実季と人間
しばらくして安東が起きて来て、朝御飯になった。今日のメニューは、めばるの煮付け、広島菜の漬物、里芋の味噌汁、冷やしトマト、卵焼き、セロリのサラダ、梅粥だ。
「わぁ……。」
安東はちゃぶ台に並べられた料理を食い入るように見つめた。
「とりあえず事情聴取は食後にするけぇ、今は遠慮なく食べんさい。」
一晩休んですっかり元気になった安東は凄い勢いで食べ始めた。
「美味しいです。」
「おお! そりゃぁえかった! よう噛んで食べんさい。」
――朝食後。春彦はちゃぶ台に卓上ライトを置くと、事情聴取を開始した。
『公と私事は混ぜるな危険』
が座右の銘の彼は、さっきまでの菩薩のような表情から一変。厳しい表情になる。春彦は正座すると、ちゃぶ台を軽く叩いて言った。
「わりゃぁどこから、何のためにここへ来た?」
安東は一瞬ビクッとしたが、しっかりとした声で答える。
「旧日本人を滅ぼすためにやって来ました。どこから来たかは言えません。……あなたも警察官で民間人を守ることが義務のように、僕も、戦士のはしくれとして日本人を守るために喋べることは出来ません。」
春彦は軽くうなずいて続ける。
「……ほうか。それから、わりゃぁまだ未成年んようじゃが、何で戦士になったんじゃ?」
「僕達の日本では、男子は十二歳になると、戦士候補生試験を受けるのです。僕は、たまたま合格してしまいました。」
「なんじゃそりゃあ?」
「兜の所有者に相応しいかのテストです。合格すると戦士としての特別な教育を受けます。そして十五才になると、兜適合者試験があり、自分が志願した兜か相性のよい兜の所有者になります。ここで、晴れて戦士となるのです。」
涼太は自分の受験を思い出しながら言った。
「小さな頃から受験漬けか……。」
実季は頷いて続ける。
「はい。そしてさらに上級の英才教育を受けます。そこでは、各戦士の魂を学ぶための特別な訓練メニューもあります。安東実季の場合、人形制作と目利きです。最終的には人形と心を通わせられないといけません。」
春彦と涼太はポカーンとした表情。だが、それに構わず実季は続ける。
「また、戦士本人及び四親等以内の親族は、『武家』となり、純粋な給料だけでなく、武家手当て、交通費・医療費無料などの優遇措置があります。引退後も現役時代程ではないものの、それなりに優遇措置はあり、天下り先も用意されます」
春彦と涼太は目を丸くした「武家?」
安東は頷いて続ける。
「武家もランクがあって、武家の上に伯爵武家、さらに四天王武家があります。四天王武家だけは……その武家の血筋を引く方々および、特殊な注射を受けた方々の壮絶な試験により選ばれます。この試験はしょっちゅう重体者が出ます。」
涼太は思わず口を挟む。
「……死人は出たことあるの?」
実季は下を向いた。
「前回、初めて出てしまいました。布団の上で死にたくないと叫ぶ、通称武士じいさんがお亡くなりに……享年百才の若すぎる死でした。」
若くないと突っ込みつつも、春彦は感心。
「そげな年まで夢を持つたぁ、立派な御仁じゃのお!」
実季は微妙な顔。
「まあ、ご本人とご家族は満足だったようですが……四天王武家試験は、かなり国家予算を食うんです。ARE大陸をクイズやサバゲーやマラソンや料理対決などをしながら一周する、大がかりな試験ですから。参加者は少ない方がいいんですよね。だから本来、一般戦士試験をパスしないと受験資格はないんです。でも武士じいさんは百歳の誕生日記念に出たい、出れないなら死んでやると騒いだので試験委員会も仕方なく……。その結果が……。やはりご老体に無理をさせてはいけませんね」
春彦と涼太は、五十二才の自称若者を頭に描いて、ため息をついた。
実季は続ける。
