第18話「力の使い道」
維将がいた寺は現実世界でいう“東寺”だった。
都に来てから主な寺社の位置は頭に叩き込んだので、東寺が忠行邸からどの方角に位置しているのかは一応わかった。
前を行く冥府の官吏…小野篁は、仕事ついでに送ってくれるという。
仕事とはやはりその道の仕事なのだろう。
「あの、篁様」
無言で歩く篁にこわごわと声をかけた。
「なんだ?」
篁は振り返らずに問う。
「篁様は冥府の官吏として夢殿に来られているんですよね?」
「…………それがどうした」
「もしかして冥府にも影響が出ているんですか?」
「…………そうだとしても子供のお前が気にすることではない」
恐らくは無表情なのだろう、答えが返ってきた。
「それに冥府ではお前たち生身の人間が対処することもできまい」
その時、篁の歩みが不意に止まった。
維将が不審に思って口を開きかけたが、その前に右手で制された。
いつの間にか太刀に左手が掛けられ、視線が前方に向けられている。
「…………小僧」
ぽつりと呟くように呼びかけられた。
「私から離れるなよ」
「……わかりました」
その頃になってようやく維将も前方から発せられる気配に気付いた。
篁の様子から何が起こってもいいように気を引き締める。
「そろそろ出てきたらどうだ。気配がだだ漏れだぞ」
太刀の鯉口を切りながら篁が前方の通りに呼びかけた。
するとその呼びかけに応えるかのように前方の空間が歪み、中から銀髪の長い髪を持つ男が現れた。
「っ」
先日のことを思い出し、僅かに体がこわばる。
「久方ぶりだな、冥府の官吏」
「使い魔に私を見張らせて逐一報告させていた口がよく言う」
にやりと不敵な笑みを浮かべてみせる篁だったが、警戒は解いてはいなかった。
「それで、今日は何の用だ」
「私の気に入っている小童が夢殿にいると報告を受けてな」
ちらりと男が篁の背後にいる維将へと視線を向けた。
「迎えに来た」
「ほう、それはご苦労なことだ。だが、お前が迎えに来たのは小僧自身ではなく、小僧の力だろう」
「え?」
維将は驚いて篁を見上げる。
「小僧の力はこれからますます高まるだろう。お前が恐怖を感じる程にな」
「…………もしその小童が現世に仇なす時が来たら冥府の官吏殿はどうされる?」
反対に男が篁にそう問いかける。
「人に害をなす前に一思いに―――」
「お前の言い分はもっともだ」
みなまで言わさずに、篁は言った。
「小僧が人に仇なす時がくれば私は現世に生きる人のために処断を下す」
「…………っ」
その言葉に、維将は反射的に駆け出してしまっていた。
これ以上は何も聞きたくはなかった。
「…………ひとつだけ言っておく」
篁は駆け出した維将を追おうと踵を返し、男へと呼びかける。
「今の話はあくまで仮定での話だ。今はまだその時ではない」
それだけ言って維将を追って駆け出した。
男はその後ろ姿を見送ると姿を消した。
がむしゃらに駆ける維将は、背後に誰かが追ってくるのを感じますます走る速度を上げた。
だがしばらくしてとうとう襟首を捕まえられてしまう。
「私だ」
その声で、ようやく声の主が篁だということを知り、暴れていた維将が急におとなしくなった。
「まったくお前はなぜそう逆の方向へ行こうとする」
「え……?」
気付けば都の中ではなく、遠くに都の正門である羅生門が見えていた。
「…………これからのお前はどうなるか見当もつかんが、私に太刀を抜かせるような真似はするなよ」
「……………分かっています」
篁は、維将の力がこれからますます高まると言った。
同時にその力は人や妖にとっては脅威になるとも言った。
もし将来人に仇なす存在になれば……おそらく篁は躊躇わずに太刀を抜くだろう。
「力はお前のものだ。お前が道を誤らなければ大丈夫だ」
くしゃりと頭を撫でられるも、維将はうつむいたままだった。




