5. 紅-4 (イラスト:黒龍)
「な、何だ!?」
「遅ぇっての!」
テロリスト達が反応するよりも速く、アズライトが連続して銃声を迸らせる。蒼い閃光がテロリスト達の腕を、脚を、プロテクターごと撃ち貫き一瞬で無力化して行く。
雇われテロリスト達が崩れる中、僅かに遅れて反応したオートマタ達が一斉に銃火を向かる。咲き乱れる火花がホールを鮮烈に染め上げた。が、しかし、アズライトはその尽くを、或いは蒼い光刃の腹で受け止め、或いは大気を蹴って避る。
「はっはっー! ヌルイって!」
「ちょっと面倒ね。メルカドル・デ・リブロス……」
アズライトとは対照的に黒龍が唸る。が、そうは言いながらも、襲い来る弾丸を二振りのメカニカルなレイピアが複雑な軌道を描きながら捌いている。紅い剣身が青白い光を残して宙を舞った。
「サーキット開放」
淡々と紡がれた黒龍の声に応え、両手に携えたレイピアの剣身に幾何学模様が奔る。次の瞬間には、その剣身に水のような刃が纏われていた。
黒龍が持つメルカドル・デ・リブロスは、マナサーキットを読み取り、任意のタイミングで開放する事を可能とするアーティファクトだ。エスカロナ語で栞を意味するのはそこから来ている。
太刀筋に紛れ込ませたマナサーキットを読み取らせ、相手の隙を付いて発動。それが、現代を生きる時代遅れの魔術師としての戦い方だった。
「クソッ、オートマタ共! 何をやっている!」
悠々とフリーフォールを楽しむ二人に、唯一残った共謀者のテロリストが怒声を発する。命令に応えるようにCP9の1機がその巨体で軽々と跳び上がる。格納されていた両腕の高周波ブレードが展開され耳障りな音を立てた。加えて1トン近い質量はそれだけでも十分過ぎる凶器だ。
「甘いってーの」
しかし、アズライトは振り上げられた右のブレードに、手にした光刃を唐竹に振るい、いとも容易く斬り落とす。そのまま胴へと右薙に斬り付けるが、表面装甲を削るに留まった。CP9は部分部分にオリハルコンのフレームを組み込んでいる。それに弾かれた形だ。
「チッ!」
舌打ち一つを残し、アズライトがCP9を足場に下へと駆け、CP9は逆に押し上げられる。そして入れ替わりに、黒龍がCP9の肩口に両の剣を突き立てた。が、オリハルコンを切断可能なウォータージェットの刃とて、そこまで深くは斬り込めない。
直ぐに方針を変更し、CP9の頭部を蹴り上げ、その反動を利用し下へ。CP9を更に押し上げる。
黒龍は落下間際に薙ぎ払いの型で勢いを殺し接地。光刃で、プルチェ9機にCP9からなる、豪雨にも似た火砲を受け流しているアズライトの傍らへ立ち、言葉を投げる。
「即壊は無理ね」
「あー割と面倒だな、こりゃ」
見上げながらアズライトが愚痴るも、そこには余裕が見て取れる。上空では落下の直中、CP9の腕部ユニットが展開され、弓のような形状を採る。伸びた2本のレールから迸るプラズマは、射手の名が示す兵装、レールガンの待機光だ。
その銃口に、アズライトが銃口を重ね、楽しそうに口角を釣り上げる。落下するCP9を捉えた事に、ではなく、宙へと浮かび始める瓦礫の塊を捉えてたからだった。
「あー実剣持って来てねぇんだよ、って事で、ヨロシクっ!」
「遅いのよ全く……」
蒼い弾丸は撃ち出され、アズライトが誰かに向かい陽気な声を掛ける。黒龍が鼻を鳴らし、CP9はレールガンユニットを吹き飛ばされる。地上の二人を包んで桜が舞い踊り、重量物が衝突音を鳴り響かせる。粉塵の中で、制御を失ったCP9がのたうち回っていた。
そして、その時には既に、崩落した瓦礫が一斉に宙へと浮かび上がっていた。眩い真鍮の燐光と、その主を引き連れて。刹那、周囲に溢れた燐光が奔るや羽刃となり、一斉にプルチェへと撃ち出された。回避行動を取った機体は、僅かに3機。
己顕法はカメラにもセンサーにも映らない。故に、新たな闖入者に反応出来なかった6機は、実にあっさりとその身を撃ち抜かれる。そして、声が響いた。低く、沈んだ声色で。
「そも間に合ったんだ。別にいいだろうが」
