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暁闇の月  作者: 平 和泉
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第26話「修行」

伊吹に連れてこられたのは谷を渡った先にある御堂であった。

御堂の階に修験者の恰好をした男が二人ほど座っていたが、伊吹の姿を認めるや立ち上がって深々と頭を下げた。


「久しいの、天狗の」

「うちの坊主が迷子になって以来ですかな」


顎髭をたくわえた壮年の男がカカカと豪快に笑い、その後ろでまだ若い青年が頬を染めて俯いたのがわかった。


「その坊主ももう一人前になったか」

「は、はい。伊吹様におかれましては……」


話を振られた青年が慌てて言葉を述べようとしたが、伊吹に制される。


「天狗の。まずはひとつ頼まれてくれんか」

「無理難題以外でしたらなんなりと」


壮年の男がそう答えた。


「この人間を十日後までに鍛え直してやってほしい」


直後に二人の視線が博雅へと集中した。

天狗と呼ばれるだけあって姿かたちは人と同じだ。

恐らく修験者の姿をしているのにも人を欺くためという理由があるからなのだろう。


「伊吹様の御眼鏡に適う人間がいようとは驚きましたな」

「何を言うか。わしの眼鏡に適う人間などおるまいよ。ただこれからこの人間が関わるであろうことに関心があるだけだ」


そっけなく言う伊吹。


「手加減はせんで良いぞ。死んだらそれまでの男だったということだ」

「…………絶対に俺は死なんぞ」


流石にここでは死ねない。

維将と約束したばかりだ。


「面白い人間だろう」

「……では相手は我が愚息にさせましょう」


そして話は勝手に進む。


「うむ。確か今は名を青葉といったか。あとはお前に任せるぞ」

「は…はいっ」


青葉は伊吹に相当心酔しているようであり、任されたことに大いに胸を張った。

そういえば、と博雅は思う。

天狗と言えば背に翼をもっているものだが、この二人はそれがない。

しげしげと見つめる博雅の視線に気付いたのか、青葉がこちらを向いた。


「何をじろじろ見ている」

「いや……天狗なら背に翼を持ってるだろ? ないのはどうしてなんだろうなって…」


こればかりは答えてくれないだろうと考えていた博雅だったが、彼の言葉に少々呆気にとられることになる。


「我が里の決まりで人里に下りてくる際は翼を消すことになっている」

「……へえ」

「我は青葉という。手加減はせんぞ、人間」


青葉は腰に佩いていた太刀に手をかけた。

太刀での修行ということか、と判断する。


「俺は源博雅だ」


相手が名乗ったからにはこちらも名乗らぬことには正々堂々ということにはならない。

そう考え正直に名乗った。


「博雅よ」


伊吹が声をかけてきた。


「十日後にお前が太刀を持つに相応しい男か見極める。心して励め」

「もちろんだ」

「その言葉、ゆめゆめ忘れるでないぞ」


満足そうに頷くと、すぐさま踵を返し庵へと戻ってゆく。


「おい博雅」


伊吹の後ろ姿を見送っていた博雅が青葉の呼びかけに振り返った。


「太刀を抜け。今のお前の実力を見てやる」


既に青葉が己の太刀に手をかけている。

こちらが太刀に手をかければすぐに斬りかかってくる、そう感じられた。

ごくりと生唾を飲み込み、慎重に間合いを計りながら腰を落として太刀へと手を伸ばした。

と――――


「でりゃあ!」


裂帛(れっぱく)の気合いとともに青葉が正面から斬りかかってきた。

それを抜き払った太刀でなんとか凌ぐ。

妖の中ではおそらく天狗は最速の速さを誇るだろう。

初動についていくのがやっとだ。

だがそれではだめだと己に言い聞かせる。

彼は天狗の中でもまだ若い。

彼を越えなければ他の妖の動きについていくことはできないだろう。


「だあああっ」


返す太刀で上段から振り下ろした。

それを青葉はひらりと躱してよける。


「甘い甘い」


あざ笑うかのように舌をちろりと出した。


「天狗の動きについてこれてないだろ。そんなんじゃあ他の妖にだって負けるぞ」

「わかってる!!」


博雅はよけた青葉を追って地を蹴った。






それから十日間の修行は博雅にとって思い出したくもないほど激しい鍛錬の日々であった。

初日は青葉一人を相手に黙々と太刀を振るうだけでよかったが、翌日になると青葉の父が、その翌日になると里の指南役数名が入れ替わり立ちかわり博雅へと稽古をつけていくようになった。

