第20話「六道珍皇寺」
灯明の明かりが不意に掻き消えた。
「…………邪魔が入ったか」
文机の上に広げていた書物から視線を上げた晴明が呟きを漏らす。
「しかし……」
「晴明」
外から声がかけられ、そちらへと意識が向く。
「帰っておったか」
入ってきたのは忠行。
だが、その様子が少しおかしいのに気づく。
「どうかしたんですか?」
「篁殿からの知らせが来た。“維将を夢殿で保護した。生身のままであったため六道の辻より現世に戻す”とな」
これから良源殿と共に迎えに行ってくる。
そう言いたかったようだ。
「わかりました。何か急を要すことがあれば式を飛ばします」
「すまんな」
困ったような表情で告げると、すぐさま忠行は踵を返した。
それを見送った晴明は灯明へと視線を向ける。
標的の生死を確認するために放った式が消えた。
最後に見えたのは墨染の衣。
場所は…………
「……まさかな」
苦笑を漏らし、灯明をつける。
ぽう、とあたたかい明りが灯り、周囲を明るく照らし出した。
細い隧道を篁とともに歩いていた維将は、少し向こうがほのかに明るくなっているのを見つけた。
篁も同じものを見つけたのだろう。
維将が自分を見上げているのに気付き、あそこが現世に通じる道だと告げた。
その場所がほのかに明るくなっていたのは、忠行と良源が手に松明を持って、井戸の底を照らしていたからだった。
明りの下に二人が出てくると、良源が縄梯子を下ろした。
「先に登れ」
そう促され、維将は縄梯子をゆっくりと登っていく。
維将が登りきったのを確認し、篁は地面を蹴った。
井戸の壁面を、まるで忍びのように蹴り上げながら上がってくる。
「ご苦労だったな」
ひょいと井戸のふちに手をかけて飛び出してきた篁が出迎えた二人にそう声をかけた。
「こちらこそご迷惑をおかけいたしました」
忠行が深々と頭を下げる。
「それにしても篁殿」
良源が問う。
「よく私の弟子が生身のまま夢殿にいるとわかったな」
「たまにそういう風に入ってくる者がいる、ということだ」
苦笑を漏らしながらそう答えた。
「それよりも、こいつはよほど夢殿に魅かれる体質のようだ。これからは気を付けてやったほうがいい」
篁は右手で維将の頭をがしがしと撫でる。
「近頃は夢殿もなにかと物騒になってきたからな」
「物騒、と仰ると……もしや」
忠行が言いかけ、篁はそれを制す。
「そうだ。それに………少し気にかかることがある」
「…………気にかかること、ですか」
だが篁がそれに答える義理はないことを承知していたため、すんなりと忠行は受け入れた。
二人は維将を伴って歩き出す。
「維将」
篁が呼び止めた。
「はい?」
「私が夢殿で言った言葉を忘れるな」
「はい」
維将はそう答えると頭を下げて先を歩いていた二人を追って駆け出した。
次第に三人の姿が日没後の薄闇の中に消える。
「………これですべて揃ったか」
三人の後ろ姿を見つめながら呟きを漏らす。
その視界に白いものが映った。
空を振り仰げば、空一面に雪が舞っていた。
ほう、と白い息を吐く。
「年が明ければ忙しくなるな……」




