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暁闇の月  作者: 平 和泉
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第43話「狐たちの思惑」

「………光照王様…」


晴明の脳裏によぎるのは幼い頃に母に連れられて行った先で出会った王の姿。

ある時、母は幼い己を一族の長である王の元へと連れて行った。

王は人が建てた邸の中で己を迎えてくれた。

その腹はふっくらと膨らみ、もうじき子が産まれるのだと教えてくれた。


「安倍童子(あべのどうじ)よ」


幸せそうな表情で腹を撫でさする王は、己を呼ぶ。


「はい」

「そなたは弟妹(ていまい)が欲しいと葛葉に言うておったようだな」


傍らに控える葛葉はその問いに苦笑を漏らした。

そんな母を見、ついで光照王へと視線を移した己は素直に頷く。


「そうか。ならばやや子が無事に育った暁にはお前を子の養育係に任じてやろう」

「お言葉ながら光照王」


やんわりと母が進言する。

それからの話は幼い己では理解できなかったが、かなり重要なことだったのだろう。

話が終わると光照王はまた来るよう告げて、邸の外まで見送ってくれた。


母……葛葉は光照王のよき友人であり、そして臣下でもあった。

そんな穏やかな時間はそれからしばらくして脆くも崩れ去ってしまった――――。






「…………え…?」


死を覚悟した晴明は一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

来るはずだった衝撃もなく、疑問に思いつつも瞼を上げると……。


「……っ…………っっ」


何かを堪えるように手を口元に当てて蹲る維将の姿があった。

その体からは呪詛の気配が色濃く滲み出している。

己の代わりに呪詛を受けたのだと分かり、背筋に冷たいものが走る。


「維将!」

「……………来ないで…くだ、さい」


身の内に蠢くものを抑えつけようとしながらもそう告げる維将。


「それはお前が受けるものではなかったはずだ!」

「………でも……本来…送り続けていた呪詛は、俺が…受けるものだった……のでしょう?」


これくらいの呪詛であれば大丈夫です。

苦しげに顔を歪ませながらも笑みを浮かべてみせた。


「駄目だ! お前を死なせては光照王様や母上に合わせる顔がない!!」


晴明は眦(まなじり)を決すると、維将の内側で命を食らい続けているであろう呪詛を取り除こうと手を差し伸ばしたが、それを維将が振り払った直後に二人を隔てる結界が張られた。


「そこまでだ」

「っっ」


晴明は声を発した者を見て目を剥く。

まず目を惹いたのは墨染の衣。

続いて細身の太刀と首の後ろで一つに結わえたと思われる髪。

そして……己を睨み付けるように見つめる三白眼。

冥府の官吏・小野篁だった。


「…………篁……様?」


なぜここにと問おうとする維将を制し、篁は晴明へと再度視線を向けた。


「維将にはまだやってもらわねばならぬことがある」


そう告げると蹲る維将を抱き上げる。

ぐったりとしたままの維将は抗いもせずに篁に抱き上げられた。


「篁殿。維将をどこに連れていくつもりですか!」

「………………」

「やってもらわなければならないこととは一体―――」


だがその問いかけにも答えずに篁は姿を消した。

同時に隔てていた結界が砕け散る。

そこへ複数の足音が近づいてくるのが聞こえ、良源と博雅が姿を現した。


「晴明?!」


驚きの声を上げたのは博雅だった。

良源は奥にある祭壇を見て何かを悟り、ついでに維将の姿がないことに気付く。


「………晴明。維将はどうした?」

「………………」

「晴明?」


拳を握りしめる晴明に、博雅が問う。


「…………すみません……」

「…………何があった?」


低い声音が良源から洩れた。


「一体ここで何があった?」

「………………」

「…………………最初から問おう」


このままでは埒(らち)が明かないと感じたのだろう、良源はそう言って晴明に面と向かって問うた。


「お前はここで呪詛を行っていた……そうだな?」

「…………はい」

「呪詛の矛先は……維将、だな?」

「え?」


博雅が驚いて良源と晴明を交互に見やった。


「……………………」

「維将が標的だとは夢にも思わなかった、というのが正解だろう。お前のことだから、呪詛を行うことに消極的だったに違いあるまい」


まさにその通りだ。

晴明は頷くにとどまる。


「そして標的が維将だと気付き、呪詛を止めた」

「止めれば呪詛返しがくることは分かっていました……。けれど…」


呪詛返しを維将はその身に受けてしまった。


「私が誘いに乗らなければ……」

「それもあるが………それ以上にあの狐が狡猾だったということだ」


ちらりと先ほどまで自分たちがいた宮を一瞥する。

恐らくあの場所に興陵王はもういないのであろう。


「それで維将はどうした?」


呪詛返しを受けたのであれば早々にその呪詛を中和させなければならない。

だがその維将の姿が見当たらないのだ。


「…………篁殿に…連れていかれました」


やってもらわなければならないことがある、そう言って。

言うと、良源はぐっと眉根を寄せた。


「あの御仁は一体何を考えている?!」


がん、と錫杖の石鎚を床に叩きつける。


「晴明。他に何か言うことはないか?」

「……………………そういえば」


呪詛を行っている最中に気付いたことがあったのを思い出す。


「別の呪詛の気配……」

「詳しく話せ」


そう良源に促され、晴明はその時のことを思い出すように目を閉じて話し始めた。


「恐らく……陰陽師の誰かが別の誰かに呪詛を行っていて……それが維将へと流れてきているようでした」


その言葉に、良源の中ではある一つの可能性……真実に近いものが浮かび上がってきた。

それを順序立てて整理してゆく。


「…………まさか……」


うめき声を上げ、錫杖を握る手に力がこもる。


「どうした? 良源殿」


顔色が変わった良源に、怪訝な表情で問う博雅。


「…………もう一つの呪詛の気配は…将門を呪詛している忠行殿の気配だ。呪詛を行っているのは忠行殿だけではないだろう。他の寺社仏閣や名だたる陰陽師たちが総力を挙げて行っているはずだ。身に余る呪詛は血を同じくしている者にも等しく流れているのだとすれば…」


ここまで言えば二人にもどのような結果が維将に待ち受けているのかわかったようだ。

晴明に続き博雅までもが顔色を変える。


「とにかく冥府の官吏を追うぞ」


言って庭へと出た良源は錫杖の石鎚を地面に突き立てた。


「晴明! 力を貸せっっ」

「わかりました」


懐から符を取り出し、呪を素早く唱える。


「博雅殿も早く」

「おお」


博雅が慌てて二人の傍らへと走ってくる。

三人が術域に入ったことを確認した良源は呪を唱えた。

次の瞬間、三人の姿が歪んだ空間の中に消える――――

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