第21話「山吹」
年も改まり、天慶3年(940年)となった。
維将は雪に閉ざされた都を今日も師の供で駆け回っていた。
相変わらず夜は鈍い痛みに苛まれ、時折忠行に止痛の符を作ってもらっていた。
「で?」
本日は博雅とともに右京のとある荒れ邸へと向かう途中、博雅が何気なく問うてきた。
「成長痛は相変わらずか?」
「……ええ、まあ」
苦笑いする維将は、ちらりと博雅へと視線をやる。
「本日行く荒れ邸は、以前お師様がお調べになったそうですが、お師様でも探しきれなかった場所があるそうです」
「良源殿でも探しきれないことがあるんだな」
ふ~ん、と頷く。
「まあ、俺くらいにしか入れない場所があるそうですから……」
維将が懐から料紙を取り出して広げた。
そこには荒れ邸の見取り図が書かれており、その中に何か所かに朱で印が打ってあった。
「良源殿は大柄だからなあ……。で、俺がお前の護衛ってところか」
なんとなく自分の役割を理解しながら、博雅はひょいと維将の持つ図面へと視線を落とす。
「しかし、狭いところというが……庭にもあるのか??」
確かに南庭の隅に朱で印が打ってある。
「お師様が言うには何かしらの神が祭られている社の裏から入れるそうですが、狭かったため断念したとのことです」
「つか、そこって普通誰も入りたくはないよな」
天罰が下りそうだ。
ぼそりと呟きを漏らした。
「まずは邸の中から調べていきましょう」
視線を上げると、目的の邸は既に目の前にあった。
その邸は昼間であっても不気味な雰囲気を醸し出していた。
二人は邸へと上がると、ひとつめの場所へと向かった。
そこは母屋の一番奥まったところ。
ぽっかりと開いた狭い空間は子供一人であれば楽に通れるくらいであった。
「じゃあ博雅様。ここで待っていてくださいね」
そう告げると、維将はしゃがみこんでその空間へと手を伸ばす。
ぴり、とかすかに何かを感じるが嫌な感じはしない。
ゆっくりとそこへと入る。
「どうだ?」
博雅の声がする。
「大丈夫です」
暗闇に目が慣れてくると、その空間が奥へと続いているのが分かった。
「もうちょっと奥に進んでみます」
そう告げると、慌てたような声が返ってくる。
「進んでも大丈夫か?!」
「今のところ嫌な感じはしませんから」
もししたらすぐに戻ってきます。
「わかった。ここで待っててやる」
「ありがとうございます」
そう礼を述べ、再びゆっくりと進んでゆく。
不思議な空間だった。
まるで真綿でくるまれ、親に抱かれているような心地だ。
変だなと感じた直後、意識が途切れた。
じっと見つめていた博雅の視界から不自然に開いた空間が一瞬にて消え去った。
慌ててしゃがみこんで手を当てるもそこは土壁。
最初からそのような穴は存在などしていないかのようだった。
「おい! 冗談じゃないぞっ」
がんがん、と殴りつけるが壁はむなしくその衝撃をそのまま博雅へと返すだけ。
「維将!! 返事しろ!!!」
だがやはり何の返事もない。
もしやこれが神隠しか、と思い至った博雅は慌てて懐を探り、一枚の符を取り出した。
それはここに入る直前に、維将から預かったものだった。
「えっと確か……」
言われたことを思い出しながら符へと息を吹きかける。
するとどうだろう。
符が白い小鳥へと姿を変えて空へと飛び立ったではないか。
小鳥はすぐさま東の方角へと飛び去った。
「これでうまくいけば良源殿に連絡が取れるか」
ほう、と息をつき、その場に腰を下ろす。
ちらりと土壁を視線をやるも、やはりあの空間はもう開くことはない。
額に冷たいものが触れるのに気付き、維将は目を覚ました。
「お目覚めですか」
その声に視線を向ければ、そこには若い女性の姿があった。
恐らく自分と同じかひとつ上か……。
「ご気分はいかがです?」
「…………大丈夫、です」
女性というものに全く免疫がない維将はどう接すればいいかわからず、とりあえず言葉を発する。
すると女性は目を丸くして維将を見つめ、ついでころころと笑った。
「そんなに改まらずともよろしいのですよ。私はあなたを助け、何事かあればその身を盾とせよとの命を受けてここにいるのですから」
「え?」
「あの道は我が邸へお招きするにあたり私が初めて作ったものです。いかがでした?」
女性は維将の返答に期待をしているのか、目をキラキラさせながらズイ、とにじり寄ってくる。
まさか師に変な空間があるから調べてこいと言われ、調べたらここに来たとは言えない。
返答に窮し、視線をあちらこちらへと向ける維将。
そしてようやく、女性の名誉を傷つけないような言葉を見つけ出した。
「初めて作ったにしてはうまいです」
「どこがうまいだ。落とし穴のようだったとはっきり言ってやれ」
不意に男の、聞き覚えのある声がした。
「いろいろな場所にここに通じる通路を開くなど正気の沙汰か?」
呆れた表情で入ってきたのは冥府の官吏である小野篁だった。
「なまじ力があるだけに、お前は……」
「あら、篁様。それは言わないお約束ではありませんこと?」
ふ、と女性が笑みを浮かべた。
「それに、維将様はなぜあなた様がここにいらっしゃるのかがお分かりになられていらっしゃらないご様子」
「…………」
篁は、その言葉に言い返すこともせずにどっかりとその場に座り込んだ。
「久方ぶりだな、維将」
「お、お久しぶりです」
この人物には絶対的礼儀が必要であることを身をもって経験した維将は慌てて頭を下げる。
「で……篁様。ここは一体…どこなんでしょうか? それに……」
と女性へと視線をやる。
「こちらの方は一体……」
「そうだな。まずは順を追って話すか」
そう言って篁は床を指し示した。
「ここは京の都だ。もちろん現(うつつ)のな」
続いて女性へと視線を向ける。
「そしてそれは……」
「山吹(やまぶき)、と申します」
女性…山吹は優雅に頭を下げた。
「現世での護衛は以後、この山吹がさせていただきます」




