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カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
1章 王と名もなき小人
27/71

5. 紅-3

 土煙が充満する中、瓦礫が舞い落ち乾いた音を立て、その中に紛れて人々の呻き声が届いて来る。


「何て事……」


 更に、その中に紛れた機械の駆動音と金属音、そして銃器がチェンバーに弾を込める音を拾う。ナロニーは咄嗟に起き上がると、常備していたハンドガンを取り出しながら、右翼側通路へと走り込んだ。

 本来は怪我人を含めた市民の誘導が最優先だろう。しかし、今聞こえた音がオートマタの物ならば、キルモードに設定せれていた場合、問答無用だ。保護も誘導も出来はしない。逆に指示待ちの状態であれば、後からどうにでもなる。今は自身が射程外へ逃れる事が最優先だった。

 背後に金属音と靴音を聞きながら、土煙の中、何とか通路まで逃げ込み柱の影に隠れる。撃たれなかった事から、問答無用のキルモードではなかったらしい。


「おっけ~イケる……」


 ならばと先へと進み、階段を駆け上がると2階へと登る。鼓動の音が近い。昔のようにはいかないが、泣き言も言っていられなかった。駆け上がった勢いのまま管理室のドアを開ければ、そこには、状況が分からず狼狽える、職員達の焦燥した顔が飛び込んできた。ナロニーは、自身の中にある不安を隠し、可能な限り声を抑えて叫ぶ。


「皆動かないで! 静かに! テロよ! 念のため1階にも伝えて! あと、ありったけの物でバリケード組んで! 局長に連絡後指示待ち! 以上!」

「室長、リヒトベルク社製50ミリ、アンチマテリアルライフルが御座いますが、如何致しますか?」


 簡潔に言うだけ言って、背を向けようとした矢先、聞き慣れた無感情な声が、リーチャの声が届く。その声と内容にはにかみながら、ナロニーは振り向いた。


「心惹かれるけどね~流石に重いよ」

「分かりました。何も出来ない我が身が恨めしいばかりです。

 こう言う時、あの方はお見えにならないのですね。やはり、嫌いです」


 相変わらずの意言い草に苦笑するも、ナロニーはリーチャの手が震えているのを見た。


「あんた、曲がりなりにも王族なんだから、余計な事首突っ込まなくていいの」

「そうでしょうか? いえ、そうですね。室長、決して無茶はせぬよう、ご武運を」

「や~偵察だけだよ、ほんと」


 気丈に振る舞う、部下兼王族の姿に勇気を貰い、ナロニーは管理室を後にする。その時、爆音がまたも轟いた。今度は何をしたのか、その場に居なかった事が悔やまれる。犠牲者が出ていない事を祈るしかなかった。

 兎に角安心が全く出来ない。真っ昼間の襲撃に己顕士(リゼナー)達も反応して直ぐに集まるだろう。しかし、今アイオ・ロクツィオに居る己顕士(リゼナー)はカテゴリーC以下だ。教皇相手に手も足も出ないのである。


「レダく~ん、お願~い、早く出て~」


 逸る気持ちを抑えながら通信を掛けるが、不通。何時もそうだ。何となく困ったかな、と言う時には居て、直ぐにでも居て欲しい時に限って出て来ない。何だかリーチャに共感しそうになる。

 焦れながらも、二階からホールを窺える位置まで移動し、土煙が晴れてきた中で、ナロニーはそれを見た。

 マットに仕上げたグレーの装甲。甲虫に似た4脚に人型の胴が乗り、騎士甲冑に似た意匠の頭部。両腕に指はなく、代わりに銃口が覗く。腕には格納型の高周波ブレードがその怜悧な刃を煌めかせ、側面には巨大なユニットが接続されている。仕様書通りならば、左腕がグレネード、右腕がレールガンだ。


「CP9、サジッターリア……」


 全高3メートルに達する大型戦術オートマタ、それが2機。いや、空いた穴からもう1機。更には中型犬程の大きさをした6脚型のオートマタ。頭部に当る部位から銃のバレルが覗いている。


