第15話「書物の封印」
「お前、いったい何者だ?」
そう面と向かって問われた。
「え………?」
一瞬、何を問われたのか分からず、維将はきょとんとした表情で小首をかしげる。
「これには強力な封印がかけられている。私でさえもそれに込められたものの思念を読むだけで精一杯だったというのに……」
と、晴明は机上に置かれていた書物を掴んで開いた。
「お前は封印を解いた」
「…………解いた……?」
「そうだ。もう他の誰が触っても呪は作動しなくなった」
ぺらぺらと頁(ページ)を繰ってみせる。
「お前がこの書物の封印を解いた」
「…………俺はただ……声のようなものが聞こえて…それで………」
「良源殿も師もお前は普通の人間だと言う。だが、私にはそうは思えない」
奥歯を噛み締める音がかすかに聞こえた。
「では晴明様は、俺がいったい何者であると思われるのですか?」
「それが分かればここまで悩むはずはないだろう!!」
がん、と拳を机に打ち付けた。
それに驚いて維将は肩を竦ませる。
「……………………」
そのまま何も言わずに押し黙る晴明。
維将はこの場の空気に耐えられなくなったのだろう、無言で立ち上がると出て行ってしまった。
遠のく足音を聞きながら、晴明は溜息をつく。
「…………あんな子供に………」
外へと出た維将は、そのまま階へと座り込んで空を見上げていた。
「どうした、維将」
視線をめぐらせると、そこには良源がいた。
「さきほど、晴明が何やら怒鳴っていたが……」
「…………お師様」
様子がおかしいのに気づいた良源は、表情を改める。
「どうした? 何か言われたのか?」
傍らに座り、問うた。
「………………俺は…本当は一体……」
「何者か……と問われたのか」
これはかなり根が深そうだ、と判断し、維将の背を優しく撫でる。
「誰がなんと言おうが、お前は人の子だ。私と同じ、人の子だ」
「…………でも…俺は人にはない力が…あるでしょう?」
晴明に何か言われたのだろうか。
むう、と考え込んだ良源だったが、なおも背を撫で続ける。
「今夜は私と一緒に休むか?」
「…………」
こくりと小さく頷くのが見えた。
「わかった。では寝るぞ」
ぽんぽん、と背を叩き、促す。
「…………わか、りました」
消え入りそうな声を発して維将は促されて立ち上がった。
夜半過ぎのことであった。
良源は何か胸騒ぎを感じて目を覚ました。
隣では維将が幸せそうな顔をして眠っている。
それを起こさずにそっと褥を離れ、外へと出た。
「…………」
暗闇の中、晴明の局に灯明がともっているのに気付いた。
まだ起きているのだろうか。
「晴明? まだ起きて……」
声をかけて、そっと覗き込んだ良源が見たものは……
「おい、どうした?!」
右腕から血を流し、机に突っ伏したまま動かない晴明の姿だった。
思わぬ光景に良源は仰天し、慌てて駆け寄って乱暴に肩を揺さぶる。
すると、ぴくりと反応があった。
しばしののち、晴明が瞼を上げる。
「…………ああ…良源殿………どうしたんですか?」
のんきな声。
「どうしたもあるか! いったい、何があった?!」
「…………何がって…………ああ。……私の血を使って、あれを封じていたんです」
ちらりと後ろに視線をやった。
見やると、一冊の古びた書物がそこにあった。
が、真新しい封印の気配を感じた。
「どこかの馬鹿が封印を解いてしまって………まだ解く時期ではなかったんですよ? ……それなのに…」
「…………お前が疲労困憊になるほどの封印を……か」
おそらくそれをやったのは維将だと良源は判ってしまった。
しかし、私の弟子に馬鹿とはなんだ。
馬鹿とは。
わずかに眉間に皺を寄せた良源に気付かず、晴明はなおも言う。
「あれは……私の母が遺してくれた唯一のものなんです…………。封印が自然に解けるのはもう少し先のはずだったんですけど……」
「…………そう、か」
辺りを見回すと、そこかしこにうずたかく積まれた書物や巻物の山。
晴明はそれだけ熱心に何かを調べていたようだ。
「ひとまず傷の手当てをして寝ろ。話は明日の朝だ」
そう言いながら、良源は的確に止血をして傍にあった晒で腕を巻いてゆく。
そしてぺしりと頭を軽く叩くと立ち上がった。
「言っておくが、維将は私と同じ人の子だ。決して人外の妖ではない」
それだけは覚えておけ。
机に突っ伏する晴明の肩に大袿(おおうちぎ)をかけてやってから出て行った。
足音が遠ざかってゆくのを聞きながら、晴明はぽつりとつぶやく。
「…………良源殿はあれを本当に……信じているんですね…」




