装甲が塵となって消えていく。歪む空間が激しく波打つ。


『オレの……望んだ……世界の果ては……そんな物ではぁぁあああ』


 王の声が、響いた。力なく、響いた。壊れたように、変えようがないように、虚しく響いた。

 結局は届かないのだろうか。届いて尚、分かり合えはしなかったのか。そんな事はない筈だ。”あの日、あの時”、確かに王は笑っていた。悠然と飛び立っていった。知り得ない筈の記憶が鮮明に蘇る。


「そうだっ! 違うッ! イグノーツェッ!」

「ここが! 貴方の見定めた! 世界の果てです!」 

『イグナークァ……違う……お前は……お前は……』


 イグノーツェの顔が動いた。今まで見向きもしていなかったレイロードへと、イグナークァではなく、桜花へと。その間にも、20万、30万、50万と、刃はその回転速度を上げ続け、波立つ空間の鎧が薄まる。大気から記憶が、感情が流れ込む。あの日、あの時、誓ったのだ。彼方へ消えた偉大な姿に。何時か、必ずかと。


「故に王よ! 俺達は会いに来たッ!」

「約束を果たすために!」

『おお……おお!? 小人よ、小人! 人間よ! 見ろ! オレは世界の果てを見つけたぞ!』


 歓喜の声が響いた。それまでの事を忘れたように、子供のように、楽しげに。

 そして、二人の刃が――王を砕き貫いた。


「ゼェエエッ!」

「せぇええっ!」


 レイロードの、桜花の、抜き放たれた白刃が舞う。最後の一太刀。突き抜け広がる破砕の中で捉えたそれへ。眩く光る純白の菱、イグノーツェのコアへと。斬り込まれた力が、2つの環を象り広がっていく。繋がる様を思わせて。

 その環を背にし、王を貫いた二人は交差し大地へ帰り、勢いのままに地を滑る。

 夜色のマントを棚引かせ、真鍮の翼を羽ばたき広げ。

 黒髪を風に流し、朱のマフラーを肩に羽織って翻し。

 大地を削った二人が止まり、そして共に刃が空を切る。銀の残光を伴い鍔鳴り二つ。浄土へ運ぶ送り鐘の如きその音と共に、偉大なる王が燐光となって昇って往く。

 その時に見た気がした。実に満足そうに笑う、我らが王の姿を。浅はかな願望だったのかもしれない。それでも、そう思えてならず、レイロードも、桜花も、消え往く王を見上げ、寂静の内に見送っていた。




「本当に勝ってしまったわね……あの子達、何と戦うつもりであんな物を用意いていたのよ……・」


 アズライトの頭を膝に乗せ、呆けた表情で黒龍は呟いた。その膝の上でアズライトが、何処か気持ち良さげに瞑目する。


「んあ、そりゃーこんな時のためじゃね? さっすが農耕戦闘民族、なんつーか、バカだな。

 あー、俺もお前もきっとバカの一員だぜ?」

「ハッ、別に、今に始まった事ではないでしょうに」

「ははっ、そりゃそーだ」


 黒龍が嘆息し、アズライトの苦笑が漏れる。本当にデタラメもいい所だ。ドラゴンを討った人間など、どのような文献にも記録されていない。精々が亜龍種もドラゴン扱いされていた時代のお伽話くらいだろう。お伽話になった、そう言う事なのだろうか。これより遥か先の時代で、子供達が彼の騎士に憧憬を馳せるのかと思うと、少し可笑しく、そして頭の痛い話だ。

 それにしてもと、黒龍は思う。


「間違いなどなかった……ね」

「んあ? どした?」

「いいえ、何でも」


 ふと漏れた呟きを拾い、反応したアズライトに軽く微笑む。間違いなどなかった、自分はそう言えるのかと。割り切れるものなのかと。背にある人物を思い、表情も暗くなる。


「ねぇ、父さん。お伽話はこれでお終い。本当に、醒めてしまったのよ……」


 父へと、黒竜は気怠げに声を掛けた。まともな返事など期待していない。それでもやはり、エステバン・ルシエンテスは父なのだ。ただ何もせずに居る事も、出来はしなかった。


「ふふっ、はははははっ!

