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暁闇の月  作者: 平 和泉
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第39話「賭」

気付けば、目を閉じているのか開いているのかわからないほどの闇が広がっていた。

ここはどこだろう、と考え、ようやくひとつのことに思い至る。

何者かが張った結界に飲み込まれた。


「そうだ……維将たちは?!」


がばりと起き上がり、背中の痛みに呻く。

飲み込まれたときにどこぞで背中を打ったのだろう。


「案じずともよい」


と、傍らで聞き慣れた声がした。

伊吹だ。


「おそらく二人とも無事だろうて」

「おそらくって……」

「ここに飲み込まれたときに我らと引き離されたのだ」


ほう、と溜息が漏れるのを聞く。


「それにしても大規模な術を使う者が出てきおったものだな。よほど切羽詰っておるのか……それとも」

「伊吹」

「少し待て」


伊吹は博雅を制した。

直後に小さな炎が生まれ、周囲が明るくなった。


「お前、炎も操れるのか?」

「……お前は一体わしをなんだと思っていた? わしは鍛冶師だ。炎を操れんでどうする」


伊吹は左手の上で小さい炎をゆらゆらと揺らしてみせる。


「向こうの方で何かの気配を感じた。おそらくはここを作った者の気配だろう。そちらに行けばおのずとあの二人と出会える」

「本当か?」

「わしが今まで嘘をついたことがあったか?」


いや、なかった。

博雅はその言葉に頷き返し、伊吹は気配を追って駆け出した。

そのあとを博雅が追う。






光の術を維持しながら駆ける維将は、胸元に生じる痛みを感じ始めていた。

力を行使しているためなのだろう。

だがここで術をやめてしまえば再びあの妖が襲い掛かってくる。

実際、襲い掛かってきた妖たちは自分たちを遠巻きにしながらも付け狙うようにつきまとっている。


「大丈夫か?」


隣を駆けていた良源が声をかけてくる。


「無理なら私が負ぶってやっても……」

「いいえ、大丈夫です」


気丈に振る舞い、術を維持しながらも二人の気配を探る。

と、その時、意識に引っかかってきたものがあった。

あの二人ではない、異質な気配…。

それは良源も気付いたようで、こちらに視線を向けた。

二人の足はおのずと止まる。


「まるで、気付いてくれとばかりに気配を発しているな」


異質な気配へと意識を向けた良源が言う。


「ですね」

「あの気配の元に行けば、あの二人に会うかもしれんな」


そう判断し、二人は異質な気配の元へと向かうべく再び駆け出す。






「来たか」


二人の気配が近づいてくるのを感じ取り、闇が震えた。

と、次々に小さな炎が生まれ、闇を照らし始めた。

炎に照らし出されるのは大きな建造物。

それは都の貴族たちが暮らすような邸だった。


「皆の者。彼らを丁重にもてなそうではないか」


そう告げると、庭にいた影のようなものたちがざわめきたち、そして散った。

邸の中がにわかにざわめき始める。






闇に突如として光が立った。

それは築地塀を赤々と照らし出していた。


「え……?」


近づいてみなければそうだとわからない。

まるで都に戻ってきたような感覚だった。

正面の門も、そしてその向こうに見える邸の屋根も…。


「罠……でしょうか?」

「わからん」


異質な気配の主はこの邸の中にいるようだ。


「だが入らねばここから出ることはできんだろうな。ただしその者がこの結界を張った張本人ならばの話だが」


その時、門がゆっくりと内側に開き始めた。


「入ってこい、と言っているようですね」

「そのようだ」


二人は開いた門の向こうをじっと見つめる。

そこには水干(すいかん)姿の童が立っていた。

童は二人へ深々と頭を下げる。


「どうぞいらせられました。主があなた様方にお会いになりたいと申しております」


そして顔を上げると小さく笑みを浮かべた。


「野狐(やこ)の餌食にはなりたくなければこちらへどうぞ」

「野狐……」


さきほど襲ってきたあれがそうか。

と、すんなりと納得できた。

二人は顔を見合わせると、童の提案を受け入れて門の中へと入っていった。


「私たちをこの結界に閉じ込めたのは、お前の主か?」


先導する童へと良源は問う。


「私は主よりあなた方を案内するために遣わされた者にすぎません」


童はそう答え、なおも進んでゆく。

どうやら何も聞かされていないのか、または問いかけに答えないだけか。

良源はそう考え、続いて別の問いを投げかける。


「都を騒がしているのはお前たちの主か?」

「………そうであり、そうではないとだけお伝えしておきましょう」


着きました。

立ち止まった童がその場に跪く。


「お連れいたしました」


局の奥……御簾の向こうで誰かが身じろぎした。


「おお……。待ちかねたぞ」


それは若い男の声だった。


「ご苦労。お前は奥へ戻っておれ」

「はい」


奥にいる者が彼の主なのだろう。

