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カテゴリーエラー  作者: あごひげいぬ
1章 王と名もなき小人
13/71

2. 示す先には-2

 機馬を駐め直し、レイロードと桜花は出所不明の礼拝堂、もとい、E.C.U.S.T.A.D.フォンティアナ局の管理室室長室、即ちナロニーの居城へと通されていた。

 見てくは古いが内部は現代改修され、住み心地は悪くない。


「取り敢えずそこのソファー使って~今コーヒー持ってくから」


 乱雑とした机から程近く、窓辺に置かれたソファーをナロニーが指した。レイロードは桜花を伴いそこへと腰掛ける。


「失礼しますね」


 両脚をきちんと揃え、一言添えてソファーに腰掛けた桜花の半目がレイロードに向けられる。何となく居心地が悪く、足を組んで顔を背けた。一言くらい掛けても良かったかもしれないと思いつつ、経口タブレットを口に放り込む。部屋の隅ではナロニーがポットからカップに湯を注ぎながら、PDで通話をしていた。


「ああ、ごめ~ん、お茶菓子持ってきて~。ん? いや、普通のでいいから」

「む、サイジルシ」


 桜花が目聡くナロニーの扱っているポットのメーカーを見る。サイジルシは和雲{いずも}皇国のメーカーである。自国の製品が、遠くイグノーツェの地でも使われていた事を、誇らしく思っているように見受けられた。レイロード自身に和雲の記憶は殆ど無い。かと言ってイグノーツェ人であるかと言われれば、決して成り切れてはいない。故郷とはそんな物なのだろうかと、レイロードは暫し思いに耽った。


「レダく~ん? さっきは早速尻に敷かれていたのかね~?」


 感じた事のない郷愁に囚われていたレイロードに、何がそんなに面白いのか、ニヤニヤと笑い掛ける城主。その姿に、やはり一言など不要だったと、レイロードはそっぽを向くが、当の本人には然したる効果は見られなかった。


「冷たいな~、ま、これ以上冷たくされないようにしよっかな~。はい、コーヒー」

「どうでもいい」


 そんなナロニーに嘆息しながら、渋面を貼り付けた顔で、レイロードは溜息を吐く。差し出されたコーヒーはしっかりと受け取っていたが。


「有難う御座います」


 その横では桜花が軽く会釈し、コーヒーを受け取っていた。膝まで届きそうな長い黒髪が、ソファーにもまざまざと掛かり、微妙に鬱陶しい。近くより離れて観賞する物のようだ。


「まぁいい、先ずはだ、」

「おっと、ごめんね~ま、ず、は、ニンジャなお姫様が、何処の誰だかを確認させてくれないかな」

「いえ、あの、忍者は納得がいかないのですが……」


 一口コーヒーを啜り、レイロードが本題を切り出そうとした所を、ナロニーが遮り、そのお気楽そうな口調とから発せられた言葉に、桜花が拒否反応を示した。言われてみれば、確かに忍者のような気がしないでもない。戦闘スタイルも忍者風と言えば、そうなのかもしれなかった。全く忍んではいないが。


「まぁ、いいですけど。あ、PD渡しておきますね。名は佐伯織佳(さえきおりか)です。出身地は和雲(イズモ)皇国伯耆ですね。」


 渋るようなら口添えしようかとレイロードが思った時、桜花が口を開く。お姫様扱いは特に問題ないようである。神経は太いのだろう。


「へぇ~和雲(イズモ)って、レダくんの故郷だよね?」

「ほう……縁と縁を織り紡ぎ、心絆すも佳とせん、か……」


 桜花からPDを受け取ったナロニーがその出身地に反応していたが、レイロードはそれには答えず、桜花の名乗ったその名に目を細め、有無を言わせない圧力を冷ややかな声に乗せて発した。桜花の求めていた物、成らんとしていた物は、その名とは無縁の場所に在ると感じて。


