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カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
1章 王と名もなき小人
20/71

4. 夜に馳せる-1 (イラスト:アズライト)

 コルソ・シレナの西区は内海コルダート海を眺める比較的裕福な住宅街だ。ビジネス街とは異なり至る所に緑が彩られ、優しい静寂と清涼感を与えている。とは言え、これは他のイグノーツェ国家と同程度なのだが。

 家々の間隔も広く取られ、1軒1軒に十分な庭が見て取れる。その一等地、とまでは行かないが、コルダート海を視界に収めるシックな家が、レイロードの旧友、アズライト・ロッソの住まう邸宅だった。

 その軒先でレイロードは、玄関マットにしゃがみ込んだ桜花が動くのを待っていた。


「む? 何だか動きが悪いんですが……」


 桜花が呟きながら靴べら状の工具をブーツに入れ、レーバーよろしく動かしている。

 何の事はない、イグノーチェでは余り多くない風習だが、家に上がるために靴を脱いでいるだけである。しかし、普通の靴とは少々勝手が違う。己顕士(リゼナー)の戦闘は極めて高速だ。靴紐程度では到底強度が追いつかない。そのため、己顕士(リゼナー)用の靴は機械的なロックで確実に拘束されている。割りと着脱が面倒なのだ。

 桜花が悪戦苦闘しながら何度か工具を動かすと短く金属音が鳴った。内部のメカニカルロックが外れた事を教える音だ。

 ホッと一息付いている桜花の横で、アズライトが留め金を回すだけの簡単な方式で脚部の束縛から逃れていた。もう片方に挑んでいた桜花がその様子を視線で追っている。


「それだと脱げません?」

「いんや、結構シッカリしてるもんだぜ? 今は結構増えて来てっから」


 気になったのか桜花が問うが、アズライトの返事は実に面白みのないものだった。レイロードはその様子をつまらなそうに一瞥すると、PDを取り出して装備制御用アプリを起動する。画面に現れた全身像から脚部をタップ。モーター音と共に重々しい機械音が鳴り、足首から下の脚部装甲が開放される。

 その様子を、既に定着したらしい半目で桜花が見つめていた。


「何ですかそれ? ズルいですよ……」

「いや……和雲製のシステムなんだが……」


 何故か神妙な顔つきで答えたレイロードに、桜花が緩やかに視線を逸らした。



 リビングに通された二人は、コーヒーを淹れにキッチンに向かったアズライを待ちながら、ソファーで十二分に寛いでいた。やはり室内、特に家庭で靴がないと楽だ。

 外観同様全体的にシックに纏められた室内は中々落ち着きがいい。アズライトの趣味からすると、もっとモダンな雰囲気かと思っていたのだが、彼の妻の趣味なのだろうか。

 目の前のテーブルに置かれている小型の拡声器のようなものが少々気になるが、得体の知れない物は触ると危険だ。大人しく自戒する。


「む、テレビがサエグサ製ですね」

「家庭用品には、最近だと和雲製も多いからな」


 桜花共々部屋を眺め回していた所にアズライトが戻って来た。コートは脱いでおり、あの十字架状のイレギュラーナンバー、オクターヴァの姿も見えない。その姿は既に一般人と遜色はないだろう。未だ違和感を撒き散らすレイロード達とは対照的だ。手にはトレーを持ち、その上には、コーヒーとお茶受けが乗せられている。

