青の希望(最終回番外編、後編※この話に出てくる応急処置等は参考にせず、ご自身でお医者さんにお尋ねになられたり、様々なサイトや本でお調べ下さい。)
今回の話は下記のサイト等を参考にさせていただきました。
大変申し訳ございませんが、小説や下記のサイトの内容通り等に試してみたけれど
気の毒にも事態が悪化した、という場合の責任はとれません。ご了承ください。
【【1、喉に物が詰まった時】】
下記のサイトを参考にしました。
喉に物が詰まった時 で検索すると出てきます。
姫路市は動画付なのでわかりやすいです。
☆姫路市消防局応急手当喉に物が詰まった※動画付
☆稲沢市消防本部 救急 応急手当の仕方を学ぼう 喉に物を詰まらせた時
☆のどに物が詰まった(大人編)|ファーストエイド|eo健康
☆自宅で食べたモノがのどに詰まったら(社)柏歯科医師会附属:歯科介護支援センター
以下、姫路市消防局のホームページより引用
腹部突き上げ法と背部叩打法
窒息と判断すれば、ただちに119番通報を誰かに依頼した後に、腹部突き上げ法や背部叩打法を試みます。
腹部突き上げ法と背部叩打法は、その場の状況に応じてやりやすい方法を実施して構いませんが、1つの方法を数度繰り返しても効果がなければ、もう1つの方法に切り替えて下さい。異物が取れるか反応がなくなるまで、2つの方法を数度繰り返し続けます。
※注意!明らかに妊娠していると思われる女性や高度な肥満者には腹部突き上げ法は行いません。背部叩打法のみを行います。
【一人の時に喉に物が詰まった場合※難易度高し、一人暮らしでこういう事態になったら超危険】
☆前に思いっきりドーンで助かる!!喉に食べ物が詰まったときに自力で助かる対処法 コモンポスト
Youtubeにコモンポストの元ネタ? の動画あり
以下引用
喉に物を詰まらせてしまったときには、咳が出たりして引っ掛かっているものを吐き出そうとします。しかしそれでも吐き出せないときには、この方法を使います。
やり方は非常に簡単。四つんばいになった状態から前のめりに倒れ込み地面で胸を圧迫します。
どうやら外部から力を加えることで肺を収縮させ、空気を吐き出すことで詰まっているものを吐き出すことができるようです。これは、背中を叩いてもらうような効果と同じ効果が期待できるようです。
詰まり方が軽度の場合、吐き出すことができるかもしれませんね。いざというときのために知っておきたい、覚えておきたい自力で喉に詰まらせたものを取り除く方法でした。
☆YahooJAPANニュース お年寄りと乳幼児は要注意! もちがノドに詰まったら?
以下引用
もう一つ、ハイムリック法(腹部突き上げ法)と呼ばれる方法もある。
餅を詰まらせた人を立たせるか座らせて背後から両腕を回して抱きかかえ、片手をみぞおちより下の辺りに当てて握り拳を作り、親指側を腹部に向け腹部を上の方へ素早く圧迫する方法だ。
これを何回か繰り返す。
背部叩打法で出なかったときにこの方法で詰まったものが出てくることもある。
一人でいるときに餅が喉に詰まった時には、背中を壁に当て、自分でハイムリック法を試してみよう。 ただ、乳児や妊婦の場合は、腹部を圧迫すると危険なのでこの方法は絶対にご法度だ。
(実は自分も餅がのどにつかえて真っ青になった経験があります。なんとか咳で吐き出しました)
【【2、足を捻挫したとき】】
捻挫はサイトによって冷やす時間などが違うようですが、共通しているのは
患者を動かすなさっさと病院に行け!
です。
☆公益社団法人東京都柔道整復師会
☆Youtube 足首 捻挫の処置 まずやるべき応急処置は?【医師による足関節捻挫ガイド】
SMCチャンネル
☆Youtube 横浜市立大学「学生が造る『地域の子ども健康プロジェクト』ー医学生と看護学生の連携による取組ー」
平成18年度文部科学省現代GP選定取組
☆捻挫なび.com
☆きになるところ 足首の捻挫を早く治す!甘く見てると長引くよ!
☆包帯の巻き方
☆ケータイ家庭の医学 寒い季節は特につらい 足首のねんざ
☆健康 生活
☆長崎県の健康情報番組 週間健康マガジン
☆高田整形外科病院
☆ねんざ119番
☆あなたの健康百科 メディカルトリビューン
☆Youtube 足首のねんざ(足関節内反捻挫)の包帯固定 【東京有明医
※捻挫なび.comでは、横浜市立大学の動画で可とされていたコールドスプレーには
効果があまりないと書いてありました。
その横浜市立大学の動画でも氷のうがメインですし、
コールドスプレーよりも、
氷水を氷のうやビニール袋やアイスバックに入れて患部に当てるのが良いと思われます。
また、バケツに氷水をいれて足を突っ込むというサイトも複数見かけました。
なんにもないよー! という時は流水で冷やすというサイトもありました。
※さらに、先に軽く患部を固定する横浜市立大学の動画と違い、
兎に角急いで先に冷やすと掛かれたサイトも複数あります。
※足首の捻挫を早く治す!甘く見てると長引くよ! というサイトでは、
固定の際に足首の後ろに厚紙やダンボールを当ててから巻くとよい、とありました。
共通しているのは、患部が動かない程度にしっかり巻く、です。
あまりきついと血行不良になってしまうようです。
※氷水の入った氷のうを直接患部にあてた上から包帯を巻くのか、
患部に薄い布を当ててから置くのかも意見が少しわかれるようです。
※冷やす時間も、10分冷やした後に休憩20分を二セットというSMCチャンネルから、
20分以上冷やすというねんざの119番まで差があります。
また足首の細い子供は10分、足首のガッシリした大人は20分との意見もあります。
共通しているのは
時間内でも足の感覚が無くなったらやめろ!
です。本当に凍傷には気をつけたほうがいいようです
※最近、アイシングはしないほうがいいのでは? という意見も出始めたようですが、
SMCチャンネルの他の動画(アイシングは古い?)によると
急性期? 怪我した直後? はアイシングをした方がよい、という方向のようです。
知り合いにお医者様がおられた場合は、その先生の説を信じてください。
※包帯の巻き方についても、足首から巻く方法と、足の甲から足首へと巻いていく方法と、
いろいろありました。ぱっと見では足の甲から足首へと巻いていくサイトが多かったので
今回はそちらの方向で書くことにしました。
以下、高田整形外科病院 ウォーキング中のトラブル対策より引用
↓
ねんざの応急処置
足場の悪い所やちょっとした段差で足首をひねってしまった時は、無理をせず、 すぐに休んで次の手順で処置をしてください。
1.直ちに靴、靴下を脱がせる。
2.腫れの予防のため、横になり地べたやベンチなどに足を乗せるなどして、 足首が心臓よりも高い位置にくるような姿勢をとる。
3.その場に患部を冷やすことが出来るものがあれば、 患部に濡れタオルや水を入れたビニール袋などを当て、患部を冷却する。
4.腫れがひどくなるようであれば、足首が90度の角度で固定されるように バンダナや包帯、ハンカチなどを巻き、患部を圧迫し、その上から濡れタオルや 水を入れたビニール袋などで更に冷却を継続する。
5.ねんざの早い回復に効果的な「RICE処置」 ねんざをしてしまった時に覚えておくと便利なのが
「RICE」です。 この処置をする事によって、ねんざを早く回復させることができます。
RICE処置とは?
◦Rest→安静
◦Ice→冷却
◦Compression→圧迫
◦Elevation→高挙
【【熱中症について】】
☆大塚製薬 熱中症から体を守ろう
【【物に何かがぶつかった時の鼻血】】
※頭を打って鼻血が出た場合は即病院へ行こう、
ぶつかった場合でも鼻血がなかなか止まらない場合は即病院へ行こう
と書いてあるサイトもかなりありました。
☆高校野球ドットコム 鼻血・正しい理解と対処法
☆磐田市役所 防災・救急 いざという時に
☆プレジデントファミリー 怪我の応急処置・常識のウソ「鼻血」編
以下、磐田市役所HPより引用
鼻血が出たら、イスなどに腰掛けさせ、気分を落ち着かせます。そして口をあけて呼吸をさせながら、手の指で小鼻の上を5分間くらい押さえると、しだいに出血は止まるでしょう。また、鼻のまわりを冷たいタオルで冷やすと、血管が収縮してより止血しやすくなります。血が止まってもすぐには鼻をかまないように。しばらくは静かに座らせておきます。
鼻血が出たら小鼻をつまむ。
仰向けに寝かせない。(血がのどに流れ込み、吐いてしまうことがある)
首の後ろをたたかない。
ティッシュペーパーなどを鼻に詰めない。
以下、プレジデントファミリーから引用
鼻血の応急処置として正しいのは、傷の出血の場合と同様、圧迫止血法が基本。「小鼻の上、指に硬く当たる骨のちょっと下を指でつまみ、3〜5分程度しっ かり押さえてください」(千葉県柏市・飯島整形外科の飯島譲院長)。この部分の内側には匂いを感じるための毛細血管が集まる「キーゼルバッハ部位」と呼ば れる場所があり、ほとんどの鼻血はここからの出血だからだ。
もし手近に氷などがあれば、鼻をつまみながら冷やすとさらに止まりやすくなる。鼻血を飲み込むと気分が悪くなることもあるので、鼻孔の下にハンカチなどを当て、ややうつむき加減で安静にするといいだろう。
それでも鼻血が止まらない場合は病院へ。「耳鼻科に行けば、専門的な医療機器で止血してもらえます。また、頭を強く打った後で半透明の鼻血が止まらない場合は、脳からの髄液が出ている可能性も考えられますので、すぐに病院に搬送して検査を受けて下さい」(飯田先生)
※プレジデントファミリーのサイトには(……続きは本誌をご覧下さい)とありましたが、
サイトを見る限りでは、とりあえず鼻血の件に関しては完結しているように見えました。
でも自分は小説にも表れているように、日本語も苦手(国語の成績も悪い)なので
皆様ご自身でサイトをご覧になって、確認なさってください。
夕焼け色に染まった小さな部屋で。少年はゴミ箱を抱えて泣いていた。
背が高くがっしりとした体格の銀髪の男は、そんな彼の頭を優しくなでると。
自分の息子を見つめるような、暖かく親しみを込めた眼差しを向けた。
『そうか。つらいな。だが、君の赤紫の目は本当にきれいだよ。
まるでアルマンディンガーネットだな。
今日から君の名前は、アルマンディンだ。私と家族の名前だな。
これからは君は自分の目にも心にも誇りを持て。誰が何と言おうとも。』
『アルマ……?』
『アルマンディン。だよ。』
男はしゃくり上げながら泣き震えている少年の顔をハンカチで拭いてやると。
諭すように言葉を連ねた。
『いきなり誇りを持てとか言われても困るだろうが……誇りと自信が無い弱い人間程、
人々のストレスのはけ口にされてしまうのだ。自分より強い者に攻撃をしかけたり、八つ当たりする人間はめったにいない。』
『……おじさ…も…そういうこ…とが?』
泣きすぎて痺れる頭をなんとか上げた少年の問いに、男は頷いた。
『そうだ。私も弱い部分はある。だから必死で心も体も鍛えた。
……お前は運動神経自体はそれなりにいい。体力に難はあるようだが、
今から毎日走り込みをして、体を鍛えれば少なくとも厄介な奴に手を出されることは無くなる筈だ。
