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暁闇の月  作者: 平 和泉
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第44話「将門の死」

吾子(あこ)……


その呼びかけに維将は瞼をゆっくりと上げる。

ぼんやりとした視界の中に映ったのは金色の美しい髪を背に流した女だった。

女の表情が僅かに歪む。


お前の成長を見てやれぬ母をどうか許してほしい


ぎゅ、と抱きしめられ、ようやくこれが過去のものだと認識した。

恐らくは赤子であった時の……記憶の奥底に埋もれた記憶なのだろう。

女…母はそうやって己を抱きしめた後、傍らに控えていた侍女を呼ぶ。


五十鈴。

吾子をかの者の元へ。

あそこであれば隠れるのもたやすいだろうて。


そうしてゆっくりと母が離れてゆく。


葛葉。

御前に。


銀髪の見事な長い髪を背に流した葛葉と呼ばれた女が傍らに進み出た。


お前も五十鈴とともに子の元に戻れ。

いえ……私は王とともに。


柔和な表情が一転して決意を秘めたものへと変わり、母は吐息をつく。


お前の頑固さにはほとほと手を焼く。


だが結局は傍にいることを承諾した。


五十鈴、行け。

御意。


それを最後に維将の意識は再び暗い海の底へと飲み込まれていった――――






己を呼ぶ声がする。

それに伴って痛みが徐々に蘇ってきた。


「ぅ……ぁ、あ」

「維将」


声が漏れたのに気づいたのだろう。

今度はゆさゆさと揺さぶられた。


「起きろ、維将」


この声を聴いたのは一体いつだっただろうか。

じわじわと体の中を蠢く痛みを感じながらぼんやりとそう考え、ようやく瞼を上げる。

視界に入ったのは篁だった。


「たか、むら……さま」

「立てるか?」


その問いに維将は小さく頷く。

それを確認し、篁は維将を立たせ、言った。


「もうすぐ東の星が落ち、その余波がお前にくる。私はそれを見届けにきた」

「……………」


恐らくそれだけではないはずだ。

維将は胸に手をやって内で蠢く呪詛を確認した。

いまはまだ抗うこともできるが……父である将門に向けられている呪詛の余波が加われば抗いきれないだろう。


「篁様……」


呟くように呼びかける。


「山吹は………元気にしていますか?」


聞きたいことは他にあったが、敢えてそれを聞かずに別のことを問うた。

彼女は親身になって己のことを考えてくれていた。

女性には縁がなかった維将にとって、山吹という存在は新鮮に思えた。

そして……


「私がここに来たのはあれの願いだからだ」


口の端を小さく持ち上げた篁が告げる。


「あれは今、動けんからな。代わりに私が来た」

「動けないって……」

「さて、な」


話をそらす。

逸らされればもうこの話題について彼が話すことはない。

ほう、と溜息をつく維将に、篁は苦笑を漏らした。


「なんですか?」

「親も親なれば子も子だなと感じ入っただけだ」

「……感じ入ったってわけではないですよね、その笑い方は」


徐々に呪詛からくる痛みが薄れてゆく。


「気にするな」

「気にします」

「そうか」


どうやら篁の笑いのツボを刺激したようだ。

だが、懸命に笑いを堪えようとしているもののいまだに肩が震えている。


「篁様っ」

「ああ、悪い」


幾度か深呼吸を繰り返すとようやく笑いが収まった。

篁はごほん、と咳払いをする。


「どうだ。呪詛の状態は」

「え………はい、そうですね…」


言いながら身の内に意識を向けてみる。

そういえば先ほどよりもだいぶマシになってきたようだ。

一体どうしてなのだろう、と篁へ視線を向けてみる。


「お前は自分がどこにいるのかわかるか?」

「………どこに、いるか…?」


そう言われ、改めて周囲へと視線を向ける。

見覚えのない風景。

広い敷地の中にある池のようだった。


「この気配………」


感じたのは大内裏に張られている結界の気配だ。


「もしかしてここは………神泉苑でしょうか?」

「鋭いな」


篁は頷く。


「神泉苑はこの都の中でも特に清浄な気が集まる場所だ。お粗末な呪詛を祓うのであればこの場所はうってつけだ」

「お粗末な呪詛……」

「それに比べ、都の寺社仏閣…そして陰陽師たちが国の威信をかけて行っている呪詛はどこにいようとも回避不能だ」


言って東の方角へと視線を向ける。

その先ではおそらく父である将門が呪詛に抗いながら戦っているのだろうか。

そう思いながら同じように東の空へと視線を向ける。


「将門はいずれ討たれる。そして呪詛は将門を中心として血の繋がる者へと広がる」

「…………」

「これだけは覚えておけ」


東の空から視線を外し、維将をひたと見据えた篁が告げた。


「お前が持つ狐の血を有効に使えば呪詛を退けることなど容易なこと。だがその血は凶暴だ。使う場所を誤ればすぐさま意識は力に飲まれる」

「…………」

「…………恐ろしくなったか?」


黙り込んでしまった維将へと問う篁だったが、何かに気付いたのだろう。

視線を維将の向こう……暗がりへと向けた。


「そろそろ出てきたらどうだ。狐」


獣臭いぞ。

そう言って懐から小刀を取り出すと投げつける。

だが小刀は宙で何かに刺さるかのように不自然な状態で止まった。


「物騒なものをいつも懐に入れているな。お前は」


現れたのは興陵王だった。


「お前と一緒にするな」


鯉口を切る音。

ついで金属音がし、篁が太刀を抜き払う。


「お前の思う通りにはさせん」

「それはこちらの台詞だ」


興陵王の体から妖気が迸る。


「維将。そこから動くなよ」


篁がそう言い置き、太刀を構えた。

二人が互いの間合いをはかりながらじりじりと詰めてゆく。


「あくまでも私の邪魔をする、ということか!」


篁の行動を見極めたかのように興陵王は夜闇に向かって高らかと告げた。


「我が名に従いし眷属どもよ。目の前の敵を打ち払え!!」


その直後。

周囲の闇がざわめきたち、次々に武装した者たちが姿を現した。

手には太刀を持ち、まるで人のようだが気配は狐だった。

狐たちはぎらつく目を篁に向け、襲い掛かる。


「篁様!!!」


維将が叫んだ時だった。

維将を中心に、地面に複雑な文様が描かれ始めたのだ。


「あれが討たれたか」


それを視界の端に捉えた篁が呟きを漏らす。

文様は徐々にその複雑さを増し、また規模を大きくしてゆく。


「っ」


体内で薄れていた呪詛が再び活発に動き始め、息を詰める。

与えられる力に歓喜の声を上げているかのようだ。

その力はおそらく……父から流れ込む呪詛なのだろう。


「っ……っぐ、…っ」


呪詛を抑え込むように蹲り、叫びそうになる声を必死にこらえようとする。

だが。

突然、右腕の皮膚が裂けた。

吹き出すのは鮮血。

ついで右肩や左腕の皮膚も裂け始める。


「ぃっっ、ぅあっっっ!」


こらえきれず叫び声を上げた。


「お前も本当に非道な男だな……冥府の官吏よ」


篁は殺到する狐たちをあしらいながら興陵王へと視線を向けた。

彼は狐たちの後ろで維将の様子を、笑みを浮かべながら見つめている。


「それを助けながらも同時に殺そうと画策するとは……ただの人間とはいえ感心に値する」


その興陵王の視線が別のところへと向けられた。


「来たか」

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