輝元、宮島の空を飛ぶ
広島県の厳島神社。長身で知的な風貌の若い男は、午後の青空の宮島を歩く。
――しばらくして彼は、一つの絵馬に目を奪われた。銀縁眼鏡の奥の目が妖しく光る。
『動画コンテストで優勝したい 』
男はその絵馬を外すと、ぐっと両手で強く握りしめた。
「佐藤……。」
佐藤は眼鏡男の同級生で、面倒見のよい性格の男だ。しかしある一件以来、眼鏡男を毛嫌いしていた。佐藤の露骨な態度に辟易していた眼鏡男は、彼の上履きの底に両面テープを貼り付けたりしたものだった。
「親が社長だと気楽だね!」
絵馬の文章を噛み締めると、彼の手にはさらに力がこもった。そしてついに。
「……あ。」
バリッと音を立て、絵馬は真っ二つ。眼鏡男の額から、一筋の光が落ちる。彼は素早く辺りを見回した。幸いなことに誰もいない。ほっとした彼は鞄にそっと絵馬をしまう。そして、何事もなかったかのように歩きだし、消費期限切れのお守りを処分する炎に絵馬を投げこんだ。人がいないことを再度確認した彼は、軽くウインクすると、朗らかにほざいた。
「夢は自分で叶えるもの。絵馬に頼っちゃダメだよね〜!」
「……それはあなたが決めることではありません!」
冷静に再び辺りを見回した眼鏡男は、兜を被った、白地に紅葉柄の美しいモモンガと目があった。モモンガは紅葉の如く鮮やかに燃える眼差しで続ける。
「貴方は絵馬を書いた人の気持ちを踏みにじった! 許されないことです!」
眼鏡男は一瞬目をパチパチしたが、すぐに落ち着いた声でモモンガに話しかけた。
「君、喋れるなんてすごいね〜。どこの飼いモモンガ?」
モモンガは首をふる。
「いいえ、私は飼いモモンガではありません。由緒正しき毛利家の血筋を引くもの。それより……。」
眼鏡男はモモンガの話を無視し、持ち上げるとまじまじと見つめた。
「美形だ。ペットショップで高く売れるね〜。」
「……下ろしなさい。恐ろしい兄上を呼びますよ。」
その言葉の直後だった。真っ赤なふわふわした塊が岩のような質量を持ち、眼鏡男にぶつかった。眼鏡男は左肩に強い衝撃を受け、思わず紅葉モモンガを取り落とす。
「隆景、逃げるゼ!」
眼鏡男に体当たり攻撃した猫は、鳥居の用に赤く、いかつい筋肉質でリーゼントヘアのたくましいモモンガだった。その背後には、白いラメ地に毛利家の家紋の子モモンガが、気絶して転がっている。隆景モモはマッチョモモに駆け寄った。
「兄上、ありがとうございます。……殿はどうなされましたか?」
マッチョモモは気絶した子モモンガを引き摺りながら走りだした。
「話は後だゼ!」
二匹は宮島を走る。社殿を渡り、やる気のない鹿の足元をくぐり抜け、追いすがる眼鏡男からひたすら逃げた。しかし宮島フェリー乗り場で彼らは力尽きてしまった。元々、日本を守る戦士の勧誘活動などで疲労がたまっていたのだ。物陰で息を潜める二匹。マッチョモモは覚悟を決めた。息も絶え絶えに隆景モモに言う。
「…このままだと捕まる…俺がしんがりになるから…バカ殿を連れて逃げるんだゼ……。」
「無理です…よ…あのくそ野郎の…目的は…私のような美形モモンガを…売り飛ばすこと…ムサイ兄上は…お呼びで…ありま…せん…。」
二匹が微妙に険悪になった頃。殿と呼ばれた子モモンガは目を覚ました。
「……いだだ! あれ? ここはどこっすか。」
隆景は荒い息と真剣な眼差しで殿モモンガに言った。
「殿…広島県警の…茶髪で服のセンスの悪い刑事さんを頼って…逃げて下さい。私達が…囮になります。」
「叔父上、意味がわからないっす!」
隆景は、理由を言う暇も惜しいんだよ空気読めバカ殿! と思いつつ、状況説明した。
「今、私達は…くそ野郎に追われています。追いつかれたら…ペットショップ行きです!」
「ぎゃあぁあ! マジっすか! マジっすか! マジっすか!」
殿モモンガは絶叫し、くるくるその場で回りだした。
