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辺境に戻ると、村人たちが歓迎の列を作って待っていた。子供たちが花を手に、エリアナの馬車に駆け寄ってくる。
「おかえりなさい、エリアナ様!」
「王都はどうでしたか?」
「私たちの織物、褒められましたか?」
村人たちの温かい歓迎に、エリアナは胸が熱くなった。ここが、本当の自分の居場所だ。
「ただいま。そして、皆さんに良い知らせがあるわ」
エリアナは馬車から降り、村人たちに向かって言った。
「国王陛下が、皆さんの努力を高く評価してくださいました。そして、王国からの支援も約束されました」
村中が歓声に包まれた。
「それに、王都の貴族たちが、私たちの織物を欲しがっています。注文が殺到しそうよ」
女性たちが喜びの声を上げる。エリアナは、その笑顔を見て微笑んだ。
翌日から、エリアナは薬草事業の本格化に取り組んだ。エルダの指導のもと、若者たちは森で薬草を採取し、栽培方法を学んでいる。
「エリアナ様、この薬草は傷の治りを早めるそうです」
トムが、緑色の葉を持ってきた。
「素晴らしいわ。これを大量栽培できれば、王都の薬師ギルドに卸せるわね」
エリアナは葉を丁寧に観察した。
「トム、あなたは本当に良い目を持っているわ。将来、立派な薬草師になれるわよ」
トムは嬉しそうに頬を赤らめた。
午後、カイルが重要な報告を持ってきた。
「エリアナ様、隣の領地から使者が来ています」
「隣の領地?」
エリアナは驚いた。隣接するのは、老齢の男爵が治める貧しい領地だと聞いている。
「男爵様が、あなたに会いたいと」
応接室に通されたのは、六十代と思われる男爵だった。質素な服装で、顔には疲労の色が濃い。
「初めまして、エリアナ様。私はヘンリー・グレイ男爵と申します」
男爵は丁寧に礼をした。
「私の領地も、あなたの領地と同じように荒れ果てております。どうか、あなたの知恵をお借りできないでしょうか」
エリアナは男爵の真摯な態度に、好感を持った。
「もちろんです。お力になれることがあれば」
「ありがとうございます」
男爵は安堵の表情を見せた。
「実は、私の領地には良質な粘土が出るのです。ですが、活用方法がわからず……」
「粘土? それは素晴らしい資源ですね」
エリアナの目が輝いた。
「陶器を作ることができますよ。王都では、上質な陶器が高値で取引されています」
「陶器……」
男爵は考え込んだ。
「しかし、職人がおりません」
「職人は、王都から呼べます。私の父に相談してみましょう」
エリアナは提案した。
「そして、私の領地の織物と、あなたの領地の陶器を、一緒に王都で販売しましょう。相乗効果で、より高く売れるはずです」
「そんなことが……本当に可能でしょうか」
男爵の目に、希望の光が灯った。
「可能です。ただし、条件があります」
エリアナは真剣な顔で言った。
「領民を大切にしてください。彼らの声を聞き、彼らと共に働くこと。それが、領地を豊かにする秘訣です」
「わかりました」
男爵は深々と頭を下げた。
「あなたのような若い方から学べることを、光栄に思います」
その日の夕方、エリアナはカイルと共に村の丘に登った。そこからは、村全体を見渡すことができる。
夕日に照らされた村は、オレンジ色に染まっていた。工房からは機織りの音が聞こえ、畑では人々が働いている。二ヶ月前の荒廃した景色とは、まるで別の場所のようだった。
「美しい景色ですね」
カイルが言った。
「ええ。これが、私たちが作った景色よ」
エリアナは満足そうに微笑んだ。
「カイル様、あなたがいてくれたから、ここまでこれました。本当に、ありがとう」
「いいえ、全てはあなたの力です」
カイルは首を横に振った。
「私は、あなたを守っただけです」
「それだけじゃないわ」
エリアナはカイルを見つめた。
「あなたは、いつも私を信じてくれた。それが、どれだけ心強かったか」
