プリティー会津
場所は実季の日本。とある高級マンションの一室。男は海パンのみを身に纏い、目を細め恍惚の表情を浮かべていた。年の頃は二十代半ばくらいか。サラサラの髪と、深い眼差しが印象的な男である。引き締まったアスリートのような体躯のその男は、手元の札を数えていた。
「110万…111万…ヒヒヒ……。」
男は快楽に身を震わせ、札束を敷き詰めた床にダイブ。
「金〜金〜世の中金〜!」
彼は歌いながら床をゴロゴロ寝転がる。そんな彼の癒し時間を強制終了する音がした。彼は小判柄のウインドブレーカー上下を羽織り、壁の中の小さな画面を見つめた。礼儀正しくお辞儀をする、清楚で美しい男が映る。
「名古屋か。」
彼はお札を片付けると、名古屋を部屋に招き入れた。彼は外で配られていた試供品のお茶を注ぎ、これまた試供品のチョコレートを出した。
「相変わらずですね。」
「まぁな。話ってなんだ?」
「今度の出陣の件についてです。」
――その数日後の休日朝。青い空からの光を和らげる大木の傘の下で。元春、春彦、輝、輝元、涼太、実季はダンベル体操をしていた。
「叔父上、もう疲れたっす……。」
「元春さーん、喉渇きましたー。」
「もう、今日はこれくらいでいいんじゃないですかぁ〜。午後は弓の特訓がありますし。」
元春はため息をついた。
「まったくお前達は根性がないゼ! 実季を見ろ! 黙々とやってるゼ!」
「実季は元から鍛えてたっぼいから、比べないで欲しいねぇ〜。」
元春はバランスボールから降りると、ダンベルを動かしながら言った。
「まぁ熱中症になったら困るし、仕方ないゼ。休憩だ。」
スポーツドリンクを飲み終えた春彦は、人形の頭を撫でている実季に話しかけた。
「そうゆやぁ、実季。
学校はどうじゃ?」
実季は吉之助と妙子の特別養子となり、高校の三学年に編入した。現在は加賀家に住んでいる。涼太によると、このままでも国立大に余裕で受かる学力はあるとのことだが。同年代の友達が出来た方がよい、という吉之助の主張により、学校に通うことになった。
「何とか友達は出来ましたし、学校にも慣れてきました。実季君人形を持っていけないのが残念ですが、さねすえちゃんお守りがあるので、学校にいる間はなんとか。」
春彦は白目を剥いた。
「まさか学校でもお守りに話かけとるんじゃないじゃろうな! いなげな奴に見られてしもぉたら、どうするんじゃ!」
実季は自分の胸をトン! と叩いて微笑んだ。
「大丈夫です。学校では心の声で会話しているので周りの人には聞こえません。僕はレベルアップしたようです!」
空いた口がふさがらない春彦を他所に、実季はお守りを優しく撫でた
「ね。さねすえちゃん。」
「うん♪」
春彦は腕を組んでため息をついた。
「……人形に話しかけること自体が、どうかと思うんじゃが……。」
しばらくして元春は皆の息が整ったのを確認した。そして練習再開しようとしたのだが。
「危険なお客様が来たようだゼ! 場所は前回と同じ!」
春彦は拳を突き上げた。
「よしっ! 出陣じゃ!