しかもその鍛錬の量が半端ではなく、日が昇ってから始まり、その日が完全に落ち切るまで続けられたのだった。


「お~い……生きてるか~?」


五日目もようやく終わり、その場に倒れ込んだまま起き上がってこない博雅に青葉が声をかけた。


「…………………お~…」


一応返事のようなものが返ってきたが、起き上がる気配はない。


「里の若い衆でも四日で逃げ出すっていうのに、五日目になっても逃げ出さなかったな」


少し呼吸があがっているのは、先ほどまで博雅の相手をしていたからだ。

既に他の里の指南役たちは里へと戻っており、ここには彼以外はおらず、シン…と静まり返っている。


「とりあえず飯にしよーぜ」


五日間もともに過ごしてきたからか、博雅と青葉は随分と打ち解けてきていた。

青葉が先に御堂へと入って夕餉の支度をし始め、その音を聞きながら博雅は木々の合間から見える星空をじっと見つめた。

今この時にも維将は妖と戦っているのだと思うと気は急く。

だがなんの力もない自分が加勢したとして、足手まといなのは確実だ。

あと五日。

五日後になれば伊吹が太刀を完成させる。


「飯の用意できた………おい、大丈夫か?」


ひょいと顔を出した青葉が、未だに寝転がっている博雅を見つけて問いかけてくる。

それに気づき、ようやく博雅は起き上がった。


「すまん。少し考え事をしてた」


息を整えて汗を拭い、膝に力を込めて立ち上がる。

体全体がぎしぎし軋んでいるのを無理やり動かして御堂へとあがった。


「今夜は俺のおふくろの手料理だ」


そう言って自慢げに胸を張る青葉。

博雅が修行するにあたって里の女たちが気を利かせ、持ち回りで朝餉と夕餉を作ってくれている。

手を合わせて感謝の意を表し、まずは汁椀をとって汁(つゆ)を飲む。


「…………ん……美味い」


その天狗たちが作る料理は、博雅たちが食するものとほぼ同じだった。

だからだろうか。

少し懐かしい味がした。


「だろ?」


手燭に明りを灯した中で食べる夕餉。

それは五日前からずっと続いている。


「そういや、博雅」


がつがつと美味そうに食べていた青葉が不意に問うてきた。


「お前、どうして伊吹様の打つ太刀を欲してんだ?」

「…………まあ帝の命(めい)でもあるけど…」


箸を置き、ゆっくりとその理由を青葉へと語る。

元服もまだ済んでいない童が一人きりで妖と対峙しているのを見て、助けてやりたいと思ったこと。

だが冥府の官吏にはっきりと言われた。


―――破魔の太刀を持たぬお前は私たちの足手まといも同然。これ以上関われば命を狙われるだろう


足手まといだとはっきりと。

そう言われ、一度は離れてみたものの、やはり気になった。


「で、伊吹様が太刀を打てる、と冥府の官吏の血筋の女から聞いた……てことか」


話が終わるまでじっと聞きに徹していた青葉がそうまとめた。


「破魔の太刀が人間に打てるわけないしな……」


そう呟いた博雅は、ふと脳裏に浮かんだ疑問を口にした。


「そういえば伊吹って何の妖なんだ?」

「俺も知らねえよ」

「は?」


てっきり答えてくれるだろうと踏んでいたが、まさかここでわからないという答えが返ってくるだろうとは思わなかった。


「伊吹を敬ってるってのに正体を知らないってどうなんだよ」

「仕方ないだろ。伊吹様自身ですらご自分の正体をご存じないんだし」


―――己の正体を知らぬ妖


そのような妖がいようとはつゆにも思わず。


「それよりも早く食っちまえよ」


話をしたり考えたりしている間に青葉は食べ終えていたようだ。

博雅はそれに促されて箸を動かし始めた。

そうして夕餉も無事に済み……。


「なあ、さっきの話だけどさ」


ごろんと横になった博雅が再び青葉へと問う。


「伊吹様の話だったら―――」

「自分の正体を知らない妖って他にはいるのか?」

「他に…?」


青葉は思わず問い返した。


「なんでそんなこと聞くんだ?」

「いや……なんでだろうな」


わからん、と呟いて博雅は寝返りを打った。


「…………ただ」

「ただ?」

「自分がいったい何者なのかわからない……てのはつらいだろうな、て思っただけだ」


おやすみ。

そう告げると目を閉じた。

傍らで青葉が何かを言っていた気がするが、連日の鍛錬の疲れからか、すぐに寝入ってしまった。

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