「ヤバイんじゃないっすか! 逃げた方がいいんじゃないっすか!」
ため息をつく隆景モモンガとマッチョモモンガ。そしてついに。
「俺のモモンガちゃーん!」
眼鏡男は追い付いた。爽やかな笑顔で三匹を見つめる。手にはモモンガ取り網。
「殿…逃げるんだゼ!」
マッチョ猫は渾身の力で、殿モモンガをぶん投げた。一方隆景は大事なことなので、力を振り絞りもう一度殿モモンガに言った。
「服のセンスの悪い刑事を尋ねなさい!」
「え? あーれぇー!」
殿モモンガは飛ぶ。青く、清々しい空を。彼はちょうどやってきたフェリーの座席に着地。幸いなことに周囲に人はおらず、怪我人は出なかった。しかし。子モモンガ自身は気絶。一方、残った二匹はフェリー出港まで眼鏡男の足止めに成功したが、ついに、眼鏡男による眼鏡男の為の睡眠スプレーで気絶。ペットショップに売られてしまった。
ペットショップに売られたマッチョモモンガと隆景モモンガ。宮島フェリーにぶん投げられた小さな殿様モモンガ。三匹は離ればなれになってしまった。
――殿モモンガは、フェリーの座席に横たわり、気絶している。そんな彼を呼ぶ声がした。懐かしくて、包み込むような柔らかい声だ。
「……輝元……。」
輝元は声がする方向に走り、声の主を探した。
「父上! 父上っすか! 会いたかったっす! 叔父上達はすぐ殴るからもう嫌っす! 父上、帰って来て欲しいっす!」
烏帽子に袴姿の気品ある男は、輝元の頭を優しく撫でながら、眉をハの字にして首を振る。
「……私は帰れない。元春叔父さんと、隆景叔父さんの言うことをよく聞くんだよ。二人は絶対、一生お前を支えてくれる。彼らを父だと思って大切にしなさい。」
「……父上にも側にいて欲しいっす!」
輝元の涙ながらの訴えに、男も湖の如く目に水を湛え、声を詰まらせた。
「……寂しい思いをさせてごめんな。最後に一つ。元春と隆景が生きているうちに、すべてを学びなさい。彼らはとても優秀だ。……私よりもずっと。そしていつか、二人がいなくても自分でしっかり物事の判断ができるようになりなさい。輝元。お前はやれば出来る男だ。失敗から学べる立派な才能を持っている。どうか毛利家を頼む…!」
「父上ー!」
輝元は目を覚ました。溢れる涙を手で拭い、起き上がる。
「父上……。」
しょんぼりしつつ回りを見回した彼は、異変に気が付いた。フェリーの中だろうが何処だろうがあるはずの景色の一部がないのだ。
「叔父上? 叔父上? ……元春叔父上! 隆景叔父上! どこっすか!」
彼はフェリーの中を走り聞き込みを開始。発見した園児に話しかけた。
「真っ赤でムサいモモンガと、白地に紅葉柄のイケメンモモンガをみなかったっすか!」
話しかけられた園児は仲間を呼んだ。
「みんなきてー! こないだせんせいがはなしていたももんがだ!」
あっという間に小さな人垣が輝元を囲む。
「かわどおりもちたべる?」
「そのぼうしちょうだい!」
輝元は完全包囲され、身動きが取れなくなった。
「こら! モモンガちゃんが怖がってるでしょ!」
可愛らしい保育士さんが間に入り、やっと落ち着く園児達。輝元は皆に事情を話し、二匹を見なかったかと尋ねたが目撃者はおらず。がっくりと肩をおとした輝元は、ぶん投げられた直前のやり取りを思いだした。
「……叔父上達が、俺を逃がしてくれたんだ……。」
輝元は俯いて、手をぎゅっと握り締め、父の言葉を思い出した。
「俺が、叔父上達を助けなきゃ! ……そう言えば、茶髪で服のセンスの悪い刑事を頼れって言われてた……広島県警ってどこっすか?」
保育士さんは警察に電話をかけてくれた。
「その刑事さんは、ちょうど非番だから迎えに来てくれるそうですよ。」
輝元は頭を下げた。
「まじすか! 本当にありがとうございました! ……ところでなぜ皆さんは、俺が喋ったのに動揺しなかったんすか?」
