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捨てられた日が、私の人生の始まりでした  作者: 小林翼


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9

辺境に戻ると、村人たちが歓迎の列を作って待っていた。子供たちが花を手に、エリアナの馬車に駆け寄ってくる。


「おかえりなさい、エリアナ様!」

「王都はどうでしたか?」

「私たちの織物、褒められましたか?」


村人たちの温かい歓迎に、エリアナは胸が熱くなった。ここが、本当の自分の居場所だ。


「ただいま。そして、皆さんに良い知らせがあるわ」


エリアナは馬車から降り、村人たちに向かって言った。


「国王陛下が、皆さんの努力を高く評価してくださいました。そして、王国からの支援も約束されました」


村中が歓声に包まれた。


「それに、王都の貴族たちが、私たちの織物を欲しがっています。注文が殺到しそうよ」


女性たちが喜びの声を上げる。エリアナは、その笑顔を見て微笑んだ。


翌日から、エリアナは薬草事業の本格化に取り組んだ。エルダの指導のもと、若者たちは森で薬草を採取し、栽培方法を学んでいる。


「エリアナ様、この薬草は傷の治りを早めるそうです」


トムが、緑色の葉を持ってきた。


「素晴らしいわ。これを大量栽培できれば、王都の薬師ギルドに卸せるわね」


エリアナは葉を丁寧に観察した。


「トム、あなたは本当に良い目を持っているわ。将来、立派な薬草師になれるわよ」


トムは嬉しそうに頬を赤らめた。


午後、カイルが重要な報告を持ってきた。


「エリアナ様、隣の領地から使者が来ています」

「隣の領地?」


エリアナは驚いた。隣接するのは、老齢の男爵が治める貧しい領地だと聞いている。


「男爵様が、あなたに会いたいと」


応接室に通されたのは、六十代と思われる男爵だった。質素な服装で、顔には疲労の色が濃い。


「初めまして、エリアナ様。私はヘンリー・グレイ男爵と申します」


男爵は丁寧に礼をした。


「私の領地も、あなたの領地と同じように荒れ果てております。どうか、あなたの知恵をお借りできないでしょうか」


エリアナは男爵の真摯な態度に、好感を持った。


「もちろんです。お力になれることがあれば」

「ありがとうございます」


男爵は安堵の表情を見せた。


「実は、私の領地には良質な粘土が出るのです。ですが、活用方法がわからず……」

「粘土? それは素晴らしい資源ですね」


エリアナの目が輝いた。


「陶器を作ることができますよ。王都では、上質な陶器が高値で取引されています」

「陶器……」


男爵は考え込んだ。


「しかし、職人がおりません」

「職人は、王都から呼べます。私の父に相談してみましょう」


エリアナは提案した。


「そして、私の領地の織物と、あなたの領地の陶器を、一緒に王都で販売しましょう。相乗効果で、より高く売れるはずです」

「そんなことが……本当に可能でしょうか」


男爵の目に、希望の光が灯った。


「可能です。ただし、条件があります」


エリアナは真剣な顔で言った。


「領民を大切にしてください。彼らの声を聞き、彼らと共に働くこと。それが、領地を豊かにする秘訣です」

「わかりました」


男爵は深々と頭を下げた。


「あなたのような若い方から学べることを、光栄に思います」


その日の夕方、エリアナはカイルと共に村の丘に登った。そこからは、村全体を見渡すことができる。


夕日に照らされた村は、オレンジ色に染まっていた。工房からは機織りの音が聞こえ、畑では人々が働いている。二ヶ月前の荒廃した景色とは、まるで別の場所のようだった。


「美しい景色ですね」


カイルが言った。


「ええ。これが、私たちが作った景色よ」


エリアナは満足そうに微笑んだ。


「カイル様、あなたがいてくれたから、ここまでこれました。本当に、ありがとう」

「いいえ、全てはあなたの力です」


カイルは首を横に振った。


「私は、あなたを守っただけです」

「それだけじゃないわ」


エリアナはカイルを見つめた。


「あなたは、いつも私を信じてくれた。それが、どれだけ心強かったか」