実季は叔母上の手伝いと……叔父上の監視を頼む!」
――春彦が運転する車内で涼太は海に電話した。
「もしもし〜海? かき氷屋さんで集合ね!」
春彦は法定限度速度で飛ばすが、やはり広島〜高知は遠い。
「困ったのぉ! もっと早くつく方法はないんか!」元春は腕を組んで考えこんだ。
「休みをとった春彦と涼太が引っ越すしかないゼ!」
「ひ、引っ越しじゃとぉ?」
春彦は声を裏返して反応したが、信号が青になったので運転に集中。隆景も口を開いた。
「確か海殿のお爺様が、アパートを持っているとか。事情を話せば融通を利かせて下さるかもしれませんね。」
「いい案だけど……問題は春彦がホームシックにかかることだねぇ。」
三匹は合唱した。
「ホームシックぅ〜?」
春彦は顔を赤らめた。
「そ、そがぁなんじゃない! 広島県から何日か出ると悲しゅうなって、力が出なくなるだけじゃ! とにかく引っ越しゃぁ駄目じゃけん!」
――そんなこんなでやっと海岸につく彼ら。海と合流して準備運動を終えると変身する。春彦は腰についた真っ赤なしゃもじに気が付いた。しゃもじをしげしげと見つめる春彦に、元春は説明する。
「これは海中か土に浸けると巨大化して、大風を巻き起こすことが出来るんだゼ。」
「そうゆやぁ宮島さんにこういうしゃもじがあったのう。……よし! 勝利を宮島さんに捧げるけん!」
春彦達はカットされた宝石のようにキラキラ尖った海上を走る。春彦は皆を振り返りながら言った。
「隊長はレッドのわしじゃ! 皆、くれぐれも勝手な行動は慎みんさい!」
「海以外みんなレ……痛いっす!」
隆景は爽やかに言った。
「そうですね。司令官は兄上ですが隊長は春彦殿です。任せましたよ。」
春彦は目を輝かせ、顔を柔らかく崩し、スキップしながら走って行った。
春彦達が海上を数km走ると、人影と数m四方の正方体が見えて来た。正方体の石に乗った三人組は、駆け足をしながら春彦達を見下ろす。自首勧告をしようとした春彦だが、それよりも先に三人組は名乗りを上げた。最初は、歌舞伎の着物のような甲冑を着た、
絶世の美形の若者。
「墨染の 袖さえ 華麗に染め付ける 虹の槍術 名古屋山三郎」
そして財布の中身を確認している、小判が連なった甲冑の若い長身の男。
「沈黙が金と言うのなら! 運命すらも黙らせる!
お金の天使! 岡左内!」
最後に、燻し銀色の鯰の兜、同色の和風の甲冑の若武者。彼は目を宝石のように光輝やかせて言葉を発する。
「左に茶碗 右に刀を携えて 銀色前線 戦場を行く
利休七哲! 蒲生氏郷!」
三人は声を揃え、くるっとターン。春彦達を指差し叫けぶ。
「我々、プリティー会津が! お前らの未来を墨染にする!」
コメントに困る自己紹介だ……と思った春彦達だが。とりあえず、自首勧告した。
「署まで付き添っちゃるから自首しんさい!」
蒲生は駆け足をしたまま、首を激しく横に振った。兜から覗くさらさらの抹茶色の髪が揺れる。
「今だに世界を悲しみに染め、我らが仲間の安東殿を殺すようなお前らとは相容れない! さぁ名を名乗れ!」
生きてると言い出しそうになった輝元を小突くと、
元春は蒲生の問いに答える。
「吉川元春とその他数名だゼ。」
いい加減な回答に、蒲生は抹茶を点てるように髪を振り乱して声をあらげた。
「適当に済ませるな! 待っててやるから一人一人きちんと名乗れ!」
その言葉通り。名古屋と岡は武器を石の上に置く。
しかしなぜか駆け足は止めない。蒲生は目を見開き、興味深げにキラキラさせながら春彦達を見る。春彦達は顔を目合わせると、適当なポーズまで取って名乗りをあげた。
「結構なお点前で。」
蒲生は頷くとさらに四人に尋ねる。
「お前達のユニット名は何だ?」
「そげなもん決まっとらんけぇ。」
蒲生は眉を潜めた。
「それは異国の言葉か! やはりお前達は只の旧日本人ではないな! 絶対に倒す!」
彼は石に刀を突き刺した。「戦国一〇八計! Don`t stop stone!」
数メートルはある正方体の石が、春彦達を引き逃げすべく追いかけてくる。速度はそれほど速くないのだが、その上から岡が銃、蒲生と名古屋が弓矢をバシバシ打ってきた。
「一旦引くんじゃ!」
