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暁闇の月  作者: 平 和泉
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第7話「維将、神に会う」

翌朝。

朝早く目が覚めた維将は、いつものように庭で鍛錬をしていた。


「早いな」


声をかけて出てきたのは意外にも晴明だった。

彼は欠伸をかみ殺しながら階を降りてくる。


「良源殿じきじきに教えを受けるとは羨ましいな」

「……お師様に拾われた時、俺は生まれて間もない赤子だったそうです」


ふう、と一連の動作を終えてくるりと振り向いた維将がそう答える。


「教えを受けたのは成り行きでしかありませんよ」

「なるほど」


晴明は階に腰かけたまま小さく頷く。


「…………俺に何か御用ですか?」

「いや?」


目を細め、面白そうな表情で答える晴明。


「ただ昨晩、忠行師匠が面白いことを言っていたのでね。それを確かめに」

「面白いこと…………?」

「お前が人に過ぎた力を有しているから、晴明に任せてみてはどうかという話だろう?」


邸の奥から聞き慣れた声がし、良源が顔を出した。


「お師様」

「晴明。あまり私の弟子をからかうな。それでなくともお前は―――」

「良源殿」


このままでは説教が続きそうであったため、晴明は良源の言葉を遮る。


「今日はどちらに行かれるおつもりですか?」

「…………お前なあ」


はあ、と溜息をつく良源であったが、ここで無理やり話を戻してもこじれるだけだと悟り、それに乗る。


「今日は上賀茂に行くつもりだ」

「わかりました。では食事が済み次第、出かけましょう」


話は済んだとばかりに晴明は立ち上がると階を上り、母屋へと歩いていく。

が、その背中に良源が声をかけた。


「今日は維将も連れて行くからな」

「…………わかりました」


振り返らずに手を振って諾を示す。

その姿が邸の陰に消えた。


「あの………お師様」


遠慮がちに声がかけられた。

振り返ると、視線の先で維将が何か言いたげに自分を見つめているのが分かった。


「さっきのお話……」

「ああ……」


良源は頬を掻きつつ、さきほどの会話を思い出す。

晴明が維将に告げた言葉。



人に過ぎた力を有している。



それはいまだに維将には言っていない話だ。

ただ彼も、己の力に薄々気づいているような感じがあった。


「そうだな………。忠行殿からその話があったということは事実だ」

「…………」

「だがな、私はお前を手放したりはしない。お前は私の一番弟子なのだから」


それだけは分かってほしい。

そんな真摯な言葉を、維将はじっと聞いていた。


「それにお前が人に過ぎた力を有しているというのなら、私や晴明も同じようなものだ。質は違うがな」

「晴明様も?」

「いつかお前に話しただろう。人と狐との間に生まれた子供のことを」

「はい」


聞いたのは良源から教えを受けはじめたころだったか。

その頃、良源は頻繁に都へと降りていた時期だった。


「それが晴明だ」

「え……?」


どう見ても彼は人としてしか見えない。


「母親が狐だったようでな、そのせいであれは幼い頃から人と接することを避けていた」

「でも………」

「人としか見えないだろう? それは母親が晴明に“人として生きてほしい”との言霊をかけたからだと」


言霊は一種の術であり、そこに込められた思いが強ければ強いほど強固な呪として作用する。


「だから晴明は、人としてこの世で生きている」

「…………お師様。じゃあ俺はいったい…」


やはり維将の問題はそこだった。


「俺も人と妖との子供なのでしょうか?」

「お前はそう思いたいのか?」


晴明の話を聞いたため、内心不安なのだろう。

そんな維将に、あえて良源は問いかける。


「お前は自分を妖の子だと思いたいのか?」

「違います」


はっきりとそう維将は言い切った。

だが、人とは違うこの髪と瞳の色で、昔から言われてきたことがあったのは事実だ。



親なし子。

妖の子。



そのたびに良源やその師、そして良源の兄弟弟子が庇ってくれた。


「お前が人の子ではないとしたら、私はどうだ」


苦笑を漏らしながら良源が言う。


「うっかり力を出しすぎれば、周囲からは鬼だ、鬼だと騒がれる」

「そうなんですか?」


こんなに傍らにいて、維将は良源のことを全く知らなかったことに気付いた。

もしかすると意図的に隠されていたのかもしれない。


「師が言うには、私は他人から見れば怖い鬼だそうだ」

「想像できません」

「そうだろうな。今までそこまで力を出すような事態には陥らなかったからな」


