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カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
1章 王と名もなき小人
3/71

0. 銀の真鍮-1  (イラスト:地図)

 初夏が薫る。太陽が瑞々しい生命を育み、風が調べを運ぶ。

 大地に若草が根付き、虫達が祝福する。見渡す先には遥か地平線。

 そのやや小高い丘の上に、馬に騎乗した一人の男が佇んでいた。

 辺りを満たす平穏とは、些かの縁も感じさせないような男が。

 一言でその姿を現すならば騎士。重装鎧を着込んだ騎士だ。装備の上からでも分かる但に鍛え上げられた体躯が、見せ掛けだけの騎士ではない事を物語っていた。

 歳は20代半ばから後半と言った所だろうか。疲れて艶の無くなった黒髪。機械の様な冷徹さを覗かせる真鍮色の双眸。端正ながらも不機嫌そうに歪められた渋面は、それだけで人を寄せ付けそうにない。


「なんだ……?」


 遥か地平を見つめていた騎士から、僅かな困惑を孕んだ声が漏れる。その見た目に違わず何処か沈んだ声色だった。

 騎士と言っても、その身に纏う装備は、重装鎧が現れた法歴1400年代、今より1200年程前の、所謂中世のそれとは、全くの別物のである。

 今時珍しい、クラシカルスタイルと呼ばれる中世を模したプレートアーマー、リーネアレガーレ社RP995はしかし、構成素材たるチタンシルバーに輝いている。左肩のガルドブレイズと呼ばれる補助ショルダーアーマーは、背部から伸びた可動式アームで保持されていた。申し訳程度に鎧へ刻まれた溝は、中世の趣を醸し出そうと言う所。

 着込まれた藍色のサーコートは、化学繊維の複合材だ。これだけでも中世のプレートアーマーを超える堅牢さを誇っている。前垂れ部分には、太陽と月を模した真鍮色の幾何学模様が刻まれていたが、これも単に騎士らしさの演出だった。

 ショルダーアーマーの下から靡く夜色のマントは、マナ拡散用のミスリル繊維織り込み型。騎乗時に邪魔にならない様、中程から二つに分かれている。単なる飾りではなく、飽くまでも実戦を想定した物だ。


「アレは……いやしかし……」


 "何か"を見つけた騎士は、経口タブレットを口に放り込みつつ、その手を騎乗した馬の後部へと伸ばす。そこに添え付けられたバックパックから取り出した物は、アーチを描く箱型の望遠用具、マルチスコープだ。倍率に伴うブレの補正や、対象距離とサイズ、ナイトビジョンに録画も可能な汎用品である。

 おもむろにディスプレイを覗き込めば、示す先は、おおよそ20キロメートル。流石にそれだけの距離が空くと、携行型では明確な映像を得る事は出来ない。が、延々と続くかに思われる程の長さを誇る、"リニアレール"は嫌でも目に付く。現代文明の象徴とも言えるそれを軽く確認すると、そこから外れて4キロ程の場所にレンズを向けた。ボンヤリと見えるのは、広大に広がり立ち並ぶ木々。しかし、その広さに反し、どれもが皆、生命力を失い、枯れ掛かっているように見える。


「マナにやられたか……大物か? まぁいい……」


 騎士は呟き、意味もなく目を細めた。裸眼では効果もあろうが、ディスプレイ相手に意味はない。が、木々の中に見え隠れる、鎌首をもたげた巨大な物体を捉える程度には、効果を見せた。

 時折覗くは、岩盤の如き赤い鱗、皮膜を纏った巨大な翼、突撃槍を思わせる長く伸びる尾。マルチスコープのディスプレイに映る補正情報に間違いが無ければ、それは全長20メートルにも及んでいる。だが、問題はそこではない。それではない。その巨体を揺らす、"何か"だった。

 その正体を確信した騎士は、突如跳ね上げらたように天を仰ぐ。が、見つめる先は、深く、そして、静かに広がる蒼と、まばらに浮かぶ朧気な白だけだ。


「チッ、分からんでもないがなッ――」


 一瞬胸を過ぎった不安が、杞憂であった事を知り、舌打ちしながら手綱を握ると、"アクセル"を踏み込む。駆動系が複雑な音の嘶きを奏で、銀色の馬が大地を蹴った時には、その姿は優に丘を飛び越し、草原を駆けていた。

