恐怖! 謎の甲冑人形!
春彦の一方的な決意表明から数日後、平日夕方。
春彦は地酒を一口飲むと首を傾げながら言った。
「上司に事情ゆうたら、
『病院に行き、診断書を貰って提出しなさい』
とゆわれての。ほいじゃけそがいにしたったら、
『長期療養扱いにするから、ゆっくり休みなさい』
と優しくゆわれてしもうてのお……。 おまけに同僚も皆、暖かく励ましてくれた。ありがたいが意味がわからん。とりあえず戦士の任務は出来そうじゃ。」
ダンベル体操をしていた元春、寝っころがって美術雑誌を読んでいた輝元、インターネットをしていた隆景は一斉に春彦を見上げた。
「ぜ、全部話したのか?」
「そうじゃ。」
「まじっすか! キチガイ扱いっすよ!」
「社会復帰が大変そうですね。」
三匹の『お前やっちまったな』顔に、春彦は顔をしかめて反論した。
「しゃぁないじゃなぁんか!」
そんな中元春達の兜が光った。
「敵さんがキタゼ! 出陣だ!」
「おお! 場所はどこか!」
「……ちょっと遠いゼ。高知県の南東六キロくらい。」
「ちぃと遠いってレベルじゃないけぇ! とにかくせくんじゃ!」
そう言うと春彦は、車のキーを取り出そうとしたが。それを引っ込めた手で頭を抱えた。
「大変じゃ! 酒を飲んでしもぉたけぇ、車を運転出来ん! おまけに涼太も車検中じゃ! ……吉之助叔父上に頼むしかありゃぁせんか。かなり不安じゃが。」
「飲んだのは一口だし、運転してもいいんじゃないっすか?」
「だめじゃ!」
輝元の言葉を一蹴すると、春彦は急いで吉之助に電話を掛けた。
「叔父上、すまんが車を貸してくれんか? 敵が来ましたんじゃ。え? いや……運転は涼太……わかりました。落ち着いて来てつかぁさいのぉ。」
春彦たちは、吉之助の運転する車で現地に向かう。吉之助の運転はまるで荒れ狂う波のよう。涼太が用意した酔い止めがなければ、到着前に全滅という惨事になっていたであろう。かなーり時間がかかって現地についた頃には、どっぷり日が暮れていた。もう鯨のように空は真っ暗。彼らは涼太の指導でラジオ体操をする。そして、モモンガから受け取った兜を被り、緒を結んで変身した。
「戦場で 刀が語る 太平記! 百戦不敗 吉川元春!」
変身すると、兜の正面の飾りがヘッドライトになり、金色の光を深紺の景色へと浮かべる。それは深い闇を切り裂く星のように煌々と輝いた。春彦の甲冑は。
毛利博物館の収蔵品で毛利元就所用と伝わる「色々威腹巻」を薄くスリムに(特に腕〜袖)、色を赤くアレンジしたものである。
「色々威腹巻」は、小さな板(小札)を数色のしっかりした刺繍糸のような糸でで繋げ、大きな板にし、それを組み合わせて構成されている甲冑だ。
ちなみに「腹巻」は、着用したあと背中の切れ目を左右から合わせて閉じるタイプの甲冑をいう。
そしてその上に金色のモールで縁取られた、黒い陣羽織を羽織っている。陣羽織の背には毛利家の家紋が輝く。
「天下の景色の深淵を
洞察するは 慈愛の知性
小早川隆景、世界を見抜く。」
涼太の兜と甲冑もまた、毛利元就に由来するものであった。
厳島神社に毛利元就が奉納したものと言われている、銀小札白糸威胴丸具足をモデルにし、薄くスリム化したものだ。
特に肩〜二の腕を保護する大きな板は腕の太さに細く変化させてある。
また小札を繋ぐ糸を赤にアレンジしているので、春彦と同じ赤色の甲冑になっている。
尚、「胴丸」なので脇で止めるタイプの甲冑だ。
そして甲冑とセットで伝わる兜は、銀箔捺しの烏帽子形の兜。兜本体の烏帽子部分には、「しころ」(兜本体の左右〜後方に垂らした、首を護るもの)があり、それには孔雀の羽毛が縫い付けてある。
せして銀箔の上には黒漆で幅広の横線が二本引いてある。
涼太の兜はそれをさらに銀色にしたもの。
陣羽織は春彦と同じ。