カイルの頬が、わずかに赤くなった。
「エリアナ様……」
「カイル様」
エリアナは勇気を出して言った。
「私、あなたに――」
その時、村から叫び声が聞こえてきた。二人は顔を見合わせ、急いで丘を駆け下りた。
村の広場に着くと、見知らぬ男たちが数人、村人を脅していた。彼らは武器を持ち、明らかに悪意を持っている。
「おい、この村は最近景気がいいそうじゃねえか。少し分けてもらおうか」
男のリーダーらしき者が、村長のトーマスに迫っていた。
「やめろ!」
カイルが剣を抜き、男たちの前に立ちはだかった。
「お前たちは何者だ」
「おや、騎士様のお出ましか」
男は嘲笑った。
「俺たちは、以前この辺りを仕切っていた山賊の仲間さ。お前らに追い出されてからってもの、食うに困ってんだよ」
「だからといって、村を襲う理由にはならん」
カイルは男たちを睨んだ。だが、男たちは人数で勝っており、退く様子はない。
「エリアナ様、下がっていてください」
カイルが低い声で言った。だが、エリアナは前に出た。
「待って、カイル様」
エリアナは男たちに向かって言った。
「あなたたち、本当に困っているの?」
男たちは、突然話しかけてきた女性に戸惑った表情を見せた。
「当たり前だ。山賊稼業もできず、まともな仕事もねえ。餓え死にしそうなんだよ」
「ならば、この村で働きませんか?」
エリアナの提案に、男たちは目を丸くした。
「は? 働く?」
「ええ。この村は人手が足りません。力仕事も多い。あなたたちの力を、正当な報酬で買いましょう」
男たちは互いに顔を見合わせた。
「でも、俺たちは山賊だぞ。信用できるか?」
「過去は問いません」
エリアナははっきりと言った。
「ただし、条件があります。二度と盗みや暴力は働かないこと。村の規則を守ること。それができるなら、あなたたちを受け入れます」
リーダーの男は、しばらく黙っていた。だが、やがて武器を下ろした。
「……わかった。やってみるよ」
「エリアナ様!」
カイルが驚いた声を上げた。村人たちも、信じられないという顔をしている。
「大丈夫よ」
エリアナは微笑んだ。
「人は変われるもの。私がそうだったように」
その言葉に、カイルは何も言えなくなった。
翌日から、元山賊の男たちは村で働き始めた。最初は村人たちも警戒していたが、彼らが真面目に働く姿を見て、徐々に受け入れていった。
「あんたは変わってるな」
リーダーの男、ジャックがエリアナに言った。
「普通の貴族なら、俺たちを追い出すか殺すかだろう」
「私は普通の貴族じゃないから」
エリアナは笑った。
「それに、あなたたちには可能性がある。それを無駄にするのは、もったいないもの」
ジャックは、複雑な表情でエリアナを見た。
「俺たち、裏切らねえよ。あんたみたいな人、初めて会ったからな」
その夜、カイルがエリアナのもとを訪れた。
「エリアナ様、あなたの決断は正しかったようです」
カイルは安堵した表情で言った。
「元山賊たちは、予想以上によく働いています。村人たちも、彼らを認め始めています」
「よかったわ」
エリアナは微笑んだ。
「人は、信じてもらえれば変われるものよ」
「あなたは本当に……不思議な方です」
カイルは感嘆したように言った。
「普通なら恐れるべき状況で、あなたは希望を見る。その視点が、この村を変えたのでしょう」
エリアナは頬を赤らめた。
「そんな大げさな」
「いいえ、事実です」
カイルは真剣な顔で言った。
「エリアナ様、私は――」
カイルが何か言いかけた時、扉がノックされた。二人は慌てて距離を取った。
「失礼します」
村長のトーマスが入ってきた。
「エリアナ様、王都からまた手紙が届きました」
エリアナは手紙を受け取り、封を開いた。それは、父からの手紙だった。
「お父様が……こちらに来るそうよ」
エリアナの声には、驚きがあった。
「新しい事業の提案があるんですって」
新たな展開が、また始まろうとしていた。




