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カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
1章 王と名もなき小人
15/71

3. 黒と青-1

 ロマーニ帝国傘下エレニアナ法国はイグノーツェ内陸に存在する陸の孤島だ。と言うのも、ハート型の内海、コルダート海が北側の一部を除いて国土を囲ているからだ。直接的に隣接する国家はフォンティアナ公国のみとなっている。

 聖導教を国教とし、長らく魔術(マギカ)を以ってイグノーツェを支配した大国は今や見る影もない。しかし、マナが、魔術(マギカ)が、明確に科学技術に収められた事で、魔術(マギカ)と言う、いや、科学と言う分野においては復権を果たしていた。

 フォンティアナに程近い国土の北西、首都コルソ・シレナの中央区に在する国立コルソ・シレナ大学は、その象徴とも言っていい。

 魔術(マギカ)の根幹たるマナサーキットは、イグノーツェの工業、生活用電気機器には大抵組み込めれている。コルソ・シレナ大学はマナ研究の第一人者となり、相応の地位を築く事になったのだ。

 その講義室、教壇に立つ人物が一人。


「と、言う訳で、現状はマナサーキットの効率化に、主眼が置かれているわ」


 やや鼻の詰まったような、粘りのある耳に残る声と共に、教壇の背に大きく広がる巨大なディスプレイに向かっている。ディスプレイは昔で言う所の、黒板だった。

 ディスプレイ上には様々数式、図形、画像がところ狭しと並べられている。その一部をレーザーポインターで丸く囲むと、フリックして端へ飛ばす。そして、不敵な笑みを浮かべ扇状に広がるひな壇に視線を巡らせた。

 生徒達は夏場とあって、やはり薄着の者が多い。エレニアナは緯度が低い事もあって、夏場は温度が高い。男子生徒はTシャツや半袖のシャツ類が多く、女生徒にはキャミソール類も多く見られる。色も明るい配色が多い。

 100名近い夏場の生徒達の視線が、その人物に集まる。

 その人物は生徒達とはうって変わり、何と言うか……全身を黒い、所謂ゴシックロリータ系のファッションに身を包んだ女性であった。それが小柄な少女、であれば、幾分か問題はなかったのであろう。

 しかし、今教壇に立つ自分物の身長は170センチ前後。スラリと細いモデル体型に黒いピンヒールを履き、更にその頭頂を伸ばし180センチ近くなっている。

 腰まで伸ばした取って付けたような黒髪は、前髪共々綺麗に切り揃えられているが、自身に満ち溢れた瞳に不敵な笑みを称える貌は、どう間違っても少女には見えず、30前後と言ったとこであろうか。それでも一流大学で教鞭を執るには少々所か、非常に若いと言っていいのだが。

 救いはフリル満載、という訳だはない事だろう。時代が違えば、貴婦人くらいには通ったのかもしれない。ブラウンのベストも何処かパンクな雰囲気を与えていた。


「さて、効率化と言っても様々な方法があるわね。普通はそれらの複合に依るものだけど。恒常的に研究されている物は二つ。

 マナサーキットを数学的に解析し、形成ラインの正確性を上げる事。

 もう一つは発生現象へのプロセスを改善し、効率を上げる事。

 これは発生させる事象を物理学的な見地から、可能な限り事象の細分化を行い、そのプロセスに基づいたマナサーキットを形成する事ね。最終的には素粒子レベルまで細分化して行く事になるわ」


 一旦言葉を区切ると、ブラウンのグローブを取り出し両手にはめる。


「簡単な例で挙げるとすると、火ね。火を発生させるプロセスは複数あるでしょ? マナを変換させ、燃焼物質を造るのは、非常に効率が悪いから、普通は大気中の酸素と水素を使ったマナサーキットを組むわね。こんな感じで」


 講師はグローブの指先を擦り合わせると、直ぐ様空中に両手で別々の幾何学模様を描いて行く。そして、その二つの幾何学模様から拳大の炎が生まれる。

 現代に於いて、手動による魔術(マギカ)の発現を見る事はまずない。生徒達から、おお、と感嘆の声が挙がった事に、軽く微笑み先を続ける。可愛いものだ。


「これにしてもプロセスは複数あるわ。右手は温度を操作し、分子の燃焼温度まで上げているの。左手は分子同士を衝突させて燃焼させているわね。見た目的には変わらないでしょう? こうやって目的に合わせてマナサーキットを形成して行くの」


