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暁闇の月  作者: 平 和泉
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閑話休題「記憶の玉」

「知りたい、か」


満足そうに笑みを浮かべ頷くと、興陵王は懐から小ぶりの玉を取り出した。

それを床へと転がす。

玉は床を転がって維将の足元で止まった。


「それにはお前の母と父の姿が記憶されている」

「…………」


維将はしゃがみこんで手を伸ばそうとしたが、博雅に止められる。


「罠かもしれないぞ」

「罠とは心外な」


博雅の言葉が耳に届いたのだろうか。

興陵王が声を上げた。


「私は数万の狐の頂点に立つ王だ。そのようなことするはずも――――」

「なら、お前が先王を殺したっていうのはでたらめか?」


そう問うた途端、興陵王の表情が変わる。

僅かに苦いものを噛み締めたような、憂いの表情だった。


「確かに先王……父上を討ったのは我が配下の者。だが私はそのような指示は出していない」


手を下したのは、忠臣と名高い者だ。

そう告げる興陵王は瞼を閉じる。


「……私がもっと意思を明確にしておけばあれが先走ることもなかっただろう」

「…………」

「だがもう過ぎたことだ」


再び瞼を上げた。

その時にはもう先ほどの表情はなかった。


「それは私でさえも制御できる代物ではない。持つ者の記憶を写し取り、他人に見せるためだけのものだ」

「罠ではないと?」


再び博雅が問う。

それだけ興陵王に疑念を抱いているのだろう。


「言っただろう。それは私…荼枳尼の君でさえも制御できる代物ではない、と」


維将はちらりと博雅を見やった。

彼はどうするべきかと悩んでいるようだった。


「博雅様」


そっと声をかける。


「荼枳尼の君が嘘を言っているとは思えません」

「…………だがな」


何かを言いかけたが、その言葉を飲み込んだようだった。


「何か変なことがあればすぐにそれを手放すんだぞ」

「はい」


そう答え、足元に転がっていた玉を手にする。


『……そうか』


最初に聞こえてきたのは女の声だった。

気付けば維将は見知らぬ場所にいた。

目の前には見事な銀髪を背に長く垂らした女と金髪を背に長く垂らした女が長椅子に座って談笑しているのが見えた。


『そなたの方が先に母となるか』


どちらの女も人にはない頭頂に突き出た耳と獣の瞳を持つ。


『はい』


答えたのは銀髪の女だ。

愛おしそうに己の腹をさする。


『しかしながら。王を差し置いて私がやや子を腹に宿すのは―――』

『葛葉。それは言うな、と言っているだろう。こればかりは先も後も関係あるまいよ』

『光照王(こうしょうおう)……』


光照王と呼ばれた金髪の女は、背伸びをする。


『それで、葛葉よ』

『はい?』

『やや子の名はもう決めているのか?』


その言葉に、葛葉と呼ばれた銀髪の女の耳がぴく、と動く。

どうやら動揺しているようだ、と維将は思った。


『もしやまだ背の君にやや子ができたことを話していないのか?』

『…………王へのご報告が先と思いましたもので』

『まずは邸に戻り、背の君に報告してくるといい。ここに来るのはその後だ』


光照王はすぐに葛葉を邸に戻らせた。

その姿が消えると、再び長椅子に座り込む。


『やれやれ……困ったものだ』


ほう、と吐息をついたところへ、男が声をかけてきた。


『何を溜息などついている? 光の君』


ぴくん、と光照王の耳が動く。


『葛葉殿が慌てて戻っていくのを見かけたが……なにかあったのか?』

『いや……。あれにやや子ができたと報告を受けたが…………よりにもよって背の君にも告げずに私の元へ来おったのだ。まずは背の君に報告せよと言って追い返したところだ』

『ほう』


男は光照王の隣に座った。


『それはめでたいことだ。私からも何か贈ってやろうか』

『祝いものであれば私から送ろう。我が背の君は堂々と構えて入ればよい』


ニッと笑みを浮かべ、光照王が手を男に伸ばした。

男はその手を取って抱きしめる。


『背の君………将門様』






「光照王は我が姉だ」


突然の興陵王の言葉に、維将はようやく我に返る。


「そしてその姉は人の男に恋をし、子を産んだ」


男の名は将門。


「産んだ直後に何者かの襲撃に遭い、姉は死んだ」


その時、ガタンと音がして何者かが飛び込んできた。

維将と博雅が同時にそちらの方へと視線を向けると、そこには良源がいた。

話を聞いていたのだろう。

僅かに目を見開いて興陵王を見つめていた。


「姉はその襲撃直前に乳母に子を託し、逃がしたそうだ」


にい、と興陵王の口元が孤を描く。


「乳母の名は五十鈴(いすず)」


その言葉に博雅と良源が小さく反応を示した。


「まさか……」


良源が呻くように言葉を紡ぎ出した。

どうやら同じ考えに至ったようだった博雅も口を真一文字に結ぶ。


「その五十鈴とともに難を逃れた子は」





お前だ。


興陵王はそう告げた――――

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