 あぁ! ヒメナ……私は、私はこれこそを見たかったのやもしれん。

 そうだ、私は王に逢いたかった。ただ逢いたかった。その先など、考えてもいなかった筈なのだ。

 だが、本当は望んでいたのかもしれん。お伽噺の王に打ち勝つ様を。全ての困難を打ち砕く姿を、王に重ねて……あの時、私の前にあの少女が現れたあの時に、私はそれを見たのかもしれんなぁ。

 ……まぁ、後は好きにしたまえ。私の願いは、確かに叶ったのだからね」


 まだそんな事をと、黒龍は思わず振り向いた。紫銀の髪が揺れ煌めく。そしてアメジストの瞳の先には、穏やかな父親の顔があった。何だか一気に老け込んだようにも見える。しかし、狂心に満ちる壊れた笑顔は見て取れない。昔、随分と昔、子供の頃に王と名もなき小人を読んでくれていた、父の顔だった。


「父さん……」

「ははっ、ま、いいんじゃね?」


 思わず流れそうになった涙を、アズライトの指が掬い取る。元に戻ると言う事はないだろう。フォンティアナE.C.U.S.T.A.D.襲撃の首謀者でもある。死者は、共犯と思わしき男だけ。恐らくは己顕士(リゼナー)。ならばこの刑は軽い。社会に背いた己顕士(リゼナー)の命など実に軽い。レイロードが言ったように、無価値だ。

 そして、己顕士(リゼナー)はこの父も同じ。然しながら、一国の国家元首でもある。ならばどうなるのだろうかと考えた時、うんざりしたような桜花の声が響き渡った。


「またこれですか……」

「ああ、アレか……」


 桜花とレイロードが見上げた先を釣られて見上げる。そこには、巨大な純白のリングが広がっていた。その中心が歪む。と、凄まじいまでの勢いで周囲の物体を取り込み始める。


「ちょ! うおっ!」


 アズライトが突飛な声を上げて吸い上げられ、何か言葉を発するよりも速く、黒龍もまたリングへと吸い上げられ、そして意識を闇へと手放した。


 ◇


 足が重い、覚束ない、牛歩のように遅々として進まない。一歩踏み出す度に大地を削り、足を着けば崩れ落ちそうになる。腕も重い。付いているかどうかさえ分からない。痛覚どころか、感覚自体が抜け落ちてしまったようにも思える。

 転移の所為でか、PDのエミューレタージャイロの動作と、移動距離が合致していない。お陰で地図が指し示す場所は、まるで見当違いだ。少なくとも、ここはフォンティアナではないのだから。

 海岸線が見えた。恐らくあれは、馬の足、と呼ばれるロマーニ最北西の半島部分。このまま進めば、首都アレッサンドロ・エマヌエーレへと繋がる街道か、帝国大鉄道に当る筈だ。

 レイロードは落ち掛けた瞼を無理矢理開くと空を見上げる。レイロードの瞼の代わりにか、日が落ち始めていた。


「んん……」


 レイロードの腕の中で、何かが蠢く。時折、声なのか息なのか分からない音を響かせて。そして、腕の中で、静かに瞳が開かれた。

 レイロードは気怠げに頭を下げ、真鍮の瞳と黒真珠の瞳が合わさった。黒真珠の持ち主、桜花の頭もまた気怠げに動く。左に、右に、下に。今の桜花の体勢は、レイロードの右腕に上体を、左腕に足を乗せた状態。詰まりは、以前に桜花が要求したお姫様抱っこの状態であった。

 自らの状態を確認してか、疲労を顕にした眠たげな瞳で、桜花が徐ろに口を開く。


「むぅ……お幾らですか?」

「……閉店セール中だ……」


 レイロードとて、対価の請求を忘れていた訳ではない。ただ、必要なかっただけだ。尤も、お姫様抱っこを本当にされたかったのかどうかは、分からなかったが。


「そうですか……では、サービス期間中に利用しないと損ですね。

 ふむ、乗り心地は上々だ……さぁいけ、れいろーどごう~」

「それは、僥倖だ……」


 目を細め気持よさそうに息を吐く桜花に、レイロードは力なく苦笑する。そして、桜花がまた大きく息を吐き、暮れ行く茜色を見上げた。


「……レイロード、イグノーツェのコアは多分、私が聖導教会で見た物と同じです……あの記憶の通り、ドラゴンは、遙か古の彼方では、もっと居たのでしょう。

 黒龍が語った"ジェット"の生まれ変わり、と言うのも、存外妄言ではないのかもしれませんね……少なくとも、何らかの因子を持っていた、だから私の瞳が応えた……。

 己顕(ロゼナ)が、マナが、情報を内包し得るのであれば、星に散らばる記憶の断片を、私の瞳は見続けていたのかもしれません……そう考える方が……その方がきっと、面白い……そう思います」


 そして、桜花もまた、フィアースの因子を持つと言う事か。故に、ジェットが、イグノーツェが反応した。それならば辻褄は合う、のだろうか?