 講師は両手を軽く振り、生まれていた炎を掻き消すと再び言葉を続ける。


「後は、私達が直接関わる事は少ないのだけど、サーキットの伝達素材の効率化もあるわね」


 レーザーポインターを背後のディスプレイに向けると、左端を丸く囲み、フリックして手前に運ぶ。


「マナは知っての通り、結晶体に対して高い伝達率を持っているわ。お伽話の魔術師(メイガス)が水晶を使っている事がよくあるけど、あながち間違ってもいないと言う事ね。それは兎も角として、だから形成が簡単な金属が使われているのよ」


 言葉を切って、レーザーポインターが指し示す先には、各面が6角系で構成された6角球とも呼べる物が映しだされている。


「その中でも原子番号136、つまりミスリルね。これは自然界には存在しない人工原子で、旧代の魔術師(メイガス)達がマナを通し易くするため造ったと言われているわ。

 全方六角格子構造を持つこの金属は、どの面からマナが通過しても、不規則反射を起こしにくいの。彼らが狙ってこの構造を造ったのかは分からないけど、今でも主流として使われているのは事実ね。でも、金と比べて延性に乏しく中々細くし難いの。これを如何に細くして行くかは、素材工学の分野になって来るわ」


 アメジスト色の瞳が一旦生徒達の状況を確認すると、今まで映していたミスリルの構造図を除け、今度は別の構造図を引き寄せる。


「後は原子番号184、オリハルコンね。これも人工原子よ。主に騎士の装備として使われているわ。己顕士(リゼナー)用の武器としても量産出来る位には普及してきたわね。

 マナに対して高い斥力を持っているのが特徴である事はよく知られているけれど、これはオリハルコンが結晶構造ではないから、所謂アモルファス金属だからよ。

 この性質を利用し、マナサーキットを刻んだ鋳型を作成、若しくは、パイプ状のオリハルコンを形成し内部を通す事で、一切の抵抗を考慮せずにサーキットを構築する事が出来ると言う事ね。これは光ファイバーと似ているわね。これを最小単位にまで落とし込むと、ミリ、果てはナノサイズのチップ状にマナサーキットが形成できるようになるのでは、と言われているわ。

 己顕法(オータル)に対しても、マナと同様の反応を示すことから、己顕(ロゼナ)がマナと極めて似通った物質、反物質や超対称性物質と考えられる要因にもなったわね。っと、これは蛇足ね。

 何にせよ、現状の問題点は形成が極めて困難な事ね。何せ融点が5971ケルビンだから、真っ当な手段では構築出来ないのよ。この辺りが知りたければ、やはり素材工学の講義を採りなさい」


 そこまで言い終わった所で、講義の終了を意味するチャイムが室内に響き渡った。


「じゃあ、本日の講義はこれで終了よ。何か質問があれば、後で私の所に来るといいわ。但し、本日は15時から来客の予定だから、時間を置くか明日にでもしてちょうだい。では、解散」


 講師はヒールの高い音を響かせ、颯爽と壇上を下り講義室を後にした。


 廊下の横は全面がガラス張りで、陽光が容赦なく飛び込んで来る。冬は良いのだが、夏季には少々鬱陶しい。そのガラスの向こう側はパーキングエリアだ。機馬は少なく、背の低い2輪車が多く置かれている。所謂自転車と言う物だ。街中ではあれで十分ではある。

 そんな中で、怪しげな二人組が機馬から降りるのを発見してしまった。一人は黒髪で時代錯誤なサーコート系全身鎧の騎士装束。風にマントが揺れている。怪しすぎる。

 もう一人も黒髪で、四肢を惜しげもなく晒した丈の短い上着にショートパンツ。学生でも珍しくはない格好だが、肩に羽織ったスプリッター迷彩柄の朱のマフラーが場違い感を醸し出している。ニンジャと言うヤツだろうか? まるで忍んでは居ないが。やはり怪しい。