「プルチェが12機……何でこっちに来てるのよ」


 圧倒的に悪い状況に歯噛みする。CP9の1機は倒れ込む人々を無視し入り口付近に待機している。侵入、逃亡の対策では常套的な位置だ。もう2機は何故かその場から動いていない。

 侵入して来た穴は瓦礫に埋もれて塞がれていた。2度目の爆音によるものだろう。

 これ以上は危険だと、その場を後にしようとした矢先、ホールからざわめきが聞こえた。退避を中断し、ナロニーは耳を澄ませながら、鏡面仕上げのハンドガンを鏡代わりに覗き込む。


「お、おい、これはどう言う事だ!」

「何がどうなっている!」

「遺跡の発掘だったんじゃないのか!」

「おい、負傷者が出ているじゃないか!」


 穴から出て来たフル装備の兵士達が、口々に叫び動揺を顕にしている。全部で12名。内2名は落ち着き払っている。共謀者と考えるのが妥当だろう。他10名はどうやら雇われの傭兵達のようだが、こんな事に雇われを使うなど、どうかしている。実際に今、彼らは混乱の最中だ。だが、内容を聞く限り、それなりに良識はあるようだ。

 上手くすればこちらに引き込める。そう考えた瞬間、CP9その1機の腕が動き、重い発砲音が鳴り響いた。硝煙漂う銃口の先には、鮮血を撒き散らし崩れ落ちる兵士の姿。負傷者の手当をしようとしていた兵士だ。


「きゃぁああああああ!!」

「う、うわぁあああああ」


 周囲に倒れていた観光客達から恐慌に陥った悲鳴が上がる。間髪入れず、そこに発砲音が追加された。


「騒ぐな。大人しくしていろ」


 ハンドガンを天井へと掲げた男が、何の感情も見えない声で告げる。表情を隠すヘルメットにマスクと相成って、その場に居る観光客には覿面だったようだ。この男がリーダー格なのだろう。勿論、教皇を抜いて。


「お前達は既に共犯だ。大人しく従え。でなければそうなる」

「クソッ! クソッ! クソッ!」

「チクショウ、何でこんな事に……」


 兵士達の一人、リーダー格と思われる人物の容赦無い言葉に、残りの兵士達は罵声や泣き言を言いながらも、あっさりと追従してしまった。あれではこちらから声を掛けても、状況を打破出来るカードを提示出来なければ乗って来ないだろう。


「少し、良いかな?」


 どうにもならないかと、頭を悩ませていた時に響いた声は、主犯と思われる教皇の物だった。

 教皇は両手を上げ、ゆっくりと兵士達に近づきながら声を掛ける。その姿にナロニーは、まさか、と言う思いに駆られていた。


「私は隣国、エレアナ法国の聖導教皇だ。名はないよ、聖導教皇だからね」


 その言葉に兵士達が顔を見合わせながら、どうすればいいのかと躊躇っている。


「君達の目的が何であるかは知らないが、一市民を人質に取るよりは余程効果的だろう」

「事実ならな」


 リーダー格の猜疑の声に、教皇がコートの内ポケットを顎で示す。それを別の兵士が探り、PDを取り出すとリーダー格に渡す。暫くしてリーダー格が納得した素振りを見せた。


「良いだろう。ここに居る連中は開放してやる。お前は来い」


 その言葉に、倒れていた人々から安堵の声が上がっていた。その光景にナロニーは臍を噛む。


(まさか……じ、自作自演!?)


 巻き込まれた人々は彼が救世主に見えた事だろう。彼を疑う者は誰も居ない筈だ。例え、人質の数が余りにも少なく、国家元首の命とは等価にならないとしても。


「ああ、少し待ちたまえ。そこの彼を、良いかな?」

「もう手遅れだ」

「ならば、良いではないかね」


 教皇の所作に対して、適当にリーダー格が答えると、教皇は先程撃ち抜かれた兵士の傍らに片膝を突き、徐に手を翳した。兵士の幹部に淡い紫色の燐光が立ち上り、呻き声と共にその傷が塞がって行く。