そして、勉強をしたりディスカッションで話術を磨けば、いちゃもんをつけられても反論が出来る。』
『わじゅつ? 話すのがうまくなるということですか?』
『そうだ。いい塾とスポーツジムの紹介状を書いてやるから、がんばれ!』
部下に呼ばれたその男は、微笑んで少年に背を向けた。
少年はその男がいなくなっても、ぼうっとその幻影を見つめていた。
――――目まぐるしく日々は過ぎ。ARE軍を撃退してから一年数か月後。
青空の中に、桜の花が半分溶け込む中。
生真面目な雰囲気の短い黒髪の青年は、赤い髪の華やかな青年と一緒に墓石を雑巾で拭いていた。
「やっとまさおも体温を上げる注射の人体実験は辞めたのか。」
「もうデータは揃ったみたいだからな。……ミッシェル兄、肩に桜の花が付いている。」
赤い髪の青年は、ミッシェルと言われた青年の肩に落ちた桜の花を取ってあげた。
「ありがとな。……もうこれくらいでいいか。線香を供えよう。」
黒髪の青年は火を点けた線香を墓に備え、手を合わせて目を閉じる。
隣の赤髪の青年もまた、彼に続いて祈りを捧げた。
……黒髪の青年は徳川家康と、赤髪の青年は織田信長と、ごくごく僅かだが血がつながっている。
彼らの先祖は、徳川家康や織田信長の遠い親戚なのだ。
先に二人で信長の墓、続いて家康の墓をお参りしたあと。彼らは味噌カフェの個室でランチを食べた。
個室と言っても。壁の一部がガラス張りで中庭が見える。
赤髪の青年は様々な花や噴水の水しぶきに彩られた壁に目を細め。微笑んだ。
「なかなか風雅なカフェだ。味噌の地味なイメージとはギャップがあるな。」
「……ギャップか。俺達の名前もそうだな。」
黒髪の青年は。背が高く清潔感のあるキリっとした男だが、地味であった。
それにも関わらず名前が『花大路光貝』
そして赤い髪の青年は派手な外見にも関わらず。名前は『鈴木まさお』
一見全く共通点のない彼らの出会いは、十年位前。場所は市役所。
……光貝は、赤い髪の少年が困り顔の市役所職員にすがって泣き叫ぶ光景を今でも覚えている。
『鈴木まさおなんてやめたい! こんな無味乾燥な名前が嫌だ! 変えさせてくれ!』
『申し訳ないけど……名前で何か大きな被害を受けたとか、そう言う理由がないと……』
『名前を呼ばれるたびに、やり場のない哀しみの波が押し寄せるのだ!』
『悪い名前じゃないよ。改名願が受理された赤銅鑼金さんとか、
羅舞冨安蛇詩衣さんとか、キラキラネームよりよっぽど……』
『あなたにはわからない! こんなつまらない名前に生まれた苦悩が!』
『私もすずきまさおだ。今までの人生で困ったことはないよ。』
『……ど、どうせまさおは漢字だろ! 画数が多くてかっこいい漢字なんだろ!』
『君と同じ、ひらがなだよ。』
そう言って、名刺を渡す市役所の鈴木さん。赤い髪の少年はその名刺を丁寧に受け取り、
じっくりみつめると、鈴木さんに会釈して窓口にくるりと背を向けた。
『………すみませんでした。』
赤髪の少年はよろよろと近くの順番待ち椅子に座り。泣きながら大福餠をリスのように頬張りだす。
『ここは飲食禁止……おい! 喋れるか!』
『ケホッ…ケホッ…』
大福が喉につっかえて、苦し気に咳き込む赤髪の少年。
彼は声すら出せず、黒髪の少年の問いに首を振った。
『救急車!!! お前は咳を続けろ!』
近くで一部始終を見ていた黒髪の少年。
彼は赤髪の少年の後方に立ち。そこから片方の手で赤い髪の少年の胸を支えて、前屈みにさせると。
頭も下向きに少し下げさせた。
そしてもう片方の手(手の付け根)でスナップをきかせ、
背中にある左右の肩甲骨の中間辺りを四回~五回連続で強く叩いた。所謂、背部叩打法である。
『どなたかガーゼ用意して下さい!』
次に黒髪の少年は『指交差法』で、赤髪少年の口をがま口財布のようにこじ開けることにした。
彼はまず、赤髪の少年の顔を横向きにし。
続いて親指と人差し指を交差させて、親指は上の歯、人差し指は下の歯に当てると。
親指と人差し指を捻るようにして、赤髪少年の口を開いた。
『手前だから掻き出せそうだ。』
奥にあった場合はさらに押し込んでしまう可能性があって危険なのである。
黒髪の少年はほっとすると。
片手で開けている口の中に、もう片方の手の歯で怪我をしないようにガーゼを巻いた人差し指を入れ。
餠を喉の奥の方から手前に掻き出すように取り除いた。
―――無事に呼吸が戻り、落ち着いた赤髪の少年だが。
ちょうど救急車が来たので、念のために病院へ行くことになった。
診察を終えた病院の待合室で。赤い髪の少年は枯れたひまわりのように頭をもたげ、
『改名願』をじっと見ていた。
赤髪の少年には、両親がいない。それを聞いて付いてきた黒髪の青年は。
腕を組んで数秒考え込むと。赤髪の少年を励ますような暖かいまなざしで口を開いた。
『鈴木まさお、っていい名前だと思うぞ。多くの人の名前は全てが漢字で構成されているけれど、
お前の名前は漢字だけでなくひらがなも使われている。
だから地味だけれど、名簿とかでもぱっと目を引くものはあるぞ。
それに硬い印象を残す漢字と柔らかいひらがなが同居しているということは、
硬軟併せ持った名前ともいえる。人間は、お堅いだけでも、緩いだけでも駄目だ。
お前の名前はそういう意味でバランスがいい。』
『やっぱりオサレ漢字の方が好きだ……。でも……鈴木まさおも悪くないかもしれない…。』
自身の改名願を見る暗い瞳に、先ほどよりはちょっとだけ灯りが灯るまさお。
それを見た光貝はそろそろ言ってもいいだろう、と判断し。先程のまさおの問題行動について
やんわりと注意した。
『取りあえず大福とかを食べるときは、きちんと椅子に座って、よく噛んでゆっくり食べろ。
……もうあんな目に遭いたくないだろ?』
『うん。……気を付けます。先程はありがとうございました。』
立ち上がって深々と頭を下げる彼に、黒髪の青年は優しく微笑んだ。
『俺も…お前の気持ちはわかるよ。俺も自分の名前が気に入らなくて、改名願を出しに行ったんだ。』
『お兄様のお名前はなんと仰るのですか。』
命の恩人ということなのか。
まさおは黒髪の少年をまるで師匠や先生を見るような、敬慕の眼差して黒髪の少年を見上げる。
大袈裟だ。それにお兄様と呼ばれるなら美少女がいい……と思った黒髪の少年は。
ちょっとだけ苦笑いして言った。
『お兄様なんて大袈裟だ。俺の名前は花大路光貝
…お花の花に、大きいの大に、路線の路…家路の路で花大路。
日光の光に貝でミッシェル。貝は英語でShellだから。
どう見ても日本人顔なのに、みっしぇるなんて全然似合わないよな。』
ため息を吐く光貝を見て、まさおは首をぶんぶん振ると。改名願を見せてください、と訴えた。
『いいけど、ただ俺の名前が書いてあるだけだぞ。』
『十分です!』
光貝の渡した改名願を受け取ると、赤髪の少年はそれを天井にかざし。うっとりした目で見つめた。
『……なんて美しい名前なのだろう……。俺はこっちがいいな! 名前、交換してください!』
『そんなこと出来るわけないだろ!』
―――それから光貝はまさおに強制的に義兄弟にさせられ。何かと助け合うようになったのである。
ランチを食べ終わった光貝はナプキンで口元を拭くと。口を開いた。
「それにしても、AREの総大将は最期まで迷惑な奴だったな。
いきなり手紙を渡されても、行也君だって困るだろう。」
……先日亡くなったAREの総大将は。ARE語の手紙と分厚い冊子を、行也に遺した。
自分の死後に山田行也に渡してくれ、と収容所の看守へ頼んであったのである。
モモンガの代表を連れて黒田の見舞いにやってきた行也は、三日前にそれを受け取り、昨日帰国。
光貝とまさおは、行也の帰国前に手紙の話を聞いていたのだった。
『君は頭がよろしくないから、どうせ誰かに訳をしてもらって読むのだろう。
だから、この手紙の内容は誰かに話してもかまわない。私が死んだあとだしな。
私は日本人の事を、ARE人より全ての能力で劣る上に、醜くて目障りな人種だと思っている。
ARE人だけでなく全ての人種と比べても、日本人が最低最悪の劣等人種だと思っている。
だが、人生の先輩として手本にならなくてはいけない年長の私が、
落ち度のない若者を呼び出して八つ当たりをするという行為は、人として間違っていたと思う。
罪もない君に暴言を吐いてすまなかった。しかし、どうしても私は日本人を好きになれない。
母と父を奪った、そして他にもARE人の被害者を生んだあの詐欺師と同じ人種の日本人が憎い。
だが君は奴とは違うし、ARE人の私を尊重して、AREの慣習通りに部屋に入ってきてくれた。
そして咳き込んだ私を心配してくれたし、散々侮辱しても助けてくれた。
君がいい人だというのはわかっている。だがやはり日本人が憎い。憎くて仕方ない。
その気持ちには変わりはない。例え死んでもだ。
正直、日本を荒らした時はせいせいした。だが、なぜかむなしくなった。
酷いことをして申し訳ないと思ったわけではない。だがなぜか自分が嫌になった。
私はもう、復讐のために生きるのは疲れた。
体がかっと熱くなって血管がちぎれるほどのあの思いにはもう疲れた。
それは自業自得だが、部下達を巻き込んでしまったのが悔やまれる。命を失わせてしまう所だった。
特に副官のアルマンディンは今回の侵略を必死に止めた。無謀だし大義が無いと。
それでも付いてきたのは、私が必要以上に残酷な事をしないようにするためだ。
彼は共犯だと言い張っているがそれは嘘だ。私に義理立てしているだけだ。
他の部下に関しては、私が騙して連れてきた。どうか彼らはAREに帰してやってほしい。
信長公達にそう伝えてくれ。どうか頼む。地獄へ堕ちる私からの最期の願いだ。
追伸 地獄と言えば君は自分も地獄に堕ちると言ったが、それはない。
君は私と違って正気に戻れたし、人間と悪魔のラインは越えなかった。
これからも、君はそのまま……いや、もうちょっと不用意に人を信じてしまう性格をなんとかすべきだ。
私はあの時、君を殺そうとした気持ちは本物だ。
君がもし日本式の作法でノックをして入室したら、矢が飛んでくる仕掛けをしていた。
あの時の矢文をわざわざ日本語にしたのは警戒心を解くためで、話し合う気などなかった。
私はそういう人間だ。こうやってあざとく騙す人間もいることを忘れるな。
そんな私がいうと説得力が全くないが、もっと危機感を持って生きろ。
殺したい程憎らしい日本人の親愛なる君へ。最期の忠告だ。』
内容を回想したまさおは。ハンカチで目を拭った。
「大統領には……大統領の立場を考えて面会も拒否し、手紙も残さなかったようだ……。
本当は言いたいことが一杯あった筈なのに。部下に残した手紙も、敢えて突き放すようなものであった。
AREの片腕の男が言うには、自分の場合は事実を知っていて進んで付いて行ったとのことだし……。
彼はとんでもなく酷いことをしたが、極悪人では無かった気がする……。
裁判時にこの手紙が出てくれば、多少は裁判官の印象も良くなったのに、
敢えて死後に託したというのも……。
それに手紙を遺したのはきっと、騙されたことに関して行也君がトラウマにならないようにと……。」
「何言ってるんだ! 罪無き人々を恐怖に陥れて傷つけた極悪人だろうが!
