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捨てられた日が、私の人生の始まりでした  作者: 小林翼


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6

一ヶ月が経ち、工房では初めての織物が完成しようとしていた。エリアナは毎日工房に通い、女性たちと一緒に作業をしていた。彼女の手も、今では織機の扱いに慣れてきている。


「エリアナ様、見てください!」


村娘のリザが、嬉しそうに布地を掲げた。細かく織られた美しい布は、柔らかな光沢を放っている。


「素晴らしいわ、リザ。これなら王都でも高値で売れるわ」


エリアナの言葉に、工房中が歓声に包まれた。女性たちは抱き合って喜び、涙を流す者もいた。


「本当に……私たちにもできたんですね」


マルタが感慨深げに呟いた。


「この一ヶ月、皆さんは本当によく頑張ったわ。これは、皆さんの努力の結晶よ」


エリアナは女性たち一人一人を見渡した。彼女たちの顔には、自信と誇りが宿っている。一ヶ月前の、希望を失いかけていた表情はもうない。


「さあ、これを王都の商人に見せましょう。カイル様、護衛をお願いできる?」

「もちろんです」


カイルが力強く頷いた。


三日後、エリアナは完成した織物を荷馬車に積み、隣の街へと向かった。そこには定期市が開かれており、王都からの商人も集まってくる。


市場は活気に満ちていた。様々な商品が並び、商人たちが声を張り上げている。エリアナは父から学んだ商売の知識を総動員し、最も有力そうな商人を探した。


「あの人がよさそうね」


エリアナが指差したのは、立派な服を着た中年の男性だった。周りの商人たちが、彼に敬意を払っている様子から、相当な実力者だと分かる。


「失礼いたします。お話しをさせていただけますか?」


エリアナが声をかけると、商人は興味深そうに彼女を見た。


「これはこれは、お嬢さん。何かご用ですかな?」

「私の領地で作った織物を、見ていただきたいのです」


エリアナは布地を広げた。商人は最初、あまり興味なさそうだったが、布を手に取った途端、表情が変わった。


「これは……」


彼は布地を光に透かし、細かく検分する。指で質感を確かめ、そして驚いた顔でエリアナを見た。


「お嬢さん、これはどこで?」

「私の領地、アッシュヴィルで作りました」


商人は興奮した様子で、何度も布地を確認した。


「信じられない。この質、この織り……王都の高級品に匹敵します。いや、それ以上かもしれない」

「本当ですか?」


エリアナの心臓が高鳴った。


「ええ。この羊毛の質が素晴らしい。そして、織りも丁寧です。これなら、貴族たちが喜んで買うでしょう」


商人は真剣な顔でエリアナを見た。


「お嬢さん、この織物を私に卸していただけませんか? 私はギルバート・マーチャントと申しまして、王都で織物商を営んでおります」

「喜んで。ですが、条件があります」


エリアナははっきりと言った。


「この織物は、私の領地の女性たちが心を込めて作ったものです。それに見合った価格を払っていただきたいのです」

「もちろんです」


ギルバートは即座に頷いた。


「では、この一反につき、金貨五枚でいかがでしょう?」


金貨五枚。エリアナが予想していたよりも、はるかに高い値段だった。だが、彼女は表情を変えずに答えた。


「七枚でお願いします」

「六枚ではいかがです?」

「六枚五十銀でどうでしょう」


二人はしばらく交渉を続け、最終的に六枚七十五銀で合意した。ギルバートは満足そうに笑った。


「いやはや、商人の娘とは聞いていましたが、なるほど。お父上はアルベルト様ですね?」

「ご存知なのですか?」

「ええ、王都では有名な方です。娘さんも、お父上に負けない商才をお持ちのようで」


ギルバートは契約書を取り出した。


「では、今後も定期的に納品していただけますか? 月に二十反ほど欲しいのですが」

「一ヶ月では難しいですが、二ヶ月で二十反なら可能です」

「結構です。では、そのように」