「たとえ小振りであろうとも 皆の思いで 満ちし器は大きなものさえ 浮かべてみせる! すべてを継ぐもの! 毛利輝元!」
輝は毛利輝元のものと伝えられる金色の錣付き兜を被っている。さらに春彦、涼太と同じ和風の赤い甲冑と、毛利家の家紋つきの白い陣羽織に身を包んだ。
光り輝く三人は手を突き上げ、空を指差して叫んだ。
「三本の矢よ、明日へ向かって走り出せ!」
本当は三本の矢の話は隆元、元春、隆景の兄弟の話なんだよなぁとか、何で水に浮くんだろうとか思いつつ、三人は現場へ走った。途中、へばった輝を春彦が背負ったり、吉之助が呼んでもいないのにビニールボートで追いかけてきたりしたが、何とか六キロ地点に近付いてきた。……するとそこには。足軽の甲冑を着た、女の子に大人気の着せ替え人形……の彼氏・イサミくんの人形が四体、プラスチックの光る甲冑に身を包んでいた。日本人男性の平均より高い長身で、モデルのポーズを取って立っている。兄弟たちの日本では、この人形の彼女、『リナちゃん人形』が大ブーム。
つい最近発売のガラシャ☆リナちゃん(熊本限定)は、元の価格が五千円なのに対し、オークションで一体二万円の値段がついた。その甲冑人形の背後数百メートルには、十〜十二人用テントくらいのサイズのドールハウスが海上を漂っている。……そしてその人形には。三人のような和風の、青い甲冑に黒い陣羽織の少年が一人で対峙していた。彼の肩にはサバトラ柄のモモンガいる。年の頃は輝より少し年上くらいか。ひょろりとした体躯に、凛々しさとあどけなさが同居した顔立ちの色黒の少年だ。黒々とした大きな目は、イサミくん人形を見据えている。隆景はそんな少年の後ろの漂流物に気がついた。
「あのボートに気を失った人が乗っています!」
「なんじゃと! 涼太! 叔父上! 輝! ボートの人を頼む! ……それから、そこの少年も下がりんさい! あがぁなぁらぁ人間じゃぁない! 危険じゃけぇ!」
春彦は走りながらテキパキと指示を下し、涼太達はその通りに動いた。
しかし青い甲冑の少年は下がらない。サバトラモモンガは青い甲冑の少年を見上げて言った。
「……嫌な予感がする。親父殿は救援に向かって下さった方がおられるから大丈夫だ。海殿、一旦下がろう。」
「オイラは下がらない! 足止めしなきゃ!」
「……海殿!」
彼らが揉めている間に、春彦は少年に追い付いた。サバトラモモンガと同じく少年に下がるように促す。
「ガキは下がりんさい!」「オイラは父ちゃんが遠くまで避難するまで下がらない! 絶対!」
人形は未だに揉める彼らにおかまいなく、モデル歩きでずんずん近付いてくる。
「ボクハ……リナノカレシノイサミ……シュミハ……ウサギトビ……。」
接近戦範囲に入った人形は、風の早さで銀の光を降り下ろす。咄嗟に春彦は少年を庇い刀を受け止めた。人形はスリムな体型に似合わず凄い力。剣道が得意な春彦も少し目をパチパチさせた。
「なかなか重い太刀筋じゃ! 高木さんにゃぁ及ばんがな!」
ギリギリと力と体重をかけて刀で圧し斬ろうとする人形。それを重力に逆らって防ぐ春彦だが。その背後から他の人形が刀を降り下ろす。
「後ろ!」
元春の注意より僅かに後、海が春彦の背中を守るように割って入る。
「背後は任せて!」
「おお! ありがと!」
春彦と海は背中合わせになり人形たちの刀を受け止める。一方涼太は、ビニールボートの男・海の父を診察。
「脈も心肺も問題ない。酒を飲んで眠っているだけだね。……父さん。この人を避難させて下さい。」
吉之助は頷くと自分のビニールボートと海の父のボートをくくりつけ、岸へ向かって漕ぎ出した。しかし人形二体が吉之助達を追いかける。吉之助は素晴らしいオール捌きで逃げ回るが、追い付かれるのは時間の問題。隆景は叫んだ。
「背中にある弓を放つのです!」
