第38話「光」
何かがおかしい。
晴明は呪詛を開始した直後から違和感を感じていた。
その違和感がいよいよ確信に満ち、呪詛を続けながら傍らで式盤(ちょくばん)を触る。
「………別の誰かが呪詛を行っている…?」
そのような結果が出た。
だが、他に誰が呪詛をかけているのだろうか。
「それにしても……」
感じ取った呪詛の気配に覚えのあるものがあった。
「陰陽師………の扱う術、だな」
その時、呪詛の先にある気配が途絶えた。
呪殺が成功したという感触ではなかった。
まるで気配が掻き消えたような、そんな途絶え方だった。
「…………」
それでも呪詛をやめなかった。
確実に呪殺するまでは決してやめることができないためだ。
やめてしまえばその矛先は己に戻ってくる。
それを知っているから……。
「…………消えた、か」
冥府の修行を終え、邸に戻ってきていた篁が、四人の気配が消えたのに気付いて視線を上げた。
「山吹」
「はい、篁様」
呼びかけに、身軽な装束を翻して振り返った山吹が答える。
「あ奴が動いたようだ」
「そのようですね」
「では、お前はどう動く?」
視線を巡らせて山吹を見やる。
視線の先の山吹は、しばし目を閉じて考えていたが、返答をすべく口を開いた。
「星はまだ私に動くべきでないと告げておりますので、私はここで待ちます」
「そうか。それがお前の答えか」
満足そうに頷き、再び視線を空へと向けた。
「ならば私もここで待たせてもらおう。彼らがどうこの難局を乗り切るかを、な」
闇と同化した狐たちが一斉に維将と良源に襲い掛かる。
二人はそれを迎え撃つべくそれぞれ動いた。
良源は錫杖を振り回し、幾体かを弾き飛ばした。
その隙を縫って飛びかかる狐数匹。
それを維将は術を行使し、退ける。
だが狐たちは減ることはなく、ますます増える一方であった。
「…………」
良源は維将が疲れ始めてきているのに気付いた。
それでなくとも連日の疲れもあるのだろう。
ガン、と錫杖の石鎚を地面と思しき場所に突き立て、真言を唱えた。
と、二人を中心に結界が張られる。
「………結界を越えてこない、な?」
念のために周囲を見回して確認すると、ようやく吐息をこぼした。
傍らで、維将が膝に手を置いて肩で呼吸を繰り返している。
「少し休め」
「あ………はい」
ゆっくりと頷き、その場に座り込む。
「大丈夫か?」
「……なんとか」
懐から符を抜き、真言を唱えてそれを良源へと渡した。
「これは?」
渡された符を見、ついで維将へと視線を向ける。
「疲れを癒す符です。以前、忠行様に教えていただいて作っていたのを持っていました」
そう言って懐から同じような符を取り出し、真言を唱える。
「備えあれば憂いなしとは言うが……」
良源は感心したようにまじまじと維将を見つめた。
「お前は本当に成長したな」
「……お師様と比べればまだまだです」
符を己の胸元へ押し付けて、疲れを癒す。
だが、その符の力を感じた直後に違和感を感じた。
「どうした?」
維将の表情に何かを感じ取ったのか、良源が問う。
「いえ……なんだかこの辺りが」
と胸元へと手をやる。
「締め付けられているような感じがして…」
「…………」
良源は指し示された場所へ手を翳した。
そして気を凝らして探ってゆく。
「……………………」
しばしの沈黙の後、良源が問う。
「お前、夢殿で妖たちから攻撃を受けたことはあるか?」
それは突然の問いかけだった。
一体何を、と問い返そうとした維将だったが心当たりがありすぎて視線を彷徨わせた。
「魂魄にかなりの傷を負っている」
「…………それ、は…」
「夢殿で攻撃を受けたことがあるな?」
恐らくそれは一度や二度ではないはずだ。
それだけ多くの傷が魂魄に刻まれているのを感じたのだ。
良源は眉根を寄せて維将に告げる。
「これ以上、傷を負うことは命に関わることになりかねん」
「………でも」
「私はお前が心配なのだ。私よりも先に死ぬことは許さんぞ」
「もちろんお師様より先に死んだりはしません。死んだら親不孝者になってしまいますし」
苦笑を漏らすも、やはりさきほどの言葉がぐさりと心に突き刺さった。
「そうだ。お前は私にとっては子供も同然。先に死ぬことは許さんぞ」
「はい」
強く頷き、印を結んだ。
ちらりと師を見やる。
「闇は光を恐れます。光の術なら一番最初に教わったものがありますから、一度これを試しますね」
言って呪を口にする。
直後、まばゆい光が維将の胸の前に現れ、闇を払拭した。
「その手があったか」
辺りを見回し、狐の群れがすべて消え去ったのを確認する良源。
錫杖を抜き、結界を解く。
「とりあえずこのままの状態であの二人を捜しに行きましょう」
そう提案する維将に同意し、二人はそろって駆け出した。




