第14話「古びた書物」
母は殺され、その身をバラバラにされた理由を知れば先に進むしか道はない。
その道は険しく、そしていずれその両手は血に染まるであろう。
忠行邸に戻ってからもずっと維将は頭の中で、賀茂別雷命の言葉を思い返していた。
神だからこそ人の過去を知っているのだろうか。
という疑問。
そして、
なぜ知れば先に進むしか道はないのか。
という疑問。
「…………何を考えている?」
師の声にふり仰げば、そこには心配げな表情をした良源が己を覗き込んでいた。
その瞳の前では己が考えていることを見透かされそうで、思わず維将は視線を逸らせた。
「なんでもありません」
「………………」
それ以上良源は聞かず、再び筆を走らせる。
「お前を迎えに行く直前にようやく博雅が目を覚ましたぞ。お前にすまないと言っておいてほしい、と言伝を預かっている」
「あ……そうですか」
ほ、と吐息が漏れた。
「宿直(とのい)明けで私たちの手伝い、そして帰ればそのような依頼が来ている、とくれば誰だって慌てるだろう」
冷静に考えればなんてことはない、と良源。
「お前もそろそろそういうことに気を配ったほうがいいかもしれないな」
「どういうことをですか?」
師の書き上げた紙片を整理しながら問う。
「話の裏に隠された真実……といったところか」
「…………たぶんまだ無理だと思います」
逡巡したうえで、維将はそう答えた。
良源はそれに苦笑を漏らしながら言った。
「すぐにとは言わん。だが、人と交わって生きていくならばそれを学んだ方がいい、ということだ」
夕餉を食べ終わり、己に充てられている局へと戻った維将は、晴明がまだ戻ってきていないことに気付いた。
いつも夜遅くまで何をしているのだろうと興味を持ち、隣の局をそっと覗いてみた。
そこには読み散らかしたままの巻物や書物が乱雑に置かれており、足の踏み場もない有様だった。
「うわ………」
その惨状に思わず呻く。
「…………お師様もそうだけど……それ以上にすごいかも」
比較するも晴明の方が凄いと呟き、近くに放置してあった巻物を何気なく手に取って覗き込む。
どうやら陰陽道の巻物のようだった。
おそらくは高等な術を書きまとめたものなのだろう。
呪言が書き連ねてある。
「………………晴明様は勉強家なんだろうな」
丁寧に巻き直し、傍らにそっと置く。
その時だった。
入ってきた風に頁(ページ)がめくれたのだろうか。
書物がかすかな音を立てた。
……ヲ…………
「え?」
そのかすかな音がまるで人の声に聞こえたのだ。
ちりちりと項(うなじ)に静電気が走る。
書物が無性に気になった。
散らばっている書物や巻物を踏まないように気を付けながら、目的の書物の傍らに寄った。
見るからにかなり古い書物のようだった。
「…………これ……」
何かに突き動かされるように手が伸び、触れた。
次の瞬間、指先に激痛が走った。
「痛っ」
思わず手を引っ込める。
「………いたた…」
ふうふう、と指先に息を吹きかけ、痛みを和らげる。
「…………封印…?」
その時、脳裏にぼんやりとした風景が現れた。
それは次第に明瞭になってゆく。
『そう………それは重畳』
女性の声だった。
金色の長い髪を背に流したまま、正面に座る女性に頷きかけている。
その正面に座る女性も銀色の長い髪を持っていた。
そして二人に共通するのは、おそらくは“異形”であるということ。
『そなたの方が先に母になるのだな』
苦笑を漏らし、金色の長い髪の女性はこちらを振り返った。
『ならば何か祝いの品を送らねばな』
『そうでございますね』
頷いたのは己。
おそらく書物を書いた人物か。
すると、銀色の長い髪の女性はそれをやんわりと断る。
『それについ――――』
「おい!」
誰かに肩を引かれ、維将は我に返った。
慌てて振り返れば晴明がいた。
「何を見た!?」
「え……」
いつになく表情を険しくし、詰め寄ってくる。
「それに触れたな?」
指をさしたのは、例の書物。
「…………」
維将は素直に頷く。
「…………何を見た?」
「………え、と…異形の女性が楽しそうに話をしていました……。でもそれだけです」
「見たのか」
はあ、と溜息が晴明の口から洩れた。
そしてその場にどかりと座り込むと、維将を正面から見た。
その視線の鋭さに、思わず維将はごくりと生唾を飲む。
「お前…………」
ゆっくりと晴明が問いかけた。
一体、何者だ……?




