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暁闇の月  作者: 平 和泉
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第50話「黎明に光射す」

「一人で行かせてくれ、だと?」


話を聞いた博雅が頓狂な声を上げた。


「流石に一人では行かせられませんね」

「お前もそう思うか、晴明」


続いて声を上げたのは晴明。

その言葉に良源も頷く。


「山吹殿に篁殿はいかがされる?」


二人へと視線を向けると、山吹が苦笑を漏らすのが見えた。


「私は王とともに行かせていただきます」

「…………まあ、あちらの世界が静まらんと私の仕事が増えてかなわんからな」


どうやら二人とも同意見のようだ。


「というわけだ、維将」


良源がすべてをまとめてそう言った。

だが維将はゆるゆると首を振る。


「…………相手は興陵王です。生きて帰ってこれる保証なんてどこにも……」

「そうやってすべてを背負い込もうとするな」


晴明が維将の傍らにしゃがみこんだ。


「お前よりも力は劣るが、私がいる。良源殿もいる。それに博雅たちもいる。少しだけでいいんだ。私たちにお前が背負っている荷物を分けてほしい」

「でも……」

「でもではない。人も妖もすべて助け合って生きていく生き物だ。協力できる時にしなくてどうする」


びし、と維将の額に指弾が飛ぶ。

痛みに顔を歪ませ、唸る維将。


「とにかく一人で先に進もうとするな」

「…………わかりました」


その言葉を聞き、晴明は満足したのだろう。

極上の笑みを浮かべながら立ち上がった。

そして夜空の月を見上げると、すぐに踵を返す。


「少し用を済ませてきます」


言い置いて邸の奥へと姿を消した。

それを見送り、博雅は空を見上げる。

月はまだ紅い色を宿してはいたが既に蝕は終わりを迎えていた。

再び維将へと視線を向け、彼をまじまじと見た。


「なんですか?」


額を擦りつつ、その視線に気付いた維将が問う。


「いや…………なんだ、その……」

「はい?」

「急に成長したな、て思っただけだ」


博雅の発言に、良源はもちろんのこと篁でさえも目を丸くした。


「な、なんだよ。俺が何か変なこと言ったか?」

「いえ……。まあ、成長……というよりも転身といった方が正しいと思います。この体は妖の体ですし」


視線を落とした。


「妖となったからにはもう今まで通りに過ごすことはできませんから」

「…………すまん」

「博雅殿。これ以上、維将を落ち込ませるようなことは言わないでくれ」


俯く維将の頭を軽く撫でた良源が言う。


「維将よ」


篁が声をかけてきた。


「興陵王は宮の奥深くにいる。あくまでも私たちはそこへお前を運ぶことが役割だ」

「…………承知しています」


小さく頷く。


「ならばいい」


にやりと笑みを浮かべてみせた。

そこへようやく晴明が姿を現した。


「何をしてきたんだ?」


問う博雅に、晴明は首を横に振る。


「? そうか」

「そろそろ行くか」


良源が立ち上がり、維将を立たせる。


「維将」


邸の簀子で事の次第を見つめていた忠行が声をかけてきた。


「はい」

「無事に戻ってきなさい」


慈しむような声音に、維将は頷いた。


「良源殿。晴明と博雅殿を頼みました」

「承知」

「維将、扉を」


晴明に促され、維将は右手を掲げた。

次の瞬間、扉が出現する。

ゆっくりと扉に近づき、扉を押し開ける。

ぶわりと広がったのは先ほどと同じ異界の瘴気だ。


「行くぞ」


篁が先陣を切り、つづいて維将たちが続く。

全員が扉の向こう側へと消えると、扉は音もなく閉じ、そして消滅した。






ぱたぱた、と血が滴り落ちてゆく。

維将は左手で腹部の傷口を押え、なおも立ち上がった。

この異世界へと入ってからすぐに山吹と篁が離れ、次いで晴明と博雅も離れた。

ここに至る直前で師も。

己をこの場に運ぶことが役目だと言った篁の言葉どおりに。


「どうした……。妖に変じてもそれだけの力しか出せぬのか?」


挑発するように声をかけてくる興陵王。

だが彼も胸元を深く抉られ、血が滴り落ちていた。


「王となるべき器ではないということだな」


ぐらりと体がかしぎ、壁に体を凭れさせる。


「ひとついいことを教えておいてやろう」


蒼白な面(おもて)に壮絶な笑みが浮かんだ。


「この異世界は王の力で保たれている。万が一、王が崩御すれば均衡は崩れて異世界は消滅する」

「な………」

「お前のその体で果たしてこの世界を支えることができるか…………」


言う興陵王の指先からさらさらと砂のようなものがこぼれ始めた。

それに気付いた興陵王は、笑みを深くする。


「それを見ることができなくて残念だよ」


本当に残念だ。

そう告げた直後、全身が砂と化し消えた。

残ったのは彼の装束だけだった。


「…………っっ」


痛みに呻き、そのまま膝を折って座り込む。

その時、地面が揺れ始めた。

興陵王が言い残した話が脳裏をよぎる。


「維将!!!」


揺れが続く中、師が真っ先に駆けてきた。

その後を他の四人も駆けてくる。

良源は維将の出血を認めると晴明を呼んで止痛の符を出させた。


「この世界はもうもたん。早く現世に戻ったほうが身のためだ」


全てを知っている篁がやにわにそう告げる。


「だがお前が王として責を果たすのであればそうすればいい」

「分かっています」


心は決まっている。


「お師様」


呼びかけた。


「なんだ?」

「俺はここに残ってやるべきことをやってから戻ります。先に皆を連れて戻っていてくれますか?」


戻りたいのは本心からだ。

だが今の状況がそうさせてくれない。

早く皆をこの危うい世界から連れ出したかった。

じっと己を見つめる師の瞳を、維将は真剣に見つめた。

良源は維将の意思の強さを認めると、溜息をつく。


「お師様?」

「わかった。だがその“やるべきこと”が終わったら必ず戻ってこい。私は叡山(おやま)でお前が戻ってくるのをいつまででも待っている」


頭に手を置いて撫でる。

そのくすぐったさに身を捩り、立ち上がった。


「お師様。あとは…………頼みます」


深々と頭を下げると宮の奥へと戻ってゆく。

それを見送り、良源は篁へと視線を向けた。


「篁殿。現世に通じる道を教えてくれ」

「………ああ」


ちらりと宮の奥へと戻った維将へと視線を投げ、篁は山吹と共に異世界から脱するべく歩き出す。






玉座の間へと足を踏み入れた維将はその中央で足を止めた。


「ここで死ぬか、それとも…………」


師たちの気配を辿ると、篁が先導しているのがわかった。

この世界を崩壊させれば表の…現世にも影響が出る。

それだけは防ぎたかった。

維将は息を整え、目を閉じる。


「オン…………」


この世界を、現世を護りたい。

その一心で維将は力を解放した―――――。

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