しかし輝の矢は力なく海にポトリと落ち、涼太の矢は吉之助へ飛んだ。間一髪よけた吉之助は冷や汗をかいた。人形は矢を放った涼太達へと高速モデル歩きで向かってくる。彼らはとりあえず逃げた。
「隆景さーん、必殺技っぽいのは無いんですかぁ〜俺達には弓を命中させるのはムリっぽいですよ〜。」
「必殺技はあります。とりあえず春彦殿達と合流しましょう。」
春彦、海、涼太は背中合わせの三角形で、四体の人形に対峙した。輝はあまり運動神経がよくないので三角形の中にいる。刀の甲高い光と声が漆黒の海原に響く。海は何とか渡り合えているが、涼太は防戦一方。そして春彦は二体と対峙。
「奴らぁ痛覚がないんか! なんぼダメージを与えても倒れんたぁ!」
一方輝は、輝元と手を取り合って三角形の中で震えていた。
「僕の知ってるイサミくん人形じゃない〜!」
「あの人形、不気味っす!」
そんな彼らに、元春は鬼の形相で持参の手裏剣を投げながら怒鳴った。
「しっかりするんだゼ! 輝、兜を平手打ちして紅葉形に暖めろ。そして柔らかくなったら千切り、紅葉型の手裏剣をひたすら作れ。最後に『厳島の紅葉!』と叫んで、その手裏剣を敵に投げろ! 殿は手裏剣作りを手伝え!」
輝達ははげましあいながら、涙目で作業を始める。
「て、輝、頑張るっす…!」
「うん…!」一方隆景はずっと額に手をあてて考え事をしている。そして深く頷くと、輝に指示をした。
「輝殿、あのドールハウスに何本か弓を放ってみて下さい。」
「え! 当てる自信がないです……。」
「当たらなくてもいいんです。但し、なるべくドールハウス近くに飛ばして下さいね。」
輝は腕がブレながらも弓矢をギリギリさせながら引き、おもいっきり放った。
しかしその白い矢は力なく黒紺色の海面へ落ちた。
「あれ……。」
「初めは皆、こうですよ。もう一度やってみましょう。」
最初は力なくポトリと落ちた矢が、隆景のアドバイスでだんだんドールハウス近くを掠めるようになっていった。しかし人形は全く反応しない。隆景はうーんと唸ると、また額に手を当てた。
「人形達の気をそらせるのは、無理でしたか。あのドールハウスは、彼らにはどうでもいいようですね。それに中に誰か入っているなら回避行動を取るはず。一体何なのでしょう。」
涼太は、刀を受け止めながら息も絶え絶えに話しかけた。
「爆弾でも…入っていて、俺達…を…誘き…寄せたいのか…ねぇ。」
「…それも一理ありますね。でもあの人形達にそこまでの知能があるとは思えません。」
「どうしてわかるんですかぁ?」
「背中に弓があるのに、私達を追いかける時に使いませんでしたし、今もワンパターンな動きでただひたすらこっちに向かってくるだけですから。」
一方、春彦はなんとか一体を倒した。
春彦はなんとか一体を倒した。人形は頭部にダメージを食らうと、砂のように消えていく。
「弱点は頭部じゃ! 頭をぶっ叩くんじゃ!」
海も涼太も人形のワンパターンな動きに馴れ、だんだん春彦達が優勢になってくる。そして海が息を切らせつつ一体を倒した。残りは二体。隆景は動いた。
「人形達は春彦殿、涼太殿に任せて、兄上、海殿、輝殿はドールハウスを襲撃しましょう。」
元春は異を唱えた。
「人形を先に倒して、後顧の憂いを無くしてからにしたほうがいいゼ。 中から何が出てくるかわからないぞ?」
「だからこそです。増援が来る前に得体のしれないものは処理しておかないと。」
隆景は牡丹のように華やかに微笑んで続ける。
「兄上は武人として優れた勘をお持ちです。危険な気配がしたら、すぐにわかるはず。頼りにしていますよ。」
元春はため息をついた。
「おだてるのが上手いゼ。まぁ、昔から知略はお前が上だ。……さぁ元春探検隊! いくゼ!」
拳を突き上げる海と輝。
「おーっ!」
一方輝元は、寂しげに隆景に尋ねた。
「……あの、俺は?」
「殿は連絡係です。涼太殿のところへ行って下さい。何かあったら、私がライトで合図します。」