「最近私の彼氏が、武雄温泉で貴方のようにしゃべるモモンガちゃんに出会ったんです。みんなにもお泊まり会の怪談ナイトで語りました。」
「どんな感じのモモンガだったんすか?」
「葉っぱ模様の礼儀正しい感じのモモンガだったそうです。ただ、モモンガさんの頼みを彼が断ったら……。
『はが栗を誤解しやがって! これで九十人目だチクショー!』
と捨て台詞をはいたそうです。」
「そうっすか。葉っぱ柄……キチガイセンスっす。それにはが栗って何すかね?」
そうこうしているうちに、フェリーは市電宮島駅に着いた。輝元はお金がなかったので、変わりに園児からもらった餅を渡そうとしたが、運転手さんは笑顔で固辞した。……園児達と別れ、フェリー乗り場のベンチに座り、刑事を待つ輝元。彼は怖い散歩犬に吠えられ、小学生にはちょっかいを出され、心細さが増していく。
「先生のご好意に甘えて、一緒に待っててもらえばよかったっす……。」
じっと下を見て寂しさに耐える彼。お腹も物欲しげに鳴き出す。彼は頭に被った兜の中にしまっていた川通り餅を取り出し、包みを開けようとした。しかし、首を振るとやめた。そしてまた、兜の中に餅をしまう。
「叔父上……。」
――しばらくして、待ち人がきた。けむくじゃらの不思議な生き物が大量に描かれた車が駐車場に止まる。そして、中から変な服の茶髪の若い男が降りてきた。彼は中肉中背で、大きな黒目がちの目に、繊細な鼻と口の美男子だった。男は輝元に近付くと、かがみこんで優しく言った。
「わしが連絡をもろぉた吉崎春彦じゃ。事情は聞いた。……大変じゃったの。必ずわれの叔父上達は探し出すけぇ、安心しんさい。」
輝元は涙ながらに何度も頭を下げた。
「どうか宜しくお願いします!」
春彦は輝元の肩を叩くと、車に乗るように促した
輝元は車内の猫ゲージに入る。春彦はそれをシートベルトに通しながら、ドスのきいた低い声で呟いた。
「とりあえずペットショップを当たるけぇ。……それにしてもひどい話じゃのぉ。犯人を見つけたらぶちのめしちゃる……悪人は全員地獄に堕ちるべきじゃ……。」
さらに呪詛のように何かをぶつぶつ呟く彼。その大きな黒目がちの目は、劇物の眼差しになる。輝元は見なかったことにし、話しかけた。
「ペットショップって言っても、たくさんあるんじゃないっすか?」
「地毛が赤いマッチョモモンガと、白地に紅葉柄のモモンガはかなり珍しぃんじゃ。普通のペットショップに売るより、珍しい動物を高く買い取る店に売りとぉなるんが人情じゃろう。じゃから、この近辺でそげなモモンガを一番高く買い取りをしとる店に売られた可能性が高い。ほいで、盗難動物じゃろうがなんじゃろうが平気で売買するんは……。」
春彦はアクセルを踏んで叫んだ。
「ペットショップ悪代官じゃ!」
車は台風のように走り、無事にペットショップ悪代官に着いた。直ぐに成金色の店に入る一人と一匹。そんな彼らに店長らしき男が手ぐすねしながら声をかけてきた。『俺は悪人でぇーす。』という雰囲気の中年男である。
「いらっしゃい。どういったペットをお探しですか? ヒッヒッヒッ。」
春彦は警察手帳をチラ見せすると、ドスの聞いた声で言った。
「……赤いマッチョと紅葉柄の動物を出しんさい。」
「そんなモモンガ知りません。」
春彦は素早く店のカウンターに飛び乗った。そして立ちひざの体勢でバンッ! とカウンターの天板を叩くと、仁王のような目で店長を睨み付ける。
「わしゃぁモモンガだたぁ一言も言っとらん! やはりここにおるんか! さぁ、あがぁなぁらをはよぉ出せ!」
輝元もカウンターに登って叫んだ。
「叔父上達を返してほしいっす! 俺達にはやらなきゃいけないことがあるっす! こんな所で油を売ってる場合じゃないっす!」
店長はため息をつくと、渋々二匹を出した。彼らはまだ眠っているが、外傷は無さそうだ。
「とりあえず怪我は無いようで、げにえかった。ほぃじゃが…ちぃとやつれとるの。あとで病院に連れていかんゆけんの。