童が深々と頭を下げ、奥へと引き下がった。


「さて」


奥へとさがる童を見つめていた維将は、男が発する言葉に視線を戻した。


「ようこそ我が邸へ」

「結界を張ったのはお前か?」


良源が問う。


「お前はなぜ―――」

「それよりも童よ」


良源の問いかけを無視し、男は維将へと声をかける。


「随分と魂魄に傷を負っているようだな。今の状態で力を使い続ければどうなるかお前自身はわかっているだろう?」

「…………」

「我が王はお前を気に入っておられる。お前を喪うのは悲しいと言っておられるのだ」


王。

そう呼ばれる男を良源は一人だけ知っていた。


荼枳尼の君。


あの銀髪の長い髪を持つ男は王として妖狐の頂点に立っている。

だが、なぜ。


「………その王はもしかして……」


どうやら維将もそれが荼枳尼の君だという考えに至ったようだった。

表情を青ざめさせながらも、問うた。


「その通り」


心を読んだのか、男が御簾の向こうで苦笑を漏らしたのがわかった。


「我が王はお前を眷属に迎え入れたいと仰せだ」

「眷属……?」

「お前に宿る力は人には御せぬもの。我らの元ならばその力を最大限発揮できるように修行を積むことも可能だ」


それに。


「我が王ならば魂魄の傷を癒すこともできるだろう」

「………俺は人の子だ。荼枳尼の君は人の子でも眷属に引き入れるというのか?」


維将が問う。

御簾向こうに座する男は再び苦笑を漏らした。


「普通の人の子であれば我が王は見向きもされぬ。だがお前はそうではないだろう?」

「……え…?」


背筋がすう、と冷えた。

これ以上は聞いてはいけない、そんな予感が脳裏をよぎる。

と、前に出た良源が錫杖を構え、御簾を薙ぎ払った。

ばさりと御簾が床に落ちる。


「御託はいい。さっさと私の質問に答えろ」


シャン、と錫杖の澄んだ音が響き、石鎚を男へ突きつける。


「ただの人間に何ができるというのだ」

「弟子が守れるなら、私は鬼にでもなれるさ。それに……」


良源は懐から符を取り出した。


「維将は人の子だ」

「お前は何もわかっていないようだな」


石鎚を突き付けられながらも男は不敵に笑みを浮かべてみせるが、何かに気付いたのか不意にその笑みが深くなった。


「なるほど……。お前も僅かながら異形の血が流れているのか」


だからか。


「お師様!」


男の手が懐の中で動くのを感じ取った維将が叫び、先んじて符を放つ。

放たれた符はすぐさま矢となり、男の胸元へと突き刺さる。

次の瞬間その姿は消え、代わりにばらばらと種のようなものが周囲にばらまかれた。

直後、種は一斉に芽吹いて二人を飲み込む。






起きろ……小童。


声が聞こえる。


このような術……今のお前ならば破るのもたやすいであろう?


一体何を言っているのだろうか、とぼんやりする頭の中で考えた。

そして気付く。

ぱたり、ぱたりと頬に温かい雫が滴り落ちていることに。

重い瞼を上げればそこには……。


「……お…師、さま?」


師がいた。

種から芽吹いた蔓のようなものから維将を守ろうとしたのだろう。

維将ともども蔓にがんじがらめとなっていた。

幸い維将は飲み込まれた衝撃で意識を失っただけだったが、良源は自分たちを締め付けてくる蔓とその棘で際限ない苦痛を味わっていた。


「お師様!」

「………維将……大事、ないか?」


問いかけてくる師に、維将は眉根を寄せて頷いてみせた。

よく見れば、頭部にひどい怪我を負っているようで、そこから流れ出た血が己の頬に滴り落ちてきていたのだ。


「お師様……血が」

「私は大丈夫だ」

「大丈夫ではありません!」


手を伸ばそうとするが、それを止められる。


「お前はここから一旦、逃げるんだ」

「逃げるんでしたらお師様も一緒です!」

「私なら大丈夫だ。お前がいたら力を出すことができんからな」


に、と笑うと力を振り絞って蔓を押し広げた。

それでようやく維将一人が抜け出せることができる隙間ができる。


「上に開いている隙間ならお前であれば出ることもできるだろう。外にあの二人がいる。二人とともに待っていなさい」

「でも……!」

「維将」


たしなめるように良源は声をかけた。


「お前の師は叡山で修行を積んできた僧侶だ。それなりの力は持っている」

「…………」


何を言っても無駄なのだと維将は悟り、しぶしぶ頷いた。

そして師が開けてくれた隙間へと体を押し込み、外へと脱出する。

視界がようやく広がった。

暗闇の中ではあったが、眼下に邸を囲むように篝火が焚かれ、その敷地の向こうには――――



いた。



そう感じた瞬間に、維将は地を蹴っていた。






維将の姿が見えなくなり、ようやくほっと息をつけた良源は視線を動かして周囲を観察する。


「雑魚相手にこの力は使いたくはなかったが……」


ここまでやりたい放題やられては出さざるを得ないか。

そう考えると、蔓を引きちぎって印を結ぶ。


「オン」


次の瞬間、炎が良源の体を包み込んだ―――

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