あいつは俺達の大地を侵略しようとしたんだぞ! それを忘れるな!
あいつのせいで怪我した部下も一般市民も一杯いる! 今もあの日を思い出して怯える人々も一杯いる!
廃業した人々も、家を失った人々もいる!
死人や重篤な怪我人が出なかったのは、我が国始まって以来の二番目くらいの奇跡だったんだ!
黒田殿達が助っ人に来てくれなかったらどうなったことか!
……そもそもお前は人の好き嫌いが激しすぎる。
一目置いた人物には水飴をさらに凝縮したかのように甘い!」
「確かに……。気を付けなければいけないな。」
思わず身を前に乗り出し、厳しい口調で声を張り上げた光貝。
彼は下を向いて黙ったまさおを困り眉で見つめていた。
まさおも最近はマシになってきたのに、ちょっと言い過ぎただだろうか……。
だが、きちんとここで釘を刺しておかないと……。いや、俺も人の事は言えないかも……。
野菜ジュースのように様々なものが脳内でごっちゃになる彼だが。
少しして、あっ、と呟いて時計を見た。
「わかっているならいい。そろそろ行かないと……子犬ありがとうな。綱吉が喜んでいた。
またランチ食べよう。(来週は信玄殿と合コンだから)再来週は、
お前が好きなスイーツ食べ放題付の所にしよう。」
「ああ!」
「よし、では再来週の土曜か日曜でどうだ。じゃあまた!」
木漏れ日を受けてキラキラ輝くまさおの笑顔を見ると。光貝は走って店を出た。
―――秘書が手配した車の中で。光貝はスーツに、小さな金の徳川家の家紋バッチを付け。目を閉じた。
ごんげんごんげんごんげん……腕組みをして小さく呟くと。光貝……家康はすっ、と目を開けた。
別に姿や服装が変わるわけではないのだが。公私のけじめをつけたい彼のささやかな変身儀式であった。
「子供っぽい信長殿の影響かな。どうしてもこの儀式をしないと落ち着かない。
我ながら少々奇妙だと思うけどな。」
「……。」
「な、なんだ! 言いたいことがあるなら言ってくれ!」
「い、いえ…その……。」
「頼むから言ってくれ!」
秘書の土井は少し言い辛そうに目を逸らしたが。家康の再三の要求に応え。遠慮がちに真実を述べた。
「その、織田中将は、儀式を二十歳でそつ…おやめになったと、
秘書の太田殿が誇らしげにおっしゃっていました。
ですが……少年の心を忘れない大人もチャーミングですよ。」
「……頼むから誰にも言わないでくれ…。」
「勿論誰にもこの意味ふ……意味が深い儀式のことは申しておりません。これからも申しません。
鈴木さんもお願いします。」
「私も忘れることにします。」
「どうも…。」
土井と運転手の言葉にほっとしつつも。居心地悪そうに少し俯く家康。
傍らの秘書の土井は、そんな彼にこれからの予定を述べる。
「今日は、児童保護施設の子供とサッカーをしていただきます。
……先月に上杉少将がその、ハッスルしすぎたので……大人の対応をお願いします。
殿ならこんなことを私が申さなくてもよいのは存じておりますが…。他の者はわかりませんので。」
「(もう一人の謙信殿はまともだし)お兄様の方だな。
あの方も善良な方(天然だから面倒くさい)なんだがな……。
要するに真剣勝負しすぎて……(相手チームを叩き伏せちゃった)ということか。
承知した。気を付けよう。」
「ご想像の通りでございます。それから今日は……AREの元副官も見学に来ます。」
「え?????????? そんなの特撮の怪人が家にやってくるようなものだぞ!
絶対に子供たちに遭わせるな!!!」
「あの男が一度見てみたいと……綱吉様も許可をお出しになられて……。
いざという時のために、特殊な紫色の光を見ると心臓が止まる薬を注射しておいたから大丈夫、
とのことです。」
「……あれは一応、副作用は出ないし半日で体内から排出されるというデータは出ているが…。
捕虜で実験するのは人道的におかしいだろ! 止めさせる!
危険な平和主義者の綱吉らしくない!」
思わず裏返った声で携帯端末を握りしめた家康へ。土井は淡々と続けた。
「それは元副官も同意の上だそうですよ。
まぁその薬がどういった条件で発動するかは教えていないようですが。
子供達は元副官の顔を知らないし、それにアルマンディンも孤児だったから望みを聞いてあげよう、
と綱吉様はお考えになられたらしいですね。
ちなみに髪の毛は金髪に染めさせたようです。ARE人の外見では子供達が怖がるからと。
それにしても…彼は……人生を楽に生きられないタイプですなぁ。」
AREが海底日本と結んだ条約を一年間しっかり守ってきたということで、
ARE軍の兵士は帰国を許されたが。
表向きはAREの総大将の遺言通り『無理矢理連れてこられた』ということになっている彼らと違い、
小早川達と戦った元副官はその遺言を否定して、自分だけは関与したとしつこく主張。
そのため彼は未だに抑留され、強制労働等に従事させられていた。
「総大将一人に罪を背負わせたくなかったたんだろう。
総大将が死んだ後はしばらく食事も睡眠もとれなかったと言うし……
そういう彼の律儀さや忠義心に綱吉も信長殿も…何人かも同情してしまったんだろうな。
総大将も奴も赦してはいけないというのに、困ったものだ。」
苛立ちをこめてそう呟く彼もまた。総大将の事は一生赦さないとまだ怒りが収まらないものの、
元副官に関してはすこし複雑な思いが芽生え始めていた。
この侵攻で入院していた部下達は全員無事に仕事に復帰したし、
市井の人々や子供達の表情も明るくなってきたからである。
……だが、信長に怒鳴った言葉もまた本音。
しでかしたことの大きさを考えれば、彼を許してはいけない。
いくら義理固い人間だとしても、本人は一応反対していたとしても、結局侵略に加担したのは事実。
罪が消えるわけではない。副官を厳しい目で監視する必要があると彼は思っていた。
「奴が義理堅いなら猶更、信じてはいけない。」
家康は車窓の外を眺めて、ため息を吐いた。
――一方、時間は遡り。とある児童保護施設。
綱吉と吉宗、その護衛の屈強な男たち、そしてAREの総大将の副官だった男は。
家康が向かっている児童保護施設に来ていた。
「AREの施設の方が広くて設備も整っていた。
だが、ここも掃除が行き届いていて清潔であるし……子供部屋が個室だというのがよいですね。」
屈強な男たちの輪の外から、綱吉は副官の意見に頷きながら言った。
「以前は二~三人が同室だったようです。
しかし、同室の子供に暴力を振るわれたり、嫌がらせをされた子が自殺未遂をおこしてしまってから、
個室になりました。」
「何故、誰もすぐに気付いてやれなかったのですか。」
少し厳しい口調になる元副官。綱吉は元副官を睨む護衛と自分の隣の吉宗を宥め、
申し訳なさそうに言った。
「仰る通りです。ですが、その暴力を働いた子は一見天使のような風貌だった上、
同室のその子以外には人当たりもよかったので、誰も気が付かなかったようです。
防犯カメラを設置してようやく、犯行が明らかになりました。
この事件後にアンケートを取った結果、スタッフを増やして部屋も個室に改造したんです。
被害を受けた子は心身ともに今は回復し、
暴力を働いた子は精神を病んでいたので違う施設に移りました。」
「…………。」
独り言を言った副官の目からは涙がこぼれ。彼は顔を覆って泣き崩れた。
異変を感じた吉宗は、護衛達の壁の外から問う。
「どうした!!」
「わかりません。体の具合が悪い様には見えないのですが……おい、これを使え。」
少し困惑しながら元副官を取り囲む護衛達。首をひねる吉宗の横で。
綱吉はハンカチで目頭を押さえた。
「何かわかったのですか?」
「ARE語だから少し自信がないけど……。
『助かってよかった、俺の時は視察に来ていたカーバンクル様だけが気が付いて助けてくれたけど、
もしそうでなかったら…。』と……。」
「そうですか……。」
吉宗は黒いケースに覆われている紫色のライトを、一旦切った。
……今日は日曜日。
施設の中では。料理教室や、ちょっとした勉強会がボランティアやスタッフ達によって行われており。
それを一通り見学した元副官の顔はなんとも言えない顔になっていった。
ほっとしたような、感心したような、それでいて少し困ったような……。
何色も混ざったマーブル模様のような表情の彼を気遣いつつも、綱吉は時計を見た。
「そろそろお昼ごはんですね。小会議室に行きましょう。そこに皆さんが運んでくださります。」
今日のお昼は、料理教室のボランティア、施設のスタッフ、そして指導を受けた施設の子供達が作る。
「ここの子供達は二月に一回、スタッフの指導の下に公園の掃除などのボランティアや、
施設での労働や内職等を求められます。
勿論体力が無い子や受験生は免除されますし、テスト週間や部活動にも配慮しますが。
ささやかですが此処の施設の費用にあてるのと、地域になじむためです。
未だにこのような施設には偏見がありますし、
個室にしたことや設備を整えたことで税金を使い過ぎだとお考えの方もおられますから。
今日のお昼は、施設にある『市民夢食堂』でも提供されます。」
「どんなメニューが?」
「カレーや天丼、うどんなどの定番メニューから、月替わりの生徒考案のメニューまで色々です。
今日は桜御膳はいかがでしょうか。」
桜御膳は。くどい程に桜尽くしのフルコースであった。
桜の香りのポタージュスープ。
桜チップでスモークされたチーズ、ベーコン、鶉の卵、はんぺんの盛り合わせ。
桜の葉、水菜、シソのじゃこサラダ。
桜の塩漬けと桜鯛のお茶漬けなど。
日本の花がテーマのコースなんて嫌がらせではないか?
