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カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
1章 王と名もなき小人
14/71

2. 示す先には-3

 閉じられたドアを見つめ、眉間に皺を寄せていたレイロードであったが、一息吐くとPDを取り出す。


「如何せん話が逸れ過ぎた。二人とも、取り敢えず読め」


 無理矢理に話題を切り替え、レイロードは眉根を寄せて一言掛ける。自身のPDから、教皇庁のメールを選択すると、ナロニーのデスクに向けて、フリック操作でデータを飛ばし、次いで桜花のPDへもデータを飛ばす。


「あ~そうだったね~、はいよ~なになに~? んん~?」

「ふむ。見た所でどうと言う事もないのですが……ああ、成程、私ですね」


 内容事態は大した量ではない、軽く目を通しながら、ナロニーの瞳が桜花に向かい、そして桜花自身が断定した。


「え? 何? 姫ちゃんなの?」


 ナロニーの中では、桜花の名前は姫ちゃんに決定したらしい。が、そんな事はどうでもいいと、レイロードは桜花に視線を向ける。


「世界を救ってきた、成程、ならばそれでいい。事のあらましを話せ、何があった?」

「おおう、壮大だね~」


 一方、レイロードに問い掛けられた桜花の方はと言えば、何やら考え込んでいる。しかし、レイロードとナロニーの視線が集まった事によってか、桜花の顔が上がった。


「むぅ、そうですね。レイロードは何となく分かるかもしれませんが、私の瞳は少々特殊でして、見た物の本質を識る事が出来るんです。内面的な事、言動の真意についてや、限定的に物質に関してもですね」

「へ~便利ね~」


 お気楽そうにナロニーが言っているが、実際は然程便利でもないのではないか、とレイロードは憶測する。人間は本心を隠したがるものだ。日常的に他者の言葉が上っ面で塗り固められている事が分かるのは、人間不信に陥ってもおかしくはないのでは、と。


「ここからが本筋ですが、今日、偶々エレニアナを散策していた時にですね……」


 レイロードが浮かべた疑問など、気に掛けるでもなく、桜花が言葉を綴り、漸くにして、レイロードは事のあらましを聞く事になった。



 桜花の話した内容に、レイロードは口元に手を当て厳しい表情を崩さない。その前でナロニーが机に突っ伏して頭を抱えていた。


「あ~一難去ってまた一難……やっぱり面倒事臭い~……」

「問題は信憑性だな……瞳にしても、マナサーキットにしても……」


 桜花の持つ特異な瞳に、空間転移などと言う馬鹿げたマナサーキット。普通であれば耳を傾けるのも馬鹿らしいが、生憎レイロードはそのどちらとも体感してしまっていた。

 考え込むレイロードに、桜花が真っ直ぐな瞳で見つめてくる。そこには、冗談や悪ふざけの影は、一切見て取れなかった。


「緊急事態と判断しましたからね。内面に破滅と妄執を抱えた高僧。空間転移のマナサーキット。刀を振るうには、十分過ぎると思いませんか?」

「さあな……」


 レイロードは実際にその場に遭遇した訳ではない。故にそうとしか答えられなかった。そもそも、空間転移のマナサーキットと言う代物自体が眉唾物だ。一体何のSFかと思ってしまっても仕方ない。

 桜花の言葉に確証を得てもいない。が、信じてはいる。嘘を付く理由は見当たらない。何より、事実として捉えていた方が対応に困らないからだ。


「物証はな~んもないの?」


 沈黙が支配するその場に、ナロニーの声が響き、桜花の顔もそちらに向けられた。


「恐らくは何もないでしょうね。もう一度侵入は出来るでしょうが、破壊の後しか残っていないでしょう」

「相手が誰なのかもか?」

「あなたと最初に会った時に言った通りです」


 ナロニーの疑念に桜花が答え、レイロードが質問を付け加える。しかし、事態の収束に結びつきそうな答えは出て来なかった。

 幾ら一時はイグノーツェを支配したと言えども千年余り昔の話だ。その影響から儀礼的な格こそ高いものの、今では聖導教会はマイナーな一宗教でしかない。和雲生まれ和雲育ちの桜花が知らないとしても仕方のない事だ。レイロードとて、聖導教皇位しか顔は分からない。