……所であんなぁらをこの店に売り付けたなぁ、どがぁな奴じゃ!」
店長は鼻をほじりながら言った。
「言えません。」
「なんじゃとぉ!」
「商売人はお客様の個人情報を保護する義務がございます。……捜査令状をお持ちなら話は別ですが。」
腰に下げた木刀をかじりながら身を捩り悔しがる春彦。そんな彼に輝元はズボンの裾を引っ張りながら訴えた。
「とりあえず店を出たいっす! 早く叔父上達を安全な所で休ませてあげたいっす!」
まだ悔しさが収まらない春彦だが、被害者の保護を優先することに。
「……今日はこれで勘弁しちゃる!」
そう言うと、カウンターについた自分と輝元の足形を拭いてから店を出た。
春彦は、元春モモンガと隆景モモンガを病院に連れていくため、カーナビで最寄りの動物病院を検索する。その最中。二匹は目を覚ました。
「叔父上!」
輝元は泣きながら二匹に飛び付いた。それを優しく抱き止める二匹。三匹は春彦にお礼を言うと、深々とお辞儀をした。二匹は春彦にさらに話しかけようとしたがのだが、声より先にお腹がしゃべった。隆景は恥ずかしそうに言う。
「そう言えば、朝から何も食べてないですね……。」
輝元はすかさず兜の中から餅を取り出した。
「叔父上! 餅ならあるっす! 四分の一づつ食べるっす!」
二匹はお前が食べろと言い、輝元は皆で食べようといい、揉める。春彦は目を細め、優しい表情で言った。
「うちに来んさい。ご馳走しちゃる。」
三匹は春彦の家に来た。外観はやや古びた一軒家だが、家の中は綺麗で整然としている。しかし。
「キモいッす!」
「……不気味だゼ。」
「本当ですね。」
部屋の壁に指名手配犯の写真がやたら貼ってあるのだ。未解決事件の年表もある。ご丁寧に暗記のためのゴロ合わせ付き。
「わしゃあ警察官じゃけぇ。指名手配犯の顔は覚えんといかん。……そう言えば今回の誘拐犯の顔は覚えちょるか?」
特徴を説明し、一応似顔絵らしきものを書く二匹。
「……兄上なら、もっと上手く描けたのにナ。」
「……そうですね…。」
似顔絵を見て、特徴も聞いた春彦は、頭を抱えた。そしてどこかに電話をかけている。その後キッチンに入った春彦は、テキパキと料理を作り始めた。おはっすん(野菜や鶏肉などの醤油味の煮物。筑前煮のようなもの)
ちしゃもみ(レタスの原種『チシャ』をちぎって塩揉み、しんなりしたら、味噌か酢味噌であえて、炒った煮干しをほぐして混ぜたもの)
魚のはぶて焼き
(煮魚を焼いたもの)
広島菜の漬物だ。
春彦が料理を作っている間、三匹は春彦が用意した風呂に浸かった。大きなプラスチックの衣装ケースに浸かる三匹。
「至れり尽くせりでありがたいゼ!」
「殿、不気味な人ではありますが、あの方に頼みましょう。」
「……一緒にいるとサスペンスっす。でも、身のこなしは軽そうだし、妥協するっす。」
「不気味だが、いい奴だゼ! こないだも人助けしてただろ! あいつに頼むゼ。」
すっかり春彦に頼む気になった三匹。風呂から出ると、早速日本を守る戦士にスカウトする。しかし。春彦は悩んだ末、断った。
「仕事があるから、いたしぃんじゃ。悪いが他を当たってくれんか。弟がまだ中学生で、わしが養わんゆけんし。」
「……親はどうしたんだゼ?」
正座していた春彦は、暗く光る炎のような眼差しで、膝に乗せた拳をぎゅっと握り締めて言った。
「……わしが中学生の時に強盗に殺された。叔おとん達はいるが、これ以上世話になるわけにゃぁいかんし。げにすまん。」
春彦は本当に申し訳なさそうに頭を下げた。輝元は同情的な眼差しで言った。
「辛いっすね……。事情はわかったっす。他を当たるっす。」
隆景は目を見開いた。
「殿は粘り強さが足りません! もうちょっと交渉すべきです!」
輝元は普段、叔父達の言いなりだが今回は反論した。「…春彦さんまで死んじゃったら、弟さんが気の毒っす……。だから頼めないっす!」