つくづく綱吉様のお考えはわからない……と吉宗はいぶかしがりながら綱吉に視線を移したが。
吉宗はその綱吉の自信に満ちた眼差しを見て、様子を伺うことにした。
「……カーバンクル様は、日本人には過ぎたるものが二つあるとおっしゃっておりました。
……桜はそれの一つです。」
彼は苦笑いすると、綱吉を見つめた。
「手紙を見たのですか。ここまでくさい演出をやられると逆に感心してしまいます。」
「刑務所からあなたの出す手紙には、いつも桜の花が書かれていると聞いて……
何か思い出があるのかなと思いました。」
「綱吉殿は不思議なお方ですね。危険人物を子供に合わせる甘さも、罪人に対する厳しさも持っている。
確かに、私はこれくらいのことはしても当然の危険人物ですが。」
「すみませんが、まだ貴方のことは完全には信頼しておりません。
危険な薬物を投与したのは人道的には良くありませんが、私には汚い手段を使っても守りた……」
「だったら、私の願いを聞いてはいけなかったのでは?」
何かを問うような、鋭い目。
お前が施設を見学させろと言ったんだろ! と睨みつける護衛を抑え。
綱吉は静かに、穏やかに、秘めた思いを語った。
「貴方が日本への差別意識を持ったまま帰ってしまうのは哀しいなと思ったんです。
いくら健全な児童保護施設や生き生きとした子供達をみせても、良識ある人々をみせても、
貴方の日本人差別意識が簡単に無くなることは、ないのはわかっています。
でも、少しでもそういう意識が薄くなって欲しいと思います。
それにはこういうことを積み重ねていくしかないんです。」
「例え私一人の差別意識を解消しても、他のARE人の意識は変わらないままです。
貴方の考えは美しいですが、こんなことをしても無駄だし自己満足ではないですか?
こんなにギャラが高そうな護衛を引き連れて、大量生産出来ない貴重な薬物を使って、
守るべき子供に危険人物を近づけて、
そこまでしてたった一人の差別意識を解消しようとするなんて理解に苦しみます。
貴方は、貴方のかないっこない夢を叶える為に税金をつぎ込む道楽者です。」
無礼だと騒ぐ護衛を宥めつつ。
そうかも知れない……。と塩漬けの葉のように疲れてしなしなとした佇まいになり、
意気消沈していく綱吉。吉宗は腕組みしてため息を吐くと。堂々とした佇まいで口を開いた。
「まずは隗より始めよ。」
「あ……。」
何か出口をみつけたような目をした綱吉を見て、吉宗は口をつぐみ。彼の言葉を待った。
そしてそれにはほとんど時間はかからなかった。
「吉宗、ありがとう。……近くにいる人から、始めなきゃいけないんです。
たとえたったひとりでも、そこから始まるんです。
何年かかっても貴方と、何代かかってもAREの方と、
仲良くなれなくても傷つけあわない、お互いの不幸を願わない、そういう仲になりたいんです。」
透明な眼差しの彼を少し眩しそうに、少し腹立たしげに、そして少し優しい目で副官は見つめ。ため息を吐いた。
「……これだから世間知らずのおぼっちゃんは。……皆さんも大変ですね。」
吉宗は綱吉を見ながら頷いた。
「拙者も所謂お坊ちゃんですが、本当に大変です!
綱吉様は現実が見えていないし、犬キチガイです!」
「これからは気をつけるけど……ホームズはかわいいんだもん!
吉宗だって木馬に跨ってぶつぶつ木刀を振り回してたし! 変だ!」
「み、見てたなら声を掛けてくれればよかったのに! 武士ならその場で言うべきだ!」
「だって声を掛けちゃいけない雰囲気だったから! 不気味だったし! なんか必殺技っぽ……いただ」
「お、お二人とも……伊達大佐達みたいにおとなげな…あ、子供だ。」
大福のように伸びる二人の顔。慌てて間に入る護衛達を他所に。副官は久しぶりに腹を抱えて笑い。
少しぎこちない手つきで、箸を握った。
……その後。家康も彼らに合流し。希望者の子供達をサッカーをすることになった。
家康はマイクを握ると。部下が構えたカメラの真横に立った。
『お前が一番かっこよく見える角度は横顔。』
と、ナルシストの神崎にアドバイスをもらっていたのである。
俺の一挙一動即を見逃さないでくれ。そうカメラマンに頼んでいた彼は気合を入れると。
青空が映える爽やかな笑顔を振りまいた。が。
「……さあ、整列し…あああああああああああああああああ!
なんかベタベタするうううううううう!」
突如顔色を変えて飛び跳ねる家康。家康から少し離れていた護衛達は、
一瞬元副官を囲む別の護衛達を見るが、副官の周りに居た彼らはちがう、と首を振る。
「……お前か!!」
吉宗は家康が飛び跳ねる前から笑いを押し殺していた少年を追いかけまわした。
「お前、権現様に何かやったな! 権現様にさりげなく近づけるチャンスがあるのは、
さっきゼッケンを渡したお前だけだ! 意外と小心者な権現様になんてことをする!」
「かたつむりをゼッケンの隠しポケットに入れただけだ!」
「この不届きもの! 成敗してくれる!」
いきなりフィールドで相撲を始めた中学生くらいの少年と吉宗。
間にはいって止めようとするスタッフ護衛を、吉宗は一喝した。
「近寄るな! これは拙者と此奴の一騎打ちである!」
吉宗はそう叫ぶと。再び少年に目を移す。皆ははらはらしながらそれを見守った。
「そ、そんなことより! せ、せなかにくっついたかたつむりをとってくれ!
……お前ら俺の事忘れてるだろーーーー!!」
一方、ぴょんぴょん飛び跳ね走る家康とその護衛は。グルグルその周囲を回る。
「殿! なんで無駄に足が速いんですか! 止まって下さい! 取れません!」
「振り落したいんだ! ああああきもちわるいいいいいいいいよーーーーー!」
「……お前!」
副官は呆れ顔で護衛の壁から走り出ると。家康の前に両手を広げて立った。
「止まれーー!」
「……!!」
ぴたっと副官の手前三十cmで止まった家康。
追いついた護衛は失礼します、と家康の背中をめくるとへばりついていたかたつむりをはがした。
「あ、ありがとな……。」
へなへなと正座する家康はすぐに正気に戻ると。
さっきから律儀に自分を撮っているカメラマンの男を見つめ。爽やかに微笑んで言った。
「今のは全部カット。いいよな?」
「は、はい。あ、あの消す場面を確認していただけますか……」
家康の目は笑っていなかった。カメラマンは慌てて家康の元へ走り。
彼の目の前で無様に叫び飛び跳ねる動画を消す。
家康はよし、と小声でつぶやくと。吉宗に視線を移す。その数十秒後に決着はついた。
「……あちらも勝負が付いたようだ。あの吉宗にここまで粘るとはな。」
怒りと感心とがごちゃまぜになった心を急いで整理し。
家康はカメラマンの元から吉宗達の輪に走っていくと。にこっと微笑んだ。
「……君、大丈夫か? 最後は投げられてしまったが、なかなかやるね。名前は……。」
「すみませんでした。」
「もういいよ。今度からこういうことはするな。私だけではなく、誰にもやってはいけない。いいな?」
家康は『悪戯を働く無礼な子を注意しつつも、寛大に許す菩薩のような笑顔』
を作ったつもりだったが。少年はその笑顔の裏側でまだ燻っている彼の怒りに気が付いていた。
自分に目の高さを合わせ、体をかがめて話す家康から、彼は少しづつ後退りしながら言った。
「屈まなくてもいいです。きもいです。っていうかなんでまだおこっているのに笑うの?
なんかオッサン、変。ミサイルの時も思ったけど、思っていることと言っていることが違う。」
少しだけ怯えた目で家康を見つめる少年。それを聞いて無礼な! と睨む吉宗と、
家康へ平謝りするスタッフへ。家康は菩薩のように微笑み。穏やかに言った。
「いやいや、中々新鮮な意見を聞けるいい機会だから二人で話がしたいですね。
サッカーは先に始めてください。
吉宗、お前は綱吉と一緒のチームで、もう一つのチームは……お、来た。今来た榊原に任せろ。」
承知しました! と走り出した吉宗。体を折れんばかりに曲げて頭を下げてから後を追うスタッフ。
家康は屈めいていた体を伸ばすと。
どさくさに紛れて逃げようとした少年をひっつかんで、グラウンドの隅に向かった。
「ミサイル放送の時は頑張ったつもりだったんだが。
何故わかった? 徳川会でその放送を余興で勝手に流された時、
気付いて笑っていたのは酒井達だけだった。」
家康の声は低くなり、顔も真顔である。目つきも先程よりはちょっと鋭い。
それなのに、少年はどこか緊張が解けた顔で口を開いた。
「……カンペを持つ手がちょっとふるえてた。それに目が一瞬だけ死んでた。
おじさんは大丈夫って言っていたけど、どうみても大変なことなんだろうなって思った。」
「そうか。俺もまだまだだな……。」
額に手を当ててため息を吐いた家康を見て。少年は励ますように言った。
「でも、周りにいたやつでおじさんが緊張してたことに気が付いたのはおれくらいだったから、
みんな落ち着いて避難できたぞ。
おじさんはえらい人なのに、怖いのをがまんして自分だけ逃げなかったのはえらいよ。
四天王の皆さんの中では一番影が薄いけどえらいよ!」
「………まだおじさんじゃない! それに影が薄くて悪かったな!」
タメ語。地雷ワード(おじさん、影が薄い)連発。そして先程の悪戯。
本当に、家康の心をスパイクシューズでガシガシ蹴飛ばす少年である。
家康は顔にうっすらと血管を浮かべ、ビオラのような低い響きの声で少年を叱責した。
「お兄さんか家康様か徳川少将と呼べ。それから年上には敬語、最低でも丁寧語を使え。」
「申しわけありませんでした!」
「まったく。やればできるじゃないか。
俺に限らず年上には取りあえず敬語は使っておけ。
言葉遣いを変えただけで、ぐっと周囲からの評判が良くなる。」
「別に周囲になんと思われようがどーでもいいです。結局頼りになるのは自分です。」
家康は苦笑いしながら、再びため息を吐いて言葉を連ねた。
「言葉遣いに気を付けていれば、礼儀正しく常識のある人間に思われる。
事件が起きた時、今回みたいに真っ先に疑われることが無くなる。その方が楽だろ?
……ところでお前は四天王の中で誰のファンだ?」
「謙信様! 強くてかっこいい! こないだのサッカーでも足がクソ速いし、
足とボールがけん玉みたいにつながってる感じでドリブルがうまいし、
シュートをしたらボールが掃除機に吸い込まれたみたいに入って、プロみたいでした!
