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御免こうむります。  作者: はいじ


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一足先に、引退宣言(2)


「は?」


そう、あんぐりと口を開けたアカの目が、まるで夜の空に浮かぶお月さまのようにまんまるになった。そして、そのお月さまの目のままジッと俺を見つめてくる。

「は、え、兄貴、だって、兄貴は縄張りのボスで」と、最後まで続かぬ言葉の数々がアカの口から漏れる。

それがアカの混乱をわかりやすく表していた。

しかし、アカの言う“ボス”とはぼすの事だろうか。

アカはぼすの事を知っているのだろか。


『アカはぼすの事を知っているのか』


「へ?あ?ボス?ボスは兄貴でしょう?この土地のボスは兄貴だったじゃないですか」


『ボスはぼすだ。俺はもうこの土地の縄張りの主じゃないんだよ。もうとっくの昔に代変わりをしたよ』


俺の言葉にアカはいやいやというように首を横に振った。

嫌がられたって俺はもう主じゃないのだ。

それに、アカが生きていた頃から、俺は主であって主でなかった。縄張りなんて、ほんとはどうでもいい。


「兄貴はどんな猫にも負けない強い猫っす。なのに、どうして。いやだ、俺は兄貴が縄張りのボスじゃねぇと。なんでっすか、兄貴」


『アカ、俺は縄張りには興味が無いんだ。俺は俺の生きれる場所があれば、縄張りなんていらない。知ってるだろう』


「何言ってんすか!?兄貴は強いのに、わけわかんねぇ!縄張りだってメスだって獲り放題なのに!なんで!」


喚くように俺に叫び散らしてくるアカに俺はヒゲがピンピンと広がるのを感じた。

アカは俺が縄張りの主である事を子猫の頃からとても誇らしそうにしていた。

自分が主なわけでもないのに、いつも誇らしそうだった。

キラキラとしたアカのあの猫の頃の目を俺は今でも鮮明に思い出す事ができる。

だから、今、縄張りの主でもなんでもないタダの猫になってしまったという俺の告白が、アカの中でどれほどの衝撃なのか俺には容易に想像できた。


あにき

兄貴


そう、猫の頃から人間になった今まで輝いていたアカの目に陰りが見え始めた。


きっとアカは俺にがっかりしたのだろう。

なんてことない、ただの一匹の猫の俺が。

そう思うと、俺の中にあったアカの親である部分の俺がざわついて仕方が無い。

けれど、しかし。


『アカ。俺はね、死ねない変な猫なんだよ。縄張りやメスを手に入れたって、どんどん知ってる猫は死んでいくし、俺は変な猫だから他の猫からも嫌われてる。縄張りがあったって、メスがいたって今の俺には仕方がないことなんだ』


猫は行きたいところに行く。

やりたいことをする。


俺は人間に憧れて、人間になりたいと思った事は数知れない。

だけれども、俺は猫として生まれて生きた事した無いから、猫としてのその生き方しかしらない。


『俺は猫だから行きたいところへ行った。それが人間のところだった。俺が好きなのは縄張りやメスや強い事じゃなかったんだ。俺はとても人間が好きなんだ。だから俺はこうして今ここにいる』