 大学の校内では変な事をする子達も多いが、念のため警備に連絡しようか、とした所で前方からやってきた女生徒から声を掛けられた。


「あ、ヒメナ先生、こんにちは」

「ええ、こんにちは」


 女生徒に向き直り、微笑んで挨拶を返す。軽く頭を下げ、女生徒が去って行った後、外を見た時には怪しい二人組は姿を消していた。

 まあいいか、とその場を後する。パーキングエリアに機馬で入ってこれたのだから、正門でチェックは通ったのだろうしと。

 廊下を進む途中、すれ違う生徒の何人かが軽く頭を下げ挨拶をして来るのに対し、軽く手を上げ微笑んで返す。何度かそんなやり取りを繰り返した後、広い校内に構える自身の研究室に辿り着いた。


 室内は縦長で50平方メートル程度。全体的にクラシカルな雰囲気が漂っている。

 殺風景と言う程装飾されていない訳でもなく、雑多と言う程物が置かれている訳でもない。壁一面に本棚が置かれ、その中にはギッシリと書物が置かれている。マナ工学は科学と言えども魔術(マギカ)の直系だ。そのため、資料となると書物が殆どとなってくる。しかし、それ程貴重な書物は置かれていない。個人所有の重要物は自宅であるし、学校所有物は図書室だ。ここにある書物は殆どデータ化されているが、本としてあっても困る物ではないし、何よりインテリアとしては最適だろう。

 その蔵書を突切り、窓辺に置かれた年代物の机が、この部屋の主の定位置であった。

 机の近くに置かれた棚から、コーヒーカップとサイジルシ製のポットを取り出し湯を注ぎ、インスタントコーヒーを淹れて自席に戻り口に運ぶ。


「ふぅ……」


 一息吐いて、軽く伸びをし体をほぐす。今日の講義はどうたっただろうか。簡単過ぎた気もするが、基礎課程の概論程度ならばこんな物だろうか? とは言え、入学後半年は経っている事を考えれば、もっと突っ込んでも良かったのだろうか? 来月から2ヶ月の夏季休暇を考えると、やはり軽く抑えた方が良かったのだろうか? 今までは応用過程から講義をしていたが、今年から基礎課程も受け持つ事での悩みだった。


「どうなのかしら……」


 それはそうとして、先の講義で、マナーキットについて触れて思う。何処まで行っても、マナサーキットという代物に縛られるマナ工学では、進化の袋小路に陥っているのかもしれない。科学の進歩は目覚ましい。細胞大の人工化学物質の組み合わせに性質を持たせ、電荷を掛ける事で別の形態に変化させたり、圧力を掛ける事で電荷を発生させたりと、現状のマナ工学では不可能な技術も多々出来て来ている。際たるは、電子を1つだけ動かせる素子、単一電子トランジスタ。これのお陰でPDのバッテリーは半年以上持つ上、演算速度も向上した。

 コーヒーを淹れるために使った、サイジルシ製のポットもそうだ。和雲(いずも)の製品はマナサーキットを組み込んでいない。湯を沸かすには時間が掛かるが、保温に関しては驚く程安定している。

 魔術(マギカ)が科学を産み、魔術(マギカ)は科学となり、そして魔術(マギカ)は消え去って行くのかもしれない。太古の戒めから解き放たれるのは、人類にとって新たな未来を創るのだろうか?


「中々難しい物ね……」


 ふと、呟きが漏れた。ここに来てから早6年。E.C.U.S.T.A.D.で客員教授の募集、と言うよく分からない内容の依頼が始まりだった。マナ工学の講師が辞職し、急遽代理を探していたのだとか。

 その当時は学生達と大して変わらない年齢に加え、この格好と相まって煙たがられていたが、今ではすっかり落ち着いてしまった。客員教授でありながら研究室まで与えられている程に。何時やめるかも分からない身の上のため、開講はしていなかったが、そろそろ考えてもいいのかもしれない。