パスも一応全員にくれたし、
ヘタなやつがボールとられても、すぐに取り返してしてくれたからやりやすかったです。
相手チームはちょっとかわいそうだったけど。あと、一緒に来ていた秀康様もかっこよかったなー。
……もういいですか? 早くサッカーやりたいです!! さっきはすいませんでした! じゃ!」
「そこは空気を呼んで家康様だろーーーー!!! かたつむり野郎!!」
少年は笑いながら風の様に走り去り。残された家康は舌打ちしながらも少年の走行フォームを見た。
「……まぁいいか。あの子の名前を後で調べておこう。」
家康はもう、本当の笑顔になっていた。
―――その後。家康は準備運動をすると、少年少女達の様子を静かに見守った。
さり気なく運動神経が良さそうな子、人当りが良さそうな子供をチェックしていた彼は。
よく通る明るい声でテキパキと子供達に指示を出す、スポーツマンの青年が視界に入ると。
軽くうなずいて、優しく微笑んだ。
榊原、やるじゃないか。それにしても子供達も本当に楽しそうでよかった。榊原を連れてきて良かった。
本多だとハッスルしすぎて謙信殿の二の舞だし、
イケメンすぎる井伊だと俺が背景になってしまうし、酒井はオッサンだからな。
榊原にはホワイトデーに鯛の西京味噌漬けと名古屋コーチンの黄身の味噌漬けをプレゼントしよう。
きっと喜ぶはずだ……そう思った家康だが。
「榊原さん! ナイスパスです!」
「かっこいい……あとで写真撮ってもらおうよ!」
「私は握手してもらいたい!」
「え?」
辺りをかるく見回して、黄色い声援の出所と行先に気が付いた家康は。
微笑んだまま口の片端だけを上げ、少し不機嫌になった。
飛び散る汗すら氷の破片に見える程。太陽を浴びて爽やかに輝く榊原。
彼は決して目立とうとしているわけではない。殆どは子供達へパスを出したり脇役に徹している。
だがそれが余計に大人の余裕を感じさせるのか。清潔感のある風貌と明るく素直な表情のせいなのか。
子供達だけでなく。女性スタッフ達や女子高生・女子大生のボランティア達の目まで、
彼にくぎ付けであった。
「流石、榊原中佐ですね! 太陽が似合うお方です!」
「…………そうだな。ハハハ。」
榊原に素直に感心する護衛達へ、寛大に微笑んでみる家康だったが。その笑顔の下は般若であった。
アイツを甘く見ていた……そういえばアイツは高校も大学も名門サッカー部のレギュラーだった。
無駄に爽やかなオーラを出しやがって。お前には百八十円の味噌まんじゅう二個で十分だ!
ため息製造機となった家康は、今度は綱吉や吉宗達に視線を映し。またため息を吐いた。
綱吉と吉宗のチームのギクシャクしていることがわかったからである。
少しでも全員にボールを触れさせたい綱吉と、
勝つ為に、上手なものだけでボールを回そうとする吉宗。考え方が真逆ではそうなるのも必然である。
「まだ綱吉は高校生、吉宗は中学生だしな。
今時の中高生は俺達の代よりもしっかりしていて好感が持てる人間が多いが……。
流石に価値観が違いすぎるとまぁ、対立するよな。
今回、行動をともにすることで少しは仲良くなってほしかったんだが……お前達も大変だっただろう。」
「いえ。確かに時々年相応の表情をお見せになることもございますが、
綱吉様も吉宗様も、きちんとご自身の信条を持っておられて立派です。」
護衛の男は真面目な顔でそう言うと、家康とともに再びフィールドを見つめた。
その視線の先の二人は。大きな声で言い争いしている。
「数人だけで回さないで全員にパスを出して!」
「……さっき彼にパスをしたらすぐに取られました!」
吉宗は背が高い中学生くらいの少年にパスを出し。ゴールへ向かって走る。
「ごめんなさい……」
まだ小学校三~四年くらいのその子は消え入りそうな姿で呟き。
綱吉は大丈夫、とその子の肩を優しく叩いた。
吉宗も何となくそっと振り返ったが。他の少年に声に反応して前を向いた。
……結局、多少手加減した榊原チームが四点リードのまま前半は終了し。ハーフタイムになった。
子供達はどんどんベンチに引き揚げていくが。綱吉と吉宗はフィールドから動かなかった。
「拙者は大丈夫です! 後半も出ます!」
「大丈夫に見えない! 最後の最後の接触プレーで痛そうな顔をしていたし!
泣きそうな顔で謝ってた相手チームの子を思って黙ってるんだろうけど、本当は痛いんだろ!
早く権現様に見てもらおう。ほら、乗って。」
早く乗れ、と言わんばかりに。綱吉はしゃがんですこし狭い背中を吉宗に向け。
心配して残っていた子供達や駆けつけたスタッフも、彼を担ぐと申し出たが。
吉宗は激しく首を振った。
「あれは拙者が勝手にこけただけだし、今はもう痛くないです! ……権現様。な…」
担架や分厚い毛布数枚を持つスタッフ達や、キャリーカート式簡易冷蔵庫を持った護衛達と一緒に。
家康は救急箱を持って走ってきた。
「吉宗は動くな! 命令だ! 佐藤、鈴木、スタッフさんの代わりに担架を持って広げろ。
田中と高橋は、俺と一緒に吉宗を担架の上に寝かせるぞ! 綱吉は一応氷のうを作っておけ!」
担架の上へ仰向けに寝かされた吉宗。家康は、そんな吉宗の履いていた靴と靴下を脱がせ。
綱吉達から怪我した時の状況を聞いて足を診察した。
「恐らく捻挫だな。綱吉、氷のう」
「はい!」
綱吉は、冷凍庫から出した氷と、冷蔵庫からから出したペットボトルの水を入れた氷のうを、
家康に渡す。
「手際がいいな。」
氷水の入った氷のうを受け取った家康はそれをハンカチで包み、吉宗の捻挫した箇所に当てると。
時計を見ながら言った。
「十分間だから……十五時二十五分までか。
田中と高橋は吉宗の足の下に小さく畳んだ毛布を二つ重ねて置け。綱吉、包帯を。」
「畏まりました。」
「はい!」
続けて家康は、吉宗の足を折りたたんだ毛布が積まれた上に置き。
護衛には吉宗の足を持ち上げさせ。綱吉にはハンカチ包みの氷のうを吉宗の患部に当てさせると。
患部に当てたハンカチ包みの氷のうの上から、包帯を巻いていく。
「取りあえず患部が動かないように……。あと氷のうも。」
家康は包帯を患部の下から上(心臓方向)へと軽く巻上げる感じで巻き。
足首の形が九十度に近付くように軽く固定した。
ガチガチには固定しない理由は。
あまりに固く固定すると氷のうを外しにくくなるし、循環障害が起こって完治が遅くなるからである。
ちなみに、冷やす必要が無くなった後の仕上げではきつめに固定するのだが。
その際にも足首の後ろに厚紙やダンボールを当ててから巻いて、
血行が悪くならないように注意して巻くことが多い。
……家康が包帯を巻く様子を真剣に見ていた、くりっとした瞳の可愛らしい美少女は。
家康がひと段落ついたのを見てから、即座に手を上げて質問した。
「家康様、どうして痛めたところだけでなく、広い範囲を巻くんですか?」
「痛めた部分だけに巻くと足の指先が腫れることがある。」
ありがとうございました、と少女は会釈してメモを取り。家康は綱吉と吉宗に視線を移した。
「まず、患部を氷のうで十分間……三時二十五分まで冷やすぞ。
だが、足の感覚が無くなったら途中でもすぐに言え。凍傷の危険があるからな。
で、時間が来たら氷のうを外して冷やすのを中断し、
中断したニ十分後に足の感覚が戻っていればまた十分間冷やす。
戻らなかった場合は、感覚が戻り次第また十分間冷やす。
その後はまた同じように一旦外して、感覚が戻り次第また冷やす。
要するに、十分間冷やすことと中断して足の感覚を戻すことをセットにして、
それを三セット分やるんだ。
三回目に氷のうを当てるときは、氷のうの中の氷が溶けきっていたら氷を追加してから当てろ。
氷水を当てることが大事だからな。氷だけでも水だけでも駄目だ。
三回目は氷のうを包むハンカチを外して、患部が動かないように軽く巻き直した包帯の上から当てろ。
包帯を巻き直すのは救急講習を何度も受けて包帯の巻き方をマスターした綱吉か、
看護士出身の佐藤に任せる。慣れてない者が包帯を巻くと逆効果だからな。
それからわかっていると思うが、足は心臓より高くしろ。」
家康はそう言うと。綱吉と護衛二人を見た。
「綱吉、佐藤、田中は吉宗を病院へ連れて行け。」
「かしこ」
三人が返事しようとするより先に。吉宗は寝っ転がったまま家康を見上げ、断固として言った。
「拙者は帰りません! 試合に出ます!」
家康は本日ニ十回目のため息を吐いた。
正直言うと、そんなに大した捻挫ではなさそうだし……取りあえず米…じゃなくてRICE
|(安静・アイシング・圧迫・拳上)をしっかりやれば病院はあとでも大丈夫だろう……と家康は考え。
折衷案を出した。
「じゃあお前は足を高くして寝ながら応援しろ。……佐藤、鈴木、田中、高橋。ベンチに担架を運べ。
ここは眩しい。」
佐藤達はそっと担架を運び。家康は氷のうをくくりつけた吉宗の足が落ちないように手を添えて歩く。
命令通り大人しく運ばれる吉宗だったが。思わず上体を上げて口を尖らせた。
「……でも、拙者の代わりに誰を出すのですか。負けているんですよ!」
「起きるな! 痛めた足を心臓より高くしないと駄目なんだ!
お前の代わりに高校でサッカー部だった田中を出せばいい。それならいいだろう。田中、頼むぞ。」
「畏まりました!」
元気よく返事する田中。だが、吉宗はまだ不満であった。
もう一人、サッカーがうまい誰かを投入しなければ勝てない。誰か適任は……。
吉宗がそう考えている内に担架はベンチに辿り着き。余った毛布を敷いたベンチの上に彼は寝かされ。
足は分厚いサッカー辞典と折り畳んだ毛布を積んだ上に置かれた。
「おにーさんはでないのですか?」
さっき綱吉に肩をたたかれた少年は、金髪に赤紫の目の男……副官を見上げた。
「私もさっきベンチに下がった時、お兄さんがリフティングをなさっているのが見えましたけど、
上手だなって思いました。」
先程家康に質問した、可愛らしい中学生の女の子はニコニコしながら副官を見上げ。
中学生や高校生くらいの子も確かに、と頷き。わくわくしながら副官を見上げる。
「権現様。アルマンディン殿はサッカーが得意だとけい……蹴鞠の会で評判だと聞きました。
きっと、みんなも喜ぶはずですよ!」
綱吉の言葉に、ニコニコ笑顔で歓声をあげる子供達。だが。
家康は威厳と威圧感のある眼差しで、低く沈み込む声を放った。
「……綱吉。この件は何かあったらお前が何をしても責任が取りきれない。私は許さん。」
静かだが有無を言わせない家康の目。それに数歩後ずさりつつも。綱吉は食い下がった。
「榊原中佐に対抗するには、田中殿もですが彼にも入ってもらうしかありません!
私は、誰かの無事を心から喜んで泣くアルマンディン殿を、
サッカーに大事な思い出のあるアルマンディン殿を信じます! 命懸けで!」
綱吉の透明な心を映すかのような、澄んだ眼差しを厳しく見つめ。
願いを撥ね付けようとした家康だったが。吉宗はそれより早く口を開いた。
「このままでは榊原中佐には勝てません! 三点取られたあたりからさり気なく手加減されたのに、
負けてるんですよ! ここは身体検査をしっかりしてから此奴を投入しないと!