 中世の騎士と隔する最たる物、それが馬だ。チタンとカーボンで構成された、機馬と称される現代の騎馬。円状の駆動系から伸びる2本のフレームが支える四肢、前面を覆う樹脂製のカウル。電子制御され、あらゆる悪路で安定性を誇り、崖を駆け上がる事すら可能とした駆動系。その圧倒的な速度と機動性が、騎士を迅速、且つ最適に、目的地へと運ばせていた。


「――あれでは無駄金だッ」


――この星、"クァ・トラコ"には大別して4つの大陸が存在する。

 南の極に存在するリング状の南大陸、"イグネールォ"。

 北半球から南半球に掛け、くの字を描いて長く伸びる西大陸、"イグニースィ"。

 北半球に広い大陸を持ち、南半球に無数の小島が連なる東大陸、"イグナークァ"。

 東大陸に並び、北と南に分断されたような地形を描く中央大陸、"イグノーツェ"

 そして、各地には太古から秘匿され、一部の者達にのみ伝えられてきた秘術が存在した。イグノーツェに於ける魔法マギアであり、魔法マギアを発生させる技術たる、魔術(マギカ)である。

 今から2631年前、イグノーツェ大陸中央部に、一つの国家が建国された。魔法マギアを、神が与えし奇跡の力、として信仰とした宗教組織、"聖導教会"を母体とした宗教国家。法歴を掲げた国、"エレニアナ法国"だ――


 鞍に添え付けられたコンソールが、時速340キロを示す。風の抵抗も馬鹿にならないその速度の中、腰の多目的ベルトより、薄い長方形の物体を手に取る。手の平サイズの汎用携帯端末、通称PD。現代生活の必需品、と言っても過言ではない物だ。

 ディスプレイに表示された電波状況と、風量に一瞬眉を顰めるも、何とかなるかとPDのフレームをスライド。各種入力用のハードウェアキーを曝し出す。ガントレットを着けたままでも、操作出来る程度には快適だ。そのキーを操作すると、PDを耳に当て声を掛ける。


「繋がったかッ、ナロニー、聞こえるな?」

『おっけ~。聞こ―る聞こ―る。っ―、なに、ヤバめ?』


 どことなく疲弊したような騎士の声とは対照的に、軽妙な女性の声がスピーカーから響く。若くとも取れ、それなりの年齢にも取れる、不思議な声色だった。ややノイズが耳に障るが、通話への支障はないと言えるだろう。そう考え、騎士は会話を続ける。


「許容範囲内だ、そこは問題ない」

『え? そこ? な―"クイント"じゃな―の? それ―も大鉄道の……』

「低空弾道ミサイルが飛んでいる。そちらの指示か?」


 困惑気味なナロニーの声を遮って、放たれた騎士の疑問。それが今し方目撃した"何か"の正体であり、風を切って進む機馬が目指す先でもあった。


『ええ!? 知らない―て! ど―のメーカーのヤツ!? ってかどこ―どいつよ!?』


 そしてその返答は、驚愕の怒声と、嫌な響きを耳に残すPDのハウリング。不快感に、ただでさえ寄せられた眉根を更に寄せ、騎士は思わずPDを遠ざけた。が、抜けて行く残響に、軽く溜息を吐き、ついでとばかりに必要な情報も吐き捨てる。


「メーカーなんぞ分かるかッ、揺れを見るに、炸薬量は20キロ程度の筈だ。国境警備隊だろう」

『ゴルニヴァクフ第8国境警備隊、っ―事は、EAD社―アデスか! ふざけん―っての! 何でそんな物使って―のよ!? 同じ帝国じゃん!』

「知るか。せめてAPFSDSにしろと伝えておけ。まだマシだ」


 その結果は、火に油を注ぐが如く。しかし、騎士はお冠の声など耳を貸さず、冷静な、斯くもすると無関心とも思える返答をした。炸薬量と使用部隊から、メーカーと弾頭名を即座に導き出した事には、関心半分、呆れ半分と言った所だったのだが、そんな事はおくびにも出さない。尤も、ナロニーはそれどころではないらしく、PDから届く声が困惑と焦燥に色濃く染まる。