そうして、ぽん、と維将の頭に手を置く。


「お前は私の一番弟子。その事実だけで今は十分だろう」

「…………はい」


なんだかはぐらかされたような気もしたが、良源の言うとおりだと納得し頷く。


「さて、朝餉だ。さきほどもあれに言ったが、今日はお前も連れて行くぞ」


さっさと足を洗って上がってこい。

そう言って良源が踵を返す。


「はい」


維将は慌てて井戸へと走った。






食事を終えるとすぐに三人は連れ立って邸を出た。

目的地は賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)。

兄弟弟子の一人より、ここで何かしらの気配を感じたとの報告を受けたためだ。

境内に入ると、空気が変わったことに気付く。

神気を帯びた清々しい空気が境内に充満しているようだった。

だが。

良源と晴明が何かに気付いたようで、視線を交わす。


「維将」

「はい」


二人の何気ないやり取りに全く気付いていなかった維将が顔を上げる。

良源が振り返って一言告げた。


「本殿に向かって走れ」


項にチリリとした痛みが走った。

言葉と、その不思議な感覚に押されるように、維将は駆け出す。

次の瞬間、地面が揺れた。

思わず振り返った維将が見たのは、大量の髑髏がどっと押し寄せてくる様子だった。


「小僧。はようこちらに来(こ)よ」


背後の本殿より澄んだ低い声がした。

振り返ると、そこにはいつの間にいたのか、独特な衣装をまとった青年の姿があった。

その体からは神々しいばかりの気が放たれている。

呆然とその姿に見入ってしまった維将へ再び青年が声をかける。


「そこにいては奴らもやりにくかろう。こちらなら私の力が及ぶ。足手まといになりたくなければはようこちらに来よ」


ひしひしと感じられる威厳と神気。

おそらくこの青年がこの社の祭神・賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)なのだろう。

維将はその気配に気おされながらも、その言葉に素直に従う。

本殿の、賀茂別雷命の傍らで二人の戦いを見守った。


「ふむ」


階にどっかりと腰を下ろして二人の戦いぶりを見つめていた賀茂別雷命であったが、ちらりと維将を見やって顎に手をやった。


「小僧」

「は、はい!」


思わぬ呼びかけに、維将が何事かと思って慌てて体ごと振り返った。

その反応に、くつくつと面白そうに笑う。


「そう緊張することはない。なにも取って食おうとは思ってはおらん」

「…………」

「お前はあの妖どもを知っているか?」

「…………いいえ…」


素直にそう答える。


「あれは目競(めくらべ)という卑小な妖だ。卑小だが、群れればああやって襲い掛かる」


倒したとしても人の心に闇がある限り、決して滅びることはない。


「滅びることはないって……、じゃあどうすれば」

「滅ぼすことはできなくとも、散らすことはできよう」


そう言って賀茂別雷命は右手を掲げた。

空が陰り、雷鳴が轟く。


「久々の邂逅に水を差すでない、妖どもよ」


そう告げ、軽く右手を振った。

次の瞬間、轟音と共に空から一条の光が目競めがけて落ち、辺り一帯を白く染め上げた。

光が目を焼き、思わずその眩しさに目を閉じる維将。

しばらくして目を開ければ、もうそこには目競の大群は消えていた。


「数日もすればまた復活はするだろうが、それはそれでまた散らせばよい」


手を下ろした賀茂別雷命が言う。


「そうであろう? 晴明よ」


言葉を投げかければ、返ってくるのはふてぶてしい返答だった。


「もう少しで私たちにも被害が及ぶところでしたよ」

「ふん。久々にお前たちと酒が酌み交わせると思って出てきてみれば、卑小な妖どもに絡まれているからな。てっとり早く散らしたまで」


シャン、と錫杖の澄んだ音色が響き、本殿へと歩いてきた良源が片膝をつく。


「賀茂別雷命よ。お久しぶりでございます。このたびは―――」

「良源よ。この小僧はお前が以前言っていた養い子だな」


口上は聞き飽きたとばかりに賀茂別雷命が良源に問う。


「はい。その通りにございます」

「小僧。名はなんという?」


続いて維将へと視線を向けた。


「…………維将です」

「維将か。なんとも晴明と違って素直だな」


ちらりと晴明へと視線を向ける。


「それはともかくとして、我に何か用があって来たのだろう。中へと入るがよい」


そう言って賀茂別雷命は立ち上がると本殿の奥へと三人を招き入れた。

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