それは瓦礫と共に浮かぶ男、疲れた黒髪に、苦々しい表情の重装騎士からだ。藍色のサーコートを揺らし、夜色のマントを靡かせて、チタンシルバーの装甲から鈍い光を放たせて。紛う事なく、レイロード・ピースメイカーの姿から。
そして、レイロードが再会の言葉を告げる後ろで、残りのプルチェが踊る羽刃に切り刻まれていた。
一瞬で激変した戦場の変化。その事に、テロリストが狼狽する間もなく、アズライトはホール入口のCP9へ、黒龍はテロリストへと瞬時に駆ける。
結果、瓦礫の使い道がなくなり、憮然とするレイロードが残された。そこに上階からナロニーの声が届く。
「あ~、いやいや、レダくん、全然間に合ってないよ。死に掛けたよ」
誤魔化されないぞ、とでも言うようなその文句に、レイロードの眉が歪んだ。その表情は、理不尽な、と言う心情を、如実に物語っているように見えた。
迎撃に転じたテロリストの苦し紛れな袈裟懸けを、黒龍は背に回した右のレイピアで逸らす。と同時にズラした剣の下を潜り込みながら、左のレイピアで足を薙ぐ。咄嗟に足を引かれたうえ、防護服とプロテクターに守られ、それ程斬り込めてはいない。が、隙としては十分過ぎる。
「愚鈍ね。亀の方がマシじゃないかしら」
その口から漏れ聞こえた辛辣な嫌味の矛先は、一見すれば剣を交えるテロリスト。しかしその実、それはナロニーの言を受けてのもの。その事を示すように、アメジストの瞳はレイロードへと向けられていた。
「クソッ!」
テロリストの唸りは斬り付けられた事にか、それとも相手にされていない事にか。どちらにせよ、黒龍は興味を惹かれなかった。次手をとした所へ、CP9へ肉薄したアズライトの、上機嫌な含み笑いが届く。
「クククッ、いやー、確かに間に合ってたぜ?」
「ハッ、だろ?」
ほんの少し楽しげにレイロードが笑い、アズライトもまた笑う。何だか仲睦まじい二人の様子に、少々の嫉妬心を載せ、黒龍は剣を振るった。
「な~に? 男共は楽しそうね……」
「フザけるなッ! 己顕法とて! オリハルコンならばッ!」
袈裟斬りと逆袈裟、同時に打ち込んだ黒龍の斬撃、その正面にテロリストの刃が差し込まれた。オリハルコンの強度に頼った現代剣術。古流にはないそれは、実に容易く黒龍の剣を阻んで押し留めた。それこそ黒龍の狙い通りに。
「馬鹿ね。単なる水よ」
魔術で出しはしたが、教える必要性は思い浮かばなかった。展開しているのはウォータージェットの刃。オリハルコンの加工でも使われる物でもあり、当然ながら、テロリストの剣とて深く斬り込まれる。
「なっ!?」
「安物を使うからよ」
驚愕に戦くテロリストへ、黒龍は冷ややかに告げ、そして遂に、限界を迎えた紅い刃は、その身を切り飛ばされる事となる。その勢いのまま、テロリスト本人をも。
「ヒギャァア!」
「ま、掃除が面倒でしょうから、真っ二つは許してあげるわ。
魔術師も捨てた物ではないでしょう?」
十字に斬られ、情けない悲鳴を上げながら地に伏せるとテロリスト。無様なその姿を一顧だにすらせず、黒龍は素気無く告げるのだった。
銃撃を潜り抜け蒼刃を振るい、また銃撃を潜り抜け刃を振るう。
「こんなモンかね、っと!」
何度かの斬込みで当たりは付け終えた。アズライトは手にした柄だけの武装、イレギュラーナンバー・"オクターヴァ"が出力する刃をレイピア程にまで細める。
一瞬止まった動きに、CP9がつぶさに反応した。部位単位で稼働する、機械特有の動作。横薙ぎに振るわれた左腕ブレードの腹を肘で叩き、その勢いを利用してしゃがみ込む。
「ほーらよ!」
そして、気の抜けるような掛け声と共に、CP9の右脇腹へ光刃を突き入れた。オリハルコンフレームの間を通したその一撃は、いとも容易く装甲を貫き、左肩より姿を現す。即座に光刃を消すと、ダメ押しとばかりにCP9の内部へ向けて蒼い銃弾を撃ち込み、その場を飛び退く。
壊れた人形のように、寧ろ正しく、壊れた人形が実に呆気無くその場に崩れ落ちた。
「ははっ、チョロい! ほい、後はお好きにどーぞ」
ホール中心地点で制御を持ち直したCP9を一瞥し、アズライトは呑気に告げた。
そして桜が集う。構えるCP9の周りを舞う花びらが、人型を象りながら翻り、その色を変えて行く。そこに現れるは少女の姿。