「ねぇ、レダくん。ロマーニの権力者に知り合い居ない?」

「居ない。ロマーニにしても、統括機構にしても、物証がなければ取り合ってもくれんだろうさ」


 ナロニーの手回し案をレイロードは即座に否定する。ロマーニ皇帝のアドレスは知っているが、かの地位には、民主主義全盛の現代に於いて政治的権力はないに等しい。最悪、要らない物が降ってくる。


「あ~そ。ところでさ、魔眼とか瞳術って何の分野になるんだろうね?」


 机に突っ伏しながらも、そんな質問を挟んできたのはナロニーだ。


「魔眼は……魔術(マギカ)? なのか? いや、魔術(マギカ)を体内で使えば死に直結するか……瞳術は……己顕法(オータル)になる筈だ……恐らく。使い手が少なすぎて何とも言えん。少なくとも、俺の瞳の色はアウトスパーダの影響だ」


 レイロードはナロニーに返すが、明確には分からない。そもそも、魔眼と瞳術の違いさえ分からないのだ。隣では桜花がレイロードの瞳の色に得心がいった、と言う表情をしていたが、何の助けにもならなかった。


「あの? そんなに悩まなくても大丈夫ですよ? 結局は私の問題ですから。後は私が何とかしますので」


 そう宣言した桜花の顔には、気負いなど微塵も感じさせない。さも当然だと言う程に落ち着き払っていた。そして、事実、桜花に助けなど必要ないのだろう。ないのだろうが、一つ、大きな間違いが存在している。


「だ~! もう! そんな事言わない! 子供を護るのは大人なの役目! これ常識!」

「そんな事はどうでも良い。相手は確実に殺ったのか?」


 机から復帰し、何やら格好つけているナロニーの叫びを適当にあしらい、レイロードは桜花に尋ねる。どうでも良いって何よ! と言う声が聞こえたが、気にしなかった。


「いえ、実際の目的と規模、動機を聞き出そうと思っていましたので、死なないようには配慮しました」 

「そうか……」


 桜花の答えに、レイロードは深く溜息を吐いた。レイロードは静かに桜花へとその渋面を、真鍮の眼差しを向ける。

 首謀者が死んでいれば、それは桜花の問題だったのだろう。しかし、生きているのならば、計画の再実行と言う可能性がある。


「ならば、それはイグノーツェの問題だ。お前の問題ではない。

 腐っても天窮騎士(アージェンタル)、他の連中が国に縛られる以上、俺の仕事だ。

 ……それに、そう言う面倒事はな、結局俺にお鉢が回ってくるんだよ。その時はきっとタダ働きだ。

 だったら、事が起きる前に解決して、報告書を連合統括機構の連中に叩きつけてやった方が、貸しが作れる分だけまだマシだ」

「レイロード……」

「も~レダくんは素直じゃないな~」


 レイロードの発言に桜花が眉尻を下げ、ナロニーが朗らかな笑みを浮かべていた。


「あなたの言葉が全て本心だと分かってしまう、この瞳が恨めしいです」

「うっわ~レダくんさいて~」


 が、半目で侮蔑の表情を湛え、桜花が淡々と告げた真実に、ナロニーが瞬時に手の平を返す。その様相にレイロードのコメカミが引きつるが、それを何とか抑えて口を開く。


「兎に角だ、魔眼、若しくは瞳術と、空間転移に関する証言の信憑性を得なければ、正攻法では相手に出来ん」

「そ~だね~。もうこの際、旧代の魔術(マギカ)知識とか、マナ工学の知識を持ってる人に、手当たり次第アポ取ってみるしかないんじゃない? そんで魔眼関連で話の分かりそうな人なら、空間転移の話を振ってみてさ。眼は己顕(ロゼナ)関連の可能性もあるから、戦闘カテゴリー持ちの人でね」


 レイロードの発言に、ナロニーも半ば自棄気味に追随してくる。ナロニーが上げた条件を満たすとなると、E.C.U.S.T.A.D.の所属かルーデルヴォルフに限られるだろう。


「チッ、クソ面倒だがそれしか思い浮かばんか……」

「すみません……」


 レイロードは舌打ち混じりに吐き捨て、その姿にか、桜花が恐縮そうに頭を下げていた。こう言う時には戦う事しか能のない自身が恨めしくもある。しかし、無い物ねだりをしても、何の解決に成らない事も理解している。出来る事をするしかない。先ずは、俯いてる隣の少女の顔を上げさせる事くらいでもしてみようかと。


「言った筈だ、これはこちらの仕事だと。俺の仕事を奪ってくれるな。

 まぁ、流石に金銭は期待出来んが」


 何でもないように装い、桜花の頭にそっと手を置き優しく撫でる。それに応えるかのように、桜花の顔が跳ね上がった。


「ちょ、いたっ! レイロード! ガントレットに髪が挟まって! 痛いんですがっ!