 半ば奇跡のようなその様子に、怯えていた人々も感嘆の声を上げる。ナロニーも訳が分からなかった。精々が、人々を教皇へ酔心させるには十分だと言う事。そして、その瞳。冷徹な慈愛に満ちた狂った瞳。桜花のような特殊な眼を持たずとも分かる危険な光が、そこに存在している事が分かっただけだ。


「流石に完全とは行かないか。しかし、命は取り留めたろう。彼も開放してやってくれるかね?」

「良いだろう」


 その発言に兵士達にざわめきが起こるが、CP9の腕が動いた事で押し黙る。


「まぁ、彼は真っ先に負傷者の手当を行おうとしたようだからね。これも神のお導きだろう」


 教皇の放った一言に、残った兵士達は完全に沈黙した。それは暗に、お前達は自業自得だ、とも取れるからだろう。


「来い。お前はこいつらを外に出せ。残りは職員を抑えろ。CP9を1機付ける」


 その指示に従い、兵士の一人、恐らくは共謀者と思われる一人が観光客の誘導を始める。その手にはロングソード。ごく一般的な代物だが、剣身が紅い。彩色を行っていないオリハルコン製の刃だろう。それなりの値段だが市販もされている。珍しくはない。この男は己顕士(リゼナー)かと認識する。

 ヤケにすんなりと開放したが、そもそもが人質自体、大して必要ないのだろう。オートマタは外部対策用と言うよりも、傭兵達を従わせるための物か。

 観光客の退避を待つでもなく、リーダー格はCP9を1機と教皇を連れ立ち左翼側へと消えて行く。そして、悪態を吐く兵士、いや、最早テロリストとオートマタが右翼側に動き始める。

 これ以上は無理だと、床に耳を着け、足音がないか確認しながら匍匐で後退。身を起こし振り向いた所に、鈍く光るアサルトライフルの銃口が突きつけられていた。


「動くな」

「動きませんって。あ~、鈍ったな~」


 眼前のテロリストの声に嘆息しながら答える。共謀者は3人だったという事か。ホールを覗いていた時には既にその場を離れていた、と。流石に現役を退いて10年。己顕士(リゼナー)でもないナロニーでは無茶が過ぎた。


 無茶ついでにと、諦観を表しながら両手を上げ、ハンドガンのマガジンをリリース。重力に従い落ちて来たそれを、踵で蹴った。


「何を……」


 テロリストの視線が、ナロニーを通り越し、マガジンを一瞬追った。それを見るや、ナロニーはアサルトライフルの射線から身を逸らし、ハンドガンをテロリストの顎下へと突き入れる。僅かに視線をずらしたナロニーは口角を釣り上げた。これで形勢逆転。


「チェンバーに1発残ってるよ~?」

「無理だな」


 ヘルメットとマスクから覗く男の瞳は、それでも慌てた様子は見えない。撃てばオートマタは反応するだろう。発砲音が届けば、だが。

 ……もうすぐ。

 視線が交差した僅か後、階下のホールから、甲高い音が響いた。先程蹴り落としたマガジンが、地に落ちた瞬間だった。


「うわぁあああああああ!」

「何だぁあああああああ!」

「バカがっ! 撃つな!」


 怒声と共に耳に響く発砲音がけたたましく鳴り響き、ナロニーはほくそ笑む。恐怖に支配された状態でなら、冷静な判断は出来ないと踏んだのだ。そして、階下の撃発音に紛れ込ませ、トリガーを引き絞る。

 初速480メートル毎秒を叩き出す、レシーヌ王国LON社製5.7ミリ弾はしかし、テロリストの喉元、姿が霞む程の速さで動いたその横を通り過ぎ、虚しく天井へと突き刺さっただけだった。


――やはり己顕士(リゼナー)――


 単独で行動していたのは、やはりそう言う事だった。銃と言う己顕士(リゼナー)が使わない獲物を持つ事で、カモフラージュしようとしていたのだろう。しかし、残念な事に、ナロニーは銃を使う己顕士(リゼナー)を知っていた。故に、保険を掛けた。