『え!? なに? アデス―無駄なの!? APFSDSならなら―だマシ!? ちょっ―ちょっと!? 何が出たってのよ!?』

「確認出来たクイントは、ヴァノッサと思わしき"亜龍種"が2体だ。周囲の木々が枯れ掛けていた。大分マナにやられたな。状況からすると他にも居る」


 一方、騎士の声は変わらず淡々と紡ぎ出されていた。どうでもいい、まるでそんな感情が込められかのように。そして、事実、どうでもよかった。


『それはっ! ……あ~、あたしで―同じ事してたかも……あ~クソッ!』


 騎士からの報告に、ナロニーが息を呑み、そしてそれは落胆と悪態となって漏れ出した。怒るに怒れない、そんな印象を感じさせる。だが、それも仕方のない事だろう。


――イグノーツェ大陸、いや、クァ・トラコ全土にて、太古から現代にまで続く、一つの問題が存在している。

 聖導教会は、それらを神の与えし試練の産物とし、生命に害為す"第五の精霊(クイント)"、と呼んだ。

 その力は圧倒的であり、並の人間では太刀打ち出来ない程の膂力に加え、その多くが魔法マギアを発生させたのだ。

 そして何より、最大の問題があった。そこに存在する、ただそれだけで命を奪う。それは人間に限った事だけではない。ありとあらゆる動植物の命を刈り取るのだ。

 クイントからの保護、そしてクイントの駆逐、それを正当性とし、エレニアナ法国は魔術(マギカ)と言う圧倒的な力を以ってイグノーツェ大陸を制圧して行く。

 魔術(マギカ)を扱う者達、即ち魔術師(メイガス)達は、当時を生きた人々にとって、神にも悪魔にも等しい絶対的な力として、長きに渡り、安寧と開放、恐怖と支配と言う、相反する二つの象徴として君臨する事となった。まだ、マナと言う物質の存在が知られていない時代の話である――


 亜龍種は、クイントの中でも殊更に強力だ。ヴァノッサは、その中でも基礎能力に優れ、弱点らしき弱点を持たないのが特徴である。カテゴリー"A"、一生の内で目にするクイントとしては、最高位、若しくは最悪と言って差支えがない。

 尤も、騎士からすれば、亜種とは言えど、アレを"ドラゴン"扱いするのは如何な物かと思いはしたが。

 遮る物なき新緑に染まる大地を走らせながら、そんな取り留めのない感情が胸に湧き上がった時、気怠げなナロニーの声が耳に届いた。


『はぁ~、おっけ~レダくん。リレーションして向こう―交渉してみるから。って事で、決裂し―らヨロシク!』

「理不尽な……」


 騎士の事など気にも留めない物言いに、一言呟き苦笑を漏す。残念ながら毎度の事、十数年変わらなかった事が、今更変わる訳はないかと諦観していた。


『ん~? 何―言った~? っと、繋がるよ』

「ああ……」


 人知れず漏らした呟きは、結局誰かに届く事はなく、騎士はただ肯定の言葉を返すのみ。清々しい大自然とは相容れそうにない、暗鬱な吐息を漏らし、そしてPDから割れんばかりの大音量が響き渡った。


『回線割―込みィ!? 何処―バカだ! 何の用だか知ら―が、とっ―と切らんか!』

『し、しか―大尉、"イクスタッド"から―エマージェンシーコールです、こちら―らでは……』

『糞がッ! 民間気取った国家―狗が偉そうに!』


 届いた物は、苛つきを隠さない指揮官らしき野太い声と、それに怯える通信オペレーターらしき青年の声。そして、盛大な発射音。後方では、今尚、低空弾道ミサイルがその火を放っているらしい。


『あ~通信割り込―失礼致しま―。こちらイク―タッド・フォンティアナ局管理室……って―さ~、こっちの領土―アデスぶち込んでるバカに―言われたくないんだけど。それに、あんたらも国家―狗でしょうが』


 そこに割り込むようにして、ナロニーの声が響く。が、先の言を忘れたかのような物言いに、若干の汗が騎士の額を伝う。その言い草は、交渉を決裂させる気にしか聞こえなかったからだ。


