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暁闇の月  作者: 平 和泉
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第27話「夢喰」

ここは……。


気付けば、博雅は見知らぬ邸の庭に立っていた。

都でもなければ、愛宕の山でもない。

見知らぬ土地だ。


「し……う」


邸の奥から誰かを呼ぶ声が聞こえてくる。

おそらくはこの邸の主だろう。


「先に放っておきました者からの報告が入りました」


足音と共に現れたのは壮年と思しき男だった。

そのあとを小柄な男が付き従っている。


「平貞盛方四千とのこと」

「四千……か」


ふむ、と男は報告を受け、しばし考え込む。


「我らの兵力は千……。どのみち時を置けば我らが不利になるな」

「…………では…」

「動ける兵を召集させよ。明朝には発つ」


その言葉に小柄な男は頷いてすぐさま傍らを離れて行った。

博雅はその時になってようやく壮年の男の正体に気付いた。


「…………平将門殿…か」


都でも名高い将だが、確か謀反人として先ごろ彼を討つために討伐軍が出立したはずだ。


「陰陽寮でも怨敵調伏の呪法を疾(と)くせよとの命が下ってたっけ」


ぽつりと呟く。

一人になった将門は階を降り、庭へと出てきた。

狩衣に狩袴という格好だが、その身からにじみ出ているのは武士としての誇りと自信だった。


「将門」


不意に別の暗がりから男の声がした。

将門の視線がそちらへと向けられる。


「いや、新皇と呼ぶべきか」

「………その声は興陵王(こうりょうおう)か」


驚くでもなく、将門は声の主の名を呼ばう。

するとその声の主は苦笑を漏らした。


「その名で呼ばれるのも久方ぶりだな」

「私に何か用があってきたのではないのか?」


その声を遮り、問う。


「ああそうだった。お前に言うべきことは二つ」


闇をすり抜け彼の前に出てきたのは見事な長い銀髪を持つ妖だった。


「ひとつは都の陰陽師がお前に呪詛をかけようとしていること」


と人差し指を立てて告げる。


「もうひとつはお前が捜し続けていた愛しい女の子供のことだ」

「光の君の子は今どこに……」

「待て」


突然、将門の問いを遮って興陵王は視線を巡らせた。


「どうした?」

「人の気配がする」


その言葉に将門は驚き、少し離れて立っていた博雅も驚いた。

自分はこれが夢であることを認識していたし、おそらく彼らも自分を認識はしていないだろうと思っていた。

将門に関してはそうだと思っていたが。


――――ろ…さ


遠くで誰かの声が聞こえた。

それは徐々に近く、そしてはっきりと聞こえてくる。


――――ひ……まさ、


「もしや都の…?」

「いや……おそらくは夢殿からお前の気配に魅かれて迷い込んだだけのようだが…」


言いながらも興陵王は視線を巡らせ、ついに博雅が立っている場所を定めた。

逃さぬように視線を固定したままゆっくりと歩を進める。


「お前は何者だ? なぜこのような場所にいる?」


整った表情の中に、酷薄そうな笑みが浮かんだ。

捕まったら絶対に殺される。

直感に従って博雅は足を引いて逃げようとしたが、妖の瞳に込められた妖力に捕えられたようで動かなかった。

目の前に立った興陵王の手がゆっくりと博雅に伸ばされ―――――


「おい、起きろ!!」


青葉の声が響きわたり、ついで背中に激痛が生じた。

痛みに呻き、もだえる。


「お……ようやく起きたか」


よかったよかったと安堵の溜息をついた青葉がその場に座る。


「嫌な夢を見たのか? すっげーうなされてたぞ」

「………………」

「ん? どした?」


まさか打ち所が悪く呼吸ができないとはいえない。

だが……正直、これは痛い。

声もなく身を丸めて震える博雅に、さすがの青葉も己のしでかしたことに気付き、青ざめた。


「す、すまん!!」


慌てて背中をさすり始める。

しばらくそうやっていると徐々に痛みが薄れてきた。


「…………も…いい」


手を上げてそう知らせると、さすっていた手がそっと外される。

ゆっくりと起き上がった博雅は、深い溜息を一つついて肩越しに青葉を見やった。


「青葉」

「あ…あれはお前がなかなか起きなかったからで―――」

「夢殿に詳しい妖ってお前の知り合いにいるか?」


言い訳を見事に制し、真剣な表情で問う博雅に、何かしら感じたのか青葉はすぐさま思考を働かせた。


「夢殿なら夢喰がいるが…………もしかしてさっきまでうなされてたあれか?」

「いるんだったら呼んでくれないか?」