元春と隆景は輝の背中に飛び乗り、輝元は元春にぶん投げられ、涼太の背中に。各々がポジションにつくと彼らは作戦に入った。
隆景は、すこーしずつ前進してはチクチク矢や手裏剣を飛ばすというセコい戦法を指示。
「おかしいですね。手裏剣も矢も当たっているのに壊れない。爆発もしない。回避もしない。そろそろ手裏剣が切れます。海殿、飛び道具はありませんか?」
海の眉の角度が困り度数になる。サバトラモモンガはそんな海の目を見て言った。
「俺は大丈夫だ。」
「……わかったよ! 長さん!」
海は兜を引きちぎると、小さな銀の円盤を作り、ドールハウスへ投げた。
「四国の蓋!」
蓋はドールハウスへ向かって、少し巨大化しながら向かって行く。
「……俺は四国の蓋にはなれなかったよ…。」
長宗我部はしくしく泣き出したが、それを無視して隆景は言った。
「見て下さい! ドールハウスからまた人形が出てきましたよ! …それに人も!」
ドールハウスは矢や手裏剣で、わずかだがダメージが蓄積していた。そこへ蓋が大ダメージを与えたので、人形や人が出てきた直後に倒壊した。ドールハウスから出てきた人間は、まだ高校生くらい。茶色い髪で儚い雰囲気の少年だ。少年は、甲冑を纏い刀を構えているが、なぜか千鳥足であった。輝と海は元春の指示で刀を構えたが、雑談を始めた。
「あの人、ヨロヨロしてますー。大丈夫でしょうか。」
「オイラの見立てだと……船酔いと風酔いかな!」
「風酔いってなんですかー?」
「わかんないけど、船酔いだけじゃない気がする。今日の風、臭いから!」
隆景は頬を赤らめる。
「すみません。私が屁をこきました。」
輝達は慌てて隆景を励ました。
「その匂いじゃないから気にしないで! そんなに臭くないし!」
「そうですよ! 僕は気が付きませんでしたよー!」
「……とにかくあの新しい人形どもも纏めてやっつけるゼ!」
「おーっ!」
彼らは気合いを入れて、刀を握り直した。
大破したドールハウスの中から出てきたのは人形九体。足軽タイプだけでなく、男性の上半身左の裸をデザインした、変わった甲冑の人形も含んでいる。さらに、着物のような甲冑の儚げな少年が一人。
人形を観察する輝達。一方、春彦と涼太は残りの人形を倒し終えた。春彦は刀を構えたまま少年に呼び掛ける。
「こがぁに危険な人形を持ち込むたぁ、何を考えとる! 署で事情を聞かせて貰うけぇね!」
少年は春彦の話を無視して叫んだ。
「……イサミ君が……四人いない! 仇を取らせていただく!」
彼の決意は強かった。ふらふらする自身の足取りを修正し、新しく出てきた九体に攻撃命令を下す。彼らは春彦達へ向かってモデル走りでやってきた。春彦と涼太は、新たに迫り来る人形少年達から距離をとると、弓矢を撃ちはじめた。少し弓の扱いに慣れてきた涼太と、弓も上手い春彦は、見事に人形の頭部に矢を命中させたが。人形は一本刺さっただけでは倒せなかった。
「こりゃぁ、何本か命中させんと、倒せんみたいじゃ!」
涼太の背中に引っ付いている輝元も、輝の作った手裏剣を投げる。二人と一匹は何とか人形を二体倒した。残りは七体。尚、輝達はスルーされた。人形少年は頭に血が登っているらしい。ただひたすらに春彦達へ向かって行く。
「殿達が危ないゼ! 背後に回って挟み撃ちにするぞ!」
隆景は首を振って言った。「待って下さい。私に策があります。とりあえず私達は春彦殿達とは垂直方向に待機しましょう。」
そういうと隆景は、懐中電灯を動かし、灯台の信号のように輝元に何かを伝えた。それを見た輝元は首を傾げる。
「も…り…り…ん? マリリン?」
回答権は涼太に移った。
「解った! 毛利両川だねぇ! 小早川さんが言ってた必殺技かな? 輝元、出し方を知ってるかい?」