春彦の指示で全員走り出す。蒲生は爽やかに高笑い。「ははは! なかなか逃げ足の早い奴らだ! 敵ながらやるな!」
必死に走る春彦達だが。石との距離はみるみる狭まり、蒲生達の姿と銃弾が段々大きく近くなる。だんだん、輝の息の間隔も狭まった。春彦は輝を担いで走る。ふと長宗我部は海面を見た。
「離岸流が左脇に流れている。」
離岸流とは、その名の通り岸から離す流れ……海の奥へと押し流す流れである。それを聞いた隆景は、額に人差し指を当ててトントン叩くと顔を上げた。
「離岸流沿いに自分史上最高速度で直進し、離岸流の起こる手前で直角に左へ曲がりましょう。相手を離岸流に乗せるのです。長宗我部殿、曲がる場所になったら左腕を突き上げて下さい。」
春彦達は何も考えずただひたすらに走る。走る。走る。そして暫くして長宗我部は左手を突き上げた。
「曲がれ!」
春彦達は三角定規のようにくっきり曲がる。蒲生達はそれを最短距離で追いかける。三角形の斜めの線のその途中。
「離岸流か!」
海の奥へ押し流す離岸流と前に進もうとする石。石の前進スピードは目に見えて落ちた。蒲生達は歩く歩道で逆走するような状況である。それでも彼らは細い矢印や鋭利な玉を放ち続けるが。春彦達はそれを避けつつ走り続けて距離を取る。やっと技を打てる距離に来た。小早川は小さく早口で言う。
「彼らは離岸流を抜けるために必ず左右どちらかに曲がります。刀がハンドルのようですから蒲生が刀に手を掛けた瞬間に彼らの左へ海殿が、右へ春彦殿と涼太殿が技を打つのです。どちらか当たれば……。」
すぐにその瞬間は来た。
「四国の蓋!」
「毛利両川!」
蒲生達の左に、青空をスライスしながら走る銀の円盤、右へ二本の絡み合う激流がカッ飛ぶ。蒲生が曲がったのは右だった。唸りをあげる滝の槍が石を貫き粉砕する。衝撃音がこだまし、石の破片と水粒が飛び散るなか、春彦達は蒲生達を探した。少しして海は空の一点を指す。
「あそこ!」
蒲生達は空を飛んでいた。海が指差す先には。空を漂う三人組。蒲生の刀の剣先が小さな銀の燕となり、柄を持った蒲生、蒲生の腕に捕まった岡と名古屋が、空をふわふわ飛んでいる
「しっかり捕まれ!」
蒲生は岡と名古屋を気遣う。しかし二人は顔をしかめて言った。
「脇が臭い……。」
蒲生は言葉を失った。一方、元春は直ぐ様三人を指差し叫ぶ。
「矢を放て!」
春彦と涼太の放つ白と銀の直線は蒲生達を青空へ縫い止めようとヒュンヒュン飛び続ける。名古屋と岡はその縫い針を片手に持った刀でカンカン音を立て払い落とす。そしてしばらくして。蒲生の刀の高度が下がった。三人の体重を支えるには厳しいらしい。
「仕方ない。一旦降り……何だあれは!」
蒲生達が春彦と涼太の矢に気をとられているうちに、蒲生達の足元には厳島の紅葉がびっしりと広がっていた。隆景の指示で輝が厳島の紅葉・マキビシバージョンを海面を滑るように投げ、海のリュックに入った元春たちがしゃもじで仰ぎ、蒲生達の着地予想点まで流したのだ。直立した紅葉は太陽に照らされて赤く鋭い光を放つ。岡は急いで自分の兜をちぎると厚い大判にして自分の足につけ、飛び降りた。
「毛利両川!」
絡まる水の束が強靭な綱となり着地直後の岡を襲う。直撃は避けた彼だが。利き腕から赤いものが滴り落ちていく。
「岡!」
「大丈夫です。名古屋! 俺が組んだ両手を踏んで飛べ!」
名古屋はすぐさま飛び降りる。そして岡は、自分の手に着地した名古屋を前方へと押し出した。名古屋は再び飛んできた激流をギリギリ避けると、マキビシのない場所に着地。手を二回パチパチ叩き、蒲生と岡をみる。そして槍を構えて、春彦たちの方へ走ってきた。輝は首を傾げる。
「あの人たちサングラスかけたよ。ちょっと日差しが影ってきたのに。……海君?」
海はリュックの外ポケットから色つき水中眼鏡を出して付けた。
「どう? サングラスみたい?」
「あはは! 変だよー!」嫌な予感がした元春は叫んだ。
「目をつぶるんだゼ!」
「……戦国一〇八計 美しすぎる男。」
名古屋の甲冑が星の爆発のように白く激しく光った。全員目を瞑った中に名古屋が突っ込んでくる。
「まだ目を開けるな! 目がやられる! 音や空気の流れで動きはわかるゼ! 春彦! 上!」
春彦は名古屋の重い槍を受け止めた。