『何だぁ? ナロニーか? こっちゃあ立―込んでんだ、失せろ。それ―も、今すぐ増援―も送ってくれんのかぁ?』


 しかし、勝手知ったる様子の指揮官に、やや安堵する。騎士としても、何となく聞き覚えのある声だったのだが、大して興味は惹かれなかった。何時か何処かの戦場で、会った事でもあるのだろう、その程度。そんな事はよくあった。騎士が立ち止まる事なく機馬を走らせ、通信でも途切れる事なく応酬が繰り返される。


『そ~よ、だか―攻撃止めて』

『ほう、そいつぁ凄ぇな。で、ヴァノッサ4体相手―出来るバケモンなんぞ、どっから連れ―来るんだぁ?』

『いやい―いや―や、ヴァ―サ4体!? え? 何? 何―の? さり気―く国家存亡―危機なの!?』


 確認した時よりも、倍に増えた対象に、ナロニーの鼻息が荒くなった。ナロニーの国、フォンティアナは、軍も所持しない程の小国家。この事態は、本来ならば国家存亡の危機と言っても過言ではなかった。そう、本来ならば。


『だからな、すっこ―でろ。相手が相手―、オートマタも意味がねぇ……騎士団規模―援軍が必要なんだよ。こっちゃ―軍だ、己顕士(リゼナー)が居ねぇ。そっち―もまともな戦力―ありゃしねぇだろ?』


 男の言い分に間違いはない。現代の軍とは、貸借可能な人員と兵装で構成され、大規模で統制される物。故に、個人の能力に依存し過ぎる己顕士(リゼナー)は、組み込まれない。

 だが、最高戦力足る己顕士(リゼナー)を、国家防衛に従事させない事も有り得ない。その代表格が、中世から今尚続く、国家の最高戦力、騎士団である。

 然しながら、その数は極めて少ない。約200人、それが各国家の抱える平均的な騎士の人数だった。それを今すぐ用意しろ、と言われ、出来る人間は居ないだろう。


『それとも何かぁ? "ロマーニの銀"―も連れて来るのかぁあ?』

『そそ、分かって―じゃん』


 嘲るような男の物言いに対し、緊張感なくナロニーが返した答えは、信憑性などまるで見いだせないもの。男の語気が更に強まったとしても、致し方のない事だろう。


――変化の訪れは、法歴1498年。イグノーツェ大陸北部の港町にて、"ロマーニ"を国号に、独立を掲げる武装蜂起が発端だった。

 エレニアナ法国に併合されていた周囲の国家は無関心を決め込んだ。直ぐに鎮圧される。勝てる見込みなど有りはしない。神を超える奇跡の力が必要だ、と嘲笑して。

 しかし、周囲の予想とは裏腹に、ロマーニは破竹の勢いで領土を広げ、僅か十年足らずで、イグノーツェ大陸の1割を手中に収める事となる。

 その奇跡をもたらしたのは、神を超える力ではなかった。一人の騎士がもたらした、生命の力。

 騎士は、素顔諸共、全身を銀の鎧で包み込み、その手には常に、剣先を深紅に染める剣が握られていた。

 唯一人で百の魔術師(メイガス)に匹敵したと言う騎士。"銀色の海"、アルト・ダルジェント。そして、彼が引き連れた、リゼナーを名乗る騎士達。

 後に、己顕(ロゼナ)己顕法(オータル)と呼ばれ、現代へと、人間の時代へと続く未来を拓いた、道標とも呼べる力を行使した騎士達。

 "ロマーニの銀"と称された彼の騎士は、千年を過ぎた今も尚君臨する、ロマーニの守護神である――


『はぁ!? 寝ぼけやがって! 来るかよそんなモン! 何時来るんだか知らねぇが、ウチの連中か、ロマーニから騎士―来るまで粘るしかねぇ―だよ! 国境線がどうとか―なぁ、終わった後で言やぁいい!』


 男が吠える。己顕士(リゼナー)ならば、確実に炎が上がる程の熱を感じさせて。理解は出来る。一人二人であるならば、騎士の召集とて難しくないだろう。が、今回の相手に対するならば、完全武装の騎士が10人は欲しい。それだけの数を揃えられるのは、明日か、それとも明後日なのか。イグノーツェ最大、1200名を誇る帝国騎士団であってすら、それは分からない。だから、兵士達は戦う。


