第25話「行動」
邸に帰宅後、博雅はすぐさま応急処置を施した。
そして忠行邸へ使いを出す。
「…………手馴れてますね」
応急処置ではあるが、てきぱきと処置を施してゆく博雅の腕の良さに自然と言葉がこぼれ出た。
「まあな」
なおも手を休めることなく動かし、
「終わったぞ」
ぽん、と頭を叩いた時には処置は終わっていた。
「一応、応急処置だからな。戻ったら忠行殿か良源殿にもう一度診てもらった方がいいぞ」
処置の道具を直しながら告げる。
「ありがとうございました」
治療の施された腕を軽く回し、違和感がないことを確認した維将はちらりと博雅を見やった。
「聞きたいのはなぜ俺がお前に構うのか……だろ」
博雅はその視線に気付いたのか、動かす手を止めずに言った。
「…………」
「俺だってあの日からずっと悩んでたんだ。なんの力も持たない俺がお前の傍らにいてもいいのかって」
それでも……目の前で必死に戦っているのをみると体が勝手に動いてしまうのだ。
篁に言われたことは事実だ。
だが、元服も済ませていない童子が危険な場所に赴くのを見て見ぬふりはできない。
「妖からお前を守って……それでお前が生き延びるのなら」
そこでようやく手を止めて、改めて維将を正面から見た。
「それが俺の運命だったんだって納得するさ」
「…………それじゃ…俺が納得できません」
膝に置かれた拳をぎゅ、と握りしめながら維将が呟きを漏らす。
「俺が…博雅様を犠牲にして俺が生き延びるなんて……そんなのは嫌です」
「だがなあ…」
「守ってくれるのなら博雅様が生き延びられる道を探しましょうよ」
顔を上げた維将の瞳には涙がにじんでいた。
「じゃないと俺も死んじゃいますよ?!」
「おいおい…………男が泣くなよ」
「泣いてません!!」
その剣幕に僅かに狼狽した博雅は懐を探って懐紙を取り出すと維将へと手渡す。
「……あと、鼻水も出てるから拭け」
「っっ」
その言葉に、維将は恥ずかしさのあまり無言のまま懐紙を奪い取った。
少し落ち着いたのを見計らい、博雅は家人に白湯と菓子を維将の前に運ばせた。
「今結論を出したんだが」
腹を減らしていたのか、菓子に手をつけはじめた維将へと言う。
「近々、対妖用の太刀を鍛えるよう主上から命が下る予定でな、それに合わせて俺も動こうかと考えてる」
「へえ……」
白湯で菓子を流し込んだ維将が目を丸くした。
「命を下すってことはそこまで切羽詰っているってことですよね」
「そうだな」
ひょい、と菓子をつまんで口へと放り込む博雅。
「考えたのは主上の弟御・源参議高明様だ。といってもお前にはわからんだろうが」
「でもお偉い方なんですよね?」
「ああ。高明様は石清水八幡宮や賀茂社にと仰っているが、そこにいるのは普通の人間だし…本当に妖を退ける力を有する太刀を打つことができるかわからん」
博雅の傍らには家人が気を利かせて瓶子|(へいし:酒器のこと)と杯が置かれているが、それには手を付けていない。
「それに対して愛宕山に住む伊吹っていう人物は小野家のお墨付きがついてるからな。行かんわけにはいくまい」
「愛宕山……といえば天狗が住んでいるって話ですよね」
前にお師様から聞いた、と維将がまたひとつ菓子を口に運びながら言った。
「天狗だろうが鬼だろうが妖を斬れてお前を守ることができればそれでいいんだ」
「…………お師様もそうですけど、博雅様も大概過保護ですよね」
ぽつりと遠慮気味に、だがかろうじて聞こえるように告げた。
「当たり前なことを言うな。お前はもう俺の弟も同然だ」
かかか、と笑ってようやく瓶子を取り上げて手酌で飲み始めた。
「だが、俺が戻ってくるまで無茶はするなよ」