 くっ! 正に鬼畜の所業……ブルータルフィンガーを名乗るがいいですよ」


 何でもないように装い、桜花の頭からそっとブルータルフィンガーを離す。やはり、慣れない事はする物ではないようだ。だが、隣で桜花が頭を抑えながら半目で睨んで来るを見るに、当初の目的は達成されたのかもしれない。ならば、由としよう。

 レイロードはナロニーがコンソールに向かうのを確認するとソファーを立ち、桜花の目から逃れる様にその様子を覗き込む。桜花も乱れた髪を整えながら、いそいそと立ち上がりレイロードに続いた。

 ディスプレイには世界地図と、合致した条件候補の所在地が映し出され、ナロニーがそれを読み上げて行く。


「ん~ロマーニに4名、居ないか……。ゲルニッツに3名。シュバレに4名。アルフォードに2名。エスカロナに5名。カラパテロに1名。ラキシノに1名。レラに2名。イヴァーニウカに2名。イバネシュティに1名……」


 ナロニーはロマーニに誰かが居ないか期待した様子だったが、望みは叶わなかったようだ。それはそうとして、表示された内容にレイロードはやや不満を示す。


「何だ、顔写真は表示されないのか……ロマーニでは表示されるらしいんだが」

「国内なら出るんだけどね~。国外だと表示されないのよ。帝国内でも表示されないのはどういう事かと思うよね」

「情報格差社会なんですね」


 対象の顔を確認出来ない事にレイロードがボヤき、ナローにが追随し、桜花がトドメを刺した。その一撃にナロニーは肩を落として項垂れていた。


「……しかし、どこも遠いな……一番近くてレラとラキシノか……」


 レイロードは厳しい表情のまま、項垂れるナロニーの頭越しに、検索された条件から最も近い場所を挙げる。それでも直進距離で国境まで1300キロ近い。機馬を最大速度で飛ばしても4時間程掛かる。街道を通って都市まで行くとならば、言わずもがなだ。

 旧代魔術(マギカ)関連では一番信憑性が高そうなエスカロナは大陸の西端。国境まで4000キロ近い。


「ロマーニはフォンティアナの上ですよね? 直ぐ近くでは?」


 情報の中で最も近そうな条件を桜花が拾い上げた。それに対して難しい顔でナロニーが答える。


「ん~UIの問題。条件付けのラインはアレスに伸びてるでしょ?」

「あ……むぅ、遠いですね……」


 ナロニーが訂正した内容に、桜花が顔を顰めた。示された先はロマーニの首都、アレッサンドロ・エマヌエーレ、通称アレス。3000キロはある距離だろう。桜花がディスプレイを睨み付け、その代わりに、ナロニーの視線がレイロードへ向く。


「……エレニアナ……入れてみる?」

「……確認するだけ、してみるか……」


 エレニアナ法国は嘗て魔術(マギカ)で世界を制し、ロマーニに敗れた。その後は凋落を辿るが、科学が進歩し、素粒子マナの観測に成功した事を切っ掛けとし、魔術(マギカ)は明確に科学の範囲に取り込まれた。その事により、現代の魔術(マギカ)と言えるマナ工学の分野で復権を果たし、今では先端を担っている。しかし、今回の件では敵の懐と言って良い。そのため検索条件から外されていた。検索条件を設定すると、直ぐに情報が表示され、それをナロニーが読み上げる。


「一人、居るね……じ、じめな? あ、違う。この読みはヒメナだ。ヒメナ・ルシエンテス、年齢30歳、女性。エスカロナ出身。カテゴリー2A己顕士(リゼナー)。カテゴリーA己顕士(リゼナー)オクターヴァとパートナー提携。イクスタッドランクC。