 すまん、と礼を言って差し出されたそれらを受け取る。隣で桜花もいただきます、と一言言って受け取っている。

 一息付いた所で、レイロード達の対面に座ったアズライトが、足を組みながら問うて来た。


「あー、お前ら。ここんとこ産業スパイが立て続けに摘発されてんのって、知ってっか?」


 一瞬何の事か分からず首を傾げたが、暗にそう言う事かと理解する。ただ、それと聖導教皇とが結びつかない。


「いや、俺は知らんな。お前は?」


 イグノーツェの事にはそれ程詳しくない筈の桜花に、話を振っても余り意味はなさそうだったが念のため問う。


「え、と、エレニアナではないですが、テルヴェル共和国で聞いた気がしますね。それがこちらにも?」


 他国の事とは言え、桜花から返答があった事は意外であった。テルヴェル共和国は工業製品が主産業である。産業スパイとなれば頭が痛い事だろう。


「そそ、工業用マナサーキットの7割はエレニアナ製だかんな。企業も割と密集してるし、頭の痛い事だろーよ。

 んで、リーネアレガーレ社でもやれれたらしくてな、そんで調査を強化したんだとか何だとか」


 リーネアレガーレ社はロマーニ最大の、詰まる所イグノーツェ最大のコングロマリットである。レイロードの鎧もリーネアレガーレ製だ。アズライトとは何らかの縁が有り、依頼が廻って来たのだろう。だが、やはりそれと今回の事と関連性が見い出せない。と、そこまで考え、はたと頭を過ぎた事を声に出していた。


「すると何か? 俺とこいつに容疑が掛かっていると?」

「話の流れからするとそうでしょうが……何で私まで?」


 指差したレイロードの指先を桜花がペシッと払い、何故かそそっと距離を取り半目で視線を寄越す。その視線の意味が暗に、何やってるんですか、と訴えて来ていた。


「いや待て、俺はやっていない」


 何時もの渋面で見据え極冷静に返す。然しながら桜花の視線は実に怪訝だ。


「犯罪者は皆そう言うんですよ」


 確かにそう言われればそうなのだが。少なくともレイロードは身に覚えのない事であるし、能力的にも難しい。桜花の方は能力的には十分だろうが、反応を見る限り同様だろう。

 視線で火花を散らす二人に、アズライトが手を叩きながら割って入る。


「はいはい。いやまぁ、ある程度表立って活躍してる連中ってのは、そんだけ顔も広いからなー。敵対関係の企業間を行き来しても不自然じゃない。得体の知れない奴が盗んでくって事より、そう言う奴らが、内部で小遣い稼ぎやってる連中と、企業の橋渡しをしてる事が結構あるらしいんだわ」


 それならばレイロードに疑いの目が向けられるのもおかしくはない。桜花の疑いの眼差しが強まっているが、もう放っておく事にした。考えてみれば、桜花の瞳であればレイロードの発言の正否は判別できる筈だ。

 それにしても、やはりレイロード達が遭遇した案件と繋がりが見えない。それとも、マナサーキット絡みで何かあるのだろうか? フィールドワークが殆どのレイロードでは、この辺りの話は判断の仕様がなかった。ただ、たった一人に任せきりと言うのはおかしな話だ。どうにも建前上、もしくは体裁だけは整えたと言った感じである。

 いっそアズライトに心当たりでも訪ねてみようかと思った時、玄関のドアが開け放たれる音が響く。それと共に、ワンッと低く太い吠え声と、幼い子どもの笑い声も。


「お、帰って来たか」


 アズライトが玄関の方を向き、高く短い足音が小気味よく廊下を伝い近づいてくる。そしてそれはリビングに顔を覗かせた。真っ白なフサフサの被毛。ピンっと伸びたやや短い三角形の耳。黒く大きな鼻。穏やかそうな瞳。端が上がり微笑んでいるように見える口元。

 犬、である。体重30キロ程と思われる大型犬。犬種をサモエドと一目で看破し、熱い視線を送るレイロードの隣で、桜花もまたキラキラと瞳を輝かせ、おいでおいでと手招きしている。