「どうでもいい……」


 言葉が表す意味を忠実に再現したような声でレイロードは吐き捨てた。

 結局、レイロード・ピースメイカーにとってはどうでもいい事だ。人間であろうが、獣であろうが、それこそドラゴンであろうが、戦友に違いはない。ならば、実にどうでもいい事だった。


「あぁ……そう言えば、黒龍達は?」

「知らん……電波も入らん……ま、俺よりはマシだろうさ」

「ふぅ……それもそうですね」 


 ようやく思い出したように、若しくは忘れていたように、共に戦った二人の安否を問う桜花へ、レイロードは素っ気なく答えた。それはある種の信頼の証でもある。黒龍は五体満足であったようであるし、アズライトもレイロードよりはマシだろう。息を吐き、桜花の力が抜けた。何となくだが、そんな気がした。


「これが地力の差ですか……私など、体が言う事を聞きません」

「1度止まれば、もう動けん……」


 僅かに顔を伏せた桜花へ率直に答える。事実、今止まってしまえば、自力で起き上がる事すら不可能だ。

 暫しの沈黙が下りる。気まずいものではない。乾いた風が吹く。北の地を行く風は、初夏であっても少しばかり冷たく心地いい。その風に後押しされ、レイロードはただ愚直に歩を進めた。

 そしてまた、桜花の声が届く。柔らかい声で。


「ねぇ、レイロード……私だけではどうもなりませんでした。あなただけでも、どうにもならかったでしょう。

 あなたが居て、私が居て、黒龍が居て、アズライトが居て……教皇が居て、それでようやくどうにかなって……。

 ねぇ、レイロード、これも超えたと言うのでしょうかね?」


 この少女の能力を鑑みれば、誰かと共に戦う事など想像だにしなかったのだろう。己顕士(リゼナー)あならば、多かれ少なかれ経験するであろう事が、実に新鮮に映ったとしてもおかしくはない。始めから並び立つ地なき者など、本来は存在しないのだから。

 しかし、誰かと共に立つ事が、この少女の目指した自身を超える事なのかは、レイロードには答えられようもなかった。


「知らん……生き急ぐな……答えなど、幾らでもあろうよ……」

「ふふっ、つまらない人ですね、あなたは……」

「だろうな」


 何がそんなに面白いのか、桜花が肩を揺らす。そして、暁に燃える空へと手を伸ばした。未だ見えぬ何かに届かせるように。

 その先を見る。覚束ないレイロードとは対照的に、天には太陽が悠然と輝き燃えていた。


「……丸いな」


 どうにも頭が働かない。思わず口を衝いたのは、情緒も何もない、見たままの言葉だった。


「……何ですかそれ、まんまですよ?」


 板に付いた桜花の半目が飛んで来る。成る程、本当に戻って来たのだなと実感し、レイロードは笑った。


「……うちのお犬様、こう言う抱き方をすると嫌がるんですよ。

 ……恥ずかしいんですかね?」

「……お前はどうなんだ?」

「ふふっ……私に恥ずべき所など、何一つありませんよ。

 ……人に見られなくてホッとしています」


 また唐突に話題を変えた桜花へと適当に答える。腕は重く、暑苦しい上に少々鬱陶しい。が、今腕の中にある温もりを、投げ捨てようとは思わなかった。

 歩を進めるも、街道はまるで見えていない。然しながら限界はあるもので……。


「桜花、後は頼んだ……」

「え? あの? ちょっ!? れいろーど!? いえ、私も体が動かないんですが!? 本当に無理ですよ!?」


 困惑に唸る桜花の叫びを聞きながら、ここならば大丈夫かと、レイロードはその場に崩れ落ちた。

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