「確か、二人同時に毛利両川! って叫んで、刀を海面に突き刺して切り裂く感じ……だったと思うっす。」
涼太と春彦は弓矢を刀に持ち替えて叫ぶ。
「毛利両川!!」
一m幅の激流が二本、横に二〜三メートルくらいの間隔を開けて線路のように平行に海上を走り、人形少年達へ向かう。人形少年達はとっさに防御体勢をとり、二本の激流の間の隙間に固まった。激流は数百m程走ると交わることなく、海の奥に消えた。『毛利両川』は結局、人形少年たちの左右を挟むように走っただけ。春彦達に、またズンズンと人形少年達が迫る。
「意味がわからん技じゃ!」
二人はまた走って距離をかせぎ、弓矢を打ち始めた。隆景は一瞬目をパチパチさせたが。次の計画をすでに考えていた。
「失敗の原因は私の説明不足ですね。すみません。とりあえず、兄上の作戦通りに背後から遠隔攻撃で奇襲し、二体くらい倒したら素早く移動して、春彦殿達と合流しましょう。」
海は四国の蓋をもう一枚出して投げた。
「ラスト一枚!」
蓋は夜闇に銀の弧を描き、近距離に立っていた二体の頭部に次々と命中。見事、二体を倒す。これで残りは五体+人形少年。
「お見事です! …因みに、今日はもう四国の蓋を出せないのですか?」
「うん。」
その頃。人形少年はやっと挟まれたことに気がついた。
「囲まれないよう敵を分散させる!」
人形少年は自身と人形三体で春彦達へ向かい、残り二体を輝と海へ走らせる。合流するのは難しそうだ。隆景は頭を切り換える。
「海殿が二体を引き付け、輝殿がその隙に仕留めて下さい。」
海は承諾したが、輝と長宗我部は躊躇した。
「海君が危ないです。それに……弓矢を当てる自信ががないです…。」
「……俺は反対だ。」
全員、元春を見る。
元春は一瞬で結論を出した。
「海の技量なら十分可能だゼ。隆景の作せ…前!」
人形二体が、海と輝へ向かって風と刀を降り下ろす。海は刀を受け止め、輝は間一髪避けた。元春は輝に攻撃した一体に飛びかかり、腕に噛みついた。
「今だ輝!」
しかし輝は腰が抜けて動けない。そうこうしているうちに、対峙していた人形をぶっ飛ばした海が元春が噛みついている人形の頭頂部を叩いた。さらさらと溶ける人形。腰が抜けていた輝だったが、そこから落ちた元春を素早く受け止める。そんな中、海に吹っ飛ばされた人形が海に向かってきた。
「海! 前を見ろ!」
「海君!」
「……海殿!」
海は反応が遅れた。重い光が頭上に落ちてくる。しかしその一瞬前。長宗我部は海の頭にジャンプし、白羽取りで刀を受け止めた。彼の手からは赤いものが滴り落ちる。
「……長さん!」
海は直ぐ様、人形の刀を受け止めるように下から刀を重ねた。長宗我部は手を離し、海の肩へ戻る。
「……大丈夫。集中してくれ。」
「……ありがとう!」
海は人形の刀を弾き落とすと、兜をそのままぶっ叩いた。
海は人形がさらさら溶けたのを確認すると、リュックから消毒薬を出した。
「今手当てするから!」
「…俺は平気だ。それより急がないと。」
元春は首を振った。
「逆に長宗我部殿のケガが気になって、海が集中出来ない方が困るゼ。」
「僕も手伝う。」
海と輝は、急いで応急手当てをする。長宗我部は、そんな二人にペコリと頭を下げた。輝は、ごめんなさい……と小さく呟くと下を向いている。長宗我部は穏やかな海のような声で輝を見上げて言った。
「俺は大丈夫だ。」
「長さんもそう言ってるし、気にしないでいいよ!」
「でも……。」
元春は、下を向いたままの輝の背中を軽く叩いて気合いを入れた。
「反省もいいが、気持ちを切り替えるんだゼ!」
「兄上の仰る通りです! ……向こうは苦戦しているようですね。」
隆景の視線の先の涼太は、二体相手で疲労が溜まり、息が荒くてぎこちない動き。春彦の顔にも大粒の水滴が伝う。半裸の甲冑の人形はスピード、振り下ろした刀の重さといい足軽人形とは格が違う。ちなみに人形少年はハリキリ過ぎて疲れたのか、海面を枯れた葉っぱのようにさらさらさ迷っていた。状況を見た元春は輝達に指示を下す。