「うっ……で、ですから、今の私は桜花な訳でしてね、両親から貰った名に、恥じぬ、ように、ですね……」


 レイロードが冷ややかに送った視線に、流石に分が悪いと感じてか、桜花が声を詰まらせ声量も弱々しい物になる。


「レダく~ん、何かお父さんみたいになってるよ~」

「と、兎に角ですね! 少々思う所がありまして、イグナークァ大陸からイグノーツェ大陸に向けて一人旅をしていました。こちらに来てからはルーデルヴォルフに所属しています。そちらで使っている名前が桜花ですね」


 ナロニーの台詞に、こんなデカイ娘のいる歳ではない、と思うレイロードの傍らで、桜花の方はと言えば、既に調子を取り戻したようだった。その証拠にか、口元に手を当て目を細め微笑んでいる。


「苦手な物は……ふふっ、敢えて言うなら……恋、ですかね?」

「そうか。良かったな」

「ふ~ん、すごいね!」


 放たれた桜花の言葉は、残りの二人に容赦なく叩き潰されていたが。出る杭は打たれるのである。その後には、眉尻を下げた哀れな姿の桜花が残されていた。

 光を失い、黒を強めるその瞳が、胡乱げに室長室のドアに向けられる。何かと思い、レイロードもそちらを窺えば、何の変哲もないドアがあるだけだ。厚めのドアだ、象圏も貫通しない。その先に人でも居るのかと、眉を顰めた時、インカムから静かな声が届き、レイロードは更に眉を顰めた。


「室長。お茶請けを持って参りました」

「あ~はいは~い、開けたよ~」

「失礼します」


 ナロニーの声に従いドアが開き、現れたのは20代の女性。ナロニーの部下、リーチャだ。飴色のロングヘアに相反し、怜悧な瞳は冷たさを湛えている。その腕にはクッキーを乗せたトレーが、やけに堂々と鎮座していた。


「あら? ピースメイカー卿、本日も実に不景気そうなお顔をなさっていますね、鬱陶しいので止めて頂けませんか?」


 そして、リーチャは入って来るなり、レイロードに向け、実に直球な嫌みをぶつけてきた。面識など大してなのにも関わらず、大体が何時もそうである。が、本日に限って言えば、それよりも、何故か冷たい瞳でリーチャを眺めている桜花の方が、遙かに気になった。


「や~、ゴメンね~その子己顕士(リゼナー)嫌いでさ~」

「ほぅ? では何故そのような方が、イクスタッドで働いているので?」


 軽いナロニーの声に相反し、桜花の声は低く、何処までも冷たい。その視線を向けられたリーチャが、一瞬固唾をのむ。が、直ぐに鉄面皮に戻ると、桜花に負けず劣らずの凍える刃を抜き放つ。


「貴女のように、弱者を力でねじ伏せようとする輩が後を絶たないからです」

「それは不思議ですね。この通り、私はただ会話をしているだけなのですが?」

「そのように凄まれれば、誰しも心折られるのでは?」

「そう言われましても、生まれつきですので」


 そして、負けじと桜花が、部屋すら凍らせそうな程に冷え冷えとした声を響かせる。

 何やら額に冷たい汗が流れていくのを感じ、レイロードは視線でナロニーに助け船を願う。実力行使ならばどうと言う事はないが、このような場を治められるとは、到底思えなかった。


「あ~、はいは~い。二人ともそこで終了~。な~んかこの感覚懐かしいな~。

 や~その子、お父さんが己顕士(リゼナー)だったんだけど」

「室長!」


 二人の間に割って入ったナロニーだったが、その矛先は瞬時にリーチャへと向けられる。そして向けられた当のリーチャは、顔を赤らめながらナロニー詰め寄っていく。既にこの時点で、別に悲劇的な結末が用意されている訳ではないと知り、レイロードは、そして桜花も、生暖かい視線をリーチャに向けた。


「だったんだけど、負傷してから事務仕事ばっかになっちゃってね~、んだから、お父さんを倒すような、強い己顕士(リゼナー)が嫌いなのよ、ね~?」

「成程、それは仕方ないですね。お父さんは大切ですからね。

 おや? もしかしてお父さんはこの職場に?」

「っ~~~~~~~~~!」


 何やら満足したのか、桜花の声はそれまでと打って変わり、柔らかく、暖かみのある物へ変わっていた。この少女が求めていた物を考えれば、それはある意味で当然だったのかもしれないが。