カイルの頬が、わずかに赤くなった。


「エリアナ様……」

「カイル様」


エリアナは勇気を出して言った。


「私、あなたに――」


その時、村から叫び声が聞こえてきた。二人は顔を見合わせ、急いで丘を駆け下りた。


村の広場に着くと、見知らぬ男たちが数人、村人を脅していた。彼らは武器を持ち、明らかに悪意を持っている。


「おい、この村は最近景気がいいそうじゃねえか。少し分けてもらおうか」


男のリーダーらしき者が、村長のトーマスに迫っていた。


「やめろ!」


カイルが剣を抜き、男たちの前に立ちはだかった。


「お前たちは何者だ」

「おや、騎士様のお出ましか」


男は嘲笑った。


「俺たちは、以前この辺りを仕切っていた山賊の仲間さ。お前らに追い出されてからってもの、食うに困ってんだよ」

「だからといって、村を襲う理由にはならん」


カイルは男たちを睨んだ。だが、男たちは人数で勝っており、退く様子はない。


「エリアナ様、下がっていてください」


カイルが低い声で言った。だが、エリアナは前に出た。


「待って、カイル様」


エリアナは男たちに向かって言った。


「あなたたち、本当に困っているの?」


男たちは、突然話しかけてきた女性に戸惑った表情を見せた。


「当たり前だ。山賊稼業もできず、まともな仕事もねえ。餓え死にしそうなんだよ」

「ならば、この村で働きませんか?」


エリアナの提案に、男たちは目を丸くした。


「は? 働く?」

「ええ。この村は人手が足りません。力仕事も多い。あなたたちの力を、正当な報酬で買いましょう」


男たちは互いに顔を見合わせた。


「でも、俺たちは山賊だぞ。信用できるか?」

「過去は問いません」


エリアナははっきりと言った。


「ただし、条件があります。二度と盗みや暴力は働かないこと。村の規則を守ること。それができるなら、あなたたちを受け入れます」


リーダーの男は、しばらく黙っていた。だが、やがて武器を下ろした。


「……わかった。やってみるよ」

「エリアナ様!」


カイルが驚いた声を上げた。村人たちも、信じられないという顔をしている。


「大丈夫よ」


エリアナは微笑んだ。


「人は変われるもの。私がそうだったように」


その言葉に、カイルは何も言えなくなった。


翌日から、元山賊の男たちは村で働き始めた。最初は村人たちも警戒していたが、彼らが真面目に働く姿を見て、徐々に受け入れていった。


「あんたは変わってるな」


リーダーの男、ジャックがエリアナに言った。


「普通の貴族なら、俺たちを追い出すか殺すかだろう」

「私は普通の貴族じゃないから」


エリアナは笑った。


「それに、あなたたちには可能性がある。それを無駄にするのは、もったいないもの」


ジャックは、複雑な表情でエリアナを見た。


「俺たち、裏切らねえよ。あんたみたいな人、初めて会ったからな」


その夜、カイルがエリアナのもとを訪れた。


「エリアナ様、あなたの決断は正しかったようです」


カイルは安堵した表情で言った。


「元山賊たちは、予想以上によく働いています。村人たちも、彼らを認め始めています」

「よかったわ」


エリアナは微笑んだ。


「人は、信じてもらえれば変われるものよ」

「あなたは本当に……不思議な方です」


カイルは感嘆したように言った。


「普通なら恐れるべき状況で、あなたは希望を見る。その視点が、この村を変えたのでしょう」


エリアナは頬を赤らめた。


「そんな大げさな」

「いいえ、事実です」


カイルは真剣な顔で言った。


「エリアナ様、私は――」


カイルが何か言いかけた時、扉がノックされた。二人は慌てて距離を取った。


「失礼します」


村長のトーマスが入ってきた。


「エリアナ様、王都からまた手紙が届きました」


エリアナは手紙を受け取り、封を開いた。それは、父からの手紙だった。


「お父様が……こちらに来るそうよ」


エリアナの声には、驚きがあった。


「新しい事業の提案があるんですって」


新たな展開が、また始まろうとしていた。

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