 コルソ・シレナ大学マナ工学科客員教授。専攻はマナサーキットの開発、改良。アーティファクトの解析、再構築。イレギュラーナンバーの解析。魔術(マギカ)の解析、再検証……」

「これは……御あつらえ向き、なんですかね……」

「これで魔眼の事に触れていれば完璧だったな。いや、流石に偶然か……」


 表示された内容に、桜花が怪訝な顔をしている。レイロードとしても、少々作為的な物を感じた。誰かに見つけて貰いたいような……だが、恐らく今回とは無関係だろうと考え直す。専攻の更新日付が佂帝歴997年であった事が目に入ったからだ。


「どうします? 虎穴に入らずんば、とも言えますし」


 桜花の声に、レイロードは眉を寄せて考え込んだ。敵の規模が分からない。単独か、集団か、はたまた国ぐるみなのか。更には目的も不明。それに依って監視の規模や、桜花の姿を発見された時の対応も千差万別だろう。怯えて逃げるか、あらぬ罪で追い立てるか、出方が全く分からない。

 相手の出方も知れぬ内に、別行動を取るのも考え物だ。連絡の命綱はPDだが、国ぐるみなら遮断は容易い。即応性の確保はしておきたい所だ。

 もう一つの問題は、話を聞きに行く相手にも危険が及ぶ可能性がある事だが、何かあれば関係各所への疑惑が濃くなる。これは半々と言った所だろうか。危険が及びそうであれば、パートナー提携をしているカテゴリーA己顕士(リゼナー)に連絡が付くまで護衛をすればいい。カテゴリーAであれば、大抵の事はどうにかなるだろう。

 最大の問題は、真相に近づいた際、内政干渉だ何だと政治的な話を持ち出し、現地での活動を制限される事だ。この可能性は、主犯の地位や、国際社会での地位低下を嫌がれば十分あり得る。レイロードは瞑目すると、桜花に尋ねた。


「リミットは?」

「それなりの年齢のようでしたが、壮健のようでした。メディカルポッドに入れば3日。入らなければ薬剤投与で1周間、と言った所でしょう」


 メディカルポッドは全身を薬剤で浸すための医療機器だ。治療速度は早いが、金額が高く、移動が出来ない。出た後も暫くは倦怠感が残り反応も悪くなる。今回の相手に金額は関係無いであろうが、襲撃のリスクを考えれば即応出来ないのは痛手だろう。1度政府機関の中枢部にまで入り込まれているのであれば尚更だ。レイロードは暫し瞑目し黙考した後、徐に口を開いた。


「教皇庁の本件担当者にアポを。受けるか分からんがな。

 それとヒメナ・ルシエンテスにもアポを。天窮騎士(アージェンタル)レイロード・ピースメイカーの名を出してだ。コルソ・シレナ局も通して通達してくれ。それであれば、こちらは断られないだろう」

「りょ~かい。うっは~ヒメナちゃんかわいそ~」

「外道ですね」


 ナロニーと桜花が、件の学者が天窮騎士(アージェンタル)の圧力に晒される事に、哀悼の意を示しているが無視を決め込む。

 レイロードはメリットを取った。有用な情報をもたらしてくれそうな事。上手く行けばフォンティアナに滞在し、敵の動きも探れる事。監視の目とて、利用出来ればメリットになる。

 アイオ・ロクツィオ、コルソ・シレナ間ならば、300キロ未満。往復2時間もあれば行き来可能だ。収穫がなくてもロスは少ない。


「あ~そうだ、姫ちゃん。5年位前の写真なんだけど、聖導教会関係者の写真あったのよ。もしかしたら、犯人写ってるかもしれないから、見てくんない?」

「あ、はい。お願いします」


 レイロードが考えに耽っている間に、ナロニーがディスプレイに写真を表示させていた。5年前の写真では聖導教皇もまだ先代。これでは役に立たないだろう。そう思ったレイロードの思考は、桜花の声に斬り裂かれた。


「あ、この人です」


 桜花が指し示すディスプレイの先には、現聖導教会でレイロードが知る唯一の人物、即ち、聖導教皇が映し出されていた。







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挿絵(By みてみん)

北イグノーツェ

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