 そんな事をレイロードが考えていた時、顔の血行を無駄に充実させたリーチャと目が合った。


「ああ、貴方は室長を戦場へ連れ回していたから嫌いです」

「理不尽な……」


 少なくとも、レイロード出会う前から、ナロニーはルーデルヴォルフとして働いていた。その事にまで責任を求められるのは、正に理不尽であった。




「かっくにん、しゅ~りょ~。D.R.999年4月11日にルーデルヴォルフに登録されてるね」


 ナロニーの声が室内に響き、レイロードはそちらに顔を向ける。何時の間にやら桜花の身元照会を行っていたようだ。D.R.とはDopo Romani、つまり征帝歴の略号である。


「おや? 何故にルーデルヴォルフのデータ閲覧が出来るんですか?」


 その行為に桜花が疑問を投げ掛けている。E.C.U.S.T.A.D.とルーデルヴォルフは別組織だ。本来は所属員のデータ閲覧は出来ないのである。


「我がフォンティアナは国土も狭小で、人口も少ないですから、イクスタッドとルーデルヴォルフで提携しているんです」


 桜花の疑問に答えたのは、何時の間にやら対面に腰を下ろし、クッキーを配っていたリーチャだ。


「それにしても、年齢18歳で戦闘カテゴリーDか~。若いのに凄いね~」


 その後を継ぎ、関心した様子のナロニーの声が響く。そこにイヤミのような物はやはり見当たらない。

 己顕士(リゼナー)は、戦闘距離の適正によってカテゴライズされる。昔ながらの伝統、と言った所だ。然しながら、F~Bに区分された通常カテゴリーに関しては、ほぼ実力順と言っていい。

 A系統は特殊カテゴリーとなり、Aが状況に左右されない汎用型。2A、3Aは広域対応となり、カテゴライズが変わるのは規模の差だ。但し、2A、3Aはそれに準ずる能力を所有している事、のみが条件となるため、即発出来る必要性はない。大体にして数分は準備を有するため、戦力としても余り当てにされず、国が注意対象として管理するためのような物だ。一般的な己顕士(リゼナー)の間合いではE~Dと言った所が殆どになる。

 カテゴリーDは中級己顕士(リゼナー)と呼ばれ、最も人口の多いカテゴリーだ。が、10代でこのカテゴリーに入るのであれば天才と称して良い。尤も、実際の桜花はカテゴリーD程度ではないのだが。


「ふふっ、さぁ、私を愛してもいいのですよ?」


 褒められた事に気を良くしたのか、両手を広げまるで脈絡のない台詞を発した桜花の声を、レイロードは当然の如く聞き流した。その所業に肩を落とした桜花がコーヒーを覗き込みながら何やら呟く。


「まぁ、隣にカテゴリーODが居ますからね。仕方ないですね……」

「いえ、それは余り関係がないかと……」


 リーチャ即座に無慈悲な否定を発していたが、レイロードも同様に、カテゴリーと愛の間に関係性を見い出す事は出来なかった。

 一般的に最強の己顕士(リゼナー)と呼ばれるのは、カテゴリーBに当る。但し、編成、運用のし易さから、カテゴリーAが最高の己顕士(リゼナー)とされ、重用されているのが実情だ。強いだけでは生きられない、そう言う時代だ。

 正し、その先までを超えてしまえば関係ない。それらとは一線を画する存在が、天窮騎士(アージェンタル)であり、カテゴリーODだ。レイロードのカテゴリーであり、本来であれば、桜花にも含まれるカテゴリーである。