「そして軍事・政治で国家の運命を左右する重要な決断は、その
『四天王武家』の方々の合議制と国民投票の二本立てで決めます。ただし国家予算関係だけは、兜適合者試験の文官試験に受かった者が取り仕切ります。彼らは『文官家』で、優遇措置は医療費と交通費無料だけです。ちなみに、兜適合試験に落ちた者も、一応フォローや優遇措置がそれなりにあります。」
「武家は特権階級だねえ! ……でもそこまで優遇されるんなら、リスクもあるんじゃないかい?」
安東は、複雑な顔をして頷いた。
特権階級の武家にはリスクがあるのでは? と問う涼太に、安東は頷く。
「はい。武家も文官家も、贈収賄法、国家反逆罪法、麻薬取締法になどに抵触した場合や、殺人他の重罪をおかすと、本人は死刑、親族も地位を没収され、連座で強制労働です。また、その他の犯罪も庶民より重罪扱いになります。」
「親族まで! 恐ろしいねぇ〜!」
涼太の言葉に安東は頷いて続ける。
「悪意のない過失でも、国家に甚大な損害を与えた場合は重罪です。……特に眠りについていない兜を紛失した場合は……。」
春彦と涼太は息を飲んだ。「切腹です。ただし、悪用されず、一ヶ月以内に発見出来た場合には、減給十年とボランティア半年ですみます。ちなみに盗んだ者は問答無用で死罪です。」
涼太は真剣な眼差しでため息をついた。
「やたら死罪の多い国だね。安東君達の日本は。
冤罪とかあったらシャレにならないし、恐ろしいね。失敗を恐れて思いきったことができなさそうだし俺は住みたくないな。」
安東は少し頬を赤くして、尖った眼差しで反論した。
「……でも、誰も責任を取らない政治をしてきたからこそ、我らの先祖の日本は堕落し、都合の悪いことがあれば目を叛け、大惨事を引き起こす国になってしまったのです!」
「確かにそうだけどさ、安東君の国のやり方もいつか破綻すると思うね。」
「……そうでしょうか。」
「現に安東君は、戦士になりたくなかったんでしょ? 一人一人に過剰な責任と権限を与えるのもどうかねぇ。」
「……最終的には自分で決めたことですから。それに……。」
春彦はじっと黙って腕を組み、考えこんでいる。
一方さっきからだまっていた元春は口を開いた。
「この話は平行線だから、キリがないゼ。
所でお前、日本に来たのは、昨日が初めてか?」
「はい。」
「じゃあ、俺達以外の人間は襲ってないんだな?」
「はい。」
「……わかった。とりあえず、お前は戦争の捕虜だゼ。海上侵犯や暴力行為は戦争中のことだし、お互い様い様だから不問だゼ。お前の処遇については、隆景達とも相談して決める……それでいいな? 春彦、涼太。」
「意義ないで〜す。」
「わしも意義はない。……そうゆやぁ安東、われの両親は?」
安東は下を向いて、消え入りそうな声で言った。
「……いません。」
「……ほうか…わしらと同じじゃな。」
安東は顔をあげる。
「……え?」
そんな中、チャイムが鳴った。
「俺が出るよ〜。どうせ父さんだ。」
涼太の予想通り。玄関前にいたのは吉之助達であった。輝を学校に送った帰りだと言う。なぜか輝元は頭にたんこぶが出来ている。吉之助は爽やかな笑顔と、大げさなポーズで安東に挨拶。
「サネ君おっは〜!」
若干リアクションに困りつつも、挨拶する安東。
「お、おは…ようございます。」
吉之助は皆を見回して言った。
「ところで、みんな暇だろ! 神社の掃除を手伝ってくれ!」
こうして彼らは、吉之助の車で神社へ向かった。
吉之助は皆にてきぱきと指示を下す。
「はい! ではみんな、持ち場で頑張れよ! ……サネ君は俺と一緒に来てくれ。」
春彦は眉をひそめた。
「叔父上……。」
「大丈夫! 大丈夫!」
元春は不安そうな春彦を見上げて言った。