揉める二匹を他所に、元春は春彦に頭を下げた。
「輝元の言うことも一理あるゼ。でも時間がない。……春彦殿、どうか引き受けて欲しいんだゼ。」
「……すまんが無理じゃ。」
元春はマッチョな体躯を上下に揺らして声を張り上げた。
「広島がどうなってもいいのか!」
「いゆわけん! ほぃじゃが刑事の仕事も忙しいし、戦士の仕事までぶち手は回らん! 今年はいなげな事件が色々起きとるし、忙しいんじゃ!」
「お前の広島愛はその程度なのか!」
「いつくるかわからん悪人より、すぐそこにいる悪人を倒すべきじゃ!」
春彦と元春は喧嘩になり、あわてて隆景と輝元が間に入った。沈黙する一人と三匹。そんな中。空気を読まずに客が来た。
「春彦〜ご飯ご馳走になりに来たよ〜ん!」
それを見た元春と隆景は客を指差して叫んだ。
「お巡りさん、コイツです!」
隆景達を誘拐したのは、春彦の従兄弟・加賀涼太だった。春彦は赤鬼のような顔で、コンクリートのように固く拳を握りしめた。
「信じとぉなかったが……われじゃったんか! 輝元達がどがぁに怖い思いをしたかわかっとるんか! 人様を誘拐して売り渡すたぁ、何ちゃつだ! 宮島さんが許してもこのわしが許さん。歯を食いしばりんさい!」
そう言うと、春彦はグーで涼太を殴った。涼太はぶっ飛び、障子をぶち抜いて庭へ飛んで行く。しかし彼は最低限の受け身はしっかり出来ていた。多少の傷はあったが、すぐに立ち上がる。
「痛いな〜。いきなり殴るなんてひどいよ〜。そもそも、野良モモンガを捕まえてペットショップに売ることが何でいけないのかい?」
「元春さんも隆景さんも、野良モモンガじゃぁない! 毛利家の立派な武人……モモンガじゃ! そもそも猫じゃろうが人じゃろうが、嫌がっとる者を無理矢理拉致するなんてどうかしてる! 受け取ったお金は、ペットショップに返して来んさい!」
「はいはい。わかったよ〜。」
しかし事態が収集しかけた直後。庭から猛々しい声がした。筋肉質の体格の神主姿の男が、仁王立ちしている。
「……話は聞かせてもらった。涼太ぁあああ!」
涼太は目を見開き、石膏像のごとく固まった。
「げぇっ! 父さん!」
「お前はお前はお前は! 何で毎日、悪巧みをしないと気がすまないんだ!」
神主はドスドスと涼太を追いかけ回す。中年のわりに中々速い。
……涼太はこってり絞られ、涼太の父・吉之助、涼太、春彦は三匹に平謝り。三匹はだんだん許す気になった。
「まぁ、人身売買は戦国時代では、よくあったことですし……。」
吉之助は首を横に振って続ける。
「息子に償いをさせたいと思います! ぜひ息子を戦士にしてやってください!!」
涼太は高速で両手を振り、慌てて反論した。
「俺は生粋のDQNだよ?そんな奴に戦士なんかやらせちゃダメじゃない? それにほら、俺は監察医だから、ナイフより重いものは普段持たないんだよ〜。」
「……涼太殿。小早川隆景と申します。どうぞよろしくお願いします。」
隆景の言葉に驚く輝元。
「叔父上! コイツは信頼出来ないっす!」
「仕方ないでしょう。時間がありません。時には妥協も必要です。ね、兄上。」 元春も頷く。
「……春彦殿の高速パンチへの受け身。あれはなかなかだったゼ。個人的にはキライだが、仕方ないゼ。」
抗議する涼太を無視し、
吉之助は両手を上げて喜ぶと、さらに自分を指差した。
「俺も戦います! ずっと正義の味方が夢でした! 親子で正義の味方…なんて素晴らしい! 素晴らしい!」
三匹は顔を見合わせた。
「……失礼ですが、おいくつですか?」
「五十二才の若者です!」
「それは…ちょっと…。」
難色を示す三匹に吉之助はウィンクして答えた。年のわりにどこか愛嬌のある表情の男だ。
「大丈夫! 気持ちだけは若いとか、子供のようだと言われます!」
三匹は苦笑した。
(このおっさん、空気読めないっす!)
(気持ちだけってのが、一番厄介なんだゼ!)