長い長い黒髪は烏の濡羽色。風に棚引く、肩に羽織った朱のマフラー。惜しげも無く四肢を晒した、戦闘服にもならない戦闘服。微笑みの中、大きく刀を引き絞った桜花が、そこに居た。
「では、真打ち登場と行きましょう。"九曜桜"」
涼しげに声を響かせる桜花の姿が掻き消え、八つの銀閃が幻影と共にCP9へ疾走った。四つの脚、その一つ一つに、右肘に、左肘に、右肩に、左肩に。
明確に桜花の姿を見せていた幻影が揺らぎ、正に手も足も出せない状態になったCP9の頭上へ、砲撃すらも生温い桜花の拳が叩き込まれ、諸共石畳へと砕き付けた。
至近距離での落雷にも似た轟音を轟かせ、圧縮空間の破壊と復元に依って増幅された常軌を逸する衝撃が、薄桜を舞い散らせながらCP9のフレームを完膚無きまでに破砕し、圧潰させ、それだけでは発散しきれなかった力は、更なる獲物を求め石畳の床をも粉砕し、土煙を上げながら同心円状に破砕の爪痕を圧し広げて行く。
「うおっ!? っぶねっ!」
「わ、私の配慮が無駄じゃないの……」
「あンの、馬鹿が……」
アズライトが叫び、黒龍が呆然と悪態を吐き、レイロードが片手で顔を覆い文字通り頭を抱える。
「みぎゃ~~~~!」
「ヒィ~~~~~!」
上階ではナロニーが珍妙な悲鳴を上げ、レリオが情けない声を上げ、閉じられている筈の部屋から悲鳴が響く。
そして、右翼側通路に退避していたテロリストたちが、完全に腰を抜かした状態で震えていた。
土煙が晴れたホールには、石畳の代わりに巨大なクレーターが敷かれていた。直径は30メートル近い。中心にはスクラップと化したCP9のオブジェが添えられている。その上には、それなりに慎ましい胸元に手を添えて、悠々と髪を梳き流す、澄まし顔の桜花が佇んでいた。
ただ、その頬を冷や汗のような物が流れているのは、気のせいではない筈だ。
「ふふっ、どうですか? 威力は大分抑えましたが上々でしょう……わざとじゃないなんです……」
「どうもこうもあるかッ、この阿呆が……」
言葉尻に力がなくなっていく桜花へ向けて、ゲンナリとした表情でレイロードは吐き捨てた。元々レプリカだったから良い物の、桜花に下りる自賠責の上限を超えていた場合、誰が余剰分を払う事になるのだろうか。悪い予感しかしない。頭の痛い話を横に置き、”憧憬”を解除して大地に降り立つ。そして、時計回りにクレーターの縁を進みながら、表情を曇らせた。
「ナロニー、CP9は2機だけだったのか?」
「や~、3機だったよ。首謀者と一緒に左翼側通路、丁度レダく、後ろっ!」
ナロニーの悲痛な叫びを伴って、レイロードの背中へと何かが煌めき――黒閃が疾走った。鍔鳴り一つを響かせて。結果、天井から躍り出たCP9のブレードを、その胴を、内部のオリハルコンフレーム共々、真っ二つに切り飛ばしていた。
しかし、宙を舞うCP9の上半身、その腕部が、誰かの妄執でも宿ったかのように蠢いた。背後のそれに対し振り向きざま、翻っていたマントを掴むと質量を付与、刃と変え更に一閃。黒閃が左腕グレネードユニットを切り落とし、
「ゼェエエッ!」
裂帛の気合と共に放たれた重質量の左回し蹴りが、爆発にも似た轟音と黒の衝撃波を撒き散らし、CP9を妄執ごと無残に蹴り砕き、石壁へと叩き付ける。
「なる程。これで全部か」
「そうみたいだね~……」
壁にめり込んだCP9の残骸をシゲシゲと眺めるレイロードの様子に、ナロニーが力なく愛想笑いを送っていた。
「何だか前衛アートみたいですね」
「どうでもいい」
クレーターから舞い戻った桜花を素気無くあしらうと、左翼側通路に目を向ける。先のナロニーの言葉から、この先が終点と言う事になるのだろう。実に慌ただしい時間であったが、感慨深くもある。隣で桜花も姿勢を正していた。
「後は首謀者、と言う事ね」
「んーじゃ、とっとと行って、とっとと終わらせようや」
険しく通路を見つめる二人の背に、黒龍から声が掛けられ、アズライトからも何時も通りの軽薄そうな声が届く。その声に、レイロードは片眉を顰めながら、ゆらりと振り向いた。
そもそも、黒龍は言葉の端々から、大方の事情を推察しているであろう事を匂わせていた。なにかしら思い当たるフシがあるのだろう、そう推測する。
