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暁闇の月  作者: 平 和泉
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第6話「維将、教えを請う」


「…………留守、ですか」


やはり、という表情で言葉を漏らす維将に、良源は宥めるようにそっとその頭を撫でた。


「お前は昨日の疲れがまだ残っているはずだ。もちろん、明日からはきっちりと私の助手をしてもらうからそのつもりでな」

「…………」

「まあ、お前のことだからじっとしているのは性に合わんだろうから、私たちが戻ってくるまでに忠行殿から陰陽道の基礎を教わっておくように。それが留守を預かるお前の務めだ」


なおも粘ろうとする維将にすかさずそう告げると、ようやく機嫌を直したのか、それでも多少の不満はあるだろう表情でようやく頷いた。

既に他の僧たちは一足先に各々の受け持った場所へと調査へ赴いている。

それに遅れるべきではないと良源が傍らにいた晴明へ声をかける。


「お師様。早く戻ってきてくださいね」


知らぬ場所に一人置かれることに慣れていないのだろう。

声がいつになく心細く聞こえた。

それに気づいた良源は苦笑を漏らし、視線を階に佇む忠行へと向ける。


「では忠行殿。維将のことを頼む」

「そちらもくれぐれも無茶はせんようにな」


それに頷くと、二人は連れ立って外へと出て行ってしまった。

後ろ姿を見送った維将は、体ごと忠行に振り向くと頭を下げる。


「よろしくお願いします」

「うむ。ではまず陰陽道とはなんたるかを講義しよう。ついてきなさい」


維将の態度に幾分か感心した忠行が踵を返した。







とある局に入ると、そこにはさまざまな種類の書物がうずたかく積まれていた。


「そこに座りなさい」


指し示す先には円座(わろうだ)と文台。

そして文台の上には数冊の書物が置かれていた。


「おぬしは良源殿について文字を教わったと聞いたが……」

「はい。護身の術を教わる際に一通りの文字は教わりました」


円座に座り、目の前の書物へと視線を落とした維将がそう答える。


「ならばそれも読めるだろう。晴明が昔使っていた陰陽道の基礎を記した書物だ」


その前に座ると忠行は頁(ページ)を繰ってゆく。

数頁繰るとそこで手を止めた。


「さて、陰陽道とはここにあるように中国の陰陽(いんよう)五行説に基づいて、災異・吉凶を説明しようとする方術のことだ」


一文を読み聞かせ、維将を見やる。


「昨晩おぬしの世話をしていた晴明もまだ修行の身とはいえ、妖を退治る術に関してだけは飲み込みが早かった」

「あの晴明様が」


思い出すのは、ぬばたまの長い髪を背に流した青年の顔。

優男だとは思ったが、そこまでの実力がある人物だとは思わなかった。


「あやつは性格だけは少々難があるが、それ以外の陰陽の術に関しては見習えばよい」

「はい」


そして忠行直々の講義は太陽が西の山にかかるまで続けられた。






夕暮れの都大路を良源と晴明が連れ立って歩いていた。

彼らが向かったのは都の南外れにある廃寺であり、到着して早々に怪異に巻き込まれた。

怪異を収束させ、原因を突き止めるまでに少々時間がかかったが、なんとかすべて終わらせてようやく戻ってきたのだ。


「あと一か所は回れると思ったんだがな」


はあ、と錫杖で肩を叩きながら良源が溜息をこぼす。


「まさかあんな小さいモノにかき回されるとは思いもよらなかった」

「……私がもう少し注意を払っていれば…」


そんな良源に謝るのは晴明だ。


「なに、これも修行と思えば楽なもんだ」

「はあ」


そして二人は明日からどこを回るかを話しながら忠行邸へと戻ってきた。

邸には既に他の僧たちも戻ってきており、邸内は夕食の準備で慌ただしかった。

二人の姿を認めた忠行の弟子が奥へ報告に走り、それを受けて忠行と維将が迎えに出てきた。


「お師様、お帰りなさい」


緊張の糸がほぐれたのか、ほっと吐息をつく維将。


「どうだ、維将。ちゃんと忠行殿に教わったか?」


維将の様子に良源が問うと、代わりに忠行が答えた。


「晴明と同じで飲み込みが早く、夕暮れ時までには術の制御ができるようにまでなった」

「ほう、それは」

「お師様、見ててください」


そう言って維将が印を結んだ。

口の中で呪を唱えると、ぽう、と淡い光が目の前に現れる。

印を崩せばすぐに光は消えてしまった。


「印を崩しても呪が持続すれば暗闇の中でだって書物を読むことができますよ」


ですよね、と忠行を振り返る。


「そうじゃな」

「…………」


驚きに目を瞠った良源であったが、すぐにいつも通りの笑みを浮かべて維将の頭を撫でた。


「そうか。よく頑張ったな」

「二人ともご苦労じゃったの」


労をねぎらい、忠行が邸に上がるよう促す。

それに頷き、良源は晴明とともに邸へとあがった。






食事をとり、僧たちと本日の成果を話したのちに良源は忠行のいる局へと足を向けた。

局へと入ると、忠行は数冊の書物を読み比べては一冊の書物に書き写している最中であったが、良源の姿を認めて筆を置いた。

「どうされた?」


腰を下ろした良源に問いかける。


「…………あれのことだ」

「…………」


良源の聞きたいことになんとなく思い至り、忠行は背筋を伸ばした。


「維将殿の力は………わしが見たところでは晴明に近いものだった。力の本質が似ているからでしょうな」

「そうか」

「今のまま正しく導いてやれば何も言うことはないが…………ただ道を誤れば…」


何を言わんとしているのか。

良源はそのあとの言葉を代弁するように問う。


「人に仇なす存在となったとき、我らでそれを制することはできると思うか?」


その問いかけに、忠行は静かに首を横に振る。


「無理でしょうな」

「そうか」


納得した良源が腰を上げた。


「折角基礎を教えていただいたというのにすまんな、忠行殿」

「良源殿」


局を辞しようとした良源を呼び止める忠行。


「なにか?」

「維将殿の件、晴明に任せてみてはどうじゃろう」

「……………………少し考えさせてくれ」


何か思うところがあるのだろう。

良源はしかし、その返答をすぐにせずに局を辞した。

局を出ると、いましがた昇り始めた月が視界に入った。

間借りしている局へと戻りながら、これからのことを考えてみる。





しかし良い結果に結びつくであろう考えが全く思い浮かばなかった。

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