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暁闇の月  作者: 平 和泉
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第22話「渦中」

「山吹、と申します。現世での護衛は以後、この山吹がさせていただきます」


豊かな長い髪を背に流した、山吹と名乗った女性がにこりと笑みを浮かべ、そう告げた。

だが、それにすかさず横槍を入れたのは他ならぬ篁であった。


「その前に、お前はまずその装束を改めろ」

「お言葉ですが、篁様」


つい、と優雅に視線を篁へと向けた山吹が目を細めた。

それだけで体からは冷たい気がこぼれ出る。


「あなた様はここがどこであるかよくご存じのはず」

「宮中だな。それがどうした」


ふんぞり返った篁が言った。

宮中。

そう、さらりと。


「…………宮中のしきたりはご存知ですよね」

「そのようなもの、既に鬼籍に入った私には関わりは―――」

「私たちには重大な問題です!!!」


山吹が吼えた。


「宮中ではしきたりがものを言う場所なのです! だというのにあなた様は私に装束を改めろだの………」

「あの……」


なんとなく場所がわかった維将が遠慮がちに二人へ声をかける。

二対の目が一斉にこちらへと向けられるのを感じてかなり萎縮するが、思い切って言ってみる。


「……ここが宮中なら……俺がいること自体、その………いけないことなんじゃ……」






がさがさと表で草を払う音がするのに気付いた博雅は腰を上げた。

念のため腰に履いていた太刀に手を添えながら外の様子を窺うと……。

錫杖で草を払いながらこちらに向かってくる良源の姿が見えた。


「良源殿っ」


声を上げ、外へと飛び出す。


「維将は?!」


血相を変えて駆けこんできた良源が問う。


「それが―――」


維将が入った穴がいきなり消えた。

そう言おうとしたが、言う前に良源は先に行ってしまう。

慌てて後を追いかけると、維将が消えた辺りでその後ろ姿を見つけた。


「…………」


しばらく一点を凝視していた良源だったが、何も痕跡を見つけられなかったのだろう。

険しい表情のままその場に座り込んだ。


「こんなことになるなら私が一緒に来ればよかったっ」


がん、と錫杖を床に打ち付ける。

そのまま黙り込んでしまった良源を見つめながら、博雅はどうやって声をかければいいか迷った。

だが、かける言葉も見つけられぬまま外へと出てきてしまう。


「…………くそっ」


握りしめた拳を振り上げ、手近にあった柱へと叩きつける。

朽ちたとはいえ、長年邸を支えてきた柱だ。

人の拳ではびくともしない。


「なにを物に当たる必要がある」


不意にからかうような声が庭の方から聞こえてきた。

先ほどまで人の気配は全くなかった庭に、いつの間にか人が佇んでいた。

墨染の袍を纏い、腰には太刀を帯びている。


「誰だ?!」


反射的に太刀を抜き構えた。

だが庭にいる者はそれに臆することなくこちらへと歩き出す。


「そこをどけ。役立たずの小僧に今は用はない」

「役立たずだと?!」


かちんときた博雅が欄干を飛び越え庭に下り立った。

歩いてくる男へ向かって太刀を振り下ろした。


「そのなまくらな太刀ではこれから起こる難事に立ち向かうことなどできぬぞ」


にい、と笑みを浮かべた男が振り下ろされる太刀を素手で掴んだ。

そしてそのまま博雅の懐に入り込むと手掌にてその体を弾き飛ばした。


「っっ」


弾き飛ばされた博雅は背中から柱に激突する。

そこへ騒ぎを聞きつけて良源が出てきた。

庭に立つ男を見つけるや、目を見開く。


「……篁殿」

「お前の弟子は無事だ。ちょっとした手違いだったが、私の信頼する者のところにいる」


それに、と柱に凭(もた)れたまま呻いている博雅へと視線を落とした。


「…………小僧」

「……な、んだ…」


背中の痛みを堪えながら博雅が視線を上げた。

ひたと篁に据えられる視線は少しも揺るがない。

むしろその奥に焔を宿しているようにも見える。


「あれの傍らでともに立っていたいのであれば、新たな太刀を求めることだ。今のままではすぐに命を狩られるぞ」

「どう、いうこ…とだ」


太刀を杖代わりにようやく立ち上がった博雅が問うも、それに答える気がないのか篁は不敵に笑みを浮かべるだけだった。


「篁殿。先に弟子の元に案内していただこうか」


良源が言う。


「ならば来い。私じきじきに案内してやろう」


そう告げると篁は優雅に身を翻した。

その先には新たに生じた空間が三人が入るのを待っていた。






白湯をゆっくりと飲み干す維将。

だがその視線は落ち着きなくあちこちに彷徨っている。

