とある聖女の話
こんばんは皆様。
まずはご卒業おめでとうございます。
そして今より私が語るのは今宵の「事件」の真実についてです。私の名が出された以上、語らないわけにはいきません。国王陛下には許可を得ています。長くなりますがご容赦を。
さて私は八年前まではパティという名の平民でした。妻とその愛人に騙されお金を持ち逃げされて以降、無気力な父親との二人暮らし。酔っては暴力、罵声。そして強要される労働。
そこから救ってくださったのは、神官様でした。今でも私は彼女を最初の母として慕っております。
神殿が運営する養護施設で、はじめて人間らしい扱いを受けました。温かいスープとふわりとしたパン、衛生的な衣服、暴力も罵声もない安全な場所……優しい神官様と出会えたのは精霊様のお導きだったのでしょう。
十歳になった私は精霊様がはっきり見えるようになり、その言葉を聞く事ができるようになりました。
聖女の大任を精霊様からいただいたのです。すぐにお告げを受けた大神官様と王家の使いの方が私を迎えに来ました。
神官様や養護施設の皆と離れるのは辛かった。できるなら永遠にいたかった。けれども恩を返せるのなら、神官様のように人を助ける事ができるのなら。
別れ際養護施設の皆からは野の花を摘んだ花束を、神官様からは私の名前を縫ったハンカチをいただきました。
では名前の件から、お姉……ブリジット・クラリス・グリーンハウ伯爵令嬢への誤解を解いていきましょう。
クレイヴン子爵令息。
ブリジット様が私をパティと呼ぶのは、平民の時の名をわざと呼び蔑んでいるから、ではありません。私的な場では慣れ親しんだ名で呼んでほしいと私からブリジット様にお願いしたのです。それにパトリシアの愛称がパティというのはおかしな事ではないでしょう?
何度も説明いたしたのにもかかわらず、あなた様が根拠のないお話を広めたせいで、ブリジット様が私を虐げていると勘違いされた方が多くいらっしゃいます。
何を慌てているのです?誤解だった?そんな意味じゃない?だって先ほどもはっきりおっしゃったじゃないですか。
「ブリジット嬢はパトリシアをわざと平民の時の名で呼んで侮辱している!僕は何回も聞いたぞ!その度にパトリシアは辛そうな顔をしていた!」
言葉には責任を持ちましょうね。
話を戻しましょう。
聖女の任を精霊様から受けたあと、私は身を守るために国王陛下に選ばれたグリーンハウ伯爵家に身を寄せる事になりました。そして養女となり、パトリシア・グリーンハウと名を変えました。
聖女は国のためにも、悪しき者から身を守るためにも無知ではいられません。精霊様からいただいた力を邪な目的に使おうとする者は残念ながらいるのですから。
グリーンハウ家の皆様方は本当に私によくしてくださっています。衣食住だけではありません。
グリーンハウ伯爵夫妻は私をお二人の子と平等に扱い、長男のラファエル様は私を常に心配して何かあれば明るく励ましてくださるのです。そしてブリジット様は礼儀作法や勉学を根気強く教えてくださいます。
それに公の場で詳細をお話はできませんが……命を顧みず悪意ある攻撃から守ってくださったのは一度や二度ではありません。
何もできなかった私を、何も知らなかった私を、成長させてくださったのは見守ってくださる精霊様だけでなく、グリーンハウ伯爵家の皆様方のおかげなのです。
ハクスリー伯爵令息。
あなた様はブリジット様が見えない所で私を執拗に叱責し、勉学を強要しているとおっしゃっていましたね。
叱責と強要は事実と反しますし、他は当然の事です。
国の聖女という大任を背負う以上、何も知らない、精霊様に頼らなければ何もできないでは済まされないのです。誰かを助ける、悪意を持つ者に騙されないためには少しでも多く知識を蓄えなけば。信頼されるには礼儀作法を知らなければ。
ブリジット様はむしろ優しく、懇切丁寧に教えているだけです。強調しますが叱責も強要もありません。私が望んでいるのですから。
それに見えない所でというのは私が恥をかかないための配慮ですよ。
「あなたは優しいから庇ってるのでしょう?パトリシアちゃん、素直で可愛らしいあなたはそのままでいいんだ、背伸びをしなくていいんだよ」
話を聞いていましたか?残念ながら素直で可愛いだけでは聖女は務まりません。
ハクスリー様のお母様はたしか初の女性宰相閣下でしたわね?同じ言葉を彼女に投げかけてみてはいかが……あら向こうでお待ちのようですよ?