「……皆は下がりんさい!」
その後も名古屋はモノトーンの大槍を振り回す。ワルツのように優雅で軽やかなその太刀筋をなんとか防ぐ春彦。金属音が響く度に彼の額から大粒の汗が元春に落ちる。はっとした元春はあてずっぽうに名古屋へ手裏剣を投げた。不意討ちを食らった名古屋は腕を押さえ、槍を落とす。
「おりゃあぁ!」
その水音を聞いた春彦は名古屋に刀を振り降ろす。しかしそれは空しく海面を斬った。
「上!」
」
無防備になった春彦の頭上へ銀色の直線が高速で迫る。
「お前の相手はオイラだ!」
硬質の音が響く。海がその直線に刀を重ねた音が。彼の揺らいだ影は振り下ろされた刀の威力を物語る。春彦の横に立った海は、槍を拾った名古屋と斬りあう春彦に問う。
「春彦さん! どっちが強い?」
「蒲生じゃ。ケガをしてないけぇの。」
「じゃあ目が見えるオイラがこのまま蒲生ね!」
「ぜーったいだめじゃけん! 交代じゃ!」
「何で?」
「わしが隊長だからじゃ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!」
「隊長の言うこと聞きんさい!」
蒲生は海を吹き飛ばし、名古屋と位置を交換、春彦へ襲いかかった。
「リクエストにお答えしよう!」
春彦は蒲生と刀を撃ちならす。鉄琴を連打するような音が辺りに響き、海面に足形が散らかっていく。元春も春彦の頭の上で縮んだしゃもじを振り回してサポートするが、防戦一方。春彦は体のあちこちを切りつけられ、息が荒くなってくる。
「春彦! ここを瀬戸内海だと思うんだゼ! お前の育った、守るべき故郷だと!」
「瀬戸内海……。」
春彦は、海面を強く、強く踏みしめて立つ。
「…わしゃあ…負けん! …安芸の星に…誓ったんじゃ!」
春彦は身体中から闘気の湯気を吹き出した。
一方、少し離れた場所にいる二人と三匹。輝元と隆景は、涼太が背負った海のリュックの中で何か使えるものはないか手探りで探した。
「何か半透明なものがあれば……。」
リュックを手探りで探したところ、ツルツルした長方形の薄い板があった。隆景はそれを目に当てて、海面、次いで周囲を見渡す。その板・暗記用下敷きは濃く透明な緑色で、遮光力は十分ありそうだ。
「下敷きがあるなんてついてますね。」
隆景がほっとしたのもつかの間。輝の肩にいた長宗我部は叫んだ。
「伏せろ!」
焦げ臭い臭いと光の点が頭上を掠めた。岡がふらつきながら銃を打ってきたのだ。彼は舌打ちするとうつ伏せに倒れた。
「……危なかったねぇ! 隆景さん、ちょっと下敷き貸して。」
涼太は下を向いて目を開け、下敷きを刀で四つに割る。そしてさらに、リュックの中を漁って輪ゴムを発見。下敷きに刀で穴を開け、簡易サングラスもどきを作る。輝、隆景、輝元、長宗我部は、それを装備し、辺りを見る。
「涼太お兄ちゃんの分は?」
「俺はこれでいいや〜。」
涼太は半透明の白いビニール袋に鼻と口用の穴を開け、兜の上から被った。
「前!」
長宗我部の声に反応した輝達の目に、刀を構えてやってくる岡が映る。微妙に足取りがぎこちない。そして時々、後ろを振り返っている。それをみた涼太は春彦達の方向へ走った。
「輝! 俺が春彦のサポートするから、岡をよろしくね〜! 行こうか。隆景さん。輝元。」
「う、うん。」
輝じゃ危ない、と訴えた輝元に隆景は言った。
「大丈夫でしょう。長宗我部殿もついておられます」
岡は利き手ではない手一本で刀を振り回す。その手をもまた痛いのか、顔を歪める。それにも関わらず、輝は刀が振り降ろされる度に目を瞑ってしまう。長宗我部は、そんな輝の頭に刀が降りる度に飛び上がり、小蓋で頭上をフォローする。
「輝殿、目をつぶらないで、落ち着いて刀を受け止めるんだ。大丈夫。危ない時は俺がフォローする。」
「は、はい!」
そこへ間髪入れずに振る刃。輝は刀をぎゅっと握りしめ、目をうっすら開けて何とか刀を受け止めた。手にズッシリとした重みを感じつつもぐっと踏ん張る。相手が深手を負っていたのもあり、受け止めるだけならなんとかなりそう、と思い始めた頃。彼はあることに気がついた。岡は時々、足踏みしながら下をチラチラ見ているのだ。
「財布とか落としちゃったのですかー?」