「とりあえず、限界が近い涼太を海がフォローしろ。輝はあの変態鎧の人形を狙って打つんだゼ!」
「お兄ちゃんに当たりそうで怖いです。」
「大丈夫だゼ! 赤い色の甲冑の矢は赤い甲冑に当たっても吸収されるぞ。でも残り矢数が少ないから慎重に打て。」
その後。海と涼太は、なんとか二体を倒した。残りは変態鎧の人形一体。海は春彦のフォローに回る。防戦一方だった状況がやや好転するが。二体一でも戦況は五分。変態鎧の、風が泣き出すほどの凄まじい太刀筋は、まさに見えないチェーンソー。風圧にすら後退りする輝。それでも弓矢を握り締めてそーっと踏み出す彼だが。海が春彦に加勢したのでなかなか弓が打てない。一方涼太はふらふらしながらも、チクチク矢を人形少年の周りに打つ。
「主君が危ないよ〜人形さん、いいのかーい!」
「涼太! 何をするんじゃ!」
信じられない! という雰囲気の皆。しかし元春と隆景は真剣な眼差しで黙っていた。涼太をとめようとする輝に隆景は言った。
「彼は戦闘終了後のことも考えているのでしょう。」人形は、少年が打たれても全く反応しない。一旦顔を上げた少年だがきゅっと拳を握って下を見る。涼太はそんな少年を悲しげに見つめると、輝と一緒に変態鎧の人形に矢を打ち始めた。そんな中、人形少年はよろよろと立ち上がり、春彦へ向かって行くが。あっという間に吹っ飛ばされた。
「あぶないよ!」
「われじゃ相手にならん!」
「……清正君…。」
海と春彦の声を無視し、少年はまた立ち上がった。春刀を構えて春彦へとふらふら向かって行く。そんな彼に、隆景はどことなく同情が混じった声で、少年に呼び掛けた。
「彼も……私達が倒したイサミさん達も……貴方の友ではありません。」
人形少年は掠れた声で呟いた。
「……出鱈目を……。」
隆景はきれいで真っ直ぐな眼差しで、諭すように続ける。
「イサミさん達は、貴方が入っていたドールハウスを狙ったときも、全く反応しませんでした。ただ命令を聞いているだけで、貴方と心が通っているわけではないのです。」
「まさか!」
「試しに、撤退するように言ったらどうですか? 貴方を置いて行くでしょう。」
「清正君が、僕を置いて行くわけない……。」
少年は撤退! と清正人形に向かって叫んだ。
……人形は、人形少年に目もくれず、海の奥へと走って行く。ポカーンとする春彦達。元春は叫んだ。
「輝、背中を狙って打て!」
清正人形は体格がよいので的が大きい。輝の矢は人形の背中に命中。人形に罅が入り、動きが遅くなる。追いかける春彦達。隆景は輝と海を後方に下がらせて、叫んだ。
「春彦殿! 涼太殿! 絶対に倒すという気持ちで
『毛利両川』を打つのです!」
春彦と涼太は頷くと、二人同時に叫んだ。
「毛利両川!」
二つの激流が海上を少し走ると浮かび上がって、螺旋のように絡み合いながら真っ直ぐに走り、清正人形に直撃。人形は砂のように消えていった。残された人形少年は、がっくりとした様子でへたりこむ。春彦はそんな少年の兜を素早く叩いて封印する。さらに少年の隠し持っていた武器と人形を没収。通信機器も元春がぶっ壊した。
春彦は秋田を訝しげに覗き込む。
「わりゃぁ何者なんじゃ……ん? 顔色が悪いのぉ。」
「大丈夫じゃなさそうっす。尋問は明日にするっす。」
輝元の発言に考え込む春彦。輝と海は顔を見合わせる
「お兄ちゃん、とりあえず今日は休ませてあげようよ。」
「そうだよ。そんな悪い人に見えないし、明日でいいんじゃないの?」
「万が一のことがあったら話が聞けなくなっちゃうよ〜。弱っているしどうせたいしたことは出来ないんじゃない? ……所で君、大丈夫?」
涼太は顔色が悪く息が荒い少年の背中をさすってやった。少年はポロポロ涙を流す。