「……吉之助殿には、何か考えがありそうだゼ。任せよう。」
――数時間後。
「お疲れ様! さぁお昼だ!」
テーブルにはずらりと、ご馳走が並べられている。鯛そうめん、穴子飯、肉じゃが(人参とグリンピースは入っていない)、神石牛の焼き肉 ほうれん草のゴマあえ(福富産エゴマ使用) こいわしの天ぷら、山ふぐ(こんにゃくの刺身)、定番のおはっすん、広島菜の漬物他。デザートは瀬戸内レモンゼリーだ。
「さすが、叔母上じゃ!」
春彦達の叔母・妙子は、
小柄で、年の割りに若々しく可愛らしい女性だ。彼女は安東に微笑みながら言った
「今日は実季君が手伝ってくれたの。ありがとう。」
妙子の笑顔は柔らかくて温かい。安東ははにかみながら言った。
「僕は大したことは…。」
吉之助は首を振った。
「いやいや! 最初は慣れてない様子だったけど、頑張っていたぞ! 筋もよい! それから、俺もちょっとだけ手伝った! みんな! 俺にもお礼を言いなさい!」
「ほうか! 安東、ありがとな!」
「サネ君、ありがとね〜。ここ座りなよ。」
全員着席すると、三人は凄い勢いでご飯を食べ始めた。「いただきますは俺のセリフ! ……あ、電話だ! ……もしもし? いっちゃん?」
吉之助が電話してる横で、賑やかに食べ始める春彦達。しかし春彦がなかなか焼き肉に手を伸ばさないのを妙子は見逃さなかった。
「……そうそう、春彦君。肉を後で持って帰ってね。うちじゃ食べきれないし。肉じゃがもタッパーに入れて取り分けてあるから。」
「こないだも野菜をいただいたけん、いつもそこまでしてもらうわけにゃぁまいらん……。」
妙子は木漏れ日のような笑顔で言う。
「一ノ瀬さんが沢山牛肉を下さったから、まだまだあるわ。輝ちゃんは焼き肉好きでしょう?」
春彦は深々と頭を下げた。「……ありがとうございます。」
それを見た涼太は、安東の皿に肉を入れる。
「……というわけだから。サネ君も、遠慮しないで肉も食べなよ〜。」
「ありがとうございます。」
一方、吉之助は電話を切るとみんなを見回して言った「一時間後に、いっちゃんが喋るモモンガを連れて来る。」
全員、口を揃えて驚いた。「喋るモモンガ?」
「そう、その猫が皆に会いたいと言うんだ。」
「ほうですか。一ノ瀬さんにはお礼がしたいし、久しぶりだからお会いしたいのぉ。」
隆景はなぜか背筋が寒くなった。髭がピクッと動く。輝元と元春は隆景の顔を覗きこんだ。
「叔父上、どうしたっすか!」
「大丈夫か?」
隆景は小さな声で呟いた。「私はきっと一時間後には怯えていることでしょう……。」
皆がご飯を食べ終わって少しした頃。妙子は安東に片付けを手伝うように頼んだ。素直に頷く安東。春彦は自分も手伝うと言って立ち上がるが、妙子はやんわりと固辞した。
「春彦君は、輝ちゃんの分も一ノ瀬さんにお礼をいわないとね。」
妙子は尚も食い下がる春彦を置いて安東と台所に向かう。何となく春彦はそわそわし、腕組みをして唸る。元春はそんな彼を宥めた。
「……俺はあいつから邪気を感じないゼ。お前もそうだろ?」
輝元と隆景も元春に同意。春彦はやっと座った。吉之助が言ったきっかり一時間後。一ノ瀬が来た。彼は、どこか気品のある中年の紳士であった。お礼を言う春彦達。
「いやいや。小さい頃から吉之助にはお世話になってるから、これでも足りないよ。」
一ノ瀬の言葉に、吉之助は明るく笑って言った。
「いっちゃんには、勉強を教えてもらったし、俺が骨折した時には何度も見舞いに来てくれたからお互い様だ! …それにしても、会社、よかったな。」
「経理に横領された時は、頭が真っ白になったよ。なんとか建て直せたのは、
吉之助達のおかげと……大内さんのおかげだ。本当にありがとう。」