「お、フォル、お帰りー」


 レイロードと桜花に苦笑し、アズライトが柔らかく微笑み出迎える。本来居る筈のない人間にか、フォルが小首を傾げ、その横から銀とグレーの髪をした幼児が顔を覗かせた。

 一人は短い銀髪に鋭い瞳。アズライトより濃いグレーの瞳の男児。

 もう一人はグレーの髪に、トロンと眠たげな紫色の瞳をした女児だった。


「オニキス、コルナリーナお帰り」


 子供達は父親であるアズライトに目を向けるが、レイロードと目が合った瞬間ビクリと体を震わせ、軽い足音を立てるとその場から引き返してしまった。それをフォルも追って去ってしまう。


「ありゃー? あんま人見知りする子達でもねんだけどなー」

「まぁ、この人怖いですから。仕方ないですね」


 その様子にアズライトが眉を潜め、桜花が指を指して来る。レイロードは大人気なくも先の意趣返しとばかりにその指を払おうとするが、ふふっ、と言う桜花の失笑を伴い空を切った。憮然として睨むレイロード、勝ち誇った笑みを浮かべる桜花。両者の間で、勝敗は既に決していた。


「何やってんだ、お前ら……」


 呆れるアズライトの声に混ざり何か別の音が聞こえ、象圏がその姿を捉える。それは、幼い頃に大人達から冗談交じりに言い聞かせられた化生の似姿。ヒタヒタと音だけを立て、決して姿は現さず、戦場で逸れた人間を刈取る見えざる恐怖。

 その姿が、廊下を伝いリビングへと訪れ、レイロードは苦渋に満ちた視線をそこへと向けた。

 そこには、そこに居たのは、クツクツと陰惨な嗤い声を響かせ、足元には先程消えた子供達を携える黒い女の化生だった。


「あぁ~らぁ~? お久しぶりねぇ、あ~じぇんたぁ~る? どうしたのかしらぁ? 進展が見込めそうだとかで、今日はいらっしゃらないのではなかったのぉ?」


 ネットリとした嫌味をふんだんに含ませ、黒い女の化生……黒龍が見下ろして来る。


「間違ってはいない。情報収集のためここに居る。そうだ、間違ってないどいない」


 視線を逸らし、部屋に敷かれた絨毯を見つめて言い放ったレイロードの言葉に、説得力など微塵もなかった。別に話を聞くだけならば、態々家にまで訪れる必要などないのだから。


「すごく、カッコ悪いです……」

「おい、止めろ。そんな目で見るな」


 駄目な大人の情けない姿を、少女が冷たい瞳で見つめている。居た堪れない事この上ない。


「お前なぁ……」


 共に戦場を駆けたアズライトまでが呆れた視線を送ってくる。黒龍の足にしがみついている子供達、そしてロッソ家の愛犬フォルまでが、冷たい視線を送って来ているように思えてしまう。正に四面楚歌、針のむしろだ。

 そこになって漸くある事実に気が付き、レイロードは顔を上げアズライトに向き直った。


「お前、知っていたな……」

「ははっ、昨日、ヒメナから聞いてたんだわ。レイロード・ピースメイカーが来るってな。んだからまぁな」


 悪びれもなく笑うアズライトにレイロードは嘆息する。見事罠に掛かってしまったのは仕方ない。この二人が結婚して子供まで作っていたとは到底考えも及ばなかったからだ。


「まぁ、良いわ。別に私が招きたかった訳でもなし。結局アズライトに会っているなら、目的は果たせた訳だものね」


 意気消沈していたレイロードに黒龍から声が掛けられる。そこには先程の嫌味な雰囲気は存在していなかった。 


「はら、二人共、お姉ちゃんにご挨拶しなさい?」


 レイロードの事など、どうでも良いと言わんばかりに、黒龍が子供達の肩をそっと叩く。その姿は見紛う事なく母親のもの。それがレイロードに、否が応にも時の流れを感じさせた。