 そんな事は意に介さず、ナロニーがコンソールから体を戻す。


「取り敢えず身元照会は終わったから、後はそっちの好きにしてい~よ。はい、PD」

「そうか」

「ありがとうございます」


 レイロードはナロニーに短く答え、桜花が軽い会釈で返す。その姿を横目に、レイロードは一つ生まれた問題を桜花に尋ねる。


「で、お前の名は?」

「桜花です」

「……そう、か。分かった」


 迷う事なく返って来た名。それは、戦いに身を置く中で、織佳の名を使う事が憚られたからなのだろう。

 レイロードとて、この名前は本名ではない。が、最早レイロード・ピースメイカー以外の何者でもない。佐伯織佳になる事を願い、桜花を名乗るは本末転倒であるように感じたのだ。が、恐らくは折れまいと、それに従う事にした。

 居心地の悪さを隠すためでもないだろうが、コーヒーカプを握った桜花が話題を変えてくる。


「そう言えば、和雲の国籍ではイクスタッドのライセンスは取れませんよね? レイロードの今の国籍は何処なんですか?」


 E.C.U.S.T.A.D.のライセンスは国別に分かれているが、所属国意外の他国でもライセンスは取得可能だ。但し、自国のライセンスを所有している事が大前提となっている。

 和雲には当然ながらE.C.U.S.T.A.D.は存在しない。それ故、そのままの国籍ではライセンスの取得は出来ない。ルーデルヴォルフであれば、その辺りの条件は緩く、筆記試験と実技が通れば、イグノーツェ諸国連合内で活動出来るようになる。


「俺の事は……」


 レイロードはその質問に、視線を宙へ彷徨わせた。その姿を桜花が揃えられた両足の上に手を乗せ、小首を傾げて眺めている。別に隠す事ではないのだが、少々言い難い。


「ほれほれ~お姫様がお待ち兼ねだよ~」

「ケチ臭い男性は惨めですね」


 煽るナロニーとリーチャを睨み付け、レイロードは溜息混じりに吐き出した。


「俺はレイロード・ピースメイカーに属している」

「はい?」

「はい、リーチャ、解説~」


 その答えに、桜花の首が更に傾けられ、ナロニーがリーチャへと引き渡していた。


「え? 構いませんが……天窮騎士(アージェンタル)は個人が一つの国家であり、国家元首であり、国民である、として扱われる、と言う条文があります。100年程前に、No.XIII"歩く死者"フェイスレスに付与された事から始まったようです」

「え~と、つまりレダくんは、レイロード・ピースメイカーと言う名の国家に属し、レイロード・ピースメイカーと言う名の国家元首であり、レイロード・ピースメイカーと言う名の一国民となる、って事らしいね」

「はぁ~、存外面倒な立場なんですね」


 ナロニーが語るレイロードの立場に、桜花がしみじみと呟いていた。


天窮騎士(アージェンタル)自身を国家連合の一部に組み込む事で、支援や援助、連合の義務を申請、状況によっては、テロ支援国家指定による超法規的扱いが可能となる訳です」

「都合よく扱える、ってのが正しい解釈だろうけどね」


 例えば、単純な犯罪でも国家間における侵略行為だ、と糾弾する事も出来れば、イグノーツェ国家連合の義務として、緊急時の救援を打診することも出来、民間人故に軍事特権で拘束可能などと。

 そして、E.C.U.S.T.A.D.ライセンスとしては、イグノーツェ諸国連合全33ヶ国で使用可能な、通称フルライセンスを所持させる。これにより各国がその能力を使う事が出来、且つ拘束力も持つ。


「要は首輪だ。常軌を逸した戦闘性能を持ちながら、帰属する国家を持たない人間を縛るためのな」


 静かに淡々と語り、レイロードは一口コーヒーを啜る。桜花の目指した先は、そんな物ではない筈だ。口の中に広がる苦味が、少々増した気がした。

 然しながら、レイロード自身は、この処置に納得している。一般の民間人からすれば、国家に匹敵するような戦力を所有する存在が、何の制限もなくうろついているのは恐怖以外の何物でもないだろう。