岡は一瞬足踏みが止まったが、口の右嘴を上げてニヒルに微笑んだ。
「それはどうかな……。」
「そう言えば、何で皆さんは足踏みをずっとしてるんですかー?」
岡は誇らしげに答えた。
「蒲生軍は立ち止まることが許されないのだ!」
「疲れないんですかー?」
「それは軍事機密だ。」
一方、春彦は窮地に陥っていた。蒲生の一閃で赤いしゃもじ、銀の刀が宙を舞う。
「トドメだ!」
蒲生の腕が降り下ろされる直前。ヒュン! と涼太の矢が風のように春彦の右肩へ走った。春彦は思いっきり左に避け、ついでに蒲生の刀を避けていた。空振りした蒲生の刀は海面を割り水しぶきをたてる。そこへ涼太は早打ちで数本矢を放つ。白い矢印が蒲生へ走る。しかしそれは空にシンプルな放物線を描いて力尽きた。
「駄目だこりゃ!」
刀を構えて走ってきた蒲生から逃げ出す涼太。その間に春彦は刀を拾って立ち上がり、また蒲生に斬りかかる。涼太は海をちらっとみた。
「海は大丈夫だね。」
スパスパ矢を打つ彼だが、中々蒲生に当たらない。しかし蒲生も少々焦って来た。斬られても斬られても表情を変えず、ふらつかず、仁王のように立つ春彦が不気味に思えてきたのだ。蒲生は春彦と刀を切り結びながら問う。
「学校の怪談のおばけのような覆面男に、ゾンビのようなお前。お前達を突き動かすものはいったい何なのだ!」
春彦は叫んだ。
「そりゃあ、広島愛じゃ! ……わしを今、広島の風と大地が甲冑となり、包んどる! 守っとる! じゃけぇわしゃあ負けん!」
ここは高知県、と突っ込みたくなった輝元を隆景は小突いた。
「殿。戦場の空気がとりあえずその気にさせておけ、と言っています。」
蒲生はサングラスの中の目を大きく見開き、そしてゆっくり目を閉じる
「私も私の会津愛を身体中から発する時だな。」
蒲生はサングラスをしまう。その音を聞いた春彦は刀を強く握り直した。蒲生は高らかで奥行きのある声で叫ぶ。
「どちらの愛が深いか。決着をつけよう!」
目を閉じた二人。さっきより速く、強く、思いをぶつからせる。その勇ましく清らかな刀音はまさに、ワルキューレの鉄琴。戦場で爪弾かれた行進曲の様。再び顔を出した太陽もそんな彼らを光輝かせる。名古屋は二人を横目で見ると、香水のようなため息をついた。そしてちらっと腕時計を見る。目を見開いた彼は蒲生に退却を促した。
「殿、退却しましょう。」
蒲生は歯をくいしばり、
春彦と鍔競り合いをしながら叫んだ。
「我らプリティー会津は! 決して! 決して! 諦めない!」
「岡がそろそろ危険です。」
蒲生は片手でサングラスをかけて、岡をチラリと見た。
「……そうだな。」
蒲生は渾身の一撃で春彦をふっ飛ばす。そして。
「戦国一〇八計・蒲生福音剣・救世主モード!」
刀の柄が先程よりも伸び、刃が再び大きな燕になる。舞い上がる刀の柄に片手で彼はぶら下がった。そしてもう片手で腰のポーチから何かを探している。
「名古屋!」
声に反応した名古屋も何とか海をぶっ飛ばし、刀の柄にぶら下がる。銀の羽を羽ばたかせ、刀はどんどん舞い上がる。涼太は矢を打つが、名古屋に弾かれてしまう。
「岡!」
蒲生は柄に足をひっかけ、コウモリのように逆さまにぶら下がった。そして、刀の柄と腰のポーチのベルトをフックで繋ぎ、命綱をつける。続けて、岡の着物の襟に折り鶴フックつき紐を投げてひっかける。彼は両手を使い、すごい勢いで岡を引き寄せた。いきなりのことに驚く輝。一方春彦は隆景の指示でまたしゃもじを海水に浸し、巨大化させて蒲生達を仰いだ。
「風で振り落としてやるけぇ!」
風でガクガクと刀は揺れ、三人の重みに苦しげに軋む。岡は自らロープを切った。
「名古屋! 俺が足止めするから後は頼む!」
岡は銃を気力で握り締めて飛び降りた。
「今、予備のロープを……!」
予備のフックを慌てて探す蒲生。しかし名古屋はブラックダイヤモンドのような大きく美しい目を潤ませ、口をきゅっと結ぶと、槍で、蒲生の鳩尾を付いた。
蒲生の体から力が抜ける。何かを訴えかける彼から目を反らし、名古屋は片手で蒲生の膝を抑える。そして燕に語りかけた。
「助けてください。」
名古屋の言葉を聞いた燕は、力強く羽ばたく。蒲生と名古屋は海の奥へ退却していった。