そう言うと一ノ瀬は、やたら豪華でラインストーンなどがちりばめられたモモンガゲージを開く。
「紹介しよう。大内義隆さん。私の恩人だ。」
紺色の地に金色の扇子柄の、化粧をしたどこか雅なモモンガが、投げキッスをしてゲージから出る。
「ご機嫌よう。大内義隆でおじゃる。今日から戦士のサポートを致すでおじゃる!」
隆景は咄嗟に目をそらしたが、大内は目敏く発見。
「……あーら隆景ちゃんじゃないの! 相変わらず美しい! ホホホ…。」
「ど、どうも。お久しぶりでございます。」
元春も挨拶する。
「元気で何よりでおじゃる! ……それにしても、麗しい隆元ちゃんがいないのが残念でおじゃる……。」
輝元は首を傾げた。
「どこのどちら様っすか? ケバイっす!」
元春と隆景は輝元を小突くと頭を下げた。
「申し訳ありません!」
鷹楊に答える大内。
「まぁ許してあげるでおじゃる。だけど何て無礼な子! 貴方はだぁれ?」
「俺は毛利輝元! 伝説の毛利元就の孫であり、毛利隆元の長男っす!」
大内はしげしげと輝元を見つめる。
「まぁ……雰囲気はワタクシの養女と隆元ちゃんの子だけあってまぁ合格ラインでおじゃる。でもちょっと知性が足りない顔でおじゃるな!」
「化け猫みたいにキモいモモンガに言われたくないっす!」
「まっ! 何て失礼な!」
二匹の間にバチバチと静電気が走った。
「大内殿。」
「なぁに? 隆景ちゃん?」
「殿は知性が足りないのではありません。教養や内政手腕はそれなりにあります。ただ……時流を見る目や判断力がないだけなのです。」
隆景は淡々と続ける。
「関ヶ原では何故か西軍の総大将になっていますし……徳川殿と敵対しようだなんて意味がわかりません。広家がどんなに苦労したことか。百歩譲って関ヶ原は仕方ないとしても……大坂の陣の対応は酷い。大坂城方に部下を送りこむなんて。トチ狂ったのかと思える判断です。それに部下の妻に横恋慕……」
元春に小突かれ、隆景は口を押さえた。そして、輝元を主君としてもり立てようと安芸の星に誓ったにも関わらず、貶してしまったことを後悔。慌てて言葉を付け足す。
「……でも少し馬鹿なだけで凄い馬鹿ではないですよ。」
ボロクソに言われた輝元は涙目で隆景を見上げた。
「叔父上! ひどいっす! 本当のことだけど!」
春彦も頷く。
「そうじゃ! 一字一句本当のことじゃが言い過ぎじゃけぇ! 輝元だって良いところはあるけん! 九州攻めの際、兵糧に困っていた味方の大名に米をプレゼントする、人がよい所もあるんじゃ!」
大内は春彦をじぃっと見つめた。
「なんじゃ?」
「ちょっと女性っぽいが…なんと美しい青年でおじゃるか! …でも…その服のセンス…まさに人類の進化を否定するレベル! こんどワタクシがコーディネートしてあげるでおじゃる!」
春彦は思わず立ち上がり、激しく反論した。
「なんじゃとぉ! このシャツの素晴らしさがわからんたぁ、文化人失格じゃ!」
「まぁなんて無礼な子!」
大内は一ノ瀬さんに注意され、春彦も元春になだめられ、事態は収拾された。
とりあえず、大内は涼太家に住むことに。
隆景が、春彦の家は狭い、古くさい、不気味だと血走った目で必死に主張したからだ。
「隆景ちゃんと住めないのは残念……。まぁ、妥協してやるでおじゃる!」
偉そうな大内に吉之助はイラついた。
「なんであんたそんなに偉そうなんだ? ガムテープで毛を引っこ抜きたいわ!」
そんな父を涼太はおおらかに笑って宥める。
「まあまあ父さん。いざとなったら身ぐるみ引っ剥がして売るか、保健所送りにすればいいんだよ〜。大内さん、宜しくお願いしまーす!」
しばらくして、春彦と安東は台所に呼び出された。彼らは様々なお土産を持たされる。