 一瞬母親の目を見つめた子供達がおずおずと、興味津々と前に出て来ると口を開く。


「……おにきす……」


 銀髪に鋭いグレーの瞳の男児が憮然と答える。然しながら、その瞳は足元と正面を行ったり来たりで落ち着かない。


「こるなりーな、です! ぶぉなせ~ら!」


 続いてグレーの髪の女児が手を上げながら答えた。眠そうな瞳とは反対に、元気が有り余っているようだ。


「はい、こんばんは。お姉さんは桜花ですよ」


 子供達に桜花も優しい微笑みを投げ返す。その一方、肘でレイロードを小突いてくる。言われずとも分かっていると、視線を投げ、溜息一つ吐いた後、挨拶を返す。


「レイロード・ピースメイカーだ。君達のお父さんとお母さんとは……友達、だな」


 レイロードの相も変わらぬ厳しい顔つきにも、コルナリーナがえへへ、と笑顔を向け、オニキスはやや顔を赤らめ俯いている。成る程、レイロードの見た目は騎士そのものである。そして騎士は少年達の憧れの一つでもある。オニキスもその例に漏れず、と言った所か。要は照れているのだろう。そんな大層な者ではないのだがなと、レイロードは苦笑した。

 子供達を優しく撫でていた黒龍がレイロードと桜花に声を掛けて来る。


「そうだ、貴方達ディナーはまだでしょう? だったら食べて行きなさいな」

「お、そだな。ついでに泊まってけ。部屋はまだ空いてるしなー」


 黒龍の提案にアズライトが便乗する。レイロードとしては特に断る理由もなく、是非を問う視線を桜花に向けた。


「ふむ。なれば一宿の恩、一飯として返しましょう。ふふっ、任せて下さい。苦手な料理などありません故」

「あら、そう? ふ~ん、ま、面白そうだから任せてみましょうか」


 そこには、澄まし顔でそれなりに慎ましい胸元をポンと叩く桜花の姿があった。貸し借りはなし、と言う事だろうか。あっさりと承諾した黒龍もそれで構わないと言った所なのだろう。

 ならば何も言う事などあるまいと、軽く手を挙げて了解の意を示した。意気揚々と立ち上がりキッチンに向かおうとする桜花を眺め、ついでとばかりに黒龍へ声を掛ける。


「ああ、そうだ、黒龍、リーネアレガーレと大学で聴いた事に、何か関連性があるか知っているか?」

「また随分と漠然としているわね」


 レイロードの問いに黒龍が眉間に皺を寄せた。期待はしていなかったが、こうも当てが外れ続けると落胆もしたくなる。

 だが、黒龍から返って来たのは思いもよらぬ答だった。


「……前教皇が座を降りたのは、このご時世にも関わらず聖地奪還を掲げていた事が、ロマーニからの反感を買った、とされているけれど、実際はペトラ・マッキナとの癒着問題の方が大きかったのよ。あぁ、ペトラ・マッキナはアーティファクトと戦術オートマタの開発企業よ。プトレマイオスシリーズと言えば分かるかしら? その後、ペトラ・マッキナを吸収したのがリーネアレガーレね。

 で、前教皇を告発し、経営不振になったペトラ・マッキナとリーネアレガーレを繋げたのが……現教皇よ。私も度々ペトラ・マッキナの工房を借りていたから聞いた話だけれども……」


 苦々しい表情の黒龍が語った内容に言葉が詰まる。少なくともレイロードは教皇の事も聖導教会の事も話してはいない。会話の中から首謀者を推測していたと言う事か。でなければ現教皇の話を持ち出す必要はない筈だ。

 それに、プトレマイオスシリーズと言えば、ロマーニ帝国軍が運用する戦術オートマタだ。元々はここで開発されていたとは知らなかった。今回の事と何か関係があるのだろうかと、レイローは考えに耽る。


「何だか急に俗っぽい話になりましたね……」


 そんな折、何時の間にか子供達とフォルを撫でまわしていた桜花が、胡乱げな瞳でボソリと呟いていた。







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挿絵(By みてみん)

アズライト・ロッソ

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