第23話「岐路」
「篁殿。私にもその真意を聞かせてもらおう」
維将の傍らに座っていた良源が口を開いた。
「この維将は私の養い子だ。その維将が渦中の人間とはどういうことだ?」
「…………」
「……今回の都での妖騒ぎに関わりがあるのか?」
その良源の言葉に、篁は苦虫を噛み潰したような表情をする。
「頭の回転の速い奴だな」
「それはどうも」
褒めているとは全く考えられない言葉だったが一応礼は言っておく。
だが、そうだとすると……、と考える良源だったが、その前に篁が告げる。
「まだお前たちに真相を話す時期ではない。だがこれから維将がその渦中の中心になることは明らかだ」
「だから俺を遠ざけようとしたのか」
ぽつり、と博雅が呟いた。
「流石に現世(うつしよ)で妖相手となると俺にはきついな」
「その通りだ」
わかったのならさっさと邸に戻って精進潔斎しろ。
「…………ああ、そうさせてもらう」
拳を握りしめた博雅が局を出ようとした。
その背中に維将が声をかける。
「博雅様」
博雅の足が止まる。
「あの――――」
「邸に来ればまた書物でも貸してやる」
もう振り向くことはなく、その後ろ姿はすぐに外へと消えた。
維将の傍らで衣擦れの音がする。
視線をやれば、山吹が立ち上がるところだった。
「博雅様を送りに出てまいります」
「ああ」
では、と恭しく頭を下げ、裾捌きも鮮やかに局の外へと出て行ってしまった。
「お待ちください、博雅様」
ようやく追いついた山吹は、侍廊(さぶらいろう)で沓を履きかけていた博雅に声をかけた。
「お話したいことがございます」
「…………」
一応話を聞くことにしたのか、博雅が振り返る。
「もしあなた様が維将様の傍らにいることを望まれるならば、愛宕山の奥深くに住まう鍛冶師をお訪ねになってください。あの者ならばあるいは妖斬りの太刀を一振り融通してくれるでしょう」
「…………なぜ俺にその話を?」
不審げな表情で問う博雅。
その目を見つめながら、率直に山吹は告げた。
「あなたなら見込みがあると思ったまでです」
「は?」
「あの鍛冶師は一癖も二癖もあって、これまで訪った者はすべて命を落としました」
「ちょ―――」
「その分、あなたならまだ若いし、妖のあしらい方も十分ご存じのはず」
「ちょっと待て」
博雅は山吹に待ったをかけ、彼女が言った言葉をゆっくりと咀嚼(そしゃく)してゆく。
「その鍛冶師は一体何者だ? まさかとは思うが妖なんじゃ…」
「はい」
すぐさま返事が返ってきた。
「…………」
「名は伊吹。姿かたちは人の……そうですね、童とでも申し上げておきましょう」
「あんたは俺が行くことを前提に話をしているだろ」
苦虫を噛み潰したような表情で問うと、やはりすぐに返事が返ってくる。
「はい」
「…………自分勝手な押し付けはよくないぞ。それだけは覚えておいてくれ」
そう告げ、博雅はその場を去った。
山吹が戻ってきたとき、その場は冷え切っていた。
原因は当然ながら篁なのだろうが、その間にいる維将が気の毒なほどに小さくなっている。
「お二人とも、どうなされたのですか」
助け舟を出すべくそう尋ねると、最初に口を開いたのは良源だった。
「どうもこうもない。篁殿が無茶苦茶な条件を出すからだ」
「条件?」
ちらりと篁の顔を窺うと、本人はあまり気にしていない様子だった。
溜息をつき、良源へと尋ねる。
「どのような条件を出されたのですか?」
「…………これをここで預かるというものだ」
「それを今まで通り邸に置いておけばどういうことになるかわかっていないようだな」
このままではいつまで経っても平行線のまま話に決着がつきそうにもない。
山吹はその二人の間で小さくなっている維将へと声をかけた。
「とりあえず話し合いはお二人にお任せして、私たちは先に夕餉をとりましょう」
そっと手を差し伸ばせば、維将はすぐにその手を取った。
そのまま二人を放って局の外へと出る。
夕暮れ時の都を、博雅は己の邸へと向かって歩いていた。
さきほど小野別邸で山吹から言われたことを思い返しながら、なぜ彼女がそう言ったのか考えてみる。
だが、現世に出てきた妖を斬ることなど自分には出来ないことを身をもってわかっているため、すぐに思考を打ち切った。
「…………維将は…」
歩みが止まる。
維将はこれからもっとつらいことを経験するのだろう。
それに気付いていながら、己は平穏な生活に身を置いていてもいいものなのだろうか。
「…………ええいっ。何をそんなに悩むことがあるんだ!!」
だん、と足を踏み鳴らした。
「とりあえず邸に戻って寝る!」
そう宣言し、再び歩き出す。