「はい、実季君にはこれも。今日は本当にありがとう」
安東が渡された肩掛けボストンバックの中には、衣類などが入っていた。
「急にこっちに来たってことだったから……服とかあまり持ってないでしょう? 吉之助さんが、涼太にあ実季君の体型を聞いて買ってきたの。」
「……でも、僕はお金が……。」
下を向く実季に、妙子は優しく手をふる。
「今日はたくさん手伝ってくれたから。そのお礼よ。帰りに吉之助さんに一言言ってね。」
「……ありがとうございます。開けてみてよいですか」
妙子は、優しく頷いた。
ボストンバックと中のビニールを開ける安東。ふわぁっと太陽の匂いがする。中身はシンプルなTシャツ、水色の長袖シャツなど、無難なデザインの物だった。吉之助が選んだということで、かなり身構えていた安東はほっとした。
「洗濯しておいたから、
そのまま着れるわ。それから、これは私から」
そう言って、妙子は小さな青い石のついた人形型のお守りを渡した。
「……実季君を守ってくれますように。」
実季は、目をキラキラさせてお守りを眺める。
「わぁ…ありがとうございます。」
春彦は彼を穏やかな表情で眺めて言った。
「良かったのぉ。」
春彦たちはあらためて深々とお辞儀。涼太宅を後にする。ちなみに元春、隆景、輝元は、今日は涼太宅に泊まることに。大内が、
「今日は隆景ちゃんと色々話したい」
と言い出したのだ。
隆景が半泣きですがった為、元春と輝元も残ることになった。
春彦達は吉之助の車で帰途につく。今日は安全運転。助手席の春彦は吉之助に話しかけた。
「そうゆやぁ、叔おとん上はいつ服を買いに行ったんか? 今日は八木さんの所はお休みだし、他の洋服屋は遠いけぇ、お昼の準備までに行って帰ってこれるたぁ思わんのんじゃが?」
吉之助は得意気に答える。
「昨日の夜遅くに買いに行った。ヤギちゃんは定休日の前夜、深夜まで残ってるんだ。だから警報器を鳴らして、ヤギちゃんを呼び、服を売ってもらった!」
春彦は白眼を剥いた。
「なんじゃと!
わざと警報器を鳴らしたんか! そがぁなことしていゆわけんじゃろう!
そもそも夜遅くに行くんもどうかゆぅて思いますが、最低限、携帯に連絡したらどうか!」
「携帯には電話したよ。
そうしたら、店にいるから来いとのことだった。
……だけど、到着してから何度電話をかけても、しばらく待っても反応がなくてな。これは事件に違いないと俺は思った。」
「まぁ…確かにそれはちぃと心配になりますのぉ。」吉之助は、頷く。
「だから、とりあえず窓ガラスに思いっきりスライムをぶつけ、警備会社を呼ぶことにした。そうしたら、ヤギちゃんが警報音であわてて出てきて、めでたしめでたし。眠ってただけらしい。警備会社の方やご近所の方には迷惑かけちゃって悪かったけどな。」
春彦は眉間にシワをよせ、俯くと、額に手を当てる。「どこがめでたしめでたしじゃ!…それにしても、何でわしに相談しなかったんじゃ?」
「なんとなく。」
「叔父上は何となくが多すぎじゃ!」
ワーワー騒ぐ二人を遠目に、安東はぽろっと言った。「……この国はフリーダムですね…。」
思わず春彦は振り返る。
「叔父上がフリーダム過ぎるだけじゃ! われは絶対絶対真似しちゃいけん!」
しばらくして、春彦宅に到着。吉之助は車の中から大袈裟な身振りで手を振る
「今日はありがとな! バイバイキーン!」
吉之助はニコニコしながら二人を見る。春彦は幼稚な叔父にため息をついた。
「まったくいい年こいて!」
しかし、安東はカタカタした動きで何とか真似をした
「ありがとうございました…バ…バイバイキーン。」
「よくできました!」
吉之助は満足そうに微笑むと、爽やかに走りさった。