この場に居る事にしても、今朝方レイロードが向かった場所をナロニーに問い詰めに来たのだろう。通信では、はぐらかされると踏んで。結果、それがそのまま終点となった訳だ。
ならば最早突っ撥ねても意味が無いと、レイロードは早々に諦観を決め込み声を投げ掛けた。
「分け前なんぞ何も出ないぞ?」
「そう? 変わらぬ日々。それって上等じゃない?」
「ふむ、成る程。それはそうかもしれませんね」
口角を釣り上げ不遜に笑う黒龍を見やり、大きく頷く桜花の姿に、レイロードは違いないと自嘲した。1日にも満たない僅かな間であったが、ロッソ家で触れたような日常に生きる者には、確かに報酬としては上等だろうと。自身が享受する事はないのだろうが、別に構いはしなかった。必要とも、していなかったが。
レイロードは、微笑む女性陣へ向けていた視線を、眩しさから逃れるように外し、アズライトに向き直る。
「アズライト、今でも使えるか?」
「ははっ、そこまでは変われなくってな」
念のためではあったが、肩を竦めておどける姿に安堵する。いざと言う時の保険は出来た。尤も、使わなければならないような窮地に陥る状況など、熨斗をつけてお返ししたい事態だが。杞憂に終われば超した事はないと願うレイロードへ、ナロニーの声が届く。
「お~い、皆~。多分、相手は通路の奥、普段開放してない3番ホールだと思うから~。
な~んでも、ここが聖導教会の前身組織発祥の地なんだってさ~。よ~分からんけど~。あと、自作自演で被害者装ってるから~。
って、事で、行っといで~」
聖導教会の前身組織発祥の地、それが何を意味するのかは不明だったが、どうせ直ぐに分かる事だ。4人を送り出すナロニーの声に、
「ナロニー、人を寄せるな。邪魔だ」
「無論、借りは返します」
「んじゃ、今度呑もーや」
「こう言うのも、悪くはないわね」
レイロードが、桜花が、アズライトが、黒龍が、その装い同様、全く纏まりのない返事を返して、地を蹴った。
4人の背を送り出し、ナロニーは1度大きく伸びをする。あの場に居ない事に、僅かばかりの寂寥感が胸を打つが、今の戦場はここなのだ。悔いはない。
「な、何だか、嵐みたいな人達でしたね……」
ナロニーの横で呆気に取られながら呟いたレリオの様子に、つい笑いが漏れる。
「な~に言ってんの。下、見なって。
嵐そのものだったでしょ。約1名が……戦時災害補償、下りるかな……」
言いながらも、改めて見る惨状に声が小さくなっていく。本当に何をどうすればこんな事になるのだろうか。嵐と言うより、隕石が落ちたと言った方が近い。事後処理を考えると頭が痛くなる。
「ど、どうでしょうね……」
釣られて階下を見やったレリオも、同じく言葉に詰まっていた。戦時災害補償が下りなければ、桜花に賠償義務が発生するだろう。が、保険が下りたとしても払い切れる額ではない筈だ。レイロードに期待するしかない。
憂鬱になりながら視線を戻した時、プルチェの残骸が目に留まった。
撃ち抜かれた表面には、銃痕特有のヘコみも見えず、まるで切り抜いたかのように綺麗だ。にも関わらず、その後端に、僅かにだが損傷した跡がある。それはまるで、そう、何かに掴まれたかのように。
そして、レイロードとアズライトの会話を思い出す。
「そっか、間に合ってたんだね~」
目を細め、柔らかい笑みと共に、詠嘆に満ちる声が漏れた。どうやら今回は、居て欲しい時に居てくれたらしい。弟分だか兄貴分だか分からない、あの男は。
「あの、室長?」
しみじみと感傷に浸るナロニーへ、レリオから相変わらずの困惑気味な声が掛けられ、ナロニーは振り切るように顔を上げた。
「あ~もう! 取り敢えず後、後! 今は皆の無事を確認! んで、下の連中の確保!」
「そ、そうですね!」
ナロニーは踵を返すと、自らの職場に向けて勢い良く歩を進めた。後は彼らが、可能な限り良い方向に話を落としてくれる事を、願うばかりだった。
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黒龍(ヒメナ・ロッソ)