第28話「太刀」
朝日が昇りはじめた頃、御堂に伊吹の遣いを名乗る妖が現れた。
姿は蛇のようだが、手足が小さいながらもついている。
小さい龍……のように見えなくはない。
それは青葉に何事かを告げるとすぐに姿を消した。
「伊吹様はもうすぐしたら来られるそうだ」
振り返って御堂の中で朝餉を採っているだろう博雅へと声をかける。
が、返事はない。
気になって覗いてみると、なんと箸を持ったまま転寝(うたたね)をしているではないか。
「…………しょうがない奴だなあ」
はあ、と溜息をついた青葉だったが、伊吹の気配を感じてそちらの方へと視線を向けた。
青葉が何やら騒いでいる。
博雅はそれに気付いて重い瞼をこじ開けた。
「そうか。お前はこの姿を知らなんだか」
別の声が外から聞こえてきた。
気配は伊吹のものだが……声音が低い。
箸を置き、首をひねりながら外へと出る。
そこにいたのは青葉と見知らぬ青年だった。
だが、その顔に伊吹の面影があった。
「お前はわしがわかるな?」
艶やかなぬばたまの長い髪を背で一つにくくり、身長は博雅よりもほんの少しばかり高い。
面白そうに己を見つめる青年に、博雅はゆっくりと頷いた。
「妖は姿を変じることができると聞いたことがあるからな。お前は伊吹だろう?」
「青葉も少しは奴を見習え。そのようでは次代の長を務めることはできんぞ」
博雅があっさりと正体を見破ったのを目の当たりにし、目を丸くしている青葉に伊吹はそう告げた。
そして博雅へと向き直ると本題へと入る。
「さて博雅よ。青葉たちを相手にして己を鍛え直すことはできたか?」
「まあ……拷問に近い鍛錬だったが」
一瞬遠い目をしたが、そう告げた。
「青葉はどうだ?」
「はい。里の者でも数日で逃げ出すほどの鍛錬を、博雅は逃げ出さずに毎日ひたすら耐えぬいておりました」
「ほう……それはそれは。ならばあとは太刀に打ち勝てば言うことはない、ということか」
そう言って伊吹は左手を差し出した。
「これが我が鍛えた太刀だ」
そしてわずかに力を込めると掌に炎が生まれ、その中から一振りの太刀が出現した。
「まだ銘はないが、お前がこれをものにしたら名をつけるがよかろう」
その柄を右手で握ると軽く薙ぎ払う。
炎を纏った太刀の軌跡が横に流れた。
「お前の力がどの程度か、わしじきじきに相手をしてやるから覚悟しろ」
太刀を博雅へと放り投げ、ついで右手を翳す。
太陽の光を吸収し、その手に太刀が出現した。
「これはこの世の黎明期よりわしとともにあり続けた太刀だ」
これで相手をしてやる。
博雅は目の前に突き立てられた太刀を取り、構える。
ゆっくりと呼吸を繰り返し、前日までに教え込まれたすべてを思い返す。
太刀は死んでいるものではなく、己とと共に生き続けるモノだ。
その太刀の意識と己の意識を合わせ、目前の敵を……叩く。
「いくぞ」
伊吹の声が合図だった。
その声と共に二人が地を蹴り、太刀を振りかざす。
一番初めに感じたのは堅く平らなものの感触だった。
無数の鱗だ。
それが炎に照らされ虹色に輝いている。
鱗を持つそれは時の経過とともに姿を変えていき……。
何度も伊吹の攻撃を打ち返すたびに博雅は彼がいったい何者であるのかがわかってきた。
「どうした。それが今のお前の力か!」
博雅の攻撃を払いのけ、返す太刀で斬り上げた伊吹が声を荒げる。
「そのようなものでわしの太刀を使いこなせると思うな!!」
博雅はそれを必死で受け流しながら、太刀の意識へと目を向けた。
この太刀を鍛えるのに、伊吹は己の身を削っていたことを知る。
そしてそれとともに力をも削っているようだった。
太刀は伊吹の身と力を軸にしてできあがった、いわば生きた太刀なのだろう。
彼が今の姿を取っているのもその影響。
「…………わかった」
頭の中に太刀の意思が流れ込む。
ぎゅ、と柄を握る手に力を込め、目の前に迫っていた伊吹へ右下段から逆袈裟に斬りつける。
手ごたえはあった。