 ゴスロリ衣装で教壇に立った時の、生徒達が示す、この人に教わって本当にに大丈夫なのか? と言う表情が面白く、自身の趣味とも相まって格好は続けている。その評価が時間が経つに連れ、中世の魔術師(メイガス)みたいで素敵です、と変わって来たりする。女生徒が殆どであるが。

 E.C.U.S.T.A.D.の仕事は殆どしていない。夏季休暇で人の居なくなった間にクイント退治を少々といった所だ。

 それなのに、昨晩E.C.U.S.T.A.D.コルソ・シレナ局から連絡が入った。とある事件に於ける証言の信憑性の確認と言った、これ又よく分からない内容だ。本来は弁護士の担当ではないのかと思い、詳細を確認しようとしたが拒否された。管理室でも詳細は教えられていないと言う事だった。

 ならば受けるつもりはないと突っぱねたが、それも拒否された。何故かと尋ねれば、依頼人が天窮騎士(アージェンタル)レイロード・ピースメイカーと来たものだ。成る程、それは断れない。

 イグノーツェでの儀礼格付けは、1位ロマーニ皇帝、2位聖導教皇、3位天窮騎士(アージェンタル)、4位国王、5位国家元首、となっている。儀礼的であり1代限りとは言え、そんな人物からの依頼を高々大学の客員教授が断れる訳もないのだ。

 時計の時刻を見れば14時50分。件の人物がもうそろそろ来る頃だろう。そこでふと、先程パーキングエリアで見掛けた二人組を思い出す。


「まさか、ねぇ……」


 あんな珍妙な鎧の男が天窮騎士(アージェンタル)な訳はないだろう。少女の方は若過ぎたので除外。あの見た目で男と言う事もないだろう。ヒメナが取り留めもなく、考えを巡らせていたその時、部屋に据え付けられた内線電話が鳴り響いた。番号は事務局からだ。件の客人が来たのだろう。諦めて受話器を取る。


「はい、ルシエンテス研究室よ」

『ルシエンテス教授ですか?イクスタッドより、お客様がご到着されました。お通し致しますか?』

「ええ、お願いするわ」


 短く答え受話器を置く。教授ではなくて客員教授なのだが、最早この大学の一員と言う事だろうか。それはそれで喜ばしい事でもあるのかもしれない。


 5分後、14時55分。約束の時間より5分前に、ルシエンテス研究所のインターホンが鳴らされた。


「お待ち下さい。今お開け致しますから」


 普段の喋り方を変え、机に据えられた通話口に答え席を立ち扉へと近づくと、インターホンから声が聞こえる。


「申し訳ない」

「お手数お掛けします」


 低く、何処か沈んだ声色の男の声と、それとは対照的に、柔らかく涼やかな少女の声だ。

 どうも、先の珍妙な二人組で間違いなさそうである。

 頬が少々引きつるのを感じながらも扉を開く。そこに居たのは案の定、先の二人、渋面を貼りつけた屈強な重装騎士と、華やかながら、翳りを秘めた笑みを浮かべる細身のニンジャ少女だった。真鍮と黒真珠の瞳がこちらを見据えている。どうも陰鬱な感じがしてならない。

 それにしても、あの黒い瞳は何処かおかしい。要件はこれだろうか?

 そして、騎士の方は何のつもりか、ピリピリとした空虚で不快な殺気を振りまいている。本来、こんな薄っぺらいベニヤ板でも貼りつけたような殺気で、不快感を覚える事はない筈なのだが……それが何故か懐かしい。


「ようこそお越し下さいました。当研究室管理者の……」

「お前……」


 何故か感じた不快感と懐かしさを心の奥に仕舞い、家主としての義務を果たそうとした所を騎士の声が遮った。折角押し殺したというのに、不快で懐かしい殺気に我慢が効きそうになくなって行く。だと言うのに、騎士はお構いなしに続けてきた。


「黒龍、なのか?」

「え……」

「はい? どう見ても"ジェット"ではないですよ?」


 眉を寄せ、訝しみながら騎士が告げ、少女が小首を傾げた名は、嘗てルーデルヴォルフ時代に名乗っていた名であった。

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