家に入り、春彦は安東に貰った食料品を冷蔵庫にしまうよう指示すると、自分は洗濯物を取り込んだ。
そして、安東に干してあったぬいぐるみを返す。
春彦は洗濯物をたたみながら言った。
「……乾きやすく汚れが落ちやすい素材で出来とるってこたぁ、これを作った人はわれにずっと大切にしてほしかったんじゃのぉ。」
安東は、泣きながらぬいぐるみを抱き締めた。
「……病院の前に僕が捨てられた時…一緒に入っていたん…です。」
春彦は気まずそうに目をそらし、頭を下げた。
「そがぁに大事な物じゃったんか…返さんで悪かったのぉ……。」
春彦は顔をあげると、春の日差しのような優しい表情で続ける。
「……今日でわかった。わりゃぁよい奴じゃ。これからぁ、わしと涼太はわれの兄、輝と海は弟じゃ。困ったことがあったら何でもゆいんさい。」
「……はい!」
春彦は頷くと続ける
「所でお前の本名はなんじゃ?」
「僕以外の戦士は別の本名がありますけど……ぼくはずっと安東実季です!」
実季は元気良く返事すると、人形をもっと強く抱き締めた。
「さねすえ君! 無事で良かった! きれいになったね! ずっと会いたかったよ!」
実季…いや、サネスエ君人形は、裏声で喋った。
「ウン! アイタカッタヨ実季君! オニにユウカイサレテ、ニドトアエナイカトオモッタケド、マタアエテユメミタイダヨ!」
春彦は一瞬、口を開けたまま固まったが、我に戻ると実季に尋ねた。
「さ、さねすえ君? 自分と同じ名前なんか?」
「はい。」
「ほ、ほうか……。」
感動の再開を果たした実季とサネスエ君人形。
「今日からずっと一緒だね! あ、今日からもう一人友達が増えたよ! さねすえちゃんって言うんだ!」
実季は…いや、妙子があげたお守りのさねすえちゃんはしゃべった。
「よろしくね♪」
「コチラコソヨロシクね!サァ、実季君。春彦サンのオテツダイシナキャ!!」
「わかった! また後で!」
実季は涙を拭いて春彦を見た。
「僕も手伝います。」
春彦は、戸惑いつつも疑問を口にした。
「…お…おぉ。所で実季は本当は戦士になりとぉないようじゃったが、それでもなったなぁなんでだ?」
実季はサネスエ君を見ながら言う。
「籠の中に、僕たち一緒に手紙も入っていたんです。
『この子は体が少し弱いですが、どうか秋田実季の戦士に育てて下さい。父親似できっと賢い子です。よろしくお願いします』
と書いてありました。手紙の字は……施設の先生たちの字ではなかったし、何となく、お母さんのだと思いました。だから戦士になるのは大変でしたが、安東は競争率が低かったし頑張りました。施設の先生も協力してくれたし……。」
春彦は溜め息をついた。
「どんな理由かは知らんが…子供を捨てるたぁ、赦せん。しかし…戦士になれ、っちゅうのは、実季のためのゲンカツギかも知れんな。秋田実季は健康で、長生きじゃったんじゃ。それに、晩年は不幸じゃったが、優しい所のある性格じゃったっちゅう。優しゅうて健康な人間に育ってほしいっちゅう思いで、戦士になるよう願ったんかもしれん。」
その言葉に、実季の目から思いが溢れた。
「ひとり…に…してください……。」
春彦は、実季の顔をティッシュで拭いてやると、肩を軽く叩いて部屋をでた。
実季の心は、様々な思いや過去が駆け巡り、嗚咽を漏らす。しかし数分後。実季は鼻歌を歌いながら洗濯物をたたみだした。
「じ、じ、地獄の芋横丁〜」
襖の隙間から心配で覗いていた春彦は、切り替えの速さに呆気にとられた。
そんな時輝が帰宅。
「ただいま〜! ……お兄ちゃん、覗き見はダメだよ。気持ち悪い。サネ兄ちゃん、何の歌ですか?」
「僕の日本のアニメの歌だ。」
洗濯物をたたみながら、
合唱する輝と実季。春彦は合唱をやんわりと拒否され、手拍子を取って見守った