『俺達の後ろには! 国家が! 家族がな! 居るんだよ!』

『はぁ~!? そりゃこっちだって同じだって~の!』

「だったらお前は! それを護れる力を! 何処から持ってくるんだぁあ!?」


 声に見合った厳めしい顔を更に歪め、迫力に見合うだけの巨躯を揺らし、男は尚も火を吐き続ける。それは、男だけの熱ではない。その場に集う全ての(つわもの)の熱だ。現に、兵士達は、笑っていた。言われるまでもない、当然だと。そのための命なのだと。

 そして、騎士にも理解出来た。その生き方を、信念を、無謀を、その断片を。故に、告げたのだ。


「ここからだ」


 設営された緊急本部らしきテントを、這いずり回る多脚型キャリアーを、出番の見えないオートマタ格納用トレーラーを、慌てふためく兵士達を、下に見て。


「う、上ぇ!?」


 突如として舞った影に、指揮官の男が目を見開いて空を見上げ、釣られたように他の兵士達も空を見上げた。その視線を一身に受ける影は、吸い込まれるように大地へ引き寄せられ、そして盛大な衝突音をかき鳴らした。砂塵と青草に、駆動系が発する熱を巻き混ませて。


――そして法歴1632年、ロマーニ建国より幾代かを重ね、アルトリウス王国を除いた、イグノーツェ大陸平定を以ってロマーニ帝国を樹立。征帝歴の始まりとなる。

 それから幾度かの内戦、国家の独立を経て今現在……――


「ッ! 何処のバカだッ! 索敵班! なぁにやってたぁあッ!?」

「も、申し訳ありません! サー! 後方までは手が!」

「おぉおい!? テメェも待てや!」


 辺りを舞い散る砂埃にむせながら、男が罵倒し、担当らしき兵士が弾かれたように答える。僅かな間にに生まれた混乱の渦中を、騎士の機馬は制止の声など何処吹く風と、悠々横切って行く。そして、その姿を後押しするように、わざとらしい懇願の声が届いた。


『って事で、レダくん! お願い! どうにかして! 天窮騎士(アージェンタル)!』

「んな!?」


――ロマーニの銀"が指し示すものが、もう一つ。彼の騎士が冠せられた称。

 騎士を超越した騎士。ただ一人にて国家に匹敵し得る者。最強たる証。

 "天窮騎士(アージェンタル)"の称号である。

 その称号を得た者は、今までに22名。征帝歴999年6月6日現在、一つの時代が終わり往く中、その内の7名がこの時代に集っていた。


 No.0 ロマーニ永世筆頭騎士アルト・ダルジェント

 No.XIII "歩く死者"フェイスレス

 No.XVII シュヴァレ共和国騎士団長マクシミリアン・エペシエル

 No.XVIII アルトリウス共和国筆頭騎士"剣聖"イル・バーンシュタイン

 No.XIX アルトリウス共和国王妃エナ・シャロン・ステイン・フィア・ダルリアダ

 No.XX アルトリウス共和国国王ダルク・ステイン・フィン・ダルリアダ

 そして、最後の一人……――


『レイロード・ピースメイカー卿! 貴方だけが頼りです!』


――No.XXI 流離(りゅうり)の真鍮、レイロード・ピースメイカーが、ここに居た――


「マジかよ……本当に連れてきた、ってのかぁあ?」


 その称に、指揮官の男が引きつったような、それでいて驚喜したかのように口元を歪める。


「ア、天窮騎士(アージェンタル)……ほ、本物、なのか……?」

「流離の真鍮……実在、したのか……」

「も、もしかして……本当にどうにかなる、のか?」


 兵士達からは熱気と歓喜が静かに湧き出し、周囲へと伝搬し始めた。その熱をヒシヒシと肌で感じながら、レイロードは火が炎へと猛る前に、甘い毒へと変わる前に、一つの重要事項を切り出した。


「で、幾ら出す?」


 実に単純、報酬の交渉を。そして、その問に返された答えも、実に単純。


『…………』

「…………」


 それは無言の沈黙だった。

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