拙者も何かあったら切腹します。」
負けず嫌いな吉宗は、このまま前半自分が率いたチームを負けさせたくなかった。
珍しく答えが一致した綱吉と吉宗は声を揃えて言った。
「どうかよろしくお願いします!」
「駄目ったら駄目だ!! それに自分の命を軽く扱うな!!」
なんで駄目なの? 家康様! と家康のジャージの裾をひっぱって見上げる子供達の目線から逃げるように。家康は眉間に皺を寄せ。腕組みして空を見上げた。
さっきまで自分を和ませていた子供達のキラキラ輝く目の光が、
今は心に突き刺さるマキビシのように思えてきた彼は。またまたため息を吐いた。
空気的には俺が仕方ないな、と苦笑いしながら許可を出せばよいのだろう。
だが、時には空気を無視しなければいけない時がある。息を吸い込んだ家康の目が一層険しくなった時。
アルマンディンは急に座り込んだ。
「あ、頭が痛い…………」
「……熱中症か! 担架に寝かせろ! 綱吉、経口補水液とペットボトル!
田中はトランクの折りたたみバケツに水汲んでこい! いざとなったらぶっかけて体を冷やす!」
家康の命令でアルマンディンを担架に寝かせた護衛達。
額に氷のう、脇の下にはペットボトルをあてられたアルマンディンは引きつった顔で大人しくしていたが。田中が構えたバケツからこぼれた水が頬に辺り。声を荒げて跳ね起きた。
「冷たいからやめてください! そもそも私は熱中症じゃない!
本当は頭も痛くない! サッカーがしたくないだけだ! …………。」
一瞬静まりかえった皆だが。すぐに子供達が口火を切った。
「……うそつき!」
「けびょうつかったのか!」
呆れ顔の皆へ、アルマンディンは赤風船のような顔で言った。
「仮病では無い。これは策略だ。一緒にするな!」
家康は呆れと怒りが混ざったようなため息を吐いたが。
そっぽを向いたアルマンディンのその冷たく整った顔にどことなく血が通った気がして、苦笑いした。
「……熱中症は命取りになるんだ。そういう嘘はもう二度と吐くな。紛らわしい。
もう後半はお前も出ろ。嘘を吐いた罰だ。」
―――そうこうしているうちに後半になり。アルマンディンは、護衛の田中と佐藤と共にフィールドに出た。
キーパーになったアルマンディンは後方から的確な指示を出し。
子供達は流しそうめんのようにすいすい動き回る。
「あの男やりますね。かたつむり野郎の非常に鋭いシュートも止めたし、
榊原中佐も苦戦しています。それにしてもさっきのシュートは榊原中佐自ら打てばよかったのに。」
「あの時は手を上げてパスを求めた子がいたからだよ。
中佐はご自身が目立つことよりも、みんなに楽しんでほしいとお考えになる方だから。
パス自体は上手でいらっしゃったけど、アルマンディン殿はそれを読んでいた。
……吉宗。やっぱりまだ…。」
吉宗は寝っ転がったまま。紫のライトをぎゅっと握っていた。
「正直言ってもう八割くらいは信じていますが、念のためです。」
「……くれぐれも早まらないで欲しい。」
綱吉はそう釘を刺すと。時計を見た。
「足の感覚は戻った? 」
「はい。……かたじけないです。」
綱吉は再び氷のうを吉宗の患部に当て。包帯を軽く巻き直すと、再びアルマンディン達を見つめた。
――後半も残り十分になり。吉宗は寝っころがったままじっとフィールドを見つめて、口を開いた。」
「二対四か……やはり前半の失点は痛かったが、後半だけで二得点というのは凄い。
流石サッカーが盛んな国出身なだけはある。……アルマンディン! ナイスだ!」
吉宗は声が大きい。アルマンディンは反応して会釈し。
吉宗の足先の近くに腰掛けている綱吉は、望遠鏡を構えたまま微笑んだ。
一方。家康はケガをした子供達の手当をして戻ってくると。急に準備運動を始めた。
「権現様?」
視線を浴びた家康は。ふふ、と得意げに微笑んで口を開いた。
「佐藤も疲れたようだし、私が交替で出る。特訓もしたしな。」
「お待ちください! 権現様は夜勤明けですよ!」
「綱吉様の仰る通りです! 拙者も反対です!」
「大丈夫だ。榊原やアルマンディンだけに主役を取られてたまるか!」
スラリとして背が高く、いかにも運動神経が良さそうな家康。
綱吉、吉宗、護衛達が止めるのと反対に、おおーっと子供達からは歓声と拍手がおこるが。
足を高くして担架に寝かされた吉宗は。目を閉じて悔しそうにベンチを叩いた。
「困った……権現様は武道は凄い腕前だが、サッカーは苦手でいらっしゃる。
拙者は未熟なばかりに、権現様に恥をかかせることになってしまうとは……無念!」
歓声はピタリとやみ。小学生校中学年くらいの女の子はちょっとがっかりした顔で言った。
「ええええええーーーーへたなの! でもいないよりはいいのかなぁ。ヘディングはできるし。」
「ももも、申し訳ありません! なんで人を傷つけることを言うの!」
「家康様すみません! 悪気はないんです! 一緒にプレーできて光栄です!」
先程家康の包帯巻を真剣に見つめていた女子中学生は、
スタッフと一緒に女の子の頭を慌てて下げさせると。
一瞬だけ悲しそうな顔をした家康を気遣うように見上げる。
かわいいな……だがどうみても中学生位の子に心配されるとは……。
哀しみ半分喜び半分の笑顔を作りながら、家康はゼッケンを被って言った。
「いや、本当の事だから気にしないでくれ! ……みんなそういうわけだから頼むぞ! ハハハ!」
吉宗、明日はおやつ抜きな。家康は心の中でそう呟き。
威風堂々とフィールドに出た。
彼はどちらかというと足が速い上、反射神経も良い。……しかし前日の夜勤の疲れが残っていた。
家康はFK用シュートのように鋭利で破壊力のあるパスと、
ロングパスのように緩い放物線を描くシュートをしょっぱなから披露し。
あっという間に彼を見る子供達の目は流氷のように冷たくなっていった。
後方から、家康の南馬北船プレー集を見ていたアルマンディンは、思わず声を荒げた。
「私とポジションを交代してください!!!」
アルマンディンをキーパーにしたのは。他の者との接触プレーを避けるためである。
家康は唸ったが、自分が入ってから防戦一辺倒になってしまったことに責任を感じ。
護衛達がしっかりアルマンディンを見張っているのも見てから、渋々同意した。
「俺の尻拭いで悪いが、点を取りかえしてくれ!」
そう言って体を捻ってゴールポストへ向かう家康だが。十歩程で前のめりに倒れた。
「殿!」
「権現様!」
榊原達は慌てて家康の元へ向かい。吉宗も咄嗟にベンチに立った。彼は紫色のライトを翳して叫ぶ。
「アルマンディン!!」
「見るな!」
ベンチが軋んだことで吉宗の気配に気が付いた綱吉は。
双眼鏡を投げ捨ててありったけの声で叫び。目が染みる程に強烈な紫色の光を素手で掴んだ。
「火傷しますよ! 離してください!」
吉宗がベンチに上ってきた綱吉を吹っ飛ばした時。
護衛達に囲まれた家康の声が、ユニホームに着いたマイクから飛んできた。
「俺は大丈夫だ! ライトをしまえ!」
結局、家康はフィールドにあったモグラの穴に足を引っかけただけで、大事には至らず。試合は続行。
六対四で家康・綱吉・吉宗のチームは負けた。
「悔しいが、後半の追い上げは良かった! ……ところで、まだ時間がある。
PKゲームがやりたい人!」
負けたことがなんだかんだ言って悔しかった家康は。
自分がキーパーを買って出て、最後にくじ引きで選手を決めてPKゲームをしようと言い出した。
笑顔で手を上げる子供達だが。榊原達は顔を曇らせた。
「殿!!!」
「大丈夫! これも練習してきたからな!