「仕方ないのお。」
春彦はぽつりと言うと少年を背負った。
「とりあえず今日は、家に連れていぬるしかありゃぁせんか。……元気になりゃぁ、きっちり取り調べはさせてもらうけぇね。」
「うん!」
真っ暗な中、兜のヘッドラインに照らされた光の道を黙々と歩く彼ら。輝は人形少年に和やかに尋ねた。
「僕は坂崎輝。中学二年です。お兄ちゃんは、何て名前なのですか? 高校生ですか?」
「……名前は安東実季。……学年は…高校二年生。」「誕生日はいつですか?」「多分……一月……。」
「なんでた……。」
続けて聞こうとする輝を涼太が遮る。
「気分が悪いみたいだから無理に喋らせちゃダメだよ〜。」
輝はハッとして口をつぐむ。それと入れ換わりに海が口を出した。
「オイラより4学年上だね! で、輝は同じ学年かあ。」
「えっ。そうなの? なんか僕よりしっかりしてる!」
「へへ。ありがと。春彦さんと涼太さんは?」
「わしゃあ二七才じゃ。」
「俺も〜。」
わいわいと皆が歩いていると、岸から小船がやってきた。
「おーい! お前達大丈夫かっ!」
そこには、スキューバダイビングの格好で手に銛を持っている吉之助と目が覚めた海の父が乗っていた。
「さあ! 敵はどこだ!」
「海〜父ちゃんにまかせろ〜。酔拳もぉ〜テレビで予習したぞぉ〜。」
そう言うと海の父は、ひょろひょろ拳をつき出す。
回らない呂律。ふらふらした目線と動き。危なっかしい。
「くらえ〜土佐拳〜。」
吉之助は止めもせず、一緒にはしゃいでいる。
「いよっ! 今竜馬!」
「父ちゃんやめて! 危ないから!」
「親父殿! お止めください!」
輝は海がしっかりしている理由がわかった気がした。
海親子を送り届け、そこで遅い夕飯をご馳走になると、春彦は安東を自宅に連れ帰った。安東は病人なので春彦宅へ涼太も泊まることに。輝は一応涼太の家へ。隆景と輝元も輝と一緒だ。ちなみに吉之助は事情を聞いて、家に泊めたいと駄々を捏ねたが、渋々了解。
「残念だ。せっかく宇宙人さんに不思議な話が聞けると思ったのに! じゃあまたね! サネ君!」
「……。」
人を宇宙人扱いした上、勝手に渾名までつける吉之助。涼太の家に泊めない理由は、彼の存在も原因であった。春彦は、そんな叔父をたしなめる。
「叔父上。安東は今、傷心状態じゃ。そげな人の心に、土足でずかずか踏み込んでいくなぁ、どうかゆぅて思うんじゃが。」
軽く頭を下げる吉之助。
「ごめんねごめんね〜。」
元春はため息をついた。
「こりゃ反省してないゼ!」
次の日の朝。朝ご飯をつくる春彦と涼太。元春は安東の部屋の前にいる。涼太は眉をひそめて言った。
「部屋に外から鍵を掛けて閉じ込めるだけならまだしも、元春さんと交代で部屋の外で竹刀持って座ってるなんて、やり過ぎじゃないかい? 怖いねぇ〜。」
春彦は味噌汁の火を止めると、勤務中のような真剣な顔で答える。
「わしゃぁまだ、完全には安東を信頼しとらん。根っからの悪い奴じゃぁないこたぁ、わかっとるがな。」
「まぁ、職業柄仕方ないかね〜。それに普段だったら問答無用で警察に連れて行ってることを考えると、春彦にしては優しいねぇ。」
「……あがぁなぁは捨て子かもしれん。ほんまは自分が何月何日に生まれたかわからんから、『たぶん』一月とかあやふやなゆい方をしたんじゃろう。われもそう思うたんじゃろ?」
「まぁね〜。」
「それに清正人形を見る目が、すがるような目じゃった。何か事情があるんかもしれん。」
「なるほど。ところで人形はいつ返してあげるんだい? 触った感触も、外見も普通のぬいぐるみだ。早く返してあげなよ。」
春彦は首をふった。
「何言うとる! もしかしたら、最新鋭の武器かもしれんぞ!」
涼太は冷蔵庫から広島菜のお浸しをだしながらため息をついた。
「……随分とファンタジーな武器だこと。」