(ありがた迷惑ですね。)
吉之助は自信満々にさらに続ける。
「私は昔、珍走団をやっており、夜中はバイクで走り込み、週に一度は喧嘩にもあけくれておりました。
キチガイの吉ちゃんというミドルネームもあります。今も賽銭泥棒を倒すために鍛えていますし、腕力には自信があります。」
春彦は叔父の過去にショックを受け、涼太はますます父に恐怖を感じて氷りついた。
そんな二人に気付かず、
吉之助は自分の心臓に手を当てて続ける。
「そして何より! 悪を憎む心は! 常に渦巻いているのです!」
三匹は困り果てた。
(どうしよう!断りづらいっす!)
(むしろお前の過去が悪だゼ!)
(可愛そうですが、こういうタイプはハッキリ言った方がよいでしょう……。)
「……ちょっと相談させて下さい。」
三匹は隅っこでひそひそ話し合う。結局、
「さすがに年齢的にキツイ」と意見が一致。部屋の真ん中に走り戻ると、吉之助に申し訳なさそうに言った。
「お気持ちはありがたいのですが、年齢制限があります。四十才以上は変身できません。」
吉之助は、ショックで部屋の隅に走ると体育座りをした。
しばらく沈黙が続き、やっと春彦が口を開いた。
「……弟、職場と相談をしてみるけぇ、数日まっとってくれ。」
吉之助は部屋の真ん中へ走り戻ると、春彦の肩を掴んで言った。
「お前が死んだら、輝はどうなる? ……まぁ俺が引き取るからいいか。……いや、よくない! よくないぞ! 若者があたら命を無駄にするなんて! ……よく考えたら、涼太も危ないか。……ああ! 私があと二人いれば!」
三匹は口の片端を上げて苦笑した。
(お願いだから黙れ。)
――吉之助が騒ぐ中、春彦の弟・輝が帰ってきた。
顔立ちは春彦に似ているが、穏やかで愛らしい雰囲気の少年である。
「ただいまー! ……あれ? 叔父さん、涼太兄ちゃん、どうしたのですかー?」
春彦は弟の輝に事情を話した。輝は目を潤ませて春彦を見つめた。
「ぼくはお兄ちゃんが死んじゃったら嫌だ! 戦士になんてならないで欲しい!」
春彦も目を潤ませる。
「輝……。」
一方、涼太は首を捻った。
「でもさ、輝は春彦が警察官になるのは賛成だったよね〜? 警察官だって危険なのに。戦士だけダメなのはどうしてなのかい?」
輝は、涼太と春彦をまっすぐ見て答えた。
「警察官になるのは、ずっとお兄ちゃんの夢だったから……。いつも生き生きと仕事に出かけるお兄ちゃんは、カッコいいって思ってた。」
しんみりとした空気の中、輝は続ける。
「それに……元春さん達貧乏なんでしょ? 刑事だと殉職したら遺族年金があるけど、戦士だと給料も出ないし、遺族年金も出ないよね。今は不景気だから困る。」
涼太と吉之助親子は黙り、三匹は目と口を見開いた。
(同情した俺が間違いだったっす!)
(コイツの心はインナードライ!)
(しっかりした少年ですね。)
皆、春彦をちらりと見た。春彦は……。春彦は泣いていた。そして輝を見る目が、見守るような慈悲の眼差しから、一人の武人を見つめる眼差しへ変化。春彦は輝の肩を叩いて言った。
「わりゃぁ、げにしっかりした男に育った!
お兄ちゃんが死んだ後なんて考えられん! と泣いてたわれが、こんなに物事をしっかり考えられるようになって、わしゃあ嬉しい! 父上も母上も、草場の影で喜んどるじゃろう! もうわりゃぁ坂崎家の立派な男子! ガキ扱いなどせん!」
話の展開に驚き、口をぽかんと開ける輝。一方涼太親子は冷静に言った。
「いや、子供扱いはしろよ。」
春彦は首を振り、暑苦しく、激しく、情熱的に続ける。
「わが坂崎家は代々、
平和を愛する穏やかで善良な農民じゃった。が、ひとたび一揆が起これば積極的に参加しとったし、心にゃぁ、もんのふのパッションが常にたぎっとる! 輝! 涼太! 我らいっけい! 炎となりて広島愛を燃やすんじゃ!」
春彦は一度決心したことは変えない男である。しかも周りを巻き込むのだ。
こうして、涼太と輝も戦士となり、戦うことになった。