契約が成立し、エリアナは手付金として金貨を受け取った。その重みを手に感じながら、彼女は笑みを浮かべた。


領地に戻ると、村人たちが待ちかねたように集まってきた。


「エリアナ様、どうでしたか?」

「売れましたか?」


期待と不安の入り混じった目が、エリアナに注がれる。彼女は金貨の入った袋を掲げた。


「売れたわ。それも、予想以上の値段で!」


村中が歓声に包まれた。女性たちは抱き合って喜び、男性たちは帽子を空に投げた。子供たちも、意味は分からないながらも一緒に喜んでいる。


「これから、定期的に王都の商人に卸すことになったわ。つまり、皆さんには安定した収入ができるということよ」


その言葉に、村人たちの目に涙が浮かんだ。長年の貧困に苦しんできた彼らにとって、これは夢のような話だった。


「ありがとうございます、エリアナ様!」

「本当に……本当にありがとうございます!」


村人たちが次々と感謝の言葉を述べる。エリアナは、その感謝を受け止めながら、胸が熱くなるのを感じた。


「これは皆さんの努力の成果よ。誇りに思ってください」


その夜、村では祝宴が開かれた。質素ながらも、皆が持ち寄った食べ物が並び、音楽が奏でられる。エリアナも村人たちと一緒に、円を作って踊った。


カイルは少し離れた場所から、その様子を見守っていた。彼の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。


「カイル様も一緒に踊りましょう」


エリアナが手を差し伸べると、カイルは驚いた顔をした。


「私は踊りは得意ではありません」

「構わないわ。ほら、楽しいだけよ」


エリアナに引っ張られて、カイルは踊りの輪に加わった。彼の不器用な動きに、村人たちが笑う。だが、それは嘲笑ではなく、温かい笑いだった。


「どうです、カイル様?」


村長のトーマスが、嬉しそうに声をかけた。


「久しぶりに、村に活気が戻りました。これも、エリアナ様のおかげです」

「いいえ、エリアナ様の力と、村人たちの努力です」


カイルは真剣な顔で言った。


「私は、何もできませんでした。ただ領地を守るだけで精一杯でした」

「そんなことはありませんよ」


トーマスが首を横に振った。


「あなたがいたから、村は守られてきたんです。そして、エリアナ様を迎えることができた。これからは、二人で村を発展させてください」


その言葉に、カイルは頷いた。彼の目は、踊るエリアナを追っている。月明かりの中で笑うその姿は、まるで女神のようだった。


祝宴が終わり、村人たちが帰っていった後、エリアナとカイルは広場に残っていた。


「疲れませんでしたか?」


カイルが気遣うように尋ねた。


「ええ、少し。でも、とても楽しかったわ」


エリアナは夜空を見上げた。


「こんなに多くの人に感謝されたのは、初めてかもしれない」

「あなたは、それだけのことをしました」


カイルが静かに言った。


「あなたは、この村に希望を与えた。それは、どんな金銭にも代えがたいものです」

「ありがとう、カイル様」


エリアナは微笑んだ。


「でも、これはまだ始まりに過ぎないわ。やるべきことは、まだたくさんある」

「ええ。ですが、あなたならきっとできます」


カイルの言葉には、確信があった。


「私は、あなたを信じています」


その言葉に、エリアナの胸が温かくなった。信頼。それは、リオネルからは一度も得られなかったものだ。


「私も、あなたを信じているわ」


二人は顔を見合わせ、微笑んだ。星空の下、新しい絆が静かに育ち始めていた。


翌日、エリアナは次の計画に取りかかった。織物だけでは不十分だ。領地をさらに発展させるには、他の産業も育てる必要がある。


「カイル様、薬草について調べたいの。この森には、何か薬効のある植物はないかしら?」

「薬草ですか。確かに、森には様々な植物が生えています。村の老婆が、多少の知識を持っているはずです」


カイルの提案で、エリアナは村の薬草師を訪ねることにした。新しい挑戦が、また始まろうとしていた。

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