というのも、傍らに山吹がいるからだ。

女性という未知の存在にどう接すればよいのかわからない、それが実情のようだった。

反対に山吹は慣れた様子で、甲斐甲斐しく維将の世話をしていた。


「あの………」

「はい?」

「…………え、と……た、篁様はど、どこに行かれたんでしょうか」

「良源様をお迎えに出られました」

「………………そ…ですか」


そこでようやくホッと安堵の溜息がこぼれ出た。


「……ところで…あなたは……その…」


ひとつだけ疑問に思っていることがあった。

それを聞きたかったが、聞いてもいいことかわからず、維将は視線を手元の碗に落とした。


「聞きたいことはちゃんと仰っていただかなければ、私にも答えようがありません」


そう山吹が告げる。


「お答えできることであれば、私も真摯にお答えいたします」

「…………あなたと篁様は…一体……」


そこまで言うが結局は口を閉ざしてしまった。

だが、山吹には何を聞きたいのかわかってしまったようだった。


「私は篁様の末裔(すえ)です」


はっきりと答えた。


「といいましても、傍流ですけれど」

「…………だからあんな大きな術とかできるんだ」


自分が入った空間。

そこはこの場所へと通じる通路だった。

それを作り出したのは山吹自身。

そして彼女は篁の末裔。


「中途半端な力です。直系の当主様に比べれば私は―――」

「その直系の当主を幼い頃に打ち負かした者が何を言うか」


篁の声がし、本人が局へと入ってきた。


「「篁様」」


振り返った二人が同時に名を呼ぶ。


「良源様にはお会いになられたようですね」


篁に続いて良源が入ってきたのを見、山吹が苦笑を漏らす。

慌ただしく入ってきた良源は維将の見つけると、すぐに傍へと駆け寄った。

そして怪我はないかなど確かめると、ようやくその場に座り込んだ。


「心配したんだぞ」


良源に続いて入ってきた博雅が言うと、維将は肩を落として小さく謝罪の意を述べた。


「だが無事でよかった」

「…………それよりも博雅様……どこか怪我でも…?」


博雅がどこかを庇っていると気付き、問う。

それに答えたのは良源だった。


「篁殿から活を入れられたようだ」

「原因はお持ちの太刀ですわね」


一瞥しただけで山吹はそう確信した。


「その太刀からは破魔の力が全く感じられません。それではこの先、御身を守り抜くことはできないと思われます」

「お前もそう思うか」


満足そうに頷く篁。

だが、本人は反対に不満そうに眉根を寄せている。


「不満そうだな」

「ああ。今までこの太刀一本で身を守ってきたからな」

「ならば小僧。お前は今まで通りの平穏な生活を送りたいか…?」


唐突にそう尋ねた。

篁にしては珍しい問いかけだった。

良源はすぐにその意を察したが、本人が身をもって気付かなければ意味はないと考えて敢えて口を挟むことはしなかった。


「どういう意味だ…?」

「…………ここでは誰に聞かれているかわからん。邸に移動する」


話を打ち切り、山吹へと目配せした。

それに応じる山吹。

彼女の口から呪歌が静かに紡がれる。

呪歌は次第に力を増し局全体へと広がると、結界と化した。


「っ」


維将は体全体に異様な重圧を感じ、身を竦ませる。

その重圧は維将以外の全員にも感じられたようだったが、反応したのは博雅ただ一人だけだった。

かかった重圧は瞬きの一瞬だけ。

あとは余韻のごとく、多少のめまいを感じた。


「念のため別邸に転移いたしました」


呪歌を歌い終えた山吹がそう告げ、深々と頭を下げた。


「ご苦労」


労をねぎらうと、局の外へと篁は足を向ける。

御簾を上げて三人に外の様子を見せた。


「これが山吹自身の力だ」


多少のむらはあるがな。

そう念のため付け加えたが、それが気に入らなかったのか山吹が口をとがらせる。


「篁様。一言多いです」

「それよりも」


山吹の苦言を無視し、篁は博雅へと視線を向けた。


「私が問うたその答えを聞かせてもらおうか」




≪お前は今まで通りの平穏な生活を送りたいか?≫




「平穏なってどういうことだ?」

「言葉のとおりだ。命が惜しくば以後、私たちに関わるな、ということだな」

「………関わるな、だと?」


博雅の眉間に皺が寄る。


「そうだ。破魔の太刀を持たぬお前は私たちの足手まといも同然。これ以上関われば命を狙われるだろう」

「じゃあ維将は?! こいつも――――」

「維将が渦中の人間だからだ」


はっきりと告げられ、博雅は瞠目する。


「…………どういう、ことだ…?」

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