しゅうまつの焼肉パーティー
しいなここみさま「やきにく短編料理企画」参加の一品です。
「いや〜、自宅で焼肉パーティーできるなんて思わなかったよ」
宮原がホットプレートの上に豪快にタレをかけながら言った。熱された鉄板ではねたタレが、彼の白い服を染めている。
「自宅って言っても僕の自宅だろ。居候の身で何言ってんだか」
僕の家には現在、二人の居候がいる。二人とも自宅を追われて僕の家に住み着いたのだ。
……本来なら恐縮とか遠慮とかするもんだろ。なんで焼肉パーティーなんてしてるんだよ。
「おい宮原、俺のとこ侵食すんな! あと自分の皿でかけろ!」
「そんなつれないこと言うなよ加藤、俺とお前の仲だろ? タレくらい共有でもいいじゃんか」
加藤と宮原、二人の息のあった漫才(?)を眺めながら、僕はこんがりと焼けた肉を口に運ぶ。
「どれもこれもお前のおかげさ。ありがとよ、鈴木!」
加藤が僕の背中をバンバン叩いた。わざわざ名字で呼ぶところが彼らしい。僕みたいな平々凡々な名字を読んだところで面白くもないのだけれど。
それに、そりゃ、僕の家に居着いてるんだから、僕のおかげに決まっているだろ。
……あぁ、部屋が焼き肉臭に染まっていく……。
「あっ、それ、僕の……!」
「いいじゃんいいじゃん、こういうのは早いもん勝ちなんだよ」
僕が目をかけていた形のいい肉を、横から宮原が奪い取っていった。
焼き肉パーティーとはすなわち、戦争なのだ。社会なんかよりもずっと、弱肉強食である。なんて言ったって、強いものが食すのだから。
「そういえば宮原、結局あのバイトの子とはどうなったんだ?」
加藤が恋バナを始めようとした、その時だった。
「ぐるぅぅぁー」
ガチャッと、鍵をかけていた玄関が開いた。
顔をのぞかせたのは、全身が緑に変色したゾンビ。先頭のゾンビはスキンヘッドで、後ろにずらりと同じ肌色のゾンビが並んでいた。このスキンヘッドが、ゾンビの中で一人前の証なのである。
「あぁ、ゾンビか」
「同族の肉の匂いに引き寄せられるとは、背徳的だな」
僕たちはそれぞれの武器を手にして立ち上がった。
宮原は鉈。もともとアウトドアが好きな彼は、ゾンビが蔓延ってからもその蒐集品を使って戦っている。
加藤は金属製のバット。無類の野球好きが、ゾンビに向かって一生懸命にバットを振り回しているのは、見ていて面白いところがある。
そして僕は。
「うりゃああああ!」
平手で弾き飛ばしたゾンビがごろごろと転がっていく。
そう、僕は素手。
「鈴木、さすがだな。さすが元ワルなだけあるな」
ニマニマと気持ちの悪い笑みを浮かべて加藤が手をもみ合わせる。
「そういうんじゃないって。ただちょっと、法ギリギリを攻める遊びをしてただけで」
「それをワルって言うんだって。悪く言やぁ、ヤクザか」
軽口を叩きながらも、手は、足は、ゾンビを薙ぎ払っていく。
ゾンビがヘロヘロのパンチを繰り出す。
上。下。左。右。
避ける。避ける。避ける。避ける。
一歩、踏み込もうとしたゾンビの左足のむこうずねに強く蹴りを入れる。膝を抱えてうずくまったゾンビの脳天に、かかとを落とした。
……このゾンビが何者なのか。
それは、よくわかっていない。
もともとは人間なのか。命はあるのか。どこから来たのか。何故、人間を襲うのか。
なにもかもわからない。
ただ、痛覚はあるらしい。だから傷つける。
そうすれば、今の仮初の生活を守れるような気がして。
一通り思考が片付いたときには、すでに足元はゾンビの死骸(彼らに死という概念があるかは甚だ疑問ではあるが)で埋まっていた。
周りを見る。宮原は鉈を振り回している。ゾンビがあっという間に三枚おろしになって崩れ落ちた。
加藤はバットをホームランを打つかのように素振りしている。加藤が打ちに行っているのではない。ゾンビがバットに吸い込まれていくのだ。
加藤の渾身のスイングが、我が家のテレビを貫通した。
……あぁ、あれ高かったのに。
とっくの昔にテレビ放送など終わったというのに、過去の遺物に執着心を覚えてしまう。まだ、あの生活が取り戻せるとでも、心のどこかで思っているのだろうか。今よりもずっと平和な、あの日々を。
ゾンビが千鳥足で近づいてくる。
向こうがこちらに顔を上げた。その腕が動く前に、脇腹に蹴りを入れる。かくっと折れた首を強く踏み潰した。ぐしゃ、という音がする。人間ではこんな音はしないだろう。やはり人間とは違う生き物なのか。そもそも生きているのか。
堂々巡りの思考を繰り返す。
「あ」
不意に、加藤が手を止めた。ゾンビの咆哮でもなく、鉈やバットが物に当たる音でもなく、ゾンビが潰れる音でもない音を聞くのは久しぶりな気がした。
「そういや、玄関閉めてなかったわ」
「だからか、こんなにゾンビがいっぱいいるのは」
「え、バカじゃね? ふつー最初に閉めるだろ」
一番玄関の近くにいた僕が、扉をぱたんと閉じた。一瞬だけ見えた外には、同じように緑の肌のゾンビがこれでもかというほど敷き詰められていた。
何かあったというわけでもなく、僕は思った。ゾンビも僕らと同じように、昔のような生活を求めているのではないかと。ゾンビの「昔」を僕は知らないけれど。
そして、何故そんなことを思ったのかと思案した。ただ単に、外がゾンビでぎゅうぎゅう詰めで狭そうだったというだけかもしれない。
室内のすべてのゾンビが床に倒れたことを確認して、僕たちは席に戻る。
「おい鈴木、戸締りくらいちゃんとしとけよー、めちゃくちゃ入ってきたじゃねーか」
「しっかりしめといたんだって、あいつらの知性が上がってるんじゃないか?」
「じゃあしゃーないな、バリケードでも作っておくか」
「いいじゃんか、おいしい肉が向こうからやってくるんだからさ」
僕たちは誰からともなくハハハと笑った。
「で、バイト先の子の話だけどさ」
宮原が先ほど中断された話を持ちだした。僕も何気に気になっていたので、少しだけ身を乗り出す。
「いやーゾンビに食われちまった。俺の好きになった子、毎回そうなるんだよな」
「……そりゃ災難だったな」
思わず言葉がつまった。こういうことはよくあるけれど、毎度何といえば良いのかわからない。
「いいんだ、俺にご執心のお熱いゾンビさんがいっぱいいるんだからな」
宮原は血のこびりついた鉈を軽く振って笑った。