頼む、と頭を下げられ、青葉はすぐさま眷属の烏を呼んで使いに出した。

烏がまだ薄暗い夜空へ舞い上がるのを見届け、博雅の傍らにどっかりと腰を下ろす。


「夢喰が来たら俺も一緒に聞いててもいいか?」

「………そうだな。お前にも迷惑かけたし」


しばらくして枯葉を踏みしだく音が聞こえ、青葉が迎えに出た。


「お前たち天狗が人間とつるむなんて前代未聞だな」

「でも流石に伊吹様の頼みだけは断れないでしょう」


外で二人が話しているのが聞こえてきた。

砕けた言葉使いをしているのが“夢喰”と呼ばれる妖だろう。

そのうち二人が御堂の中へと入ってくる。


「へえ……お前が俺を呼んだ人間か。本当に普通の人間だな」


夢喰は面白そうに笑みを浮かべながら博雅を見て率直な感想を述べた。


「…………女…?」


その妖は、男のなりをしているがどう見ても女だった。


「お前には俺が女に見えんだ」


意味深な言葉と共に苦笑を漏らす。


「で、人間。俺に何が聞きたい?」

「実は……」


と博雅はさきほど見た夢を詳細に語った。

全てを話し終え、外を見やった博雅は夜明けが近いことを知る。


「…………お前…今までそういう経験はないんだな…?」


念のため確かめるように夢喰が問う。


「普通の人間にそういう力はないはずだが」

「……そうだよなあ」


同調し、頷く。


「まず結論から言おう。お前が見た夢はおそらく現実のものだ」

「…………じゃあ」

「将門はついさっき出陣した」

「正夢ってやつですか?」


青葉が身を乗り出して問うと、夢喰は違うと告げた。


「お前自身が夢殿から将門の魂魄に魅かれてその場に出ちまったんだろう。青葉が気づいてよかったな。じゃなきゃ今頃お前、死んでたかも」

「それよりも将門のそばにいたっていう妖はいったい何者なんでしょう?」

「興陵王という名前なら聞き覚えはある。荼枳尼の君の字(あざな)だな」

「字かあ……。本当に狐って人間臭い奴らですね」


勉強になったとばかりに青葉は頷く。

荼枳尼の君………あれが。

目の前にまで迫ったあの男が。


「そういえば」


夢喰が何かを思い出したかのように口を開いた。


「お前の体から呪詛の残滓を見たが……もしかして」

「それなら将門に送られてる呪詛だろ」


荼枳尼の君もそう彼に告げていた。

しかし将門はそれを当然のごとく受け止めていたのが気にかかる。


「それが本当なら将門は近々死ぬな」


これで都の憂いもひとつは消えるだろう。

そう締めくくった夢喰の言葉に、博雅は僅かに眉根を寄せた。


「どした?」


それに気付いた青葉が問う。


「いや……」


何かこう胸にもやもやしたものが渦巻いていて、言葉にすることができない感じだ。

これは予感なのだろうか。


「いくつかお前に助言を与えてやる。それを信じるかどうかはお前の心次第だ」


と前置きして夢喰は話し始めた。


「狐は人をだますが、それが善狐なら信じていいだろう。ただ善狐でも荼枳尼の君だけは気を付けた方がいい」

「十分にわかってるよ。あれは人間に対して敵意を抱いてる目だったからな」


己を見つめた時の荼枳尼の君の目を思い出す。

冷たく凍てついた目だった。


「それと………お前の近くにいる狐の行動には注視したほうがいいかもな」


具体的には言えんが。


「俺の近くにいる狐……」


思い出すのは晴明のことだ。

そういえば最近とんと姿を見かけなくなった。

彼の師である忠行は、依頼で出かけているとしか言っていなかったが。

何か厄介なことに巻き込まれているのだろうか。


「………お前の夢はなかなかに面白い。これからもたまに食わせてもらおうかな」


ちろりと唇を舐める夢喰。

青葉はひやりとしたが、意味を理解していない博雅はにっかりと笑みを浮かべてこう言った。


「お前が思うほど面白い夢は殆ど見ない性質なんでね。すまんな」

「なあんだ、残念」

「…………」


二人の会話の結末に青葉は密かに吐息をついた。

と夢喰が立ち上がる。


「じゃあ俺はこれで失礼するよ」


それについて青葉も立ち上がる。


「博雅。俺、途中まで送ってくるから」

「わかった」


二人が御堂を離れ、博雅だけが御堂に残された。


「…………そういえばあれから十日経ったんだよな」


ふと思い出すのは今日が期限の十日目だということ。

思えば地獄の日々だった。

それでも十日目の今日になってみれば、それはそれでいい思い出になっている。


「修行の成果が試される日、か」


そうしていつの間にか再び眠りに就いていた。





それは修行を初めて十日目の早朝の話。

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