「わかってます」
二人はそれから少しの間話をし、良源が迎えに来たところでお開きとなった。
それから五日後のこと。
高明の言葉通り主上から勅命が下った。
博雅はそれに合わせて単身、愛宕山へと向かった。
案内もなく、ただ“愛宕山の奥深くにいる伊吹という姿かたちは童”という情報だけを頼りに数日当てもなく彷徨った。
四日後の夕方。
不意に開けた場所へ出た。
そこには小さな庵と工房があり、人が住んでいるように見受けられた。
「すまぬ」
声をかけるが中からの応(いら)えはなく、シン…と静まり返っている。
仕方なく外で待っていると、しばらくして童姿の人物が戻ってきた。
「なんじゃ人間か」
開口一番の言葉がそれだった。
姿は童だが、白銀の長い髪を無造作に縛っている。
そして瞳は、見る限りでは獣の瞳で金色を宿していた。
放つ気も童が持つものではない。
野生の獣を思わせるものだ。
「また迷い人か」
やれやれと面倒くさそうな表情をしながら、童は自分が出てきた方向を指差す。
「この方向に歩いていけば小さな川に当たる。それを下っていけば里に出れるぞ」
「や……私は山吹という女性から愛宕山の伊吹という者を訪ねろと言われて……」
そこまで言うと、童は博雅へ鋭い視線を向けた。
「なにゆえに伊吹の元に行こうとしておる」
「事情は憚るが太刀を一振り所望したい」
博雅は自分の前にいる童が、自分が探していた伊吹であることに既に気付いていた。
気付いてはいたが、名を問うことはしなかった。
彼には名乗らない理由があるのだと感じたからだ。
「太刀? 妖を斬るためのか」
「そうだ」
そう答えた途端、目の前から童の姿が消えた。
気付いた時には地面に引き倒され、咽喉元に太刀が突きつけられていた。
その太刀は博雅が腰に佩いていたものだ。
「いきがるなよ、人間」
馬乗りになった童の声が低くなる。
「貴様たちは妖をなんだと思っている。我らは人に紛れて細々と暮らしているだけだ」
「…………誤解しているようだから言っておく」
ほう、と吐息をこぼし、博雅はその状態のままで口を開く。
「俺はすべての妖を滅するために太刀を所望しているわけではないぞ」
「…………なに?」
「ただ小野篁といういけ好かない男から、俺がこの件に関わればすぐに命を落とすと言われたからだ」
今でも言われたことに腹を立て、憤慨する。
「俺が生きるためにはどうしても太刀が必要なんだ」
「…………小野篁、と言ったか」
ようやく太刀を外し、博雅の上からどいた童が問う。
博雅は起き上がって土を払い立った。
「ああ」
「わしもあの男はいけ好かん奴だと常々思うておる」
ほれ、と太刀を投げ返されるも器用にそれを受け取って鞘へと収めた。
「あ奴の驚嘆する顔が見てみたいものだ」
「同感」
にやりと笑みを浮かべて見せる博雅に、童はくるりと踵を返した。
「気に入った。ついてこい」
「?」
「わしが太刀を鍛える間にお前には天狗の元で修行を積んでもらう」
「修行……?」
思わず聞き返した博雅。
だがそれには答えず、童はなおも先を続けた。
「十日後までには太刀を鍛え終える。それまでに修行を終えていなければお前は死ぬぞ」
「ちょ……」
「まあ修行中に死ぬことだってあるわな」
「…………」
だんだんとこの者の性格がわかってきた。
本当に山吹の言う一癖やニ癖どころではない。
「お前もわしの名を山吹から聞かされておるだろうが、念のために名乗っておこうか」
と歩みを止めて振り返った。
ちょうど夕陽が彼の背に当たり、逆光になっている。
その口元が弧を描くように持ち上がる。
「わしは伊吹。愛宕山を根城としている妖だ」




