表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
1章 王と名もなき小人
2/71

お伽話

 それは遥か昔、人がまだ人間ではなかった時代、王と名もなき小人の物語……。


 ある所に王がいました。何でも識っている王がいたのです。

 王は自由でした。不要な物などなく、必要な物はそこに在ります。

 だから王は探します。何かを探します。それが何かは分りません。

 王には全てが在るのですから。


 そんな時、王は一人の名もなき小人を見つけます。

 泥にまみれ、草木を纏い、雨露に濡れていますが、若々しく生命溢れる小人です。

 しかし、小人は下だけを見ていました。たった一人の世界の果てで。

 来る日も来る日も、名もなき小人は下だけを見つめています。

 今日も一人の世界の果てで。


「小人よ小人、名も無き世界の果てに、何があるのだ?」


 ある日、王は名もなき小人に問い掛けました。

 しかし、名もなき小人は答えません。ただ下だけを見ています。

 名もなき小人は、王の問いかけに首を振りました。


「小人よ小人、では、何を見ていたのだ?」


 名もなき小人は考えます。ですが答えは思い浮かびません。

 ですから名もなき小人は首を振るのです。


「小人よ小人、この世に果ては有ると思うか?」


 名もなき小人は必死に考えます。ですが答えは思い浮かびません。

 ですから、名もなき小人は首を振るのです。


 王は名もなき小人に問い掛けます。


「小人よ小人、何故答えを探しに行かぬのだ?」


 名もなき小人は考えます。

 しかし、やはり答えは思い浮かびません。

 名もなき小人は首を振る事しか出来ません。

 それもそうでしょう。名もなき小人は世界を識らないのです。


「小人よ小人、お前の脚は何ぞためにある。お前の瞳は何ぞためにある。

 お前の体は何ぞためにある」


 王の言葉に、名もなき小人はジッと自らの体を見つめます。


「小人よ小人、ならば往け! 己が何かを識るがよい!」


 名もなき小人が終ぞ顔を上げた時、そこに王の姿は在りません。

 何処までも広がる青。

 光輝く黄金の輪。

 彼方から漂い流れる一筋の白い線。

 幾筋もの蒼白い光を放つ綿の束。

 名もなき小人は識りません。見上げた先にある全てが分りませんでした。

 だから、王の言葉に名もなき小人は歩き出します。

 何処に向かえば良いのか、何を目指せば良いのか分りません。

 けれども、歩かなければならない事は分るのです。


 だから歩きます。ただただ歩き続けます。

 森を抜け、山を越え、谷を進み、川を渡り歩き続けます。

 幾度かの日が昇り、月が沈んだとき、遂に名もなき小人は倒れてしまいます。

 朧気に霞む視界の中で、名もなき小人は空に影を見た気がしました。

 その影が近づいてくる気がします。うっすらと見える影は、まるで人のようでした。

 暫くして立ち上がった名もなき小人の前に、影は在りませんでした。


 でもそれで十分でした。名もなき小人は再び歩き始めます。

 森を抜け、山を越え、谷を進み、川を渡り歩き続けます。

 また幾度かの日が昇り、月が沈んだとき、名もなき小人は再び人を見ました。

 その数は一つではありません。二つでもありません。もっと沢山です。

 名もなき小人は識りました、世界に人は居るのです。


 それからも名もなき小人は歩き続けました。

 時に、怒り荒れ狂う大海原を渡り、

 時に、生命なき熱砂の嵐を突き進み、

 時に、極寒の吹雪が吹き荒れる山脈を越え、

 時に、濃霧に呑まれ光すら届かない森を切り抜け、

 時に、吹き出し溢れ出す溶岩を潜りながら。

 その度に、名もなき小人は助けられました。

 時に、新たな道を切り開き、

 時に、乾いた喉を潤し、

 時に、冷え切った体を温め、

 時に、往くべき道を照らし出し、

 時に、焼けた体を癒して。


 幾度の出会いと別れを繰り返し、永い永い年月が経ちました。

 名もなき小人は旅立った場所へと戻ってきたのです。

 体の節々はささくれ立ち、顔にも深い皺が刻まれていました。

 何時も見つめていた大地から目を上げます。

 その瞳の先には王が静かに佇んでいました。


「小人よ小人、世界の果ては見つかったのか?」


 王は名もなき小人に問い掛けます。何処か楽しげに。

 名もなき小人は静かに首を振りました。縦に静かに振ったのです。

 世界の果ては在るのだと。


「小人よ小人、世界の果てとは此処の事か?」


 王は名もなき小人に問い掛けます。何処か悲しげに。

 王は世界に果てなどない事は識っているのですから。

 名もなき小人は静かに首を振りました。かつての様に横に振ったのです。

 世界の果ては此処ではないと。


「小人よ小人、では世界の果てとは何処なのだ?」


 王は名もなき小人に問い掛けます。何処か不思議そうに。

 名もなき小人は王の瞳を見つめます。心の声を届けるために。

 王も名もなき小人の瞳を見つめます。心の声を聴くために。


 名もなき小人の瞳は語ります。

 私は一人でした。其処は世界の果てでした。

 しかし世界を歩き、私は識りました。人は私だけではなかったのです。

 幾度も助けられました。一人では此処へ戻って来る事は出来なかったでしょう。

 私は見ました。伸び続く大地、その上に住まう命。

 人と人、その間に生きる事に世界を見たのです。

 人と人、その繋がりが消えた時、それこそが世界の果てとなるのです。


「ふふははははっ! そうか! 人と人の間で生きる事! それこそがお前の世界か!」


 王は笑います。とてもとても楽しそうに。とてもとても喜ばしく。


「小人よ小人! どうやら私は識らぬようだ! 世界の果てを識らぬようだ!」


 遂に王は探していたものを見つけました。それは王の識らない物でした。

 王は世界の果てなど識りません。今も王の世界は繋がっているのです。


「ならば往かねばならん! 世界の果てに往かねばならん!」


 王は全てを識ってこそ、王でした。だから往くのです。

 永い時の彼方で識りえなかった場所を求めて。


「持って行くが言い! 今よりお前は"人間"だ!」


 そう高らかに言い放ち、王は何処(いずこ)かえと消えて行きました。


 残されたのは、もう名もなき小人ではありません。

 王がこの大地より消えた時、そこに残されたのは人間でした。


 残された人間は、空を見上げてそっと呟きます。

 名もなき小人であった時は出来なかった事です。


「王よ、何時か、また何時かお会いしましょう。それは私ではないかもしれません。

 しかし、きっと何時かお会いします。あなたが見つけた世界の果てで」


 其処に残された人間は既に老いていました。もう永くは生きられないかもしれません。

 ですが、彼は一人ではありません。人と人の間に生き続ける限り、それは人間なのですから。


 そして、その時より世界で王を見た者は居なくなりました。

 しかし、それは見た者が居なくなっただけなのです。

 きっと、王は今も静かに待っているのです。

 ずっと、ずっと、たった一人の世界の果てで。



  イグノーツェ詩集 序文 王と名もなき小人

                 著者不明

                 現代訳 カルディナ・ルシエンテス

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