「まぁ、最初は間諜が煩かったが、次第に消えた。今では割と気楽なものだ」


 別に自由が大幅に制限される訳ではない、法を守れば良いだけだ。元は何処にでも居る雑兵。良いように使われるのにも慣れている。そう考えれば特に問題などなかった。

 自身が国家に匹敵する戦力、と言う事については甚だ疑問ではあるのだが。科学の進歩は恐ろしい。流石にNBC兵器を使われた場合、どうにかなるとは思えなかったからだ。

 更に言えば、騎士団用装備としてオリハルコン製の鎧が普及し尽くしてきている。オリハルコンは殆どの己顕法(オータル)を通さない。レイロードのアウトスパーダ・明鴉(あけがらす)も例に漏れず、故に苦戦するだろう。元々厚みの所為で金属に弱い事もある。ロマーニ帝国騎士団全員相手となると、流石に厳しい筈だ。


「ハッ、件のフェイスレスには、拘束力など全くなかった事は皮肉だな」


 何処か訳知り顔で、レイロードは皮肉気に笑った。

 天窮騎士(アージェンタル)No.XIII"歩く死者"フェイスレスは、一言で言えば暗殺者である。余りの神出鬼没さ、その強さに、天窮騎士(アージェンタル)の称号が与えられ、天災扱いされる事になったと聞く。その天災に対し、あらゆる手段を講じるために設けられた条文が、廻り回ってレイロードに降って湧いて来た、と言う事であった。

 そこに桜花が、またポツリと呟く。


「まぁ、当初の目的に対しては効果が及ばず、代わりに第三者が被害を被るのは、存外よくある話ですよ」

「それもそうだな……」


 レイロードの答えと共に、静寂が室内を包んだ。


「それでは、私はこれにて失礼致します。どうぞごゆるりと」


 が、寂れた雰囲気などは何処吹く風と、トレーを伴いリーチャが颯爽と立ち上がる。その姿は、気負いや気不味さなど一切感じさせはしない堂々たるもの。レイロード達の視線を集めながら、リーチャはドアへ向かい、そして徐ろに立ち止まった。


「ああ、忘れていました。

 私は、さして才能に恵まれず、己顕法(オータル)顕装術(ケーツナイン)も習得せぬまま、己顕士(リゼナー)の修練を止めてしまいました。父が前線から退いた事も大きいでしょう。

 何時も、誰かがクイントを、犯罪者を討つ度に思うのです。もし、あのまま修練を続けていれば、私が私自身の手で、大切な人達を護れたのかも知れないと」

「何の話だ?」

「どしたのリーチャ?」

「む、これは中々……」


 唐突に語られるリーチャの自分語りに、レイロードはおろか、ナロニーさえ首を傾げている。桜花だけは、黙々とコーヒーを啜り、クッキーを囓っていたが。そして、リーチャもまた。


「今回の件、ゴルニヴァクフ第8国境警備隊長ガンドルフ・ヴェルトロ大尉殿から、不鮮明ではありますが映像が送付され、僭越ながら拝見させて頂きました。

 例え、私が己顕士(リゼナー)になっていたとしても、何も出来なかったでしょう。例え父が万全であったとしても、何も出来なかったでしょう」


 そこで言葉を切り、リーチャはゆっくりと振り向いた。代わり映えのしない鉄面皮に、レイロードは一体何なのかと、眉間に皺を寄せ身構えるが、意に反して、リーチャの頭が静かに下げられた。


「ピースメイカー卿、この度は愛すべき我が故郷、フォンティアナの危機をお救い頂き、誠、感謝致します」

「……単なる仕事だ。そちらに礼を言われる覚えはない……」


 レイロードは、何とも言えぬこそばゆさに、リーチャから視線を逸らす。尤も、その口から出てきた言葉は、紛う事なく本心ではあったが。逆に、リーチャの頭が再び上げられ、その瞳はレイロードに向けられた。


「ええ、そうですね。しかし、その対価はロマーニより払われます。我が国からは何もありません。ですから、この程度の気持ちはお納め下さい。

 それでも、貴方の事は嫌いです」

「…………」

「いえ、その締めは流石におかしいのでは……?」


 余りにも余りな言い分に、クッキーを頬張っていた桜花も、堪らずと顔を上げていた。しかし、リーチャは会釈一つを返しただけで、釈然としない空気を漂わせる室長室を優雅に立ち去って行った。

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