 ナロニーの側面へと回り込んだテロリスト、その銃口が再びナロニーに向けられる。


「凡人にしては上出来だったッ!?」


 瞬間、何かが砕ける音と共にストックが跳ね上げられ、テロリストの顎を打つ。ヘルメットがひび割れる勢いで打ち上げられたテロリストは、ぐぇ、と珍妙な声を上げ、その場に崩れ落ちた。


「わ、私はインドア派なんです!」


 それを成したのは、肩で息をしながら訳の分からないセリフを吐く、管理室の新人職員レリオ・ベニーニ。ナロニーが想定していた保険だった。テロリストの後ろ、壁の柱にその姿を見たのは完全に偶然ではあったが。

 所謂CQCならインドア派と言ってもいいのでは? そんな事を考えられる程度に安堵したナロニーは、その場に崩れ落ちそうになりながらレリオに礼を言う。流石に緊張の糸が切れそうだった。


「いや~、助かったよ~。ありがとね~、さっすが己顕士(リゼナー)~、んで、殺った?」

「殺ってませんよ! 私はインドア派なんです!」


 再び訳の分からない憤慨の仕方をするレリオに苦笑しながら、漸く鳴り止んだ銃声に引きずられ、何気なく見た手摺、その側面。そこに、灰色をした中型犬程度の何かを見た。見てしまった。


「やばっ……」


 虫のような6脚、頭部から伸びる銃口。プルチェ、ロマーニ語でノミを表すそのオートマタが、獲物の血を啜らんと這いずっていたのだ。レリオがナロニーを庇うために動こうとするが、その動作を感知したであろうプルチェが銃口を動かす。

 機体の奥で弾を込める駆動音が鳴った。味方には攻撃準備を知らせ、敵には恐怖を与える音が。


「何だ!?」

「上か!?」


 テロリスト達の狂乱した声が響き、何とかして牽制しながら引こうとした瞬間、手摺の上に更に2機、プルチェが跳び乗ったのを見る。


――終わった――


 妙にゆったりと流れる時間の中で、ナロニーは間違いなくそう感じていた。プルチェの6脚、接地の勢いを殺すために沈み込んだ関節の動きを克明に捉え、カメラアイの収縮までが見て取れる。

 こう言う時は走馬灯なる物を見るとよく聞くが、何だ、何も見ないじゃないかと、現実逃避に陥った。

 結局頭を過ぎったのは、夫と娘、そして職場の同僚達の顔だった。そこに嘗ての戦友達の顔はなく、それは今のナロニーと、レイロード達との距離だったのだろうか。


――ああ、遠くなってたんだな~――


 そんな感慨も虚しく、マズルファイアが視界を焼く。その瞬間、銃口が僅かに――ブレた気がした。撃ち出された凶弾がナロニーを掠め、3機のプルチェは次弾を――撃つ事なく、降り注ぐ蒼い閃光に貫かれていた。と、同時に、薄く硬質な何かが割れる音が響く。福音を告げる鐘の音を思わせて。

 雲間から覗く光のように聖堂へ陽光が差し込み、降り注ぐ半透明の破片が光を反射しキラキラと輝く。


「ひゃっほーーーーー! おっっ待ちどーぉおおおおお!

 期間限定ぇえええええ! 元正義の味方のデッリバリーだぜぇえええええ!」


 天板のステンドグスをぶち破り、人影が降る。後光を背にし、陽気で軽薄そうな喊声を響かせながら。


「ご一緒に時代遅れの魔術師(メイガス)は如何かしら?」


 その後を追うように人影がもう一つ。絡みつくよう声を不遜に響かせて、黒い影が舞い降りる。

 それが嘗て共に駆けた戦友達である事を、アズライト・ロッソと黒龍である事を理解するのに、何ら説明は要らなかった。


「いっよー! おひさー!」

「お久しぶりね。壮健そうで何よりだわ」


 滑空しながら、アズライトが軽薄そうな笑みを浮かべ、黒龍が不遜に口角を釣り上げた。


「そっちもね~」


 何時の間にか入り込んだ桜吹雪の中、込み上げる懐かしさに逆らわず、ナロニーは戦場に居る事も忘れて笑った。

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