今大声を出された方は?
やっぱりあなた様でしたか。ダーリントン侯爵令息。
「騙されるなパトリシア!!ここに証拠があるぜ、あの女が卑しい男たちと結託してお前を貶めようとした証拠の手紙がな!」
そこまで言うのなら証拠を見せていただきましょう。
……なるほど。
私の顔に傷を負わせようとする計画ですか。理由はブリジット様の婚約者である第三王子殿下と私の仲を嫉妬してと。
これはブリジット様が書いたものではありませんね。
何を驚いていらっしゃるのですか?筆跡が似ている?サインもある?信用できる筋から手に入れた?
ではダーリントン様のために一つ一つ説明しましょう。
筆跡に関してはある程度訓練すれば見た目は真似できるようです。確かにブリジット様の文字に似ているように見受けられます。
しかしサインが違いますわ。ブリジット様がお手紙を書く時は、ブリジットのBの上の膨らんだ部分をかなり小さく書きますの。詳細は避けますが、他も特徴とはかなりかけ離れています。
決定的なのはサインの前の言葉です。「聖なる精霊様の御名においてご加護を」ですか。聖女を襲う予定を立てているわりに精霊様の加護を願うなんて、というのは一旦置いておきましょう。
人知を超えた果てしない存在である精霊様の名を、人間が知るはずも理解できるはずもないのです。よくある間違えですね。「聖なる精霊様のご加護」が正しい言葉です。
そんな数文字の些末な事?グリーンハウ家は国王陛下もお認めになる信心深い血統。毎朝精霊様に祈りを捧げ、毎週一度は神殿に行かれるブリジット様が間違えるはずがありません。
ダーリントン様。信用できる筋とはどなたの事でしょうか。
騙されただけ?
まさか聖女の身を守るために尽力されているグリーンハウ家を、ブリジット様を公の場で貶めて勘違いだったで済むとでも?既にあなた様だけの話ではなく、家と家の話になっているのにお気づきでないのかしら?
「違う、違うんだ!パトリシア、オレはお前をあの高慢ちきな女から守り」
黙……いえお静かに。
いつあなた様に護衛の任を頼みましたかしら。記憶にございませんわ。それにこんな穴だらけでよく他人を騙せると思いましたね。もしかしてこれを見せたら私が怖がり泣いて、あなた様にすがると思ったのですか?
ですが家の事に聖女が介入したとなれば大事になってしまいます。あとの事は後ろのダーリントン侯爵とお話しくださいませ。
さて第三王子殿下。
いかがです?
婚約破棄の理由は「私」との事ですが、どうやら御三方の主張は随分と真実とは違うようです。
「お前は……わ、私の事が好きではないのか?」
いつ私が殿下に愛をささやきましたか?私はただ敬意を持って接していたのみ。他に気持ちはありません。
それに聖女は精霊様に仕え、精霊様が愛したこの国を守るべく存在しております。その責務がいかに重くとも、放り投げる事はできません。
結婚すれば聖女の任から離れられる、普通の女の子に戻れる、でしたか。
私は私を選んでくださった精霊様を、私のために命をかけるブリジット様やグリーンハウ家の皆様を裏切る事は絶対にできません。
それに先ほどブリジット様の顔にある傷を揶揄しておられましたね。恥だと。
あの傷は他国の暗殺者から私をかばった際についた傷ですわ。刃に塗られた毒のせいでブリジット様は生死をさ迷われました。ご存じないはずないでしょう?
精霊様のお力でなんとか命を繋ぐ事ができましたが、傷は……それでもブリジット様は「大切な妹を守るのは姉として当然の務めです」と言い切ったのです!
何が恥なのでしょうか?
むしろ一人の気高き女性を公の場で嗤い、貶め、何の罪もないのに断罪しようとする。
それこそ恥。
いえ、罪ではないでしょうか?
皆様方。
ブリジット様への疑惑はこれで晴れたかと思います。
長々と話をしてしまい申し訳ありません。
最後に祝福を。
「皆様方に精霊様の御名において加護がありますように」
ふふっ、間違えちゃった。
全員許さないという意味です。