わかってほしい、アカ。

そう俺が「にゃああ」と長めに鳴くと、アカは俯いたまま顔を上げなかった。

俺にがっかりしたのなら、それはそれで仕方が無いのかもしれない。

俺はアカの求める“あにき”にはもうきっとなれそうにないから。


そう俺が尻尾をぺたりと落としてアカの顔を見上げた時だった。


バタンという激しい音と共に、店の入り口の扉が勢いよく開かれた。

そのため、あの神社の紐を引っ張った時のような「からんからん」の音も、それと相成って激しく店の中に鳴り響く。


「津古さん!中島さん!居いますか!?」


アカ達と同じ服を着た毛の短い人間の子供が、勢いよく店の中に飛び込んで来た。

つこさん、なかしまさん、というのは誰の事だろう。

俺が突然の来訪者にしぼんでいた尻尾の毛をブワッと逆立たせた時だった。


「っ安武さん!居たんですね!あの、大変です!」


毛の短い子供はアカを見るなり、一瞬にして顔をホッとさせるとすぐにアカに向かってズンズンと近づいてきた。

そして、乱れた息を整える事もなくアカに向かって叫んだ。


「うちの1年が朝倉に喧嘩を売ったらしく、今それで大事になってます!人集めてこねぇとやばいっす!」


「……朝倉が?」


アカは先程までの情けない顔を一気にひっこめると、ヒクリと眉間に皺を作った。

そして、徐々にその皺は濃く、深くなっていく。


「向こうも人数増えてきてるし、昨日結局アイツらとやりあえてねぇから正直1年の奴らの統率も取れません!お願いです!安武さん来てください!アイツ化けもんっすよ!」


そう、毛の短い男が言い終わるか終わらないかのうちに、アカは自らの服の中に手を突っ込むと何やら平べったい入れモノのようなものを取りだした。

そして、静かにその中から1枚の紙切れを出すと、それまで座っていた机の上に乱暴に置いた。


「マスター、金、ここに置いとくから」


「おい、喧嘩も大概にしとけよ、安武」


アカはますたーの言葉に返事をすることなく、そして俺の方なんて一度も見ずにアカは店の入り口に向かった。

それに続くように金ピカやべちゃべちゃも席から立ちあがる。

そんなアカの後ろ姿に俺は『アカー!アカー!』と大きな声で呼んでみた。


けれども、アカはそんな俺の声なんて聞こえてないみたいに俺を無視する。


どうして、どうしてだ。

俺がアカの求める“あにき”じゃないから、アカは俺を無視するのか。

俺がただの猫だと、もうアカは俺なんかと話をしてくれないのか。

キラキラした目でなくてもいい、俺は俺の言葉を理解してくれるアカが俺を無視しているという事実がたまらなかった。


毛が、体がゾクゾクする。

背を向けられたのが苦しくてたまらない。

とくんとくんが消えなくなってから、どんなに長い距離をどんなに早く長時間走ったって苦しくならなかった俺の胸の方が、とても苦しいと感じる。


『アカ、しろのところに行くのか?』


俺はアカを追って外に出る、そこにはバイクに乗らずただ黙々と目的を持って歩を進めるアカの横顔が見える。

その目はどこか血走っていて、何かブツブツと呟いている。

「殺す殺す殺す殺す、アイツぜってー殺す」

少しだけ聞こえた言葉はそんな物騒な言葉で満載だった。


『アカ、俺の事いやになったか?』


俺はアカの隣を速足でついて行く。

けれど、どうあってもアカの目は前しか向いておらず、俺の言葉なんか聞こえていないかのようだった。


どうして、どうして。

アカは猫の言葉が分かる“変な人間”の筈なのに。

やっぱり、俺がもうキラキラを向ける相手じゃないから。

だから、アカは俺の事を無視するのか。


俺がアカの隣を「にゃーにゃー」言いながらついて行くと、なにやら前方から何かが壊れる音が響いてきた。

アカはその先を見定めると、一気にスピードを速めた。

俺もそれにならって走る。


人間のスピードに置いて行かれるなんて事はまずないのに。

俺は何故だか、またアカに置いていかれているような気持ちになった。

あの、待っていてもアカが帰って来なかった、あの日のように。


「朝倉ぁぁぁぁぁぁ!!」


「…………うっせーな」


アカが吠えた。

あさくら、とアカがずっとぶっ殺したいぶっ殺したいと言い続けていた者の名を、アカはこれでもかという位叫び散らかしたのだ。


そして、アカに名前を呼ばれた人間。

そこには昨日、俺にふれんちとーすとを作ってやると静かに笑って言ってくれた真っ白な毛の……しろがそこには居た。

その手には赤い血がしたたっている。

更に言うならば、しろの前には血だらけの人間の子供が倒れており、その周りには店の看板の破片が飛び散っていた。


『しろ!』


俺は叫ぶアカを追い越してシロの足元まで走った。

しろは今日俺にふれんちとーすとを作ってくれると約束した。

さっき、ますたーからとてもおいしいごはんを貰ったばかりだったが、俺は変な猫だからいつだっておいしいのは食べれる。


なぁ、しろ。

今日は俺にふれんちとーすとを作ってくれるって言ったよな。

約束、したよな。


『しろ、しろ。こんにちは。ふれんちとーすとの事、おぼえてるか?』


「…………」


俺がしろの足にすりすりと体を擦り付けた。

いつも、しろには挨拶みたいにやる。

そうしたら、いつもしろは俺を上手に撫でてくれる。


しろの家の中では、いつも。


「……うっぜーな」


「にーにー」


知っていた。

知っていたよ。


しろは、外では俺を見ないって。

しろは、外では俺を無視するって。

俺が、猫だから。


しろはアカを見ていた。

アカもしろを見ていた。


二人共、俺なんかみちゃいない。


知っていた筈なのに。

アカが俺の言葉を理解してくれたから。

兄貴と呼んで昔みたいに甘えてくれたから。


分かっていた筈なのに。

しろがまた明日なんて言ってくれたから。

猫の俺なんかに“約束”をくれたから。


『アカ!しろ!』


俺は互いを見て拳を振り上げた二人の足元に走った。

人間に無視されるのなんて当たり前の事なのに、けれど俺はこの二人に無視されるのだけは、胸がとても苦しくなるのだ。

とくんとくんが消えても、今でも苦しくなるのだ。

猫は行きたいところにまっしぐらだ。

後先なんか考えない。


「ぎゃっ」


それが、とても痛い事だって、危ない事だってわかっていても。

それが猫の本能だ。


俺は人間から見たら小さい生き物だ。

だから、殴り合う二人の足元に走ったせいで、どちらかの足に踏まれて、どちらかの足に蹴られて吹っ飛ばされてしまった。

ごろごろごろ、と俺は転がった。


一瞬、視界の端でしろとアカの目が俺を見たのがわかった。

やっと、俺を見てくれた。

痛いけれど、それでも突進した甲斐があった。


アカが何か叫ぼうと口を開く。

しろが苦しそうな表情をする。


しかし、その前に俺の体の上に何かが勢いよく覆いかぶさって来た。


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