第40話「親」
突然現れた植物を、博雅は唖然と見上げていた。
その傍らで伊吹が先に入っただろう二人の気配を探っていたが、不意に視線を上に向ける。
そして……。
「ちゃんと受け止めてやるとよい」
にやりと笑みを浮かべ、一歩二歩と下がる。
「へ?」
言われた意味が分からず、だが何か嫌な気配がしたため上を見上げた直後。
「うわあああああっっ」
「ぎゃっっ」
二人分の悲鳴が聞こえた。
「お~お~……」
伊吹はなおも苦笑を漏らしつつ、それでもすぐに傍らに寄って維将を立たせてやった。
続いて博雅へ声をかける。
「大事ないか?」
「…………ないわけないだろうが」
頭をさすりながら起き上がる。
「で、維将。良源殿はどうした?」
「まだ……あの中に…」
と、植物を指し示した。
「俺がいると力が出せない、て言われて」
「先に脱出してきた、というわけか」
ならば問題はないな。
そう伊吹は結論付けた。
その時だった。
空気が揺れて上空が朝焼けのように赤く染まった。
三人がほぼ同時に見上げれば、植物の一部から炎が上がっているのが見えた。
「ほう……良源とやらも派手なことをするのう」
感心した風な声音で、伊吹は呟きを漏らす。
「ああ派手にやられてはこちらも加勢せぬわけにはいくまいて」
行くぞ、と駆け出す。
「お……おいっ」
「博雅様」
伊吹とともに行こうとした維将が、振り返る。
「俺はお師様が心配なので行きます。万が一ここにお師様が来られましたら伊吹殿とともにおります、とお伝えください」
そう言って身をひるがえした。
その背中に博雅は声をかける。
「ちょっと待て!」
と。
「お前よりも年を喰ってるの俺に、『ここにいろ』っていうのか?」
「…………」
「前の俺だったら黙ってここにいるしかなかったが、今はこいつがある」
そう言って伊吹から譲り受けた太刀を抜き払う。
その太刀は炎を受けて鈍い光を放った。
「こいつがあればお前と共に戦うことができる!」
「……そう…でしたね。すみません」
では改めて。
そう告げ、今度は博雅に面と向かった。
「博雅殿。俺と一緒に来てください」
「ああ」
にっこりと笑みを浮かべ、身をひるがえした維将の隣に並ぶ。
「敵はこの幹の根本にいると思われます。恐らく伊吹殿は……」
「その周囲にいる奴らを相手にしているんだな」
ええ。
その博雅の言葉に小さく頷く。
「俺たちは一番奥でこの様子を見ている妖を叩きます」
「わかった。じゃ、行くぞ」
二人はそろって駆け出した。
上空から降ってきた炎のついた破片により、邸は徐々に火を纏い始めていた。
その中を二人は邸の主を捜して駆け回っていた。
奥へ奥へと包むにつれて妖の気配が濃くなってゆく。
「こちらだと思います」
直感を頼りに維将は進み、ようやく主がいるであろう房へと辿り着いた。
妻戸を蹴破って中へと飛び込めば、そこには意外な人物が邸の主と共に彼らを待っていた。
「久しいな、小童」
そう言って手にした杯を口元に持ってゆく。
銀髪の長い髪を持つ男……当代の荼枳尼の君である興陵王だった。
興陵王は維将をじっと見つめ、小さく笑みを浮かべる。
「お前はどちらかというと母親に似ているな。だがまあ、目元は父親譲りか」
「え……?」
一体何を言っているのかわからなかった。
不思議そうな表情で見つめるのを見て、興陵王は何かを悟ったのだろう。
笑みを深くする。
「私がお前の親を知っているとしたら……お前は知りたいか?」
「親………」
それを博雅が遮る。
「維将、相手は妖だ。妖に他人の……ましてや人間の親を知っているとは思えんぞ」
「人間! 我が王になんたる――――」
「よい」
吼えた邸の主を宥める興陵王。
その瞳には憂いの色が見え隠れしていた。
「お前は親の顔も名も知らなかったのだな」
「…………」
「聞きたいか? 親のことを」
「維将。耳を貸すな」
なおも博雅が言う。
だが、維将はその言葉は耳に入らず、ただ興陵王の言葉だけが頭の中に残る。
「俺は……」
「お前の出自を知りたくはないか?」
「…………それ、は……」
知りたい。
欲求は徐々に大きくなってゆく。
ずっと悩み続けた大きな疑問。
それを解消するものを目の前の男は持っているのだ。
「お前が望めば私はそれに答えよう。もちろん対価はなしでな」
対価がない。
魅力的な誘いだ。
博雅は苦虫を噛んだような表情をし、維将を庇うように一歩、前へ出た。
「どうだ?」
「…………俺は………」
維将はゆっくりと口を開く。
「俺は…………知りたい」