ここら辺で活躍をしておかないと今後の私の人生に関わる。」
不安そうな榊原や護衛達を説得し、PKゲームは開始。
キーパーとしてなら中々上手い家康のお蔭もあって。子供達の笑顔がはじける程の盛り上がりをみせた。
だが、最後のキッカーはアルマンディンであった。彼は辞退しようとしたのだが。
子供達に背中を押されてボール前に立つ。家康は爽やかな苦笑いで、そんなアルマンディンを見た。
「お手柔らかに。」
ボールをじっと見ていたアルマンディンは、少し間をあけてから口を開いた。
「私はサッカーに思い入れがあるので手加減ができません。
鋭い一撃になるかと存じます。先程から拝見していて家康殿の反射神経は素晴らしいと思いましたが、
榊原殿か田中殿に交替なさった方がよろしいかと。怪我をなさいますよ。」
「何と無礼な物言いだ! でも……確かに危険です。殿はお下がり下さい。」
必死に家康を止めようとする榊原と護衛達。
何事か? とベンチに座ったまま不安げに見守る綱吉と、仰向けになったままベンチに縛られた吉宗。
そんな彼らとは逆に。家康の表情は、春の日差しに照らされた静かな水面のように穏やかであった。
……結構、アルマンディンはわかりやすい人間かもしれない。悪行を忘れはしないが、これはこれ。
そう思った家康は。丹念に磨かれた大鏡のような、物事を素直に映して輝く笑顔を見せた。
「俺も負けない。……くじ引きの番号だと、一番最初に勝負するのは俺達だ。
皆の手本となるようないい勝負をしよう!」
家康は位置につくと。ぴょんぴょん飛び跳ねて叫んだ。
「さあ! 来い!」
「畏まりました。……行きます!」
アルマンディンは深呼吸し。数秒後にきき足とは逆の足で大気を抉るような鋭いシュートを放った。
綱吉や吉宗達だけではなく。アルマンディンまで冷や汗を垂らし。固唾をのんで家康を見つめる。 冷たく透明な壁を高速で突きぬける白と黒との塊は。勢いそのままに横っ飛びした家康の真正面へ。
コノママダト ガンメンコースデス
家康の体中の優秀な危険探知機はそう判断し。アラームを鳴り響かせる。だが。
「オリャアアアアアアアアアアアアア!」
……皆の手本となる。そう決意した家康は顔を逸らさず。そのボールを顔ではじいた。
「殿!」
「権現様ーーーーーーーーー!」
空中に咲く、真っ赤な彼岸花。鳴り響く人々の悲鳴。
榊原は元看護士の護衛・佐藤と家康のもとに走りながら、よく通る大声で叫んだ。
「バケツとタオルと氷のう! 担架ーーーー!」
「畏まりました。」
榊原の指示に最初に反応したのはアルマンディン、ベンチに仰向けで縛り付けられた吉宗、
手をバケツの水で冷やしていた綱吉だった。
綱吉は紐を引きちぎった吉宗を、他の護衛に取り押さえさせ。
自分の手を冷やしていたバケツの水を地面にぶちまける。
「手が空いている人は担架を持って走って!」
護衛にそう指示すると、彼も空になったバケツと氷のうとタオルを掴んで走る。
彼はベンチ方向にアルマンディンが走って来たのに気が付くと。
足の速いアルマンディンにバケツと氷のうを託した。
「アルマンディン殿ーーー! これを!」
「綱吉殿……その手は…」
「いいから早く!」
ベンチ近くまで来ていたアルマンディンはそれらを受け取って全速力で走り。
アルマンディンを追っていた護衛もそんな彼を追う。
頭を前方に傾けて、担架に座った家康は。親指と人差し指で小鼻の上部を軽く圧迫し。
血が担架に飛び散らないほうに足でバケツを固定すると。
もう開いた片方の手で綱吉、吉宗、榊原達にまとめて指示メールを打つ。
「殿を医務室へ!」
胡坐したまま(鼻血が逆流しない態勢をとる必要があるため)榊原達に神輿のように担がれ。
医務室に運ばれていく家康。
「家康様ーーーー!」
「いえやすさま! さっきはごめんなさい!」
かたつむりの少年も、下手なのは困ると文句を言った女の子も、
家康に応急処置を質問したかわいらしい女子中学生も、アルマンディンも、
スタッフも他の少年少女達も。不安げな三角目で家康を見つめる。
その視線に気が付いた家康は、携帯端末をそっと置くと。ぎこちなく手を振って、会釈した。
鼻はスタッフさんが鏡で見せてくれた所、変形はしていない。出血も止まりそうだ。
恐らく深刻なケガではないだろう。だが……。
かっこよく活躍して、子供達のハートを掴むという目論見が崩れた……
それに、もしあのド派手な鼻血でサッカーがトラウマになる子供がいたら申し訳ない…
そう微かに思った彼は。もう一度携帯端末を手に取って、涙目でメールを打ち終えると。
タオル包みの氷のうを、鼻にそっと当てた。
「片手で小鼻をつまみ、もう片手で氷のうをそっと鼻に当て、さらに足でバケツを抑えるとは……
殿は器用でいらっしゃる。ポーズも(バケツを除けば)まるで仏像のように神々しい。」
担架を神輿のように担いでいる護衛を囲んでいる護衛達は、感心してそう呟くが。
家康は自分が不器用な気がしていた。
―――病院の帰り道。細長い車は、漆黒の夜を二つの光で切り裂き走る。
その車内の後部座席に寝っ転がっていた吉宗は。前に座っていた綱吉に声を掛けた。
「何故、あの時拙者を止めたのですか? やけどしてまで。
拙者達の角度からでは、アルマンディンが無罪だとはわからなかったはずです。」
吉宗と綱吉の角度から見えたのは、家康の背中だけであった。
アルマンディンはとても背が高い家康に隠れて、見えなかったのである。
「僕は権現様とアルマンディン殿をずっと見ていた。護衛の皆さんや榊原中佐の声が飛ぶまで。
権現様の壁が消えてすぐに見えてきたアルマンディン殿は、
自分の蛍光オレンジの手袋を引っぱっていた。悲鳴が聞こえた瞬間も。
あの人は食事の時も思ったけど、手先がちょっと不器用みたい。
それに権現様とアルマンディン殿が真横から見える位置……しかも近くに榊原中佐と田中さんがいた。
権現様がアルマンディン殿と話している最中に何かされそうになったら、
榊原中佐達が防いでくれていたはずだよ。
そもそもアルマンディン殿の犯行なら、榊原中佐達は先にアルマンディン殿を取り押さえたハズだ。」
綱吉の説明がすとん、と腑に落ちたのか。吉宗は思わず上体を上げて口を開いた。
「火傷をさせてしまったことは謝りません。あれは綱吉様が無謀だったからです。
ですが突き飛ばしたのはやり過ぎでした。申し訳ございません。」
「寝てないと! ……まぁ、本当は寝る程酷いってわけじゃないみたいだけど……。
権現様が心配するから、一応……。」
かかりつけ医の診断を仰いだ結果。吉宗はごくごく軽い捻挫であった。
だが、慎重な家康はエレベーションと圧迫は続けろ! としつこく言い含めていたのである。
その家康は自身も病院に行った後、レントゲンにも異常がないと言うことで、
ラジオ番組の収録に向かった。
……家康はこの番組の事は綱吉達には隠していた。
慶喜に怪しまれた後は生放送をやめ、丁寧なアリバイ工作にも励んだ為、疑惑は一旦晴れたのだが。
最近ほとぼりが冷めて生放送を再開したので、
呑気な家斉以外はだんだん怪しいと思うようになっていた。
「今日別行動ってことは……慶喜の言う通り、やっぱりあの番組は権現様がやっておられるのか。
信じたくなかったけど、もうこれは黒か……。
いつまで続けなさるんだろう。もうそろそろやめていただきたい。」
「同意です。アルマンディンをお咎めなしにした寛大さに拙者は感激していたというのに! 権現様にはがっかりです!」
二人は仲良くため息を吐いた。
――――そのため息の行先の家康は。
選任のメイク係に特殊メイクを施された後。モモタロウ宛てのメールを読んでいた。
この番組は人気が無く、送られてくるメールの数も少ない。
毎回面倒くさいメールすら読むはめになるのは、そのせいである。
「よかった……今回はあの鬱陶しい『真実が知りたい』君からの尋問メールは着てないぞ。
それにしてもなみっちはいっつも俺が仕事で苦しい時に、
それを知っているかのような励ましメールをくれる。
今日はついてない一日だったが、綱吉も吉宗も大したことがなかったし、
可愛いなみっちからメールが着たから、まあよしとしよう。」
失敗した福笑いの様にしまりのない表情でPC画面を見つめる家康。
今日のゲストの酒井は、そんな彼をケラケラ笑っていたが。後ろからPC画面を覗き見て、首を傾げた。
「……あれ?」
「何だ?」
「何となくですけど……このなみっちさんの文章は、うちの娘のメールと大分違いますな。
どうみても大人の文章に思われますぞ。」
「酒井のお嬢さんは女子中学生だろ。なみっちはJKだからそりゃ違う。」
そういうものですか、と引き下がる酒井。だが彼と交代した井伊もまた、首を傾げる。
「どちらかというと、社会人が打つようなメールに思えるんですが……。
今時の女子高生は礼儀正しい子が多いですけど、ここまで堅苦しい文章を打ちますか?
時候の挨拶まであるし、かしこ。とか……。
あと、ヨモギがどうこうとかオバサンくさいし、こんな女子高生っているんですか?」
「ははは。JK以外なわけないだろう。この文章からは生真面目でピュアな乙女の香りしかしないぞ。
きっと厳しくしつけられたお嬢様なんだ。」
ニヤニヤしながらPC画面にくぎ付けの家康を見た酒井は、真剣な眼差しになり。低い声で言った。
「まあ夢を見るのは自由ですからね ……でもそろそろこの番組も限界だと思いますぞ。
取りあえず本日はS親子が観覧にきますから、何とか誤魔化さないと。」
S親子とは。微妙に仲の悪い真田一家の事である。井伊もモモンガの着ぐるみの頭を持って頷く。
「酒井殿の仰る通りです。昌幸殿の殿を見る目はおかしいです。
微笑みの仮面下の邪悪な顔色が気になりますね。……私も人の事は言えませんが。」
家康は頭を抱えて唸っていたが。
何か言いたそうにチラチラこちらを遠慮がちにみつめている護衛の若者に声を掛けた。
「どうした? 遠慮せずに言ってみろ。」
「その……真田大佐はそんなに悪い方には見えないのですが……。
確かに例の件では殿のご実家と揉めましたけれど……。
去年家族で花見をした時ですが……。
真田大佐達のとっていた場所の一部に、気付かずにシートを引いてしまったことがありまして。
慌ててどこうとしたのですが、真田大佐はいいからいいから、と許して下さって……。
しかもその時、真田大佐は弟の肩についていた毛虫に気が付いて、わざわざ取ってくださいました。
ご子息とお嬢様も、おすそ分けでおやきや栗ようかんやりんごの甲州ワイン煮を下さいましたし、
とても気さくでよく気が付く親切なお方達だと……。も、申し訳ありません!
もちろん殿が一番質実剛健で沈着冷静で文武両道で……えっと…立派なお方だと存じております!
味噌汁も毎日飲んでおります!」
ぴっと敬礼する護衛。
お世辞だろうが、まぁそれだけ気を使ってくれているのだろう……そう苦笑した家康は。
彼をにらむ井伊、慌てて叱責する護衛隊長を宥め。初々しい新人護衛の目を見て穏やかに言った。
「気さくでよく気が付くから、敵に回すと厄介なんだ。
裏を返せば人の弱みにも直ぐに気が付くと言うことだからな。
一見明るくて朗らかな策士も、穏やかで人が良さそうな策士もたまにいる。気を付けろよ。
……そろそろ時間だ。行くぞ!」
家康は少し色あせてきたモモンガの頭を被ると。すっと立ち上がった。
―――時間をさかのぼり。家康がまさおとランチをしていた頃。その噂のS親子は。
十勇士の佐助や才三と、自宅の会議室で真田紐カチューシャを制作していた。
カチューシャを二つ嵌められた小柄な青年は、元々の優し気な顔立ちを厳しくしかめて口を開いた。
「父上、私は偽善者たぬっち(家康の蔑称)にはあまり好感がもてませんが、
彼なりにあのクソ低聴収率番組を頑張っているのはわかります。そっとしておいてあげましょう。
兄上なら歓迎されるでしょうが、私達が行くのは嫌がらせとしか言いようがありません。」
威厳と黒い知性で満ちた顔の中年男性は。コントラバスのような深みのある声でそれに答える。
「これは嫌がらせではないぞ。徳川少将を見極めるための、大事な大事な偵察である。
あの番組が打ち切りになる前に是非一度見ておかねばならぬ。……彼の真実を……。」
一生懸命口と眉間を厳しく引き締めて、厳かに言い放つ中年男。
だが、だんだんと口角は上がり。目は三日月型になっていく。
「全く……兄上はどう思われますか?」
金色の六文銭を貼り付けたカチューシャを握りしめたまま、明後日の方向を見つめる若い長身の男へ。
小柄な青年は黒目がちな目を向けて問う。しかし。長身男の視線も心も宙をさまよっていた。
「うん。うん。確かに味噌汁は最高ですよね。」
「……兄上、何か悩みでもあるのですか? 最近おかしいですよ。
この草を食べたことがあるか? とヨモギを耳の穴に差しながら聞いてきたり……。
聡明な兄上らしくありません。」
兄上、と呼ばれた青年が口を開こうとしたとき。若い女性達の声がした。
「御飯ですよーー!」
「早く来ないと冷めちゃいますよ!」
彼女達は、ミサイル騒動の際に謙信達に味噌汁を出した、真田兄弟の姉妹である。
「……今日のおやきは何味かな? 野沢菜かな? ピザ味かな? 焼き肉味かな?」
中年男は口笛を吹きながら、部屋を出ていき。真田兄弟達も彼を苦い顔で追った。
―――どこかで聞いたことがある音楽が流れると。ラジオ番組は時間通りに始まった。
「今晩は。桃田モモタロウだモモ。今日は部下の桃原モモも一緒だモモ。」
「はじめましてー。モモで~す! 趣味はダンスとアイドルのライブ通いかなっ! よろしくねっ!」
蛍光ピンクのモモンガの着ぐるみを纏い。弾んだ声であいさつをする酒井。
家康は酒井のアニメ口調に驚き。ちょっと動きが固まってしまったが。
井伊につつかれて司会進行を続けた。
「というわけで、アシスタントのモモスケも含めて三匹でお送りするモモ。
今日は観覧に真田大佐と中佐の御三方がお見えだモモ! 張り切っていくモモ……。」
家康はそう沈んだ声で言って項垂れると。メールを読み始めた。
「新形県越光市在住のラジオネーム、ビューティフル・N・ジョーさんからだモモ。
『初めてお目にかかります。私は・N・ジョーと申します。
バレンタインデーに上司三人(美しい二十代前半の男女)合作の手作りチョコレートを頂いたのですが、
ホワイトデーのお返しは何がよいのでしょうか。
いつも未熟な私を優しく見守ってくださる大天使様達の笑顔が見たいので、
どういうものが喜ばれるのか、アドバイスいただけますと幸いです。
ちなみに今考えているのは、無農薬のバラの花束でございます。
実用的かつ消え物なので、受け取った方の負担にならないかと。
去年のハート型の血判状プレート付き自転車チェーン(特殊合金製)は、
意味不明な上に重いとお叱りを受けましたので……。」
家康は一番若い井伊に小声で答えを促し。井伊は真顔で即答した。
「直江中佐。さすがに上司へ薔薇はありえません。そもそもバラのどこが実用的な消え物なんですか?」
椅子から落ちた酒井のけたたましい笑い声が響く中。家康は慌ててマイクを握った。
「モモスケはちょっとビールで酔っぱらっているモモ!
さっきまで直江中佐の美しいカレンダーを見ていたから幻覚が見えたんだモモ!
バラの花は……確かに素敵だし、バラ風呂とか押し花とか色々出来るモモね!
……ちなみにモモタロウは実用的な消え物なら、フリーズドライ味噌汁がいいと思うモモ!
特に、茄子と油揚げがおすすめだモモ! こないだ新発売で水でも溶けるセットが出たから、
それは防災セットに入れるのもいいモモ。」
言い終わって家康は思わず着ぐるみの口を両手で押さえた。モモスケは未成年という設定なのである。
なんとか椅子に座った酒井はマイクを取ってフォローした。
「モモがビール入りチョコをこっそり食べさせちゃったの! ごめんねモモスケ!
個人的にフリーズドライ味噌汁も無いかなぁっ!(お歳暮じゃないんだから。)
モモはねぇ、女性の上司さんには普通にチョコレートでいいと思うよぉ。
(あの方は普通にチョコレートが好きですからな)可愛いケースに入ったやつね!
ディゴバの奴とかはハート型の缶の蓋にラインストーンがついてて、めっちゃかわいいよぅ!
(と、娘が言ってました。)
残りのお二人には……。水軍水産のホワイトデー仕様のハート柄おつまみ缶詰でいいんじゃないの?
燻製ホタテとか、五斗米せんべいのハート型せんべいとかおすすめだよっ。
(勝手に食べられたくらいですぞ。)
男の人って酒のつまみが好きだからねぇ~。(特にあのお二人は辛党だし。)
はい、次に行きましょうっ! 桃田課長!」
「美矢木県千代市在住、竜安堵DORAGONさんから。
『モモっち、元気か? 俺はちょーーーー元気!
お預かりしているご子息の教育費が、今月は一桁多く振り込まれたぜ。ちょーうれしい!
これは盛大に使い切れってことだな。太っ腹だぜ!
ご子息と相談した結果、
スーツファッションショーかジャージファッションショーをやることになったんだけど、
どっちがいいかな? 良かったらモモタっちも来てくれる?』」
家康は一瞬、時が止まったかのようにぽかんとしていたが。
数秒後にはテーブルを思いっきり叩き。心の中でふんわり笑顔の秀忠を吊し上げた。
……せっかく今月から十五人の教育費関係をせっかく任せてやったのに。
何が『秀忠におまかせです~』だ。金額を大幅に間違えやがって! これだから天然は困る!
というか政宗殿も確認くらいしろよ……本当は間違いだってわかってんだろ!!!
少ない時はすかさず連絡を寄越してきたくせに!!!
それにモモタロウは20代後半の中小企業の係長という設定なんだからタメ語はやめろ!
PCを握りしめて黙り込む家康。このままだと放送事故だと判断した井伊は、音楽を流すことにした。
「これは悩ましい所ですね。桃田課長も悩んでおられます。
課長が熟慮している間に、今月のテーマ音楽を流します。
作曲・匿名希望 作詞・匿名希望。歌、近所の子供達『僕のすきなお握りの具ベスト100』です。」
音が外れ気味のその音楽が流れる中。酒井と井伊は机に突っ伏した家康の肩をそっと叩いた。
「家の田舎や家庭菜園の野菜を送りますから。元気を出してください。」
「私の給料は三割カットで構いません。ささやかですがそれでお役に立てれば幸いです。
食費を節約しすぎて殿やある意味ご子息のお体に何かあったら困ります!」
その優しい声に、家康は顔を上げた。
モモンガの着ぐるみの内側から。酒井と井伊の真心と暖かい気遣いがにじみ出てくるのを彼は感じ。
曲が終わる少し前にはすっくと立ち上がった。
「給料カットだけは絶対にしない。……頭数だけはいるんだ。内職でも何でもして、何とかする!」
マイクを掴んだ家康は。曲が終わったと同時に。霧が晴れた青空のような声で言った。
「竜安堵DORAGONさん。ジャージのファッションショーがいいと思うモモよ。
スーツはあくまでフォーマルなもの。気を衒えばよいというわけではないモモ。
シンプルなデザインほど相手に安心感と信頼を与えるモモよ。
……さて、本日はスペシャル企画で、リスナーがスタジオにやってきて生相談するモモよ。
さぁ。『本日は曇天ナリ』くん。どうぞ!」
入ってきた青年を見て。家康は目を丸くした。大学生くらいのその青年は……家斉であった。
彼は、メール職人であったのだ。
「そ、相談したいことって何だ……モモ?」
家康はなぜか。ものすごくいやーーーーーーーな予感がしていた。
「俺、付き合っている女と結婚したいんすよ~。プロポーズもして、婚姻届けも書いたしぃ~。
友人に証人のサインも貰ったったし~。あとは一族の長の許可があればOKですがぁ、
なかなか言いだせないんすよ。」
「お前はまだ大学三年生だろ……。せめて就職してから……モモ。」
そう言えば最近、急に真面目になって俺が与える仕事を熱心にこなしていたけど、
こんな理由があったとは……。
言葉を失う家康。思わず顔を合わせる酒井と井伊。そんな三人に家斉は笑顔で言った。
「何で大学三年生って知ってるんすかぁ~? でも妊娠三か月で名前も決めてるし~!
あとはどうやって説得するか……新婚旅行はヨーロパ一週でいいかなって思ってるすよー。」
「……いいわけないだろ!!!!」
家康はモモンガの着ぐるみの頭をはずし。家斉にぶん投げた。
「そういう事情があるなら結婚は許すが!
お前の新婚旅行なんかしゃりほこ公園の散歩でじゅうぶんだ……このやろーーーーーー!」
「ま、まじで権現様だったんすかーーーー!」
「そうだよ権現さまだよぉおおおーーー!」
目を見開いたまま固まった家斉に馬乗りになり。鬼神となりて往復ビンタをかます家康。
井伊は慌ててそれをひっぺがし。酒井は急いで真田親子の目の前の大きなガラス窓のカーテンを閉めた。
―――家康が石の上にも三年、という思いで始めたラジオ番組であったが。
家康は未成年キャラが飲酒したという設定にしてしまったこと、
さらに暴力沙汰をおこしたという責任を取り。この番組は短い歴史に幕を下ろした。
家康の番組が終わった次の週。とある高級クラブで。
信玄は、美女に挟まれているのにも関わらず。俯いたままの家康に声を掛けた。
「今日は君が主役だ。さあ、飲め。」
「はい……あれ? 高坂先生達は来られないのですか?」
「高坂達は愛妻家なので、こういう店には来ぬ。」
家康や信玄のように女好きな医者も居れば。高坂達の様に生真面目な医者も多い。特に高坂は折角イケメンなのにもったいない……と思いつつ。
家康はカクテルを飲んだ。
……信玄は、人を楽しませるのが上手い。
今日は家康を励ます会ということで、美女だけでなく、武田会では比較的家康と親交のある信之もアシスタントに呼び。
信玄は家康が得意そうな地味ゲーム(ジェンガ、トランプの神経衰弱など)を
中心にしたプログラムを組んだ。
その甲斐あってか。気が付いたら家康の顔はほんのり赤く、天国にいるかのような笑顔を浮かべていた。それを見た信玄もまた、優しい笑顔を浮かべる。だが。
「……なぜここが!!!!」
「貴方はミサイル騒動の年に倒れたのに、なんでまた無理をなさるのですか。
もう二十四時ですから帰りますよ。 ……皆様、お騒がせして申し訳ありません。会計は出口でよろしいのでしょうか? それともここですか?」
まるで子供の送り迎えに着た母親のように、しっかりした雰囲気の三十路の美女は。
皆を見回して頭を下げると、信玄のそばに座っていた知的な眼差しの若い美女に尋ねた。
「御気遣いありがとうございます。お代は事前にいただいております。
信玄様は美しくて素敵な奥様をお持ちで、幸せですね。
本日はお越しいただき、ありがとうございました。」
若く美しい美女は立ち上がり。深々と頭を下げる。
他の美女もそれに続き。家康と信之は空気を呼んで、信玄と一緒に帰ることにした。
信玄を見送った後に来た車の中で。家康は信之にポロリと言った。
「ちょっとあの奥さん怖かったよな? いや、妻にするならあれくらいしっかりした女性が良いんだが……。」
「私は、自分を尻に敷いてくれるような女性が好きです。」
信之はそう答えると。本多が彫った六文銭のキーホルダーを大事そうに見つめた。
「それにしても、本多殿が本当に手先が器用でいらっしゃりますね。
御礼を直接申し上げたいのですが、お忙しいようでなかなか挨拶ができません。」
「いや、この間信之殿から貰ったリンゴジャムが美味しかったと喜んでいたから、これ以上の御礼はしなくても大丈夫だと思うぞ。
それにわざわざラップに包んで持ち歩く程大事にしているんだから、本多も本望だろう。まぁ明日会うから一応伝えておく。……俺も御礼をしないといけないな。」
「光貝兄上は、何を彫っていただいたのですか? 教養深い兄上のことですから、中国の古典の英雄とかでございますか?」
「……ま、まあ、俺の心の中の英雄だ。」
美少女